カムパネルラの傷跡   作:忘旗かんばせ

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第四章 2

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『今暇? Y/N』

『Y』

『駅前ゲーセン』

『り』

 

 上着を羽織って、ぼくは部屋を出た。

 

 すっかり、寒くなった。

 道を歩きながら、ぼくは思う。

 

 この間は結局、ぼくが約束を破ることになった。謝らないとな、と思うと同時に、謝って何の意味がある、とも思う。失った時間は取り戻せない。失った信頼も、同じく。

 

 一度付いた傷は、消えない。

 

 駅に近づくにつれ、歩行者は増える。俯いた面構え。誰も彼もが疲れ切っていて、きっとぼくもその一人。宇宙からはどんな見分けもつかなくて、頭の中身が腐り果てるような気分。

 

 どんどんと体が重たくなって、シンナーを吸ったみたいに吐き気がしてきた頃。ぼくは目的地に着いた。

 

 駅前のビル。一階はボウリング場で二階がゲームセンター。三階以降は雑居だったけれど、テナントが撤退して廃ビル状態。たまに不良が居着いて、チンケな犯罪取引の現場に使っては摘発されている。警察もここに目をつけていて、ほとんど蛸壺と同じ役割だ。

 

 ぼくはビルの中に入って、二階へ上がる。エスカレーターなんて気の利いたものは存在しない。そのうち、二階と一階も廃墟になるのだろうな、と思う。

 

 この辺りは、再開発が始まっている。今は地下鉄と地上線の駅を一体化する工事が始まっていて、その流れを受けて、駅前も整備が進んだ。このビルなんかは、新駅構想では裏手側になるから優先度は低いだろうけれど、それでも邪魔に思われていることには変わりないはずだ。

 

 ぼくらのような学生がゲームセンターに通う時代ももう終わる。ぼくなんかは比較的古い側の生態をしていて、新しい生態系に居場所はない。今はオンラインで繋がることが主流というより当然で、物理的な溜まり場を欲する人間は異端に近しい。当然、そんな人間が集まる場所もまた同じで、だから廃れるのは当然だった。

 

 ふらりと店の中を見て回る。彼はどのあたりにいるだろう。筐体同士の音楽がぶつかり合って、頭が割れそうなノイズの合唱。それを避けるように店の奥へ進んでいく。

 

 奥に進むほど灯りが少なく、また古臭くなっていく。

 ゲーム筐体から離れた一角に、喫煙コーナーがあった。そんなものがいまだにあること自体が異端の象徴で、だからこそぼくらにとってはありがたい限りだ。

 彼は当然のように、そこで煙草を吹かしていた。

 

「……早かったじゃん」

 

 彼はすぐにぼくに気付いて、バツの悪そうな顔色。

 ぼくが来る前に吸い終わる予定だったのだろうか。タバコはもう、残り三分の一程だった。

 

「辞めたんじゃなかったの」

「辞めたかったんだけどなぁ」

 

 一本ちょうだいよ、というと、ダメ、と断られる。

 

「ケチ」

「ケチじゃない。ほら、あっち行ってな。副流煙吸うと癌になるぞ」

「いいよ、別に」

「俺がダメなの」

 

 彼は言って、まだ残っていた煙草を灰皿スタンドに捨てた。勿体無い。

 

「呼んどいて悪かった。行こう」

「別に、捨てなくても良かったのに」

「いーんだよ」

 

 彼は言って、ぼくの背中を押す。喫煙所から、早く引き離したいみたいだった。まさか、残った煙草を拾うとでも思われたのだろうか。だとすれば心外で、ぼくはそこまで意地汚くはない。言ってみようかなと思ったけれど、ジョークとしては間抜けすぎるし、辞めておいた。

 

「何で遊ぶ?」

「あれやろうぜ」

 

 彼が指さしたのはカーレースのゲームだった。筐体の座席が車のそれを模したような形になっていて、臨場感がある。とは言っても、本物の車を運転したことがあるわけではないから、本当に臨場感があると言えるのかはわからないけれど。

 

 ぼくと彼は並んでそれに乗り込んだ。

 

