刹那の永遠   作:千里亭希遊

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第三話:炎の幻想生物

 例によって長らくアーモロートを離れていたアゼムは、帰還早々ラハブレアからアカデミアの研究室に呼び出された。

 そのままイデアの保管庫まで連れて行かれ、最近完成したという幻想生物を見せられている。

 

 これは特に珍しいことではなかった。

 

「やはり、とても……美しいな」

 

 アゼムは目を細めてそう言った。

 

 ラハブレアの傍で空に浮いているその炎の幻想生物は、ラハブレアの創造物にしては身体が小さい。

 しかしそれでいて存在の質量は今までに目にしたものとあまり変わらない。

 

 少し前に、彼の頼みで癒しの性質に添えそうな炎の在処を案内して回ったことを、彼はぼんやり思い出す。

 ということは、これはそういう能力を有するモノなのだろう。

 

「これは貴殿のために創ったものだ」

「……え?」

 

 予想だにしなかったことを言われ、アゼムは仮面の下に覗く口をぽかんと開けた。

 

「発想をいつもいつも助けてもらっているが礼を何もできていない、と愚痴をこぼしていたら、イゲオルムが贈り物をしてみたらと、助言をくれたのでな」

 

(……ラハブレアが、愚痴?)

 

 まず、どこの誰もがまごうことなき至高の創造物と評するような彼の幻想生物を、こうしてさらっとくれようとされている状況に恐れ慄く。

 更に、彼が他人に愚痴を言ったなどと、信じられな過ぎて輪をかけて驚く。

 

 アゼムは眩暈を憶えそうになっていた。

 

 しかも、常に毅然としていて他人に厳しく己には更に厳しいイゲオルムが、贈り物をしたらという助言をくれた?

 従兄妹同士ではあれど、厳格なあの二人がそんなほのぼのした会話をしていた、と?

 

 過去アゼムが委員会に、規格外の嵐が起きそうなのを報告した時のこと。

 それを鎮めようと現地に赴いてくれたイゲオルムは、あまりの強風に仮面とフードが吹き飛ばされてしまったらしい。

 彼女の素顔が晒されたその場面に、偶然居合わせてしまったというだけで、共に対処にあたってくれていたナプリアレスが、彼女から思いきり鉄拳制裁を受けたと聞く。

 

 ……そんな厳しいイメージの人が?

 

(俺の理解の、範囲を、超えすぎている)

 

 アゼムはギャップを消化しきれずに、ただただ立ち尽くしていた。

 

 そこにラハブレアの創造物がちょろちょろと近づいてきて、彼の足元にふわふわとまとわりついた。

 

 ラハブレアは炎元素を愛しているから、その創造物もやはり炎属性のそのもので、見た目も全身炎で構成されているように見えた。

 しかし、炎そのもののようにはそれに焼かれることなどなく、ただただふんわりと暖かい。

 

「……この子は……どうして」

「だから、いつもの礼だ」

「礼の必要はな」

「今までになくかなり苦労してやっと完成させられたのだ。受け取ってくれなければ、貴殿以外には何も役に立たないから、このままイデアごと廃棄だ。そんな非情をやってくれるな」

「……」

 

 言いかけた途中できっぱりとそう言われ、アゼムは言葉を失くす。

 

「……これを、廃棄?」

「ああ」

 

 アゼムは本当にくらくらと眩暈を起こした気がして、額を手のひらで押さえ、首をふるふると振る。

 

「……有り得ない」

「であれば、受け取れ」

「……」

 

 アゼムはその、美しい炎を、しばらく見降ろしていた。

 それはアゼムの足元にふわふわとまとわりついたり、足を止めてとどまったりしている。

 思わずしゃがんで手をのばすと、その手に頬ずりするような挙動をした。

 

「……かわいい、なぁ……」

 

 思わずといった様子でそうつぶやいた彼に、ラハブレアの口元が綻ぶ。

 彼はしばらく撫でたりお互いすり寄ったりとそれと戯れていた。

 そしてふんわりとそれを抱きしめて言う。

 

「……ありがとう」

「こちらこそだ」

 

 言われてアゼムは苦笑した。

 

「……しかし、重すぎる。……次があるなら、一緒にお茶するくらいにしてくれ」

「……そうだな」

 

 ただラハブレアとしては、この幻想生物は本当は礼なだけではないから、今回だけは譲れなかった。

 

「イゲオルムも、一緒に」

「……そうだな」

 

 アゼムはふんわりと幻想生物に頬を寄せる。

 

