カムパネルラの傷跡   作:忘旗かんばせ

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第四章 4

 

 4

 

「人間の持つ最も厄介な構造的欠陥は、一人では生きられない、という点です」

 

 ちゅう、とオレンジジュースを啜る音。透明なプラスティックの管が、オレンジ色に染まる。

 

「単純に、一人で生きるより複数人が有利、という度を超えて、明確に、克明に、一人で生きること、が生存に不利になるようにできている。一人で生きられない、というより、一人では生かしてもらえない、と言った方が良いかもしれませんよね」

 

 孤独であるものを積極的に排除するようなプログラムが、遺伝子に書き加えられている。そんなふうに思えてなりません――と、差崎(ささき)(すい)はそう言った。

 

「けれどそれは生き物としてみれば、当たり前のプログラムなのですよ。そもそも、個人、という概念自体が、何かの間違い。人間という生き物が、複雑な形をしすぎているがゆえの、一種の誤作動。異常な錯覚である、と言えます。個人という概念自体が幻想で、どうしようもなく幻覚なんですよ。我々は人類という総体を構築するパーツの一つで、それ以上の存在には決してなれない。たとえば人間という個体が多くの細胞の集合からなるように、人類という総体が、多くの人間の集合からなる巨大な一個の生命体なのです」

 

 しかるに――

 

「その集合から独立しよう、あるいはその集合に対して反逆しよう、という個体が積極的に排除されるのは、仕組みとしては正しい。言ってしまえば、癌細胞みたいなものなわけですよね。人類という総体の中に、それの存続に貢献しない個体がいる、というのは困ったことなわけですよ。積極的に排除しなければ、人類という総体自体がやがてダメージを負ってしまう」

 

 そこまで語って、彼はため息を吐いた。

 

「馬鹿馬鹿しいとは思いませんか?」

 

 彼は言って、足を組んだ。

 

「多細胞生物の誕生から、十億年。()()()()()()()()()()()()()()()。生き物というのはとことん呪われている。原初に刻まれた生存命令を、この期に及んで律儀に守り続けている。いわば、生命の奴隷です。知的生命体、なんて笑わせますよ。地球にはまだそんなものは存在しない。複雑であるか、ないか。我々とアメーバの差は、その程度の差です。知性なんてどこにもない。徹頭徹尾本能で、本末転倒に生命だ」

 

 彼は語る。

 彼は語る。

 彼は語る。

 

 その言葉は。

 その言葉は全くもって――正しい。

 

 人間の知性なんて、そんなもの。今までも、これからも、ずっと。生きている限り、ぼくたちは永久に自由にはなれない。

 

 ぼくたちは檻に囚われた奴隷だ。肉体という檻の中に囚われ、生きるという至上目的を、望んでもいないのに押し付けられて、ただ、泥のように眠れるその日まで、働き続ける。

 

 そこに自由はない。

 そこに幸福はない。

 そこに尊厳はない。

 

 光なき暗闇の中、鎖に繋がれ腐りゆく。

 

「あなた方が、()()()()()()()()()と願うのも、まったく無理のない話だと、実のところ私は思っているのですよ。立場上、守護者(プラスティシ)のお役目をいただいてはいますがね。心情的には、あなた方に大いに同調します。こんな世界に、続く価値なんてどこにもない」

 

 そう。

 

()()()()()()()、ね」

 

 にっこり、と。

 彼は微笑む。

 

「私はね、()()()()()()()()()()()()

 

 彼は両手を広げる。それは迷える子羊を導く神父のように。

 

「この世界がくだらないから、滅ぼしてしまう。()()()()()()()()()()()()()()()、と。そうは思いませんか? こんなくだらない世界に望んでもいないのに生まれさせられて、果たす役割が()()()()()、なんて、そんな失望は抱きませんか? 私は思いますよ、カムパネルラ。この差崎誰は思います。()()()()()()()()()()()とね。世界が我々を否定するなら、宜しい、世界を我々が否定しましょう。滅ぼすのではなく――()()()()という形で」

 

