刹那の永遠   作:千里亭希遊

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第六話:嘆きの川の渡し守

 冥界に続く地というのは、実際に物質界に存在するものではない。

 概念として在るものだから、こうして同じ性質を持つ場所であれば、本来()の地に住まう者には接続することが可能なのだろう。

 それで、その場所が生者の認識するところになってしまった。

 

 そしてカローンというのはそこの渡し守とされる存在の名である。

 ただ、こうして大っぴらに呼ばれることからも分かる通り、何かの伝承による仮称で、真名ではないらしい。

 

《お家に帰してーーー!》

 

 ランパスの言葉に呼応してか、ゆらりと川面を進む影が近付いてくる。

 小舟の縁に腰掛ける人影がひとつ。

 どうやってバランスを取っているのかも分からないそれは、ただただ黒いだけだった。人の形をした黒色がそこに在る。

 

 宙を飛べるランパデスでも、この渡し守の手に頼らねば、概念的な川は渡ることができない。

 

〖お断りだ〗

 

 影はランパデスにそう答える。

 

《ええぇえ!?》

 

 ランパデスが口々に驚愕の声をあげ、生者二人は警戒を空振りする。

 

〖渡し賃を持たない者は渡さん〗

《いつもは目を瞑ってくれるでしょーーー? 意地悪ーーー!》

 

 ランパデスがキィキィと抗議する。

 

〖戯け者。お前たちあほうのことではない。そこの生者だ。

 そもそも、お前らを無賃で渡してやっているのは、ただの帰還には元より銭が必要ではないからだぞ。何を勘違いしていた?〗

 

 渡し守はランパデスと違って常識人らしい。

 影しか分からないためヒトかは断定できないうえ、常識というのもヒトの物差しだが。

 

 とはいえ、その≪銭≫という概念もヒトに存在しない。

 渡し守の言は念話のように意志が伝わってくるものだったから、どう定義されたものかは分かったが、死者はどうやって身近に存在しないモノを持って来るのだろう。

 

《じゃあ、まず死んじゃってもらえばいいのよね?》

 

「!?」

 

«銭»とは、死者になれば自動的に持つことになるモノだとでも言うのだろうか。

 術式だかまじないだかを発動させようとするエーテルの流れを感じて、生者二人は気色ばむ。

 

 凶悪な何かを少年にぶつけようとしたランパス。

 とめようと攻撃的な姿勢をとる生者。

 どうしようもなく最低な愚か者と呆れる念を発する渡し守。

 

 それらが同時進行していたその瞬間。

 

 ぶわああああ、と何かがランバデスと少年を覆い隠した。

 

《わあああああ!?》

 

 ランパデスの驚愕の叫び。

 

 生者二人は何が起きたのか分からず、その塊に手を出せば何がどうなるかも分からず、急停止した。

 

〖遅い〗

 

 渡し守が不満の念を発する。

 そして更に別の、不満の声がする。

 

「我々は遊びにきていただけだというのにー。ひどい言い草だと思いまーす」

 

 その声には揶揄いの色があった。

 

 塊の後ろから、二つの人影が現れる。

 

 見慣れたローブ姿のそれに、他にも生者がここに在ると二人は驚いた。

 

「と言っても、こんなの見過ごせたわけはないんですけどね」

 

 もう一人が呆れの滲む声で言った。

 

「これは向こう(・・・)のかたに、何かお仕置きしてほしいくらいですねー。まったく、本当にしょうがない子たちだなー」

 

 ヘッエェーと盛大に呆れた溜め息をつきながら、その人は肩を竦めた。

 彼は冥界(向こう)についてよく知っているのだろうか?

 

 彼岸と此岸を分ける境界に『遊びに来ていた』ことといい、どうやらかなり稀有な人類らしい。

 世代が世代であれば、十四人委員会に就いていたのではないだろうか。もしかしたら次代に選ばれるかもしれない。

 

 片方の人がアゼムとヒュトロダエウスのほうを向いた。

 

「迎えのかたがたがいらっしゃるようで、安心です。わたしたちだけでは、ランパデスから放してあげられたとしても、その後どうしていいか分からなかったでしょう」

 

 柔らかい雰囲気でそう言ってくれるその人がありがたすぎて、二人は頭を下げる。

 

「本当にありがとうございます……!」

「いえいえー。当然のことですよー」

 

 もう一人も朗らかに言ってくれた。

 

「……というかあの子のほうは出してあげなきゃー。急いだから一緒にくるんじゃったけどー」

 

 そう言いながらその人は塊のほうを向く。

 どうやら植物のようだ。彼はこれを自在に扱えるということなのだろうか。

 その点もかなり稀有だ。

 

 はらはらとその植物が開いてく。

 しかし。

 

「あ、あれー? あれー??」

 

 その人は困惑の声をあげる。

 

(あれを解いてるのは(術者)じゃない……!?)

