3
「初めまして。ホワイト・スノウと申します」
現れた少女は、白い靴を履いていた。
隣の県を拠点とするグループ。そことの交渉が、ぼくの役目だった。
「お会いできて光栄です。ミスター」
「おべっかは、嫌い」
無意味で、無価値だ。そんなもので気分は一つも良くはならない。
「本音ですが、しかし、余計な弁でしたね。失礼」
彼女は言って、テーブルの上のティーカップに手をつけた。喫茶店。店内に人はまばらだけれど、最奥のこの席には、どこからも視線は及ばない。何より――眼前の彼女がこの場にいる以上、情報漏洩の危険性はゼロに等しかった。
「人型の
「その言い方は、正しくないね」
「失礼。
……なるほど。
殺す罪悪感を、減らすためか。
人間ではなく、あくまでも、人型の敵。そのような処理が必要、ということは――
「苦労するね」
「ご賢察、ありがたく」
彼女は小さく頭を下げた。
向こうの面子は、質が低いという意味だ。
「そんなところに、話を持ち込むのは申し訳ないのだけれど――確実に仕留めるために、人員を欲している」
おべっかというなら、むしろこちらがかもしれないけれど、やはり彼女が言うのと同様に、これは本音でもあるのだから仕方がない。なるほど、相手の気分を良くしてあげよう、という心は、こうも下劣なわけだ。
「こちらはすでに二人やられた」
「あのファウストが戦死、とは信じがたい話ですが、しかしこちらに声がかかったということは、事実なのでしょうね」
ぼくは頷く。事実ではないが、それは事実になった。
ファウストは死んだ。
卑劣にも、
そういう手筈に――なっている。
「人型、と言えば、あの薄明戦役を思い出しますが」
「あるいは今回の被害は、それ以上と考えても良いかもしれない」
放置していれば、の話だが、しかしこれはあながち、方便というわけではない。
あの
奴を放置していれば、ぼくたち
「……そちらの出せる戦力は?」
「ぼく、ドゥ・リトル、ラーフラ、トリオン、マレウス。あとは呼んでよければ、セルバンデスも」
「――なるほど」
顰め面。わずかに、だが、しかし厭悪の籠った。
セルバンデスの悪名は、轟いて欲しくないところにまで、高らかと響き渡っている。
「まあ、実質的には五人だね。これを少ないと見るか。多いと見るかは自由」
言いながらも、これは少ない、と断言できる。そうでもなければ、援軍を募ったりはしない。
「一応別所から、ラムバーとアルキメデスが来ることは確定している」
嘘だ。それは現在、ドクタが交渉中。ただしほとんど決まりとも言っていたから、ここはハッタリの張りどころ。
「まだ未定、なのでは?」
どうやら、それは間違いだったらしい。
「でも、殆ど決まりだよ」
メンバーの質が低い、ということは、束ねる頭が優秀である、ということ。そんな簡単な計算もできないなんて、頭脳が劣化している。
煙草を吸っていないせいだ、と思った。
「相手の規模は?」
「隠し事は無駄だろうから言うけれど、わからない」
だからこそ、君に声をかけた。
ぼくは言って、じっと目を見つめる。
苦手な動作。しかしそれでも、やらざるを得ない。
「――はっきり言えば」
彼女は両手を広げた。
「私は、
ぼくは背筋が泡立つのを感じる。
そうだ。他所との交渉内容が知られているなら――それだって当然、知られていてもおかしくはない。
ならば――
「――っと、勘違いしないでくださいよ。私が言っているのはあくまでも、
そうでもなければ、あなた相手にこんなことを言ったりはしませんよ、と。
彼女は微笑んだ。
「寝返る印にどの程度のものを要求されるかは知りませんが、
具体的には――
「世界の形をより悪くすれば良い。
言っている意味は――わかる。
しかし――
「それじゃ本末転倒でしょ」
空前絶後のマッチポンプ。ぼくたちは、
「破綻している、ですか」
意外と美意識が高いんですね、カムパネルラ――と。
