定刻より前には、現在
皆楽しみにしてくれているというのは、冗談でも社交辞令でもなんでもなかったらしい。
胸中に温かいものを抱えながらアゼムは時間を待った。
既に全員居るらしいとはいえ、まだ始めることはしない。
彼一人なら時間などいくらでも無視するが、小さき人々が居るのならそうはならない。
習慣から外れるようなことを覚えさせたくなかった。
勤勉な彼らには猛毒だ。十中八九活動時間が長くなってしまう方に働く。
ふと、知り合いになっていなかったら、ハーデスはここでこうして自分の話を聞く機会はなかったのだろうな、と、アゼムは思った。
ならばとより大切に時間を使いたくなるのが、友という感情なのだろう。贔屓ともいう。
とはいえ、ハーデス以外の子供たちを蔑ろにする気もない。
ただハーデスにつまらない思いはさせたくないだけ。
しかし彼は日頃
そんなことをアゼムが思っていると、ちょうど時間になった。
「みんな、集まってくれて、ありがとう。そろそろ始める、な。
楽にして、聞いてくれ。姿勢は、遠慮せず、変えるように。寝転がったって、いいんだ。
じゃあ……今日は、この子のお話から、だよ」
隣に立つ騎獣を見遣りながら彼が言うと、それまで談笑していた人々の誰からともなく拍手が起こって、広がっていく。
過ぎた扱いだなあと、彼はこそばゆさに眉尻を下げながら微笑んだ。
「この子の種族は、
ビリーの首の後ろを撫でながら、アゼムは話し始めた。
実際背に乗って少し歩いて、そして頭を撫でながら、彼はその背から降りた。
「今から言うことには、びっくりする人も、いるかも、しれない。
ヒトは、時には、この子たちの命をいただいて……お肉を食べたり、皮や角を加工したり、してる」
中でも小さい数名がぽかんとしていた。
というのに、命を取られることがあると言われた当事者のビリーのほうは、悠然と佇んだままだ。
言葉を理解していないわけではない。超える力を持つヒトの言葉は、どんな相手にも言いたいことを伝えられてしまう。
アゼムと戦った結果、主従関係を結ぶことになった彼にしてみれば、当然と受け止められる事実なのかもしれなかった。
「でも、それが、自然の姿だ。世界は、そういうシステムで、回ってる。……ヒト以外にも、肉を食べる
子供たちの幾人かがおろおろし始める。
しかしこうして彼ら小さき人たちに、自然界の掟を把握してもらい、且つ自分なりに落ち着いてもらうのも、世界を歩くアゼムの大切な役目の一つ。
「
アゼムはビリーの首を無意識に撫でた。
「たとえば、この子たちは、植物という命を、いただいて、生きている。しかし増えすぎると、山が禿げる程、食べ尽くしてしまうんだ」
ぽかんとする子供たちが増えた。
その様子を微笑みながら見渡して、アゼムは話を続ける。
「そうなったら、その緑を、糧にしている、他の種が、飢えてしまうし……住処にしている種は、住めなくなるし……枯れて土に還り、養分になるものが、なくなった土地は、痩せる。それに……土は、植物が根を張って、支えている、場合も、あるから……それがなくなって、脆くなってしまって、雨が降ったりすると……土砂崩れを、起こしたりもする」
散々言われているのかもしれないビリーだが、やはり悠然と佇んでいるのみだ。
「だから種が増えすぎる、というのは……あまりよくない。その主たる解決法が、より強い者に敗けて、食べられること、なんだ」
アゼムはそこで少し苦笑する。
「とても極端で、残酷な摂理と、思う人もいる。それを嫌うか受け止めるかは、その人次第だ。
俺は、個人的には……前向きで、居たいから……せめて、感謝しながら、命をいただいてる。
創造魔法で、必要な栄養を創り出して、それを摂取するのも、俺はとめないけど……個人的にはそれは、逆に自然の掟から、逃げる行為じゃないかなと……思ってる。
いただく命に、感謝する生活から、離れてしまうし……増えすぎることを、防ぐ役割からも、外れてしまうから、ね。
