(今日は、ここまでかな? 内容的にキリも良い)
アゼムはこのひとときの立役者となった『
ビリーは彼に目線を返すと、小さく首を揺らした。
アゼムの提案を受けてくれたのも、相手が小さき人だと侮らずに向き合ってくれたのも、この個体の素直で人懐っこい気性のおかげなのだろう。
眩しそうに目を細めて微笑みながら、アゼムは周りの人々を見回した。
「今日は、これくらいにしようと思う。皆、聞いてくれてありがとう」
人々が残念そうな雰囲気になったので、彼はありがたくて更にえへへと笑った。
「そして質問してくれた二人も、今日を素敵な時間にしてくれたビリーも、本当に嬉しい、ありがとう。これからも、皆に喜んでもらえそうな話をみつけられるように、俺も頑張るから、皆にも元気でいてほしい」
そう願ってきらきらした笑顔を浮かべる彼に、みな一様に心和ませるのだった。
しかしふと、アゼムの表情が曇る。
「あの、ええと……全員に、あの杖みたいな、贈り物を創ることは、今日は、できないけど……」
故なく見境もなく創造物を渡しても、邪魔にしかならない。
「今度は、いつもみたいに、世界のどこかから、みんな分のお土産を、見つけてこれたらと思う。珍しい鉱石、おいしい木の実……世界には、素敵な物が、たくさんあるから」
想像してか一人くすくすと笑い始めたアゼムに釣られて、皆も似たように笑い出す。
(……いつも俺のほうが、何が話せるか、何をお土産にしようかって、楽しませてもらってる気がする。皆も楽しかったらいいんだけど……)
そんな和やかな雰囲気の中。
「アゼム様」
小さき人の一人がゆっくりと前に出てきた。
そして何かを大切そうに彼に差し出してくる。
「いつもありがとうございます、っていう、皆からの気持ちです」
「……え」
アゼムはぽかんとしてしまう。
お礼にと何かを貰うことは珍しくなかった。
とはいえ、今日来るというのは昨日急に連絡を入れたこと。しかも前述の通り、彼の方はお土産など用意できていない。
「皆で作ったんです。少しでもお役に立てたら、皆嬉しいです」
その手のひらの上にあったのは、正方形の小さな箱だった。
小さき人の手のひらに対しては多少大きく、両手で大事そうに支えられている。
遠慮してまごついたり受け取りを辞退するような、まどろっこしい習慣はこの時代の人々に存在しない。厚意は素直に受け取るものだ。
ただアゼムは、今ばかりは少し遠慮が膨らみ、おずおずと受け取る。
「そんな……みんな……ありがとう。ええと……開けても、いいか?」
アゼムは恐縮でそわそわした。渡してくれた小さき人も、他の周りの人も、くるくると忙しなく見回す。
皆にこにこと頷きを返してくれた。
それを受けて彼は、淡い橙色の紙で丁寧に包まれている──多少のずれが生じている不慣れな様子が、小さき人たちの手作りであることを如実に伝えてくる──のを、そっと開いていく。
包み紙の中から現れた貼箱の共蓋もそっと持ち上げると、そこにあったのは美しい懐中時計だった。しかも盤の中に小さく方位磁針までついている。
時計の盤面は星の瞬く夜空。
コンパスの部分は、ゆっくりと雲の行き交う昼空。こちらにはどうも、今いる場所の天候に反応して、同様の空模様になる魔法が組み込まれているようだった。
時間には十四人委員会のうちの十二の星図があてがわれている。
一時が白羊宮で十二時が双魚宮だ。
そして時計の秒針に、エリディブスが例えられることもある月が、コンパスの針の南よりの部分に、アゼムが例えられることがある太陽があしらわれている。
これで十四人委員会のすべてという訳だ。
ただただぽかんとしているアゼムに、それを指し出してくれた小さき人は口元の笑みをいっそう深くしたあと、小さくお辞儀をして皆の中に帰って行く。
それを見送りながら、アゼムはいっそうたどたどしい口調になりながら呟いた。
「そんな、急だったのに……しかも、これ……皆で作った、のか……?」
