刹那の永遠   作:千里亭希遊

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第二話:学び舎

 新しきを生み出す研究院(アカデミア)と古きを共有する学び舎(ガーデン)。どちらも知恵の探求者集団だが、後者は主に『小さき人』のために作られた施設だった。

 

 ポルリタ官庁街のほぼ中心に位置するカピトル議事堂からであれば、東側に目を向けると、両者ともに視界に入れることができるだろう。

 ただし通常の玄関ホールから出たのであれば、ガーデンの昇降口まではスロープを何往復もして降りていくことになるため、アカデミアへよりもかなり移動距離が嵩む。

 

 どうしたら穏便に到着できるかな、と、アゼムはぼんやり思案した。彼にはのんびりスロープを歩いて下る考えはないらしい。

 

 議事堂下層にある資料室や執務室の窓から飛行して行ったりなどすれば、ラハブレアに見つかった時が怖い気がした。

 

 窓という部位の役割について一万回程復唱させられるかもしれないし、窓と出入り口が別の構造物である理由についての考察をクリスタルに詰めて提出させられるかもしれない。

 もちろん彼がラハブレアの想定しない斬新な(・・・)答えなど詰めて行こうものなら、二千回程繰り返そうとも永遠に再提出が求められるだろう。

 そのうち真面目に考察し始め、互いに議論を楽しみ始める未来まで浮かんだ。

 しまいには玄関や勝手口、そして窓の様式美についてまでも脱線して……と、無駄に始まったとりとめのない思考を彼は中断した。

 

 アゼムはふるりとゆっくり首を振ると、素直に玄関ホールから出て騎獣を呼び出すことにした。

 どうせなら話を繋げやすそうな子を、と考えて、最近捕まえた魔物を呼び出すことにする。食料になることもある(しゅ)だ。

 

 彼が屋外に出てひゅうと指笛を吹くと、頭上に勇壮な角を一対構えた大型の獣が現れた。

 アゼムと従属関係を結んだことで彼の魔力の恩恵を受け、転移(自身のみ)と飛行の能力を得ている。

 

「今日もよろしく、ビリー」

 

 頭の横を撫でながら呼びかけると、山羊のような獣は鼻を鳴らすような息遣いをくれながら身動ぎをした。精神の壁を『超える』彼には頷いてくれているのが分かる。

 

 関係を結んだ証として固有名を付ける者もいるようだが、アゼムは自身のネーミングセンスが残念なのを自覚しているので、あまりそういうことをしない。ビリーというのはこの種自体の一般的な名称だった。

 

 ふわりとその背に跨り、東の方に飛んでほしい意思を伝える。まるで自身の手足のように自在に動いてくれる彼を他の騎獣同様可愛らしく思いながら、彼は目的地を目指した。

 

 

 

── ‧₊˚⊹⋆.*⃝̥✧˖°☽♁ꙩ♂✦☿♃♀♄♆♇✧♅✧˖°‧₊˚⊹ ──

 

 

 

 上空からふわりと駆けてくる騎獣の背に赤い仮面の人影を認めて、ハーデスは到着までその姿をただなんとなく眺めていた。

 

 ハーデスのある程度近くに降りたアゼムは、労わるようにビリーの首の後ろを撫でる。

 

 騎獣の証であるかのように装着されている手綱は、シンプルながら瀟洒な飾りの施された金具で中継されていて、誰の創造魔法の産物だろうとハーデスはぼんやり思った。

 

「……案外普通にいらっしゃいましたね」

 

 そんな皮肉でしかない言葉をもらってアゼムは吹き出す。

 

「出発のしかたに、ついては……杜撰な選択を、しかけたよ。しかし……ハーデスに怒られるのが分かってるから、ヘンな訪れかたは、選べなかった」

「どうだか。あなたは人を驚かせるのが好きですし、突然背後に現れても不思議はないと思ってました」

「それは……否定はできない、な」

 

 反省の色もなくくすくすと笑うアゼムにハーデスはげっそりした表情を向ける。

 その時だった。

 

「あれ? ハーデス、珍しいね」

 

 後方、つまりガーデンの昇降口に向かってきているのだろう位置からの声に、アゼムは振り帰る。

 その赤い仮面を認めてか、そこにいた小さき人はぽかんと口を開けた。

 

「え、きみ、もしかしてアゼム様と知り合いなの!?」

「……」

 

 ハーデスの口元が多少への字になる。彼はなんと返していいのか分からなかった。

 肯定すれば妙な感心の目を向けられそうな気がしたからだ。

 自身の功績でもないのにそんな視線は欲しくない、という卑下。

 かと言って話しかけられているだけだ、なんてバレバレの嘘に意味はない。

 