 

 エーテルの流れにヒュトロダエウスも動揺する。

 

 その場の全員が気色ばんでいる中。

 少年の姿が現れて、浮いている高度がふわりと少し上がる。

 そして。

 

 少年の目が薄っすらと開かれた。

 

 そこにあったのは、ぼんやりと光を宿す、薄い黄色の瞳。

 

 少年の腕がゆるりと上がる。

 

 すると。

 

「!?」

 

 全員が息を呑んだ。

 

 少年と同じく少し浮いていた、目を回した様子のランパデス三体の姿が、次々に光と化して消えていく。

 その様子に全員が呆気に取られているなかで、少年はすーっと浮いたまま、ほか四体が伸びているところまで進むと、そのランパデスにも同じ事態が起きていく。

 

(存在を消滅させている……!?)

 

 ヒュトロダエウスが戦慄している中。

 

 ハーデスは同じくすーっとアゼムに近づいて来た。

 驚きに目を見開いて彼が見つめていると。

 

 彼の頭の左の方に、大切なものにそうするように、少年の両の掌が伸ばされる。

 そして消えていったランパデスとは逆で、こちらのほうはその姿がぼんやりと現れた。

 

 周りは全員ただただ息を呑んでいる。

 

 薄っすら開かれた少年の瞳がその姿を見つめている。

 淡く光るドリュアスが、ふんわりと目をあけて、少年を優し気に見つめた。

 

《……良かったあ》

 

 嬉しそうに目を細めるその子に。

 少年は少し悲し気に眉を寄せ。

 

〖忘れ物〗

 

 彼がそう思ったのが分かったその時、そこにふわりと花飾りが現れて、ドリュアスの頭にゆっくりとかかった。

 

《えへへ》

 

 ドリュアスがとても嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 

 そして。

 

《本当に、ありがとう。嬉しかったの、楽しかったの》

 

 そう言いながら、ほろほろと光となって消えていく。

 

〖こちらの、せりふだ……〗

 

 いたたまれなさそうに一瞬表情を歪めた少年だったが、そこまででふっと目を閉じた。意識を失ったらしい。

 

「!」

 

 アゼムはその身体をしっかりと受け止める。

 そしてそっとフードを被せ、どこにいってしまったのか分からない仮面は、新しく創造してつけさせた。

 起こしてしまわないように、一度だけ頭の後ろを撫でる。

 たいへんな目にあった彼がひたすらに労しい。

 

「……権、能……? そんな小さき人が……?」

 

 剽軽(ひょうきん)な様子を見せていたヒトが茫然と呟いていた。

 

(……そうか。消したんじゃない。彼は送ったんだ)

 

 ヒュトロダエウスはただただ驚嘆する。

 

 アログリフに『類稀なる瞳を持つ者』と予言され、『ハーデス』という名を贈られたヒト。

 彼は、惑う魂を冥界へと導く引導者。

 どんな存在も、きっちりとエーテル界に送り届けられる者。

 

〖ワタシの助け同様に送り届けられる、か。まったく、ヒトというのには、たまにとんでもない者が生じるものだな〗

 

 カローンが特に感情を感じさせず、淡々とそう思っているのが伝わってくる。

 

「おや。てっきり皆キミがそうするものなんだと思ってたけど。キミは助けてただけなのー?」

〖渡し賃を持ちながらも迷っているモノを助けているだけだ。

 そもそも、『死した』という切符でここを通る、というのはワタシの(すべ)がそういう送りかたなだけで、皆そうしなければいけないというモノではない。

 人間は特に、自ら星海に還るからな。

 ランパデスにしても、ヤツらは放っておくと寄り道などして帰りやしないからな。そういうものなのだと思い込ませて、確実に送り帰しているだけだ〗

 