そこで初めて、彼女はぼくの名を呼んだ。
「どうも、その辺りが信用ならないんですよ。あなた方、やっていることが少々矛盾してはいませんか? これは戦争です。世界を壊すために戦っているのですから、その世界がどうなろうとどうでも良いことのはずでしょう。その辺りが――どうにもね」
彼女は足を組んで言った。
「泣かぬなら、殺してしまえ、不如帰――と言うよりはむしろ、単純に臭いものに蓋ですか。考えたくないから、考える前に殺す――そんな意思が透けて見えるんですよね」
それは――
ともすれば、図星なのかもしれない。
けれど。
「
ぼくは言った。
ぼくの意思は、どうあれ。
どうであれ。
それとは別に、奴だけは――殺しておくべきなのだ。
それは世界を滅ぼすために。
「利用できるものは利用する、という考え方には、理解を示すよ。でも、あれはダメだ」
利用なんて――できる相手じゃない。
「感情論は抜きにして、そもそも、向こうがわざわざ世界の存続に不利になるような願いに頷くとも思えないし、それを叶えられるとさえも限らない。向こうだって馬鹿じゃないんだ。こっちの意図に気付けば、やり方を変えるだろう」
何より。
「こっちはすでに二人犠牲を出している。向こうとの
交渉という選択肢を、はなから除外して考えるべきだ、とぼくは思う。
言葉を交わすことを望まれた以上、
状況はすでに、向こうの思惑通りに進んでいる。
「ふむ――」
ホワイト・スノウは顎に手を当てた。
「あなたの見解はそう、ですか。なるほど、なるほど」
ぐらつく天秤のように、二、三度頷く。
「ま、交渉を避けるべき、という考え方自体は――ええ、
彼女は言った。
そう。
ぼくは差崎誰のことを考える。
あれは、異質な人格だった。
掴みどころがない。捉えどころがない。それでいながら、何かを刺激される。懐かしさ。あるいはノスタルジィ。それは、何に対しての? わからない。だが、何かを揺さぶられる。危険な予感。
あるいは、誘惑――とか。
「――どうしました?」
「いや、なんでも」
ぼくはため息をついた。
「いずれにせよ、こちらも出せる戦力には限界がありますからね」
彼女は言って、カップを持ち上げた。上品な所作で、ぼくは彼女がどうして
「はっきり言えば――うちの戦力でそちらに協力を、というのは、現状の条件では難しいでしょう。敵の戦力は不明、交渉も不能となると、落とし所さえも見えてこない」
そちらに掛かり切りになっている内にホームが落とされては本末転倒ですからね――
と彼女は言う。
「ですので、条件をつけさせてください」
彼女は指を立てた。まるでそれが結び目を解く刃であるかのように。
一つ。
「こちらが出せる戦力は、私だけ」
二つ。
「ラーフラとトリオンは外すこと。彼らにはリスクがあります」
三つ。
「契約終了後、
彼女は述べて、カップを置いた。
中身はもう、空っぽだった。
彼女は席を立つ。
「ああ、そうそう、それから」
これは親切心ですが――なんて前置きをたっぷりとしてから、彼女はぴ、と伝票を取る。
「ラムバーとアルキメデスを当てにするのは、やめた方がいいですよ。彼女らは、
と、口元だけが、笑みの真似事。
「どうか息災で、カムパネルラ。次に会うことがあるのなら、味方同士としてであることを祈りますよ」
それでは――
なんて、瀟洒に手を振って、彼女は帰って行った。
奢りになった紅茶を啜る。もうすっかり冷め切って、苦味ばかりが残るようだった。
ぼくは電話を掛ける。
宛先は、ドクタ。
その番号は、繋がらない。
「――お久しぶりですね、カムパネルラ」
代わりのように。
空いた席に――座る、一人の影。
水色の髪。小さな背丈。
あどけない、天使のような、悪魔の微笑み。
「交渉を、しましょう」
あの日見た姿と、まるで変わらず。
感想、評価、お気に入り登録、ここすきなどなど、して頂けると励みになります。
よろしくお願いします!