でも本当に、命を奪うことが、つらいひとも、居るのは分かるから……とめはしない、咎めもしない」
小さき人の中にはだんだんと落ち着きを見せ始める者たちも出て来た。アゼムはその様子にほっとする。
残酷だとしても悪いことなのだと思わなくてもいいことを、把握してくれただろうか。
「ただ……増えすぎは、よくないとはいえ……敗けすぎて、食べられすぎると、種自体がなくなってしまって、第一の目標である『続くこと』が、達成できない。
そうならないために、種は、進化して強くなっていく。
皮肉っぽい、けど……食べようとする存在が、居るのと居ないのとでは、進化速度は、段違いになる。この点、命のやりとりは、残酷だとしても、持ちつ持たれつともとれる。進化も『続く』ためには、とても重要なことだから。
……持ちつ持たれつ、といえば、植物になんて、食べられることを、前提とした増えかたを、するものも、あるくらいなんだ。
食べられても、栄養として取り込まれないように、種を守って、排泄された先で根付くことを、目的にしたり。
そういう種は、むしろ食べられたいからこそ、実がとってもおいしかったりする。
実ごと地に落ちて、種がその実を栄養にする道も、きちんと有しているし、ね。
逆に、食べられたくない植物は、毒を持っていたりするし……なかには、食べようと寄って来るモノを、捕まえて、逆に食べちゃう植物もいる。すごく、頭がいいと思う」
アカデミアのハルマルト院には、実際動き回ってものを考えてそうな植物もいるから、見に行くのもおもしろいよ、と、アゼムはくすくす笑いながら言った。
そんな彼の様子に緊張をとくことが出来た者もちらほら。
いったん休憩にしようかなあと、アゼムは思う。
まだそれほど多く話したわけではないが、あまり一気に情報をあげては、混乱させてしまわないだろうか。
「いったん、休憩にしようと思う。10分くらいかな。そのあと、分からなかったこととか、疑問に思ったこととかあったら、質問してもらおうと思ってる」
のんびり休むんだよ、と彼が微笑むと、小さき人たちは口々に「は~い!」と言ってそれぞれ思い思いの行動をとりはじめた。
アゼムはかわいいなあと目を細める。
ビリーに好物のイチイやカベイジの葉をあげたり、水を飲ませたりしていると、興味深げに寄ってくる小さき人たちがちらほら。
アゼムにとっては微笑ましくてたまらない。
「大型の山羊だし、実際人を乗せれるくらい、力持ちだけど……こうして大人しく、あげるものを食べてくれてるのとか、見てると……とても、かわいいと思う」
彼は小さき人たちのこともかわいく思いながら、ビリーを撫でる。
ビリーがまんざらでもなさそうなのを感じて、やはり彼のこともかわいく思うのだった。
周りに集まった小さき人たちも、目をキラキラさせて口々にかわいいと言ったりしている。
「ビリー、皆に撫でさせても、いいか?」
アゼムがそう聞くと、ビリーはふすんと鼻を鳴らして足踏みするような身動ぎをした。
許可してくれているらしい。たいへん度量のある騎獣だ。
「触ってもいいって」
「わあー!」
「優しくしてね」
歓声を上げる子供たちに、ますます心和みながらわいわいする様子を眺める。
そうこうしているうちに、休憩時間として設定した10分は過ぎてしまった。
微笑ましい光景をずっと見ていたい気分を、開始を待っていた時間と同様の理由で振り切り、話の再開を告げる。
誰ひとり遅れなかった点、本当に皆真面目である。
「じゃあ、質問があるひとは、いるか?」
言って見回すが、近くの人間と顔を見合わせるなどの仕草を見せる者がちらほらあれど、発言したそうな者が現れなかった。
理解力が高い人間が多いので、ある程度予想していたアゼムは、次の話題をどうしようかなとぼんやり思案する。
疲れた様子の子が多いようなら話題はひとつで切り上げるのもいいかなと思っていたが、そんな様子の者は存外と一人もいなかった。