 アゼムが彼の胸中を知ったら、ハーデスが助けてくれたことで知り合ったのだから、そんなことを思う必要はないのに、と思っただろう。

 が、そうそうヒト相手に精神の壁を超えようとは思わない彼なので、そんなことは知りもしない。

 加えて彼は、ハーデスに不愛想が基本であるイメージを持っていたため、特に不思議にも思わなかった。

 

 悶々とした思考を抱えるハーデスをよそに、その小さき人物は、アゼムにお辞儀をしながら挨拶を送る。

 

「こんにちは、ヘルメスといいます。ハーデスの弟です」

「こんにち……わああ!? え、ハーデス、弟、いたのか? 知らなかった……!」

 

 予想だにしなかったことにアゼムは一瞬固まってから、叫ぶようにまくしたててしまった。

 その様子が微笑ましいのかヘルメスがふふふと笑っている。

 

「双子なんですよ。二卵性なのであまり似てはいないんですが」

「そうなんだ!」

 

 へええ~、と、アゼムは目を輝かせていた。仮面に隠れて表情もその目もあまり分からないが、魂の煌めきっぷりからアゼムの興奮を感じ取ってハーデスはむずがゆくなる。

 

「双子、珍しいな、素敵だな……!」

 

 ハーデスにとっては何が素敵なのかも分からないので、引き続きどんな反応をしていいのか分からない。弟のことは家族として兄弟として普通に愛してはいたが、双子なのは別に特別とも思っていなかった。

 

「今度、俺の妹たちも、紹介するね」

 

 にこにこしてそう言うアゼムに、ハーデスはやはり反応に困った。

 これではまるで仲が良……ハーデスはそこで思考を止めた。

 

「ヘルメスはなかなか早いんだな。まだ活動時間までには一時間ほどありそうだが」

 

 流れをぶった切るようにして、ハーデスは弟に話しかけた。

 

 アーモロート市民は皆自然と、きっちりした時刻を基準にして生活している。遅すぎることも早すぎることもしないはずだった。

 

 ハーデスがアゼムとの待ち合わせを少し早めに設定したのは、こうして一緒に居るところに話しかけられると面倒だと思ったからだったというのに。

 

「うん、今日はアテナさんの手伝いをする約束をしたからね。何をするかはまだ聞いてないんだけど」

「そうだったのか」

 

 世話役のひとりの名をあげるヘルメスに、ハーデスは彼女のことをぼんやり思い浮かべる。

 とても熱心に小さき人たちの相手をしてくれていた女性だったと思う。一人一人、丁寧に。

 

 ふとアゼムを見遣ると、彼の騎獣も目に入って、そこで疑問が沸いた。

 

「そいつ、帰還させないんですか?」

「ああ……この子に関する話も、しようと思って、さ。……ああ、でも、この子を連れたまま入ると、驚かれそう、か?」

 

 そう言って彼は、口元に手をやって首を少し傾けた。悩んでいるらしい。

 

「窓口にどなたかいらっしゃるでしょうし、聞いてみるのもいいかもしれません」

 

 ヘルメスが穏やかにそう提案するので、アゼムはなるほどと頷いた。

 

「そっか、そうだね、ありがとう」

 

 ヘルメスはいえいえ、と返す。

 

 そうして、三人はガーデンの通用門を(くぐ)る。

 

(……あれ。『不老』のアゼム様の『妹』って……)

 

 ハーデスはふと気になったが、考えても仕方がない、と小さく首を振った。

 

 

── ‧₊˚⊹⋆.*⃝̥✧˖°☽♁ꙩ♂✦☿♃♀♄♆♇✧♅✧˖°‧₊˚⊹ ──

 

 

「この子に、行ったり来たり、してもらうのは……気が引けたから、助かったよ」

 

 アゼムがそう言って微笑むと、窓口にいた世話役がいえいえ、と笑った。

 

「今回もありがとうございます。昨日ご連絡をいただいて以降、皆楽しみにしていますよ」

「それは……ありがたいのは、こっち。あまり、来られなくて……ごめん」

「とんでもない。ご多忙でいらっしゃるのに、お役目の合間にこうして来ていただけて、本当にありがたいのです」

 

 アゼムはえへへと笑いながら、期待に応えられるよう頑張る、と言う。

 

 学び舎(ガーデン)では時間を切り分けて講義が行われるわけではなく、好きに部屋に入って思うままに過ごさせる。

 その中で周りと遊ぶなり議論するなりして物事の理解を深めていく。その手助けをするのが、彼ら世話役たちだ。

 

 時には何かを得るでもなくただ過ごすだけになることもあるが、そうしたとりとめのない時間も尊重されている。

 のんびりと自由に過ごすことも、将来創造魔法で生み出すものに幅広い発想を与えるからだ。

 

 軽く手を挙げて窓口担当者に別れを告げると、ハーデスの弟も「では僕はアテナさんの執務室に向かいますね」と言ってお辞儀をして去っていった。

 アゼムとハーデスはその姿を手を振りながら見送る。

 

