刹那の永遠   作:千里亭希遊

4 / 12
古代 - 冥界の章 -
第一話:濡れ衣被害


 ここのところアゼムがヒュトロダエウスの部屋を訪ねると、『小さき人』が既にそこに居る、ということが多くなっていた。

 

「ヒュトロダエウス、まさか、誘拐か?」

「へ?」

 

 ふと思い浮かんだだけの冗談を、彼は直球で投げつけた。

 彼があまり真剣ではないのを察したハーデスは、二人に気づかれないほどの小さなため息をついた。

 

「それくらいの時分は、ガーデンに居るはず、だろう?」

 

 ハーデスとは違って盛大なため息をつきながらも、ヒュトロダエウスの頭の端には色々と思い浮かぶものがあった。

 

 そういえばこの二人は、互いに自己紹介をしたことがあっただろうか。

 ハーデスが学び舎(ガーデン)を抜け出しがちなのも伝えていなかった気がした。

 

 アゼムはふらりとここを訪ねて来ては、すぐにまた首都を発ってしまう。実のところ、あまりゆっくり会話が出来ているわけではないのだ。

 

「ワタシが拐って来てるんじゃなくて、この子が来てくれてるんだよ」

「……こんなはずれに?」

「エ・ス・ケ・プ、があるでしょ」

「……あーあぁ、そういえばそんなものも」

「キミはリストから跳ぶのが面倒って言って使ってくれないけど、ハーデスはこうしてきちんと使ってくれるから、ようやく簡易エーテライトが日の目を見てくれたよ」

 

 アゼムがしばしばベランダからやって来るのは、こういう訳だった。

 

「……だって、多すぎる」

「…………ああ、まあ、そっか……キミは……来るもの拒まずだしね……」

 

 彼が連絡先を交換した相手は、今までにどれほどいるのだろうか。

 

 きっとこの太陽のことだから、一度交わしたものを整頓することなどないのだろう。

 そんな未整理で膨大なリストから転移先を探すよりも、飛行魔法や騎獣を使って飛んできたほうが、彼にとっては速いという訳だ。

 

「ねぇ、アゼム。少しゆっくり話をしない? そういえばきちんと紹介できてない気がするんだよね」

「うん? ハーデス、だよな?」

 

 アゼムは腕に炎の猫(ケット・シー)を抱えながら首をこてんと傾けている。

 

「名前はもう知ってるよアピールをされてもね? そんなので充分だと思ってる? この子はキミを助けてくれたんだよ?」

「!?」

 

 ヒュトロダエウスの言に、アゼムは明らかに狼狽えた。そして何故かハーデスも小さく口を開け、動揺し始めた。

 

「……い、つ……?」

「キミがエーテル乱流に巻き込まれて死にかけた時」

「……っ!」

 

 アゼムは目に見えて硬直した。

 ハーデスにとってはそんなに重たく考えてほしいことではなかった。

 

「そんなに、前なのか……?」

「うん」

「……」

 

 アゼムは何か考え込むようにして俯いてしまった。

 

「いや、あの」

 

 ハーデスが居心地悪そうに何か言いかけたのと同時に、アゼムは少年の所までずいっと足早に歩み寄ってきた。

 

「私は別になむぐっ」

「……ありがとう」

 

 ケット・シーはいつの間にか腕から降ろされていて、代わりにその腕はハーデスの頭をぎゅうと抱きしめていた。

 

「それ以上に、ごめん。今まで、深く考えてなかった」

 

 あの日助けてくれたのはヒュトロダエウスだと思っていた。そう、思い込んでいた。

 ……そう言えば、目を覚ましたあとに、何か言われていたのではなかったか。

 考えてみれば、ハーデスがここに居ることが多くなったのは、あの時以来だった。

 

 アゼムが少年の頭から腕を解くと彼は少し苦しそうにしていたので、また彼は謝る羽目になった。しかしそれに重ねて言い募る。

 

「すごくたいへんで、もう一人助けてくれた人がいる、って……でも、そのあと、全然話さなかったのは……なんでだ?」

 

 不覚にもそのまま彼は忘れてしまった。

 

「私は見ての通り、小さく、未熟です。何かできたわけがないです」

「そんなことは、ない」

 

 彼にきっぱり言い切られて、ハーデスは目を見張った。

 

「きみが俺に、何か、しようとしてくれたこと、それ自体が既に俺にとって、とても尊い行為だ。結果? 効果? 成果? ……がどうだった、なんて、関係ない」

 