 それが。

 それが()()の目的だ――と。

 彼は語った。

 

「実を言うと、()()は直近、守護者(プラスティシ)の上部に対する()()を試みています。これでも、私はエースと言える程度には、そちらの皆様を殺しまわってきた悍ましい殺人鬼なわけですが――」

 

 なんて、冗談めかして笑う、彼。

「悲しいかな、実力主義の其方と違って、こちらは結構な組織主義なんですよね。もちろん、悪い意味で」

 ()()()()()というのも作用していると思うのですが。

 なんて、彼は笑う。

 

「上層部には、なかなか現場の意見が通らなくて」

 

 実はこの交渉も、独断なんです、と彼は困ったように眉を下げる。

 

「我々は、破壊者(ダウナ)との融和を目指しています。というよりも破壊者(ダウナ)が生まれなくてもいい世界を作ること。それを第一に考えて、行動をするべきであると、そんなふうに考えている」

 

 少年は言って、指を立てた。

 

「世界を取り戻す、なんて言えば威勢はいいですが、それって単なる現状維持ですよね。要は元の木阿弥。戦争に勝ったって、戦争がなくなるわけじゃない。やるべきは()()()()()()()()()()()()

 

 つまり。

 

()()()()()()()()

 

 これが――我々の目標です。

 と。

 差崎誰は――そう語った。

 なんとなく、想像がつく。つまりは――

 

乖獣(オルターエゴ)を利用するんだね」

「まさしく」

 

 オルターエゴ(乖獣)。それは精神の発露。現実を突き崩す牙。そして、人のもう一つのカタチ。

 

「我々は頭蓋から外に出る術を手に入れた。ならば、積極的に活用するべきです。カムパネルラ。あなたにならわかるのではありませんか? 肉体なんて、そんなくだらないものに囚われる馬鹿馬鹿しさが」

 

 癪に障る物言いだった。

 

「この世の大半の悲劇は、人が生きているがゆえに存在すると、そのように私は思うのです。人が()()()()()()()()()()()()()()、孤独であることが許されるのであれば――この世界は、滅ぼすほどではなくなるのではないか、と」

 

 だが――言っていることは、理解できないわけじゃない。

 喉が渇くのを感じた。

 

「だからこそ、切に、願うのです。カムパネルラ。私はあなたに、乞い願う。どうか、我々の味方になっては頂けませんか」

 

 我々と共に。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 と。

 彼はぼくに、手を差し伸べた。

 

「……見返りは?」

 

 ぼくは言葉を返す。あの時と同じ。けれど背後に、空は広がらない。

 

「見返りはどんな願いでも――なんて、今更ペテンは通用しませんよね」

 

 ははは、なんて乾いた笑い。

 

「ファウストさんには、申し訳ないことをしました。我々の理想のために、彼のことを利用した。実を言うと、我々に死者蘇生なんて不可能なんです。ただ、()()()()()()()()()()()。その辺りを利用して、彼を騙しました」

「言って、良かったの?」

「どのみち、ですよ。あなたに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、こんなペテンは破綻しています」

「そう」

 

 そうか。

 そうか――

 

「代わりに」

 

 彼は――言う。

 

「私たちは、()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、ぼくは――

 

「落ち着いてくださいよ、カムパネルラ」

 

 喰らいつく牙を、寸前で止める。

 

「余計な犠牲を出すつもりはありませんよ。言ったでしょう? 我々は融和派なんです」

 

 彼は言って、肩をすくめた。ぼくはカムパネルラを引っ込める。

 

「ただ――あなたの事情を、ある程度は、少なくとも外部から観察できる程度には、知り得たということ。その上で、言います」

 

 あなたには――

 

()()()()()()()()()()()()

 

 ――。

 ――――。

 ――――――。

 

 それは。

 それ、は――。

 

「カムパネルラ。人は一人では生きられないものです。あなたもそうだ。どれほど孤独であると思ったところで、孤独でありたいと願ったところで、人は一人では生きられない。だからこそ、あなたは()()()()()()()()()()()()。けれど、それを恥じる必要はない。それが世界から押し付けられた罪であるのならば、宜しい。()()()()()()()()()()()。カムパネルラ――」