摘んだ野花とか、そういう手間のかからない物であれば、まだ気が楽だった。
「ふふふ。実を言えば、いつかお礼にできたらと、結構長いことのんびり作ってきた物なんです。創造魔法の良い練習にもなりますので」
小さき人たちの後ろのほうに居たアテナが、いたずらっぽく微笑みながらそう言った。
長くここで世話役をしている彼女は、必然的にアゼムとも長い付き合いになる。だからか、こう気さくな態度をしてくれるのだ。
(……そう言えば、ヘルメスが、何か彼女の手伝いを、と)
もしかしたらこれを包んだのも、そして先程手渡してくれたのも、今朝会ったあのハーデスの弟なのかもしれなかった。
その自信がはっきり持てないことにアゼムは申し訳なくなる。
長じた人々はともかく、小さき人たちの声からはあまり『個』が分からないものだから、ローブと仮面も相まって、容易には区別がつけられない。
ただ、ハーデスであれば、これまで幾度か接する機会を持てているため、声と雰囲気で見出せるのだが。
ガーデンへは気紛れに、かつ不定期にしか訪れていないのに、長いことこんなに繊細な物を皆で作ってくれていたというのか。
「長いこと、もうこの≪
アゼムはそう言うアテナと、そして周りの皆とを、きょろきょろと忙しなく見回す。
「そ、そんな、気を遣ってくれなくて、も……」
しどろもどろな様子の彼に、皆微笑ましいものを憶えた。
「俺は……みんなに、お礼がいつできるかも分からない、のに」
「お礼にお礼を考えないでくださいな」
アテナにまでいつかのラハブレアと似たようなことを言われて、彼はますますおろおろした。
そんな彼に、アテナは口元に緩く曲げた指を添えながら、くすくすと笑うのだった。
「アゼム様、アゼム様」
小さき人の一人が、きらきらした笑顔を彼に向けながらその名を呼ぶ。
彼女は「うん?」とその子に向き合った。
「あの子、すごいんです。その空が動くように、頑張ってくれたんですよ!」
そう言いながら一人の小さき人にちらちらと顔を向けている。
その相手はたじたじとなって身を引いていた。
(……えっと、この子は……ハーデス、だよね……?)
褒められたことに喜ぶのではなく動揺しているのが、いかにも彼らしい。
「そうです、すごいんですよ、はじめは皆で盤面を空にしようって決めて、きれいな空にするにはどうしたらいいかなって、それを頑張って、そこまでで完成だって思ってました」
「でもね、どうせ創造魔法の練習なら、これが動くようにしたらどうかって!」
「ほんとの星空みたいにきらきらするだけじゃなくて、お昼の空の方は今日の天気に合わせて変わるようにしたらって提案したのも、この子!」
「すごいよね」
「うん、すごい!」
皆が口々に褒め始めて、ますますハーデスが身体を強張らせている。
「本当に、すごい……本当に……こんなに頑張ってくれて、みんな、ありがとう……!」
ハーデスを見て、それからみんなを見回して、大切に時計を胸元で抱きしめるアゼムに、皆「よかった~」「えへへ~」などの声をあげ、笑い合っていたのだった。
やがてこの場は、和やかに解散していく。
最後に話の中心がハーデスに行ったのはありがたいことだった。
ここで彼がハーデスに話しかけても、不自然に見えないからだ。
仮面とローブのおかげで口元しか見えなくはあれど、アゼムが嬉しそうに微笑みながらハーデスを見ているのが分かって、彼は相変わらず身体を硬くしていた。
「わ、私は別に……それに、あなたに渡すものだとは知らなかったんです」
「ふふふ」
彼にとって通う必要がないのだから、何もおかしくない。
しかし、それでもここに顔を出すことがあったというのが、いかにも生真面目なハーデスらしいな、とアゼムは思った。
案内をしてほしいなんて言ってここに行くよう仕向けたのは、本当に全然意味のないお節介でしかなかったなあと、そのことに関しては申し訳なさと情けなさを憶えたアゼムだった。
「じ、実際こう動くように術式を組んだのは、別に私だけではありませんし……空の構成自体も、造形が得意な子に手を借りて……」