「皆で話すのに、ちょうど良さそうなくらい、広いところを、知ってるか?」

 

 アゼムに問われて、ハーデスは少しだけ考え込んだ。

 

「視覚的に広く見えるように魔法がかかってる部屋が多いですけど……三階の、五階まで吹き抜けになってる部分はどうですか。横の広さだけじゃなく開放感があって良いと思います」

「なるほど。……そっか、そんな部分もあるんだ」

 

 ふむと感心するように頷いているアゼムの姿に、案内を頼まれたのはあながち建前でもなかったのかもしれない、とハーデスは思った。

 

 小さき人たちが世界を知るための話、それについては、世界を見聞するアゼムが一番の語り手になるのだろう。

 だからきっと過去幾度も行われているはずのことだ。

 

 それでも本人やヒュトロダエウスの言った通りに、構造を忘れてしまっているのか単に覚えきれていないのか、はたまた行ったことのあるフロアがそう多くないのか。

 しかしアゼムの生い立ちを聞くに、彼自身はガーデンで過ごしたことがないのだろう。ならばあまり建物の中に詳しくなくとも、おかしくないのかもしれなかった。

 

「こっちです」

 

 ハーデスは頼まれた通りにきちんと案内していく。

 

 階によって構造が異なるので、階段は一続きにはなっていない。

 階段を上り、廊下を進み、階段を上り、三階に着く。

 

 そこは廊下というよりもつなぎの空間で、その先の透明な壁に扉がひとつある。

 このフロアにあるのは、この部屋だけだった。

 

 透明な扉の奥には、下生えの広がる庭のような光景が広がっているのが見える。

 そのさらに奥に見えるのはどこまでも続く青空だった。

 

「わあ……素敵な、仕掛け、だな……」

 

 立地から考えればアーモロートの街並みが全く見えないのはおかしい。だからアゼムは仕掛けだと気づいた。

 その思わずといった様子の呟きに、ハーデスは内心で微笑ましく思った。

 

 望み以上の広い部屋を案内してもらえたことがありがたくて、アゼムはふわりと笑みを浮かべる。

 騎獣のビリーも目の前の解放的な光景にわくわくしているのが伝わって来て、彼はより嬉しくなった。

 

「ここを、借りる……連絡を入れる、ね」

「はい」

 

 アゼムが穏やかな顔でハーデスにそう告げると、彼は頷いた。

 

 通信魔法を起動したアゼムは、時折笑みながら話をしていた。相手は先程の事務担当か、世話役の代表のような人物──アテナ、だろう。

 

 その通信を終えると、彼はハーデスにひとつ頷いて、部屋の方へと足を進めた。

 ハーデスもその横に並んで歩く。

 

 扉を開けると、爽やかに空気が流れる。

 

「本当に、素敵な仕掛け……美しい」

 

 まるで草原のように広がる空間の中に、一本だけ生えた樹木が見える。

 

「あの下で、みんなが集まるのを、待ってようかな。世話役の皆が、小さき人たちに、ここ、って教えてくれる、らしい」

 

 ハーデスは頷いた。

 アゼムには彼の仮面の下の口元が、心なし微笑んでいるように見えた。

 

 ハーデスにはアゼムの魂が、よりきらきらして見えていた。

 それゆえの『まるであなたのほうが子供みたいだ』に類する、ある意味親しみの籠もった、無意識の微笑み。

 しかしアゼムにはそんなことは分からない。まだ自身がどう視えるのかなど、聞いたことが無い。

 

 だから、アゼムはほんの少し首を傾げただけで、疑問にもならずに流れて消える。

 

「ハーデス、ありがとな」

「いえ」

 

 少年の反応は相変わらずそっけないのだが、彼のことをよく知らないなりに、彼が冷たい人間ではないことをアゼムは記憶した。

 

 心がほんわりと暖まるのを彼は感じていた。







✦世界観
 ・『ハーデス』がいる
  → ギリシャ神話から色々引用しちゃえ。神々は人間臭いらしい。
    └ 神性より人間性強めにした(つもり)。
 ・『ヒュトロダエウス』がいる
  → トマス・モアのユートピアに登場する人物らしい。
    └ 管理社会(ユートピア・ディストピア)からの参照多々。
 ・完璧で完全な世界
  → ユートピアの性質に魔法概念等追加。かなり大げさに。
 ・ヘルメス
  →彼らが双子なのは、エメトセルクの記憶のクリスタルに描かれた星図が双子座のものだったからです。単純。
 ・アテナ
  →学問の神なとこから。単純。

  ⇒ 暁 月 で 自 爆 し た 。
    あんなに古代の掘り下げあると思ってなかったんです。


学び舎(ガーデン)
 ここにいる小さき人々の外見は小学生くらいのイメージです。
 しかし『真なるヒト』なので、より純粋で平和的、かつ高スペックなのかもしれません。
 赤子でも創造魔法を使うらしいですし…。
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