カムパネルラの傷跡   作:忘旗かんばせ

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第六章 1

 0

 

 コール、コール。

 ご機嫌はいかが?

 

 1

 

「――え? いやだなぁ、何を言っているんだいカムパネルラ。電車の中では電話の電源を切るのがマナーというものだろう?」

「……そうだね」

 

 彼の姿を見るなり、ぼくは色々な力が抜けた。それはつまり、それまでは余分な力が加わっていた、という意味だ。

 

 ……ご名答、ね。

 どこまでもふざけてくれるよ、嘘つきめ。

 

 舌打ちがしたくなった。

 

「ほら、大雨だっただろう? 線路が冠水したとかで()()()()()()()()()()()()()()()、参ったよ」

 

 そう。つまり、答えは単純。

 彼はラムバーとアルキメデスに()()()()()()()。タクシーで移動したぼくは気付かなかったけれど、大雨の影響で電車が止まっていたらしく――彼は予定を、キャンセルしていた。

 ご丁寧に――携帯の電源まで切って。

 

 つまりぼくは、連絡が取れなかったことを、早とちりした、ということになる。あるいは他責的に言えば、させられた、か。

 

 いずれにせよ、つまりは――まんまと乗せられたのだ。クソッタレ。

 

 ぼくはため息を吐く。

 

 駅前の広場。人はまばらで、ぼくたちは花壇の縁に腰掛けた。

 

「それで? ラムバーとアルキメデスは、結局どうなったの」

 

 彼は言って、自販機で買ったマーブル模様のアイスクリームを齧る。冬の日に、よく食べられるな、と思う。ぼくは体温の調節機能が弱いようで、冬の間は、摂氏温度がマイナスのものは口に入れたくならない。

 

「殺したよ」

「そう」

 

 そっけない答え。

 ぼくはため息を吐く。白い濁りが、透明な空気を穢した。

 

「ラーフラとトリオンについては、どうする?」

 

 ドクタに問われる。

 

「……信じよう」

 

 リスクはあるが、明確ではない。ならばまだ、余地はある。

 

「ホワイト・スノウは?」

「わかってるでしょ」

 

 あれに関して、余地なんてものは存在しない。

 あいつは結局、今回どの陣営に立っていたのか――今となってはもはや、霧の中だ。

 

「結局、追加戦力は無し、か」

 

 あるいは、マイナスでさえある、とも。

 

「……けれど少なくとも、向こうの追加戦力は限定的だ」

 

 あの斥力使いを信じるのならば、あるいは。

 

「君らしくない希望的観測」

「もう、そういう薬に頼らないといけない時間が来ている」

 

 ぼくは言った。つまり、現実は決定的であるということ。わかりきった再確認をして、ぼくはため息を吐いた。

 

「そもそも、決戦ができる、という考え方自体が、もう希望的観測かな」

 

 懐柔が無理と判断した以上、馬鹿正直に顔を突き合わせてこんにちはから始める意味などどこにもない。こちらが防衛側である以上は、向こうは積極的に奇襲を仕掛けてくるだろう。

 

「それを前提に、注意を促すしかない」

 

 基本的に二人以上――できることなら三人以上で防衛にあたる。その体制を崩さないこと。対策ができるとすれば、その程度だろうか。

 

「ふうん。じゃあ君は、誰とトリオを組むんだい」

「……ま、言い出しっぺだからね」

 

 ぼくはため息を吐いた。

 

「セルバンデスと組むよ」

「もう一人は?」

 

 ぼくはドクタの目を見たけれど、彼は「絶対に嫌だ」と首を振った。

 

「じゃあ――消去法で、マレウスかな」

「問題児トリオだね」

「……」

 

 言いたいことはあったけれど、それを言うことで何かいいことがある、というわけではなさそうだったから、ぼくはただ黙ることにした。

 

「ドクタも、気を付けて欲しい。君は特に、特性上、一人でいることが多いだろう」

「まあ、そうだね」

「いつでも、助けを求められるようにしておいて」

 

 言っていて、これはただの気休めだな、と思った。助けを求めなければいけないような状態になった時点で、きっともう、間に合わない。彼もそれをわかっているだろうに、それでも彼は微笑んでくれた。甘やかされているな、と思って、情けなかった。こんなことが、増えている。

 

「銃の一丁くらいは、用意しておくべきかな」

「できるのなら」

 

 彼は頷いた。どういう伝手があるのかは知らないし、興味もない。それで安全性が上がるのならば、それだけで十分。

 彼は立ち上がった。

 

「家まで送る」

 

 ぼくもそれを追うけれど、彼は笑って手を振った。

 

「いいよ、いらない」

 

 食べ切ったアイスクリームの土台を、平然と花壇に捨てる。プラスティックだから、分解されるより早く、花壇の方が無くなるだろう。つまりならば、影響は軽微という意味でもある。