 コインを入れるとゲームが始まる。比較的、上等なグラフィックス。車のゲームは、それに拘られている場合が多い。ヴァーチャルの世界で、現実を再現しよう、というプロジェクト。それが叶えば、場所やエネルギーの問題を無視して、車を走らせるという遊びができる。その第一歩として最も進んでいるのが、車なのは、きっと需要の多さと供給の難しさの合致ゆえなのだろう。人が増えるほど、大きなものを所有するのは難しくなるし、それを動かすこともまた同様になっていく。世界中で、ガソリン車を規制しよう、という流れが増えているけれど、それはいずれ、車そのものを排除しようという方向性に変わることになるだろう。道を走る車は、少ない方が便利なのだ。ヴァーチャルの世界には、そのジレンマがない。

 

「この間はさ」

 

 アクセルを踏みながら、彼は言った。森の中のような道路を走るコースだった。

 

「大丈夫だったか?」

 

 今ここに生きている以上、問題はなかったと認識できるはずだけれど、彼が確認したいのは、多分そんな意味ではないのだろう。

 

「――うん」

 

 ぼくは答えた。

 本当は、謝るつもりだったのに、その言葉が出てこなかった。

 彼には、見透かされたのだろう。

 

「……あんまさ、思い詰めんなよ」

 

 彼は言って、ハンドルを切る。ドリフト。ぼくはそれにしくじって、わずかに置いていかれる。

 

「何があっても、俺はお前の味方だから」

 

 嘘ばかりだ。

 背を追いながら、思う。

 アクセルを蒸す青色の車が、ぼくを置いていく。

 

「……もし、さ」

 

 ぼくはアクセルを踏み込んだ。急加速。加速度を得る機能は付いていなくて、これはまだ、発展途中。

 

「もし仮に、ぼくが人を殺した、って言ったら、どうする?」

 

 青の輝きを、追い越す。コーナーの急カーブ。それに失敗したのは、彼の車の方だった。

 

「……どうして欲しいかによる」

 

 サイドミラー。木々の向こうから、追い縋ろうとする青の車が見える。

 

「もし、捕まりたくないって話なら、それを手伝うし」

 

 加速、加速。

 

「償いたいって話なら、それを手伝う」

 

 加速、加速、加速――

 

「どっちでもないんだったら――」

 

 せめて。

 

「隣にいるよ」

 

 YOU LOSE。

 浮かぶ文字列。

 負けたのは、ぼくだった。

 

 ぼくたちは席を立って、ベンチに移る。

 飲み物を買った。

 彼はコーヒー。ぼくは、水。

 ボトルを握る手が、冷たい。

 

「あのね」

 

 ぼくは隣を見ずに言った。

 

「ぼくのせいで、人が死んだんだ」

 

 ぼくが。

 ぼくがあの時、も(・)う(・)少(・)し(・)早(・)く(・)着(・)い(・)て(・)い(・)れ(・)ば(・)。

 彼女は。

 アレクサンドロスは――死なずに済んだ。

 

「ぼくは」

 

 ぼくは――

 彼女を殺したんだ。

 

 ちっぽけな。

 つまらない。

 くだらない。

 未練のせいで。

 

 そんなものを。

 捨てられなかったせいで――

 

「大丈夫」

 

 気が付けば。

 ぼくは抱きしめられていた。

 

「お前のせいじゃないよ」

「……君は」

 

 君は何も知らないから――

 

「人は」

 

 彼は言う。

 

「人は必ず死ぬ」

 

 どんな時でも。

 どんな時であろうとも。

 いつだって人は、死んでしまう。

 

「そこに理由はない」

 

 どれだけ見つめようとしても、そこにあるのはただ結果だけだ、と。

 彼は語る。

 

「理由があるように見えても、それは見えるだけなんだ」

 

 見ようとしている、だけで。

 それに、本当は意味なんてない、と。

 彼は言う。

 

「お前のせいじゃない」

 

 ただ、悪かった。

 間が、悪かった。

 運が、悪かった。

 巡り合わせが、悪かった。

 それだけ。

 それだけのことだ、と。

 彼は言った。

 

「悲しかったんだろう?」

 

 彼は。

 そう言って、ぼくの背をさする。

 

「今は、泣け」

 

 気が付けば。

 ぼくは泣いていた。

 この涙は――嘘だ。

 こんなものは、全て嘘。

 

 ぼくに涙を流す権利なんて、ない。そんなものはとっくの昔に、失われている。

 

 だからこれは、全て嘘の涙。

 卑怯な手段。

 恥ずかしくなるような――

 

 ぼくは。

 ぼくはそれでも。

 彼に縋ることを、辞められなかった。

 





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