 ということは、送り賃というのも概念的な何かで、『死したという事実がなければ送らない』という決まり事を体現しているだけなのだろう。

 そしてこの川自体、彼の権能なのかもしれない。

 

「へええー! そういうものだったんだー! まあどうせ、こっちから聞かなかったしー? 生きてる者に必要な知識でもないし、わざわざキミが言うこともないとか思ったんだろー?」

〖そういうことだ。物分かりが良い点だけは評価する〗

「だけってなんだよー」

 

 肩をすくめながらもその人は笑っていて、渡し守の意志も楽しそうにしているように感じられる。

 本当に仲がよさそうだ。

 

「はあー、しっかし、全部まるく治まってよかったねー。その子すごいやー」

 

 朗らかに笑いながらその人はハーデスを見る。

 

「我々が出て来なくても、解決していたかもしれませんね」

 

 もう片方のひとりがそう言ってくすくすと笑った。

 ヒュトロダエウスは首を振る。

 

「そんなことないです、本当にありがとうございます。

 この子は意識がなかったし、あったとしても、即座にランパデスを送ろうとしたら難癖をつけられたでしょう。

 それに権能を扱えることは、彼自身知らなかった可能性が高いです」

 

 ぼんやりした様子だったことから、そうしたいという願いだけで、無意識に動いていた可能性があった。

 

「あなたたちがいらっしゃいましたしー。ランパデスもひとりふたり怪我してたって、あれは文句言えないからなー」

〖お前、傍観しているタチでもなければ、ワタシにせっつかれて動かないタチでもないだろうに〗

「あははー」

 

 その人は剽軽(ひょうきん)に笑って肩を竦めた。

 

「まあ、トモダチの願いは聞くもんでしょー」

〖友。……ワタシはお前の葡萄が気に入っているだけだが〗

 

 淡々とした様子で言われて、対してその人はにまっと笑った様子だった。

 

「ほんとに素直じゃないんだからー。まあ、丁度いいタイミングだしもらってもらってー」

 

 その人がそう言うとさきほどの植物がさわさわと動き始める。

 

〖何かにけしかけたものを食わせる気か〗

 

 相手は少し嫌そうな雰囲気を見せた。

 

「まっさかー。見てよまだ生ってないでしょーこれからだよー。だから実はまるっきり無傷さー」

〖そうか〗

 

 相手はそれで構わないらしい。

 そしてみるみるうちに、きれいな葡萄の実が育っていった。

 こんなことができるなど、その人の権能もかなり稀有なものである。

 

「あなたがたもいかがー?」

 

 くるりとアゼムとヒュトロダエウスのほうを見てその人が言う。

 

「いえ、助けてもらって、そのうえ果物までいただくなんて……」

 

 ヒュトロダエウスが気後れの言葉を口にする。

 厚意は厚意でも、こちらの立ち位置に釣り合わないものについては、さすがに遠慮が出てしまう。

 

「遠慮しないでくださいよー。お会いした記念的なー。一期一会かなんかいうアレですよー」

 

 アゼムとヒュトロダエウスは、ふっとお互いの顔を見合わせてしまった。

 朗らかに微笑まれて、そこまで言われて断れない。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 たじたじしながらも、二人はその人たちのほうへ足を進める。その間にその人は渡し守に葡萄をわさわさと渡していた。

 そしてそのひとは同じ調子でほいほいと葡萄の房をもいで、ヒュトロダエウスにも渡してくれる。

 

「本当にありがとうございます」

「何回も言わなくていいんだよー」

 

 そう言ってその人はやはり朗らかに笑うのだった。

 そして加えてのんびりと言う。

 

「これほんとはうちの島で育ててるものでしてねー。それを召喚してるんですー。機会があればおいでくださいなー。これでつくるワインとかお菓子とかも良いものですよー。景色もきれいですよー」

「……! はい、ぜひに!」

 

 今こうして葡萄をくれるのも、故郷紹介したさでやってくれているのかもしれない。

 たいていの人は、こうして他者を自身の住まうところに招くのを楽しく思っている。

 

「あと実は、うちにも小さき人がいるんですよ〜。あわよくば友達になってもらえないかな〜とか」

「! それはいいですね」

 