「本当に、二人とも……ありがとう……」

「礼に礼は及ばぬ」

 

 そう言われて、アゼムは再び苦笑した。

 

 

 

── ‧₊˚⊹⋆.*⃝̥✧˖°☽♁ꙩ♂✦☿♃♀♄♆♇✧♅✧˖°‧₊˚⊹ ──

 

 

 

「やっと帰ってきたみたいだね、あの人」

「そうですね」

 

 そう無表情に返してくるハーデスに、ヒュトロダエウスはふふっと笑いながら、「ほんとあの色は分かりやすいよね」と言った。

 

「……今回は、何も怪我とかしてなさそうだね」

「そうですね」

 

 ハーデスの無表情に少し渋いものが混ざっていく。

 

 アゼムは、ハーデスが彼に出会った時も恐ろしい大怪我をしていたが、あの時ほどではないにしろ、よく大怪我を抱えて帰ってくる。

 それは問題解決に係るものではなく、事故等が原因であることもしばしばありはするのだが……。

 

「……ああして独りで抱え込んじゃって……最近は本当に、誰も喚ばなくなってしまったね。誰かそばにいられたら、きっと怪我も減るのに」

 

 とうとうハーデスの表情が憮然としたものに変わる。

 

 最近の彼は誰も気づけないうちにいつの間にか首都を出発してしまう。喚ばないならと着いていくことすら、誰もできないでいた。

 

 魂を見通せるヒュトロダエウスやハーデスの『眼』さえ、巻いてしまう。

 そんなところで妙な有能さを発揮しないでほしかった。

 

「あの口調もね……ほんとはあんなに、たどたどしく喋る人じゃないの。今は何だか……そう、ふわふわした雰囲気をしてるけど、昔は、もっとはきはき明るくて……それが……どんどん……頑なになっていく」

「……」

 

 出会って数年しか経っていないからか、ハーデスはあのどことなく覇気のない喋り方以外を知らなかった。

 喋り方すら変わってしまうような状態など、どうにかできないのだろうか。

 

「……あの人に十四人委員会をやめさせるとか、できないんですか。その後、還らず趣味に生きる人だっているんでしょう?」

 

 そう言うハーデスに、ヒュトロダエウスは苦笑した。

 

「あの人のあれはね、役目でやってるんじゃなくて、もう、性分。だから絶対、あの座になくても勝手に行っちゃう。……むしろ座に就いててもらったほうが、役目に(かこつ)けて手を貸しやすいんだと思う」

 

 それを聞いてハーデスは眉をひそめた。

 なんて面倒臭い人だ。

 

「……怪我をして帰ってくるってことは、身の丈に合わないことにすら向かって行ってるわけですよね」

「本当なら、そういうのにしかるべき星というのを喚びだして対処したり……ここに持ち帰って皆に対処を考えてもらうのが、彼の役目なんだよね」

「……なんでその術を使わないんでしょう」

「……星が危ない目に遭うのとか……問題を解決できなかったときに、星が悲しむのを、嫌がってる」

「……」

「そのくせにあの人、自分が怪我したり悲しくなったりすることには、頓着しなさ過ぎなんだよねえ……」

 

 彼が普通の『ヒト』に比べて頑強であるのは確かだ。本当はそう怪我すらしないほどの防御力と耐久力を持ち合わせている。

 

 そしていつから存在しているのか分からない程長命であるのに、老いる様子がない。

 

 不老の身体。

 彼のような『ヒト』が他にいないので、確実にそうとは言えないかもしれないが、医術の権威もそう見ているようだった。

 

 そんな身体であるせいなのか、己の危険をあまり顧みない。

 それの度合いが、近年おかしい。

 しかし不老は不死身とイコールではないのだ。怪我や病気など深刻なダメージを被れば、人並みに死ぬ。

 

 だというのに……。

 

 はああ、と、ハーデスは大きな大きなため息をついた。

 本当に、なんて、面倒臭い人だ。

 

「……あの人が巻けないようにどこまででも追いかけまわして、着いて行きませんか?」

「あはは。あの行動力と機動力を追える気はしないけど……ちょっとまた(・・)やろうとしてみようかな。……でも、もしかしてキミも追いかけようと思ってる?」

 

 ヒュトロダエウスはハーデスの言い方にそうと感じた。

 ずっと渋面を続けているハーデスは、そのまま少し目をそらす。

 

「……そうですね」

「うーん……」

 

 ヒュトロダエウスは困ったように唸る。

 