 

 あなたは。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 彼は笑った。

 

「カムパネルラ。あなたの本質はそうであるはずだ。あなたの人生には、決定的にそれが欠け続けていた」

 

 ならば。

 

「私があなたを愛します」

 

 にっこり、と――

 屈託なく、純粋に、神の如く、悪魔を従え、天にも昇り、地獄さえも掬い上げるような――微笑みで。

 差崎誰は、そう言った。

 

「あなたの欠落を愛しましょう。あなたの醜さを愛しましょう。あなたの愚かさを愛しましょう。あなたの恥じらいを愛しましょう。あなたの努力を愛しましょう。あなたの欲望を愛しましょう。あなたの矛盾を愛しましょう。あなたの衝動を愛しましょう。あなたの停滞を愛しましょう。あなたの卑屈を愛しましょう。あなたの絶望を愛しましょう」

 

 私は。

 

「私はあなたの全てを愛しましょう」

 

 あなたの望むものを、()()()()()()()()()()()()()()、私が全て与えます。

 ですから、カムパネルラ。

 

「私と共に来てください」

 

 そんな言葉と、共に。

 差し出された、手を。

 ぼくは。

 ぼくは――

 

 

 

 ぱしり、と。

 

 

 

 払い除けた。

 

 

 

()()

 

 その言葉には。

 かけらの魅力も、感じなかった。

 

「お前の愛なんて、いらないよ」

 

 虫唾が走る。

 そう吐き捨てて、ぼくは席を立つ。

 

「差崎誰。君は勘違いをしている」

 

 これは、サービス。心ばかりの親切、というもの。

 

「人間は、初めから自由だ」

 

 生きているかいないかなんて、些細な違い。

 だというのに、それを失うのは。

 

「孤独だからだよ」

 

 どれほどそうではないと願っても。そうではないのだと叫んでも。人間はどこまで行っても孤独なのだ。

 

「ぼくたちは孤独に囚われ、だからこそ他者を求めようとする」

 

 けれどそれさえ。

 それさえも、全ては幻想。

 叶わない、夢。

 

「檻の中から出たところで、新しい檻が立ち塞がるだけ」

 

 生まれ落ちたその日から、ぼくらは檻を見据えている。その内側から、どれほど手を伸ばしたって、あるいは手を伸ばすからこそ、永遠に、誰とも出会えない。

 

 全ての知性は無意味に生まれ。無価値に死に絶える。

 

 そこに意味はない。

 そこに変化はない。

 そこに結論はない。

 

 全ては初めから無意味で、最後まで無価値であり続ける。

 

 たかだか生きることをやめたくらいで――孤独という罰から、逃れられるものか。

 

「この世界に、愛なんてものは存在しない」

 

 あるのは、ただ。

 欲求。

 繋がりたいという、浅ましい欲望。

 それを叶えようと、近づいて。

 混ざり合おうとして。

 けれど、それが叶わないと知って、夢から覚める。

 流れ落ちる一条の涙だけが、得られるもの。

 ぼくはもうそれを知っている。

 だから。

 

「ぼくは誰も、求めない」

 

 求めてなんか、いない。

 いないんだ。

 

「ぼくは世界を滅ぼすよ」

 

 世界がどんなカタチをしていても。

 そうしなければ、ぼくはもう、どこにもいけないんだ。

 ぼくは背を向けて、歩き出す。

 

「お仲間さんの居場所は、聞かなくていいんですか」

 

 声を受けても、立ち止まらない。

 

「君が答えるわけがない」

「おや、ご明察」

 

 からからと笑い声が響く。

 

「さようなら。カムパネルラ、次に出会うときは、敵同士です」

「生まれた時から、そうだよ」

 

 そう、その通り。

 生まれた時から、ぼくたちは皆、敵同士なのだ。

 浅ましく奪い合い。

 悍ましく求め合う。

 全ての存在は、皆。

 

 等しく、醜い。

 





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