 彼はハーデスの手を取り、両手で柔らかく包み込んだ。

 

「本当に、ありがとう……」

 

 そう言う彼の魂が本当にきらきらと輝いていたから、少年は中てられそうになってくらくらした。

 

「……あのままキミを帰したりしたらこの人は悲しむって、言ったでしょう?」

 

 ハーデスにそう言うヒュトロダエウスは、きっと微笑んでいるのだろう。

 そんなヒュトロダエウスにしかし、アゼムは拗ねたように口をすぼめて問い詰める。

 

「どうして、きちんと、教えてくれなかったんだ……?」

「……この子が嫌がったんだもの」

「む……」

 

 この少年が謙虚以前にどこか自己評価が低いのを、アゼムは何となく察した。

 少しも追求しなかった彼自身が恨めしく感じられる。しかしもう今更どうしようもない。彼はこれ以上、過去についてあれこれ悩むのはやめることにした。

 

 彼はふう、と一息ついてから、ふるりと頭を振る。

 

「……そういえば」

 

 きっと、お礼をさせてほしいと言ってもハーデスはきかない。だからアゼムは強引にお節介を焼くことにした。

 

「ガーデンで、することが、あってさ。ハーデス、今度案内を、お願いできないか?」

「……へ?」

 

 ハーデスはきょとんとして間の抜けた声をあげた。

 

 きっとハーデスは学ぶことをさぼっている。

 そう考えた彼は、満面の笑みで提案したのだった。案内なんてものを頼めば、きっと少年はガーデンに向かうだろう、と。

 

 彼のその様子に、ヒュトロダエウスは思惑を察して吹き出した。

 

「ああ、アゼム、アゼム、違う違う、違うんだ、ハーデスはさぼってるわけじゃなくて……いやまあ、そっか。キミのことだから、学びがどうこうが問題じゃないんでしょう?」

「?」「?」

 

 くすくす笑いながら一人で納得しているヒュトロダエウスに、二人はただただ首を傾げた。

 

「でも、そうだなあ……あのね、アゼム。ハーデスはもう、ガーデンで吸収できるようなことは全部知ってるの。だからあそこで今彼が得られることはほとんどない。それでこうしてワタシのところに議論に来てくれるの。我々は似たような『眼』も持ってることだし、結構有意義な時間だと思ってるよ。ガーデンの世話役たちも理解してるし、誰もサボリだとは思ってないと思う」

 

 それを聞いてアゼムはぽかんとした。

 

「ハーデスは、どうして、膨らんでないんだ?」

「は?」

 

 当の本人が素っ頓狂な声を上げて、ヒュトロダエウスは爆笑を始める。

 

「待ってアゼム、キミ、ヒトの成長をなんだと思ってるの」

「? ガーデンで、世界と人を知ったら、大きくなる」

「その認識はあながち間違いではないけど、知識だけで人の身体は大きくならないよ」

「そう、なのか……!? うーん……俺は、小さかったことがないから、よく知らないんだ」

「は!?」

「ええ!?」

 

 アゼムの理解不能な言に、ハーデスとヒュトロダエウスはただただ驚愕する。

 

「ちょ、ちょっと待ってアゼム、小さかった頃を覚えてないとかじゃなくて?」

 

 彼がいつから生きているのかを正確に知っている人間は、きっといない。それほどに長く生きているのだから、彼自身が幼い頃のことを覚えていなくてもら不思議はないのかもしれなかった。

 ……しかし。

 

「うん。俺は、生み出された時から、このサイズ。母さんが、『強く在れ』と願ったから、ここまで頑丈なんだって、聞いた。ぞれからずっと、この座にある」

「生まれた直後から!?」

「うん」

「……」

 

 ヒュトロダエウスもハーデスも眩暈をおぼえて額を押さえていた。

 

「生まれてすぐの記憶は、曖昧だけど、最初からこうだったのは、本当だ」

 

 荒唐無稽なことを言っている彼はしかしただただ穏やかで、いつものような悪ふざけだとは思えなかった。

 

「すぐに、役目をこなせる程には、知識もあった。あと……実際、知識を吸収した時に、大きくなった人を、結構見た、と思う……。ガーデンで育った小さき人は、大きくなる。だから大きくなるのに、知識以外に必要なものがあるとは、思ってなかった」

 

 そう言って彼はしゅんとした。

 

(知識の吸収による身体の成長……!? そんなのワタシは目にしたことがない、けど……もしかしたら、昔はそんなこともあった、のか……? ……いや、まさか……ヒトの身体は年月を経て成長するという認識の方が、実は、誤っている……?)