せっかくビリーに居てもらっているのだから、彼との出会いを話すのもいいかもしれないと当初から考えていたのと、ラハブレアにもらったケット・シーを呼び出して、幻想生物に関する話をするのも面白そうだなと思う。
そんなことを考えていると、小さき人のひとりが手を挙げたのが見えた。
内心喜んでアゼムは「はい、キミ。言ってみて」と微笑んだ。
「……ヒトが、食べられることはあるのですか?」
声でハーデスだと分かった。
随分突っ込んだことを聞くなあと思う。同時に、このあたりがもう小さいうちに学べることはない、ということなのかもしれないとも思った。
この平穏な街において、ほとんど誰も感じたことがないであろう『恐怖』を与えかねない発言。
皆が混乱しないか心配になったが、想像だにしなかったことなのか、ただただぽかんとしている子供たちばかりだった。
小さき人々を怖がらせてしまうことは心配だが、嘘を教えるわけには行かない。
アゼムは一瞬だけ迷って、はっきりと頷いてみせた。
「この子みたいな
アゼムはできるだけ穏やかに、ゆっくりと言った。
「ヒトの身体そのものは、生物としては、そんなに強くない。
身を守る硬い殻や鱗を持つわけでもなければ、筋力が大きいほうでもない。それなのに、ヒトはとても強い。
道具を作り、それを使うことができるし、何より、創造魔法を扱うことができるから。
それが、身体の弱さを補って余りある、防御力と攻撃力を発揮するから、現状ヒトは、世界のどの生物よりも、強いかもしれないといえる。
そしてね、この首都アーモロートみたいに、立派な建物を作ることができるから、まず襲われることもないよ」
そう言ってにっこりと笑うと、茫然としていた子も身を強張らせていた子も、ぽかんとしていたのが一転、安心した様子を見せ始めた。
アゼム自身がそれを安心して眺めながら、言葉を続けた。
「だから皆、道具を発明するのや、イデアを生み出せるようになるのを、頑張って目指すんだよ。俺はそれが、ヒトの進化なんだと思う。
今でも、ヒトを食べることができる存在が、全くいないわけじゃない。彼らも生き残るために進化する。
より糧を食べられるようにも、生き物は進化していくから、さぼってると食べられちゃうかもしれない」
皆、はーいという返事や、頑張るという声をくれた。
恐怖を抱えるのではなく前向きになってくれている。強い子たちだなあとアゼムは微笑む。
「この答えで足りるかな? ほかには、ある?」
彼はハーデスに聞いた。
ハーデスは少しだけ考える様子を見せた。しかしすぐに答えてくれる。
「はい。ありがとうございます。もうひとつ。現状食べられることがほとんどないなら、ヒトは増えすぎないですか?」
食べようとするのでは無くても、縄張りを守るためなどで、命を奪おうと襲ってくる、あるいは対抗する生物や怪物がないではない。
災害も命を奪っていくことがある。
そうして人命が失われることは、世界では稀にある。
しかし今の話題では必要がないと判断し、アゼムはそれらは置いておくことにした。
「人民管理局が、人が生まれすぎないよう、かつ、いなくなりすぎないよう、管理してるんだ。そこで勤める人たちが、今の世界を観察して、そしてこの先の世界について、厳密に予測を立てて、人が生まれる順番を指示してくれる。だから増えすぎることはない。こうした管理を自分たちで行えるのが、ヒトの強みでもある」
人民管理局すごいなあ、というような声が聞こえてくる。
「……出生の管理……それは、自然の掟に逆らっていることには、ならないのでしょうか」
ハーデスが俯きながら、緩く丸めたこぶしを口元にあててぽつりと言った。
真面目だなあ、というのと、小さき人にしては本当に深く突っ込んでくるなあと、アゼムは思う。
「そうだなあ……これは、ちゃんとした答えじゃないよ。俺個人の考えにすぎない。多分明確な答えは、出せないことだから」
アゼムは目を伏せながら微笑んで、穏やかに答える。