「ふふふ。でも、キミの頑張りは、本当に素敵で、ありがたいこと、だよ」
「……」
このほわほわとした雰囲気とたどたどしい喋りかたは、ヒュトロダエウスが本来の彼のものではないと言っていた。
しかしいつにも増して今の彼は、固さが解けている気がした。
今日ここで話していた彼は、とても楽しそうだったと、ハーデスは思う。
(……ここでこうして話をすることも、もしかしたら……息抜きになるようにって、委員会の誰かが紹介してこうなったのかもしれない、な……)
きっと彼は、小さき人々と接することが好きなのだ。
中には不得手に感じる人もいるのに。
ハーデスはふっと苦笑する。
(……この人もだけど、周りも……世話好きで優しい人々ばかりだ)
「今日は、ヒュトロダエウスのとこには、来るかい?」
まだ午前中ではある。
もし彼の所にハーデスがこの後行くのなら、一緒に行って三人で昼ご飯でもどうだろうと、アゼムは思ったのだった。
行く、ではなく、来る、と聞いた彼に、ハーデスは再び苦笑する。
(まるで自分の家みたいだ。それだけ仲が良いってことだよな)
やはり彼が『
どうしてそんなふうなのか知ったり……彼が真名で名乗ってくれるような日は、来るのだろうか。
ハーデスはそんなことをつらつらと思いながらも。
「いえ、昨日もお邪魔しましたし、今日はこのあと家で過ごします。今は珍しく母と父が二人とも手持無沙汰らしくて」
両親の役目は繁忙を終えたらしく、少し休養が続くようだった。
もしかしたら今日は皆で、どこかに出かけるのかもしれない。
「そっか。今日は本当にたくさんありがとう。こんなに素敵な部屋を紹介してくれて、質問もしてくれて。キミが聞いてくれたから、次の人も聞きやすかったと思う」
それを聞いてハーデスはまた苦笑する。
次の人、なんて言っているということは、きっと彼は気づいていなかったのだ。
たまに彼のイタズラで翻弄されることのある少年は、小さな仕返しのつもりで拗ねたような声音をしてみせる。
「え……分からなかったんですか……? あれ、弟だったのに……」
「……えっ! そうだったの!? ……ヘルメス君?」
名前をきちんと覚えていることを、彼は微笑ましく思う。
そういうところが本当に彼らしい。
「ええ」
「……────っっっ」
(手渡してくれた子もそうだったっぽいし、二回も気づかなかったってことか!?)
アゼムは額に手を当てて天を仰いだ。
ハーデスの仕返しは成功したようだ。
ハーデスは内心でしてやったりと満足しながら、彼を呼ぶ。
「……アゼム様?」
「き、気づかなかった……」
そこまで衝撃を受けている彼がおかしくて、けれどそれが彼らしくもあり、ハーデスはまた苦笑する。
弟と彼は今朝少し言葉を交わしただけな上に、皆同じ格好をしているのだから、分からなくても当然だというのに。
「そこまで気にしないでください。誰だってそうそう見分けられないです。からかいすぎました。すみません」
「!?」
アゼムはぽかんとした。
ハーデスって人をからかったりするんだ、と、目を丸くする。
少年は「くくっ」なんて笑いを抑えたあと、ふうと息をついて、穏やかに言った。
「あいつ、すごいでしょう? ほかの皆だって……その時計を見たら、分かるでしょう?」
ハーデスがそう言いながら彼の手元に視線を遣っていたので、彼もその時計を見つめる。
とても美しい。
感謝も喜びも愛しさも、何もかもが振り切れ過ぎて、彼はそれをそっと握った手に頬を寄せる。
感情を噛みしめるように目を閉じて、ぽつりと彼は言った。
「……一生、大事に、する」
アゼムの一生はどこまで続くのか分からない。
それは本人が一番よく分かっているのだろう。
それでもそんなことを口にした。
だから、斜に構えたようになってしまっているハーデスが、珍しく微笑んで彼女を見つめていた。
片づけなどがあるわけではないが、一言挨拶でもしようかと思ってこの場に残っていた≪