 

 いやまさか。

 ヒュトロダエウスは混乱を振り払うように首を振った。

 

「ともかく、キミがハーデスをガーデンに行かせたいのは、交友関係について心配してるからもあるでしょう?」

「!」

 

 ヒュトロダエウスの言に、ハーデスはげんなりした雰囲気を見せ始める。

 

「うん。そんな小さい頃から、ヒュトロダエウスとしか、話してないのは、もったいない」

「そういうのは個人の勝手だとお」

「そう言えば、ガーデンですることってなに?」

 

 ハーデスの抗議の声を明らかに遮って、ヒュトロダエウスがアゼムに聞く。

 

「アーモロート市民誰しもの義務は、世界の創造の一端を担うこと、だろう? そして、そのためには、世界を知らなければいけない。だから、たまにガーデンで、俺が見聞きしたことを、話すんだ」

「なるほどね~」

 

 ヒュトロダエウスが大仰に頷いているが、ハーデスはそれを胡乱気な眼差しで睨め付けた。

 この人は絶対、彼のガーデンへの用がそういうものだと元から知っている。ハーデスは二人の付き合いの長さからの推測と、ヒュトロダエウスの態度からの直感でそう思った。

 

「アゼムは首都に帰ってこな過ぎて、きっとガーデンの構造とか忘れてるし、ハーデス案内してあげて?」

「あれが忘れるような構造」

「うん、俺方向音痴だから、そうしてくれると、助かる」

「……そんなわけが」

「よし、それじゃあ善は急げ思い立ったが吉日、明日行っておいで」

「うん」

「ええ……」

 

 さっきから何も言いたいことを最後まで言わせてもらえないと、ハーデスは憮然とする。

 

「はいはい。予定が決まったところで改めてだね、キミの紹介をきちんとしよう? もう何年も経つのにやってないんだもの」

「必要がありますか」

「とってもあるよ!」

 

 憮然とするハーデスに対し、ヒュトロダエウスはまた大仰に頷いて見せる。

 

「何せたぶん、アゼムはキミの『眼』のことだって何にもわかっちゃいないんだから」

「……そう言えばさっき……タル君と似たような『眼』……?」

「その名で呼ばないでって言ってるでしょう?」

「わ、悪、い……」

 

 考え込んで独り言のように呟いたせりふに、ヒュトロダエウスが耳ざとく笑顔で噛みついて、彼はたじろいだ。

 

(……なんでここまでヒュトロダエウスさんは真名を……苦手、に思ってるんだろう)

 

 (はつ)対面時に彼が自身の名について形容していた単語を正確に思い出しながら、少年は首をひねる。

 少年が疑問を浮かべている内に、ヒュトロダエウスがこほんと咳ばらいをした。

 

「ハーデスは、当代のアログリフが『類稀なる瞳を持つ者』と予言して生まれた子なんだ。その通りに、行き交うエーテルをどこまでも遠く見通す『眼』を持っている。彼こそが、『冥界に愛される者』だよ」

「『冥界に愛される者』……」

 

 臆面もなく褒めそやすように言うヒュトロダエウスと、感心するように素直にそれを反芻するアゼムに、ハーデスは極限まで恥ずかしくなった。

 

「そんなたいそうな者ではありません」

「たいそうな者なの。キミはその『眼』をきちんと活用できているからこそ、異常にものごとの飲み込みが早い。無意識に完全に使いこなしてるんだ。これってとってもすごいことなんだよ?」

「……」

 

 ハーデスは、その『眼』があるから素晴らしいと、そういう言われかたはしたことがあっても、使いこなしていてそのことが素晴らしいと言われたことはなかった。

 だから嬉しくてこそばゆいのと、そう褒められるのは恐縮でむずがゆいのとで、少年は何も言えなくなった。

 

 そんな気持ちを抱えてそわそわしていると、ぽふんとフードの上に手のひらが乗せられたのを感じた。

 思わずその手の主のほうを見遣ると、アゼムの赤い仮面の下に覗く口元は、とても穏やかな弧を描いていた。

 

 そわそわばかりさせられど、この人たちの空気はとても暖かくて、ハーデスは嫌いではなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。