「ヒトはさっきも言ったように、他の種と違って、身ひとつで生きているのではなく、道具や魔法を持っていて、他と一線を画すほどの強さを持っている。
そんなだから、物や魔法を生み出すことはともかく、種については、繁栄しすぎることは、意図的に抑えていないと、自然を壊してしまいかねない、と思う。
自然を壊してしまうことの方が、自然を無視していると言えるのかもしれないと、俺は思う」
ハーデスは、なるほどというように小さく頷いてくれていた。
アゼムは、素直だなあ、と思う。
「ほかには、ある?」
「……いえ、ありません。ありがとうございます」
ハーデスは小さくぺこっとお辞儀していた。アゼムはその様子がかわいらしいと思ってしまう。
さすがは見渡す『眼』を持つ人だなあ、というような声がふと聞こえた。その主が世話役か小さき人か、アゼムには分からなかった。
ハーデスが少し俯いて、口を少し引き結んでいるのが見えた。
ああ、と、アゼムは思う。
この子の自己評価がどこか低いのは、こういうことのせいかもしれない。
ハーデスだけの問題じゃない。
周りにも、知っていてほしいこと。
だから、アゼムはふわりと微笑んで言葉を紡ぐ。
「キミは、素敵な『眼』を持っているんだね」
今初めて知ったような口を利く。
知人であることが周りに知れてしまうと、『アゼム』にとっての特別な存在、などと、『個人』が目立ってしまいかねない。
この時ばかりは、自分の十四人委員会の一員という肩書を重く感じた。
アゼムの言葉に、彼は少しぴくりと身体を震わせてしまったように思えた。
アゼムはハーデスを困らせたいわけではない。だから、更に言葉を続ける。
「でも、そうやってたくさん知ってることとか、その知識を応用していけることとか、そういうのは、その『眼』で視えた世界をもとに、キミ自身が頑張って、努力して掴んだもの。だからこそ、輝いて見える」
ハーデスは俯いたまま、小さく口をあけた。
「でも、そういう『眼』を持たないひとからみたら、キミにどういう世界が視えているのか分からないから、その過程を知ることができない。
だから、『眼』すごいね、って言うしかない。
誰も、生まれ持ったもののおかげだけで、すごいと思って言ってるわけじゃないし、もしキミがそう思ってるんだったら、それも違う。
キミが自分の力を精一杯活用して、キミ自身で頑張って生きてきた結果だ。とても稀有で、素晴らしいことだよ」
その場にいるほぼ全員が、ハーデスのほうを見遣った。表情は一様に、尊敬や称賛を抱えているのがわかるものだった。
「だから、自信を持つんだ」
ハーデスはこそばゆそうに身を縮めて、顔を赤くしていた。
アゼムはビリーを撫でた。そばに立っているとなんとなくそうしてしまいたくなる。
あまり触られるのを好まない個体もいるが、彼はそうではなかった。
アゼムは先程ハーデスに向けた言葉について、ぼんやりと考える。
昨日ヒュトロダエウスも言っていたからこそ、言えたのかもしれなかった。
それでどうなるかは未知数だが、この子達なら悪い方には転ばないだろう。
アゼムはここで再度休憩を挟むのもキリがいいかと思ったが、少し忙しない気がしてやめた。
「よっし。じゃあ、ほかに質問がある人、いるかい?」
少し間をおいて、小さき人の一人が挙手してくれる。
「ありがとう、話してみてくれ」
嬉しいのを隠し切れない声になってしまった。
それで手を挙げたひとは緊張が解けたようで、口元を綻ばせながら質問を紡いだ。
「その子は、アゼム様が世界を旅する中で捕まえていらしたのですか?」
ビリーのことを見つめながら聞かれている。
アゼムは嬉々として返答する。
「そうだよ。……騎獣の捕まえかたは、色々あってね」
彼はビリーを撫でながら、話そうと思っていたことの呼び水になってくれた小さき人に感謝した。
「一般的なのは、『
自身の「お世話してもらっている」、の言で真っ先にヒュトロダエウスのことが思い浮かんで、それで彼は『友達』と言った。多分ヒュトロダエウスには呆れられる事態である。