 

「じゃあね、カムパネルラ。くたばらなければ、また」

「また」

 

 振られた手を見送ってから、ぼくもまた、その場を立ち去る。

 

 くたばらなければ、また。

 

 挨拶としては、理想的。

 難しく、奇跡のような仮定。

 つまりそれは、祈りの言葉だ。

 

 そういうことが、わかるようになった。

 これは、劣化なのだろうか。

 故障した頭で、ぼくは考える。

 

「……シロなら、なんていうかな」

 

 答えは、出なかった。

 

 2

 

 赤い空の下も、ずいぶん久しぶりであるように思えた。襲撃は散発的で、以前よりも頻度が減っている。

 

「つまらんつまらんつまらんな。張り合いがねぇったらありゃしねぇ」

 

 欠伸と共に、セルバンデスが言った。ぼくにとっては、あまりいい傾向とも言えない。

 見慣れた廃ビルの屋上、ぼくらは三人、立ち並んで空を見上げる。

 

「んじゃー、アンパンでもやる?」

 

 びっくりするような気軽さでシンナーの瓶を差し出してきたのは、マレウスだった。

 

 下劣に染めた虹色の髪。

 彼女はもう、ずっと正気ではない。正気であることを、放棄する。そういうやり方でしか、生きることができなかった。

 

 あるいは生きていなければ、彼女はまともであれたのだろうか。この世の誰もが怪物であれば、彼女はまともであれたのか?

 

 なんて空想、全ては無意味。

 月のない空。雲だけが、名残のように浮かぶ。

 ぼくらは二人とも肩をすくめて、黙殺した。

 そんなものは、痛み止めにもなりやしない。

 彼女はまだ、きっと幸福な側なのだ。

 正気を手放すことができるのは、幸運。それができない哀れな人々が、世界にどれだけいることだろう。

 

 ずるり、と。

 音を立てて、空の向こうから、敵がやってくる。

 

「大きいね」

 

 巨大な蛸。けれどそれは雲の隙間から触手を伸ばし、その吸盤に開く眼でぼくたちを観察すると――すぐに溶け消える。

 

「チッ、またかよ」

 

 機嫌悪く、セルバンデスが錆びた鉄柵を蹴飛ばした。ガイィン、と音が立って、それがへし折れる。

 

「ああ、畜生畜生畜生め。意気地なしのクソッタレども。どいつもこいつも、()()()()だ」

 

 下品な表現に、けれどマレウスはげたげたと笑った。センスが、その水準なのだ。

 

「……偵察ばかり、か」

 

 本格的な戦闘が起こったのは、ここしばらくで数えるほど。

 空の向こうに追い縋っても、撤退が早すぎて追いつけない。結果として、ぼくたち――主にセルバンデスは、フラストレーションが溜まりっぱなしだ。

 

「……革命、ねぇ」

 

 本当に、やるつもりなのだろうか?

 身内同士で殺し合ってまで、世界の形を変えてまで、そうまでして生きて、何になるのだろう。

 

 ぼくは思う。

 ぼくが矛盾しているのと同じように、彼もまた矛盾している。

 生きていることを憎みながら、誰よりも生きたがっている。

 

 それは、何のためにだろう?

 生きていることに、何の意味がある?

 世界が続くことに、どんな意味がある?

 生きていることが、死んでいることよりも素晴らしいのか?

 続くことが、終わることよりも幸福なのか?

 

 馬鹿馬鹿しい。くだらない。

 生きていることが悲劇だというのなら、誰も彼も、死んでしまえば事足りる。

 その自由は、初めから用意されている。

 

 では、用意されていない自由は、何だ。

 許されていない自由は、何だ。

 

 それは。

 それは……。

 他の自由を、穢すこと。

 

 それは、許されないこと。

 許されては、いけないこと……。

 

 コミュニケーションは、エラー。

 アンコントローラブルが、オールグリーン。

 

 生きていない程度のことで、それを求むる衝動が、なくなるだろうか?

 

 ぼくはそうは思えない。

 

 人間は、浅ましい。

 穢れている。

 生きていても。

 死んでいても。

 脳髄でさえ。

 血と汚濁に満ち溢れている。

 

「おい、ガキども。仕方ねぇ。俺と遊べ」

 

 彼は言って、拳を構えた。

 やれやれ、と首を振る。

 

 人を殺したい、という欲求も、その一つ。

 愛と殺意は、等価。

 等しく執着で、等しく醜く。

 等しく幻想で、等しく逃れられない。

 

 セルバンデス。

 ぼくは彼のことが、案外嫌いではない。

 

 だから今夜も、少しくらいは付き合おう。

 赤き夜。見下す瞳も消えた中で、ぼくたちは踊った。

 

 ただそれだけが、美しいことのようだった。

 





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