「キミはだいぶ大きくなってはきたけど、まだ小さいんだから……ちょっと、心配、かな……」

 

 この完璧で穏やかなはずの世界で、大怪我をして帰ってくるアゼム。

 穏やかではないことが世界にあることが、正直ハーデスにはまだあまり実感できない。

 

 そして、アゼムが普通のヒトより強い心身を持つこともハーデスは聞いていたから、彼が怪我をするというのがまず異常に思えた。

 だからきっと、アゼムに着いていくのは、彼が想像できていないくらいにとても危険が大きいのだろうと、ぼんやり分かりはする。

 

「身体以前に……私にはまだ、彼が当たっている危険がどういうものかすら分かりません。しかし、だからといってこの状況を放置してしまったら……見殺しでしょう? そんなことになるくらいなら、危険は承知でそれを分担したほうが、いいと思うんです」

「……」

 

 ヒュトロダエウスは息を呑んだ。

 彼は、この少年が、その『眼』ゆえに人を避けがちになってしまっていることに気づいていた。

 その彼が、アゼムにはここまでの関心を示している。

 

 ……アログリフの予言は、それを受けた者を縛ったりしない。

 ましてや、周りの人間たちも彼にその予言を徒に背負わせたくはなくて、自然にその『希望』となってくれたらと、誰も少年に『それ』を伝えていない。

 それなのに……。

 

「そう言えば……キミは空が好きだよね」

「え?」

 

 いきなり話を変えられて、ハーデスは怪訝な顔をした。

 

「だって、いっつも眺めてる」

「……」

 

 少年は見られていたんだろうかと少し困惑する。

 彼はいつも、あまり人の居ない所を選んで、芝生に寝転がり、空を眺めていた。

 そして実際に、何があっても、刻々と姿を変えても、絶対にそこに在り続ける空だけが、彼にとって安心できる唯一だった。

 

「……アゼムは、よほどのことがなければ、死なない命だから……キミにとっては、空とおんなじなのかもしれないね」

「……!」

 

 優しい声でそう言われて、少年は目を見張ってしまう。

 そう……なのだろうか……?

 しかし、あの燦然とした魂に、妙に焦がれるのも、事実。

 それが、彼が冥界に還りづらいことを理由としているなら……自身の弱さをつきつけられる気がして、またハーデスは表情を歪めた。

 

「……あの人……最近は、死んじゃわないかって、ほんとに、ほんとに、心配だけど……さ」

 

 ヒュトロダエウスが遣る瀬無さそうに苦笑して、ハーデスは表情を曇らせた。

 

「……あの人を、死なせたり……したく、ないんだよね……誰も」

 

 ヒュトロダエウスが切なげな声で、そう言う。

 ハーデスも、遣る瀬無さそうな表情になってしまう。

 

(皆、あの太陽のような人に……自分がどうなろうと誰もかれもを助けようとしてしまうあの人に……壊れてほしくなんかないし、ましてや死んだりしてほしくない)

 

 その安寧が、死であってほしくない。

 

(そして、この子にも絶対に背負わせたくないから……そろそろワタシが覚悟を決めなきゃ、いけないのかも、しれないね……)

 

 二人はそれぞれ違う思いで切ない顔をして黙り込んでしまっていた。

 が、ふいにあの色がものすごい速度で近づいてきているのを察知した。

 

「ん……!?」

「え、これ、どうしたんでしょう……?」

 

 二人とも驚いて思わず椅子から腰を浮かせる。

 

 しかしそれ以外に何もできていないうちの本当にすぐに、その光はこのヒュトロダエウスの部屋のベランダに現れた。

 移動用の幻獣などを使わずに、己の身ひとつを魔力ですっとばして来たものだと察して、二人はますます困惑する。

 

 そして。

 

 赤い仮面の下のその口元が、最近では珍しく嬉しそうに開いていて、二人はますます驚いた。

 ヒュトロダエウスが窓を開けると、彼は部屋の中に走り込んでくる。

 

 その腕の中には、炎の塊に見えるとても美しいモノが抱えられていた。

 

(……え、これは)

 

 そういうモノを創り出せる人間を一人しか知らなくて、ヒュトロダエウスは目を見張る。

 

「このねこ、すげえ、かわいいよな……!!!」

 

 とても高揚した様子でその幻想生物を二人の方に差し出して見せた彼の魂が、いつも以上に眩しくて、二人は思わず目を細めた。







✦癒しの幻想生物
 見た目:炎でできたケット・シー
 性能:精神安定剤、アニマルセラピー、等
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