小さき人たちが「友達」と口々に繰り返して高揚している様子が、ちらほらうかがえた。
動物と仲間になれる可能性を考えるとそうなるのは、アゼムにはよく分かる。
「どうやって……捕まえたんですか?」
質問者の小さき人が、わくわくした声で更に言葉を重ねてくれた。本当にありがたいことだった。
「あの時はね、俺ちょっと、お腹すいてたから……食べようと思って、この子に攻撃したんだ」
空気が少し固まる。
……それはそうだろう。こうして生きて動いて、可愛らしいという話もしていたのだから、当然だ。
「それで、俺が勝ったなあって思った時に、座り込んで、頭を下げるみたいにして丸くなった。それがとても可愛かったから……これは食べられないな、と思った」
動物がアゼムに攻撃されて屈服したとなった時には、たいてい既に命がない。それでも生きていた彼が、珍しかったというのもあるかもしれない。
可愛い姿に食べられなくなったと聞いて、皆安心したのか、場の空気が和らいだ。
「そうやって、懐いてくれたか、認めてくれたかで、この子はこうして、一緒に居てくれている。とても、嬉しいことだね」
言いながらアゼムは目を細めて微笑み、またビリーの頭の横あたりを撫でる。
「俺は何に関しても、どうもこうして、力押しみたいになってしまいがちだけど、もっと穏やかな方法も、ちゃんとあるよ」
ふふふと彼は笑う。
「『心を通わせる』ということに、なるのかな。おいしいご飯をあげたら、恩に感じてくれることもあるし、目を合わせて『一緒に行こう』って、語りかけてみたら、応えてくれたりとか……あと、『調教』の特性や権能を、持ってる人は、もっと何か違う、独特の感覚があるのかも、しれない」
穏やかな表情でビリーを見つめながら語っていたアゼムだったが、ふと思いついてビリーに願ってみる。
「そういう関係性の人を、見つけられたら、キミも楽しくなれたり、しないかな? 少し試して、みないか?」
ビリーはすぐに、ふるるんと喉か鼻を鳴らして応えた。
興味を持ってくれたらしい。
人々のほうも興味深いようで、挑戦してみたさであろう、そわっとした雰囲気を感じる。
「ふふふ、ありがとう。じゃあ……たくさん試してもらうと、忙しなくなっちゃって、この子に申し訳ないから……質問してくれたキミ、やってみるかい?」
アゼムに視線を向けられた小さき人が、ぱっと明るい雰囲気をみせた。
「はい! ぜひ!」
元気な返事が返ってくる。
周りから、いいなぁ、というような羨やましそうな声が、ちらほらとあがる。
しかしそこに僻みのようなものは感じられず、果たしてどうなるのかに期待を募らせた雰囲気が感じられた。
アゼムが手招きをすると、その小さき人がわくわくした様子で前に出てきてくれる。
「じゃあ、キミの思うままに、この子に接してみて。
……キミにどういうことができるのか、俺にも分からないし、キミ自身も知らないことでも、できるかもしれない。
だから色んなことを、やってみるといいよ。
ビリー、お手柔らかにな」
ふるるという息遣いで是を応えてくれるビリーに、アゼムは微笑んで、一歩下がる。
「はい……! よろしくお願いします……!」
小さき人は緊張と熱意の混じった様子で、ビリーにお辞儀をしてから、語り掛け始めた。
ただし言葉ではない。目線を合わせてじっと見つめ合っている。
アゼムは小さく息を飲む。
(特にやったことなさそうだったのに、まるで最初から方法を知ってたみたいだ……! 調教の素質があるのかもしれないな)
アゼムは期待をこめて二人を見つめた。
しばらくその場は、静かな、しかし熱気を持った空気に包まれていた。
ビリーと、彼に対面する小さき人からは、終始楽しそうな高揚した雰囲気が感じられた。
長いような、短いような時が流れる。
しかしそれには退屈さなど微塵もなく。
そしてとうとう──……。
アゼムは、自身とビリーとの間にあった繋がりのようなものが薄れていくのを感じて、目を見張った。