 ハーデス本人は尻込みしそうだけど、と内心で苦笑する二人。

 

 葡萄を召喚していた男性はアイオロス、傍らで穏やかに微笑む女性はエナレテー、というらしい。

 彼らの島の詳しい場所も教えてもらった。

 ……訪れるときに、お礼ができたらと切に思った。

 

「その子をゆっくり休ませてあげてくださいね」

 

 くすくすと笑いながらもう片方のひとが言った。

 これ以上引き留めていると恐縮しきりにさせるとの判断のようだ。加えてそろそろ夕刻である。

 その言葉に甘えて、もう一度お礼の言葉を口々に伝えて。

 道がないので二人は、アーモロートのエーテライトを目印に、エスケプを使って帰還した。

 

 ハーデスの家族にどこで休んでもらっているかを二人は聞き損ねていたので、ひとまず議事堂に帰る。

 すると受付に居た役人に、イゲオルムの執務室へどうぞと案内された。

 訪ねるとそこではご老体(エメロロアルス)とイゲオルムが、少年の家族たちを労わっていて。

 ハーデスの、意識がなくはあれど無事な様子を目にして、涙ながらに感謝の言葉を何度も言って。

 

「実はワタシたち、ほとんど何にもしてないんですよね」

 

 そう言ってヒュトロダエウスは苦笑いした。

 そして、命を賭した子のことは明かさず、たくさんの助けを借りたことを報告すると。

 

「あなたがたは本当に本当に真摯に対応できていたのだ。だからこそこんなに助けてもらえた。だから負い目を抱えなさるでないぞ」

 

 にこにことご老体がそう言い。

 ハーデスの家族はますます涙していた。

 

 後日。

 ヒュトロダエウスの部屋にハーデスが訪ねてきた日。

 

 ヒュトロダエウスは即アゼムを呼び出した。彼はハーデスが気がかりで、珍しく何日も首都に留まっていたようだった。

 二人は普段の調子を取り戻しているらしいハーデスに安心する。

 

「……あの野原に、連れて行ってもらえませんか」

 

 心配させたくなくて家族に言い出せないのと、少年一人ではそこまで行ききれないのとで、彼は二人に願った。

 二人は快く引き受けた。彼が何をしたいのかはうすうす分かったから。

 

 想像通り、ニューサの野原に着くと彼は、ヘリオトロープの木々を目指した。

 二人は何も言わずに着いて行く。

 

 着くと、そのドリュアデスと思われるニュンファイが数名姿を現した。

 

《まあ! 良かった!》

《無事だったのね!!》

《よかったあぁ……!》

 

 口々に皆彼の無事を喜ぶのを見て、三人は胸を熱くする。

 

「本当に、ありがとう」

 

 ハーデスが言うと。

 

《だってあなたたちは、たくさん遊んでくれたわ》

《花飾りもくれたわ》

《とってもとっても素敵な、わたしたちのトモダチ》

《大切なトモダチ》

《本当に、無事でよかった》

 

「……っ」

 

 少年は、息を詰まらせる。

 

「でも、あの子が」

 

《あたりまえのことだわ》

《ケル ム!》

《お返しよ》

 

 ただただ微笑むニュンファイ。

 しかし少年は余計に心苦しい雰囲気を見る。

 ヒトからすれば、あまりにも大きな代償だ。

 

《あの子もあなたに笑っていてほしいのよ》

《これからもトモダチよ》

《また遊びにきてね》

《もうおばかさんたちになんか、何にもさせないわ!》

 

「……ああ。必ず」

 

 切なそうな声で言った少年は。

 仮面の下に一筋の涙を零す。

 

 そんな彼の背に、そっと二人の手のひらが添えられた。

 

 

 

 

 ヒュトロダエウスの部屋に帰ると、彼はぱぱっとレアチーズタルトを拵えた。

 その上には、みずみずしい葡萄の実が並んでいた。







✦«銭»が存在しない
 ユートピア的管理社会より。
 また、大抵のことは創造魔法で自力解決できてしまうため。万一できなくとも、創造魔法のイデアは誰しも創造物管理局で共有できる。
 正当な対価や楽しみのためのやり取りとして、物々交換、あるいは知識の共有、などは存在する。
 
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