ビリーが小さき人に顔を近づけていた。そこには恭順の雰囲気が感じられる。
「……! すごい……! 本当に、すごいことだよ!!」
アゼムは思わずそう言った。興奮を隠せない。
こんなに小さなころから調教の素質を見事に現して見せた人物に、尊敬を抱かずにいられない。
しかも他人の魔法から解き放った上で、自らの術式に再構築したようなものだ。当然難易度は上がる。
アゼムの言に何が起きたのか薄々察した人々によって、その場が感嘆に包まれていく。
「キミには、調教の素質があったみたいだね……! きっとこれから、素敵なできごとに、たくさん出会えるよ。俺はその分野に詳しくないんだけど……ここや、知ってる人の中に、誰か、居る? 居なかったら、心当たりの人を、紹介できる。……あと、ビリーは、自分で生活することができるから、お世話のことは、考えなくていいと思う」
嬉しそうに矢継ぎ早に言うアゼムに、とうとうその場の全員が小さき人とビリーとの間に繋がりが生まれたことを確信して、歓声が上がった。
予想以上の結果に興奮して、アゼムは創造魔法を練り上げ始めた。この素晴らしいできごとをみせてくれた小さき人に、贈り物をしたいと思った。
こうした時に彼が贈り物をするのは、特に珍しいことではなかったりする。
「とっても素敵な結果を、見せてくれたキミに……贈り物を、させてほしい。きっと、役に立てると思う。……これからふたり、仲良くな」
そう語りかけると、ビリーは満足そうに頷いたように見えた。
当の小さき人はぽかんとしている。
「……え、え!? そんな、僕に……僕と、一緒にいてくれる、の……?」
戸惑いながら彼──『僕』と言っているということは少年だったようだ──はビリーに聞く。
ビリーはまた頷いたように見え、そしてきっと少年にもそれが伝わっている。
そして思わずといった様子でビリーにそっと抱きついていた。それをビリーが嫌がらないことも、きっと彼は既に察しているのだろう。
そんな様子をアゼムを含め人々は微笑ましく見つめていた。
最初からもう仲良さげに見える彼らに、アゼムは思う。
(名前を付けてあげたりするのもいいかも、っていうのは……やらなかった俺より、学ばせてくれる人がきっと、正確に伝えてくれる)
ビリーというのは
個としての名を付けるというのは、ますます絆を深める、言霊のようなものだ。
そんなことを考えている内に、彼の創造魔法は完成をみせる。
現れたのは杖だった。
くるくると二頭の蛇が巻く、先に翼のあしらわれた杖。
その意匠は彼自身が考えたものではなく、以前彼が目にした伝承にあった、『動物たちを導いた者』が所持していた杖のものだった。
名を、ケーリュケイオン。
アゼムのこれは、それを参考にして作っただけのものだから、名を伝えることもしない。
「調教の役にたてたら、嬉しい。もちろん、キミがその道を選ぶかどうかは、キミ次第だから、断って構わないからね」
眩しそうに微笑んで、少年にその杖を渡す。
「杖まで、いただくなんて……! 本当に、ありがとうございます……!」
小さき人が勢いよくお辞儀して、アゼムも嬉しいのと微笑ましいのとで、ぱあっと笑顔を浮かべた。
そして、この≪
✦食物連鎖
何故話題がこれかというと、この捏造世界観の説明に丁度いい気がしたためです。
専門家じゃないどころか生物も未履修なので、ヘンな部分ありましたら脳内補完してあげてください…。
✦話し言葉
古代人やアシエンが使っているあれです。
内容に比べて音がかなり少ないので、伝える効率が現代より高いと取り、その要因を『言葉の壁を超える力』にしました。
古代人はみんな超える力持ってたっぽいので!
また、擦り切れたオリジナルと転生組アシエンの言葉はヒカセンにしか分からなかったにも関わらず、海底のアーモロートの古代人たちの言葉は暁の皆にも理解できていたことから、分かたれていない人々の超える力に限定されるとしました。