カムパネルラの傷跡   作:忘旗かんばせ

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第八章 1

 

 0

 

 おしまいにしましょう。

 

 1

 

『聞こえますか、カムパネルラ』

 

 ぼくはホワイト・スノウの手駒になった。

 

「聞こえているよ」

 

 コールサインはない。かつてあった糸の伝達ではなく、電波を使った下賤なそれ。耳についたイヤーカフスから、無線機を通して声が響く。

 

『敵の名は常薪(つねまき)漫歳(そぞとし)守護者(プラスティシ)の中ではかなり古参の叩き上げで、長年最前線を担って来た歴戦のフォワードです』

 

 その情報を、ぼくは頭に入れていく。

 

 敵――体制側の守護者(プラスティシ)が、人質戦法をとってきた以上、そちらを叩かないという選択肢は無くなった。

 

 だからぼくは破壊者(ダウナ)を裏切って、彼女の下僕に成り下がっている。

 

乖獣(オルターエゴ)の名はサンスベリア。全身に剣を生やした獣型の乖獣(オルターエゴ)で、タイプは大型一体(ジャイアント)。その特性上、本体は前線には出てこないでしょう。乖獣(オルターエゴ)との一対一になるかと』

「オーケイ」

 

 頷く。通話越しでは、伝わりもしないだろうけれど。

 

『固有能力は、未来予知。数瞬先の未来を常時読み取るため、近接格闘や射撃戦では無敵を誇ります』

「そう」

 

 そうか。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「他に、頭に入れておくべき情報は?」

『特には。ご武運を、カムパネルラ』

「そういう気遣いは、不要」

 

 ぼくは通信を終了した。

 赤い空の下での戦いは、久しぶりだった。

 雲の向こうから、その怪物は現れる。

 

 千刃虎(サンスベリア)。毛の代わりとばかりに全身に剣を生やしたその虎は、こぼれ落ちるように雲の隙間から大地に飛び降り、ぼくと向かい合う。

 

「――――――!!」

 

 吠え猛る声に、けれどぼくは動じない。

 

「カムパネルラ」

 

 呟けば、現れる。邪悪なる水棲の悪魔。翼を広げ、彼はひゅららら、と産声をあげる。

 

「行こう」

 

 呟いて、空をかける。以前よりもずっと早く、安定した飛行。

 

 対するサンスベリアは、向いくるぼくへ向けて、その体表に生える剣を飛ばしてきた。

 

 まるで機関銃のように放たれる剣の渦。

 

 けれどそれは、ぼくの能力を前には何の意味もなさない。

 

 きっと向こうからすれば、何が起こったかもわからないだろう。

 

 放たれた全ての剣が、消失した。

 

 そうとしか思えなかったに違いない。

 

 実際には、現実からかき消えたのだ。

 

 その違いは同じようでいて、大きい。

 

 これがぼくの、新たな力。

 あるいはカムパネルラの、本当の力。

 現実から()()()()のは、意思による抵抗がないものに限り、つまり直接的に敵を排除できるわけではないけれど――大半の攻撃に対しては、無敵となる。

 

 敵は、信じられないものを見たとばかりに目を見開く。

 それはそうだろう。

 彼の未来を見る目には、そんな景色は映ってもいなかっただろうから。

 

 カムパネルラの力は、現実からの排除。

 だからこそ、それは現実の未来を見据える瞳では、決して捉えることのできない反現実。

 ぼくと彼の能力は――この上ないほどに、相性がいい。

 

 ぼくは剣を纏う虎に身を寄せる。

 そして――

 

「焼き尽くせ」

 

 光が、瞬く。

 未来が見えていようが、一切の回避方法がない全方位攻撃。隙間なく放たれる光の濁流が、剣の虎を焼き尽くし――跡形もなく、消しとばす。

 

「終わったよ」

 

 コール。電波を通して、ぼくと彼女は通じ合う。

 

『お疲れ様です、カムパネルラ』

 

 心にもない労いの言葉が、今はひどく心地よかった。

 

『これで、体制側の戦力は、もうほとんど僅かです』

 

 革命は目前ですね、なんて、シニカルな声色。

 

 言い訳のしようもなく、ぼくがやっていることは利敵行為だ。あれほど危険視していた差崎誰の陣営を、全力でサポートしてしまっている。

 

 だが、これは必要なことだ。つまり、どちらの方が、ぼくにとって優先度が高いか、ということ。破壊者(ダウナ)として、ではなく、ぼくとして。

 

 ドクタ、セルバンデス、マレウス。

 彼らとはもう、連絡も取っていない。

 いつか報いが来るだろう、と思っている。

 来て欲しい、とも。

 

『この後、食事でもいかがですか?』

「そういうお誘いは、それが好きな人に対してしてあげるといいよ」

 

 ぼくには逆効果でしかない。あるいは、敵意を煽りたい、というのならば、正しい行動でもあるけれど。

 

「ぼくは、もう帰るよ」

『そうですか。残念。足の手配は?』

「必要ない」

 

 ぼくは翼を広げる。冷たい風が、肌にまとわりついた。びょう、と風を切って、世界の境界を越える。

 

 赤い空の下から、現実の世界に舞い戻れば、うらぶれた雲の下、街はまばらな光を瞬かせて、夜の暗闇を忘れようと必死になっている。いじらしい限りで、また愚劣。どれほど嘘を信じ込んだって、日は暮れ、夜は訪れる。人は死ぬ。世界は滅ぶ。全ての嘘は、剥がれ落ちる。

 

 地上に降りる気になれなくて、ぼくはしばし、空を揺蕩う。

 

 誰も、ぼくを見つける人間は、いない。

 

 指先が悴んで、ぼくはそれをポケットに突っ込んだ。

 彼は今、どこで何をしているだろう?

 そんな思考が、脳裏をよぎることを止められなくて。

 

 ぼくはひどく、恥ずかしい気持ちになった。

 

 2

 

「次回が、最後の戦いになるでしょう」

 

 差崎誰はそう言って、焼けた肉をぼくの皿に置いた。

 

「欲しければ、自分で取るよ」

「おや、これは失礼」

 

 彼はそう言って、残りの肉を全て自分の皿に取った。極端だ。ぼくは思ったけれど、口に出す必要は感じられなかったので、ただ黙った。

 

 薄暗い店内に、肉の焼ける音色が響いている。

 

 ビルの地下にある焼肉屋。個室席で、二人、ぼくと差崎誰は向かい合っていた。

 

「ま、今回は前祝い、というところです。奢りますので、好きなように食べてください」

「そういうのを、油断と呼んだりするね」

「あるいは余裕とも」

 

 彼は言って、肉を口に放り込んだ。よく食べる。いや、年齢を考えれば、そんなものか。

 

「実際、余裕なんですよ。余裕の極み。私としては、あなたがこちら側に加わってくださったことが本当に大きかった。勝利を確信できる程度にはね。それが向こう側の失策ゆえ、というあたりが、私としては情けないことですが」

 

 本当なら、あなたとは利害関係抜きで()()()出来るのが一番よかったのですけれどね。なんて、差崎誰は屈託のない笑みで言う。

 

「ぼくらが敵同士である以上、それは不可能なことだよ」

「しかし敵同士と言う割には、私のことを信じて頼ってくれたわけじゃないですか」

「信じざるを得なかった、というだけだ」

 

 状況が、それ以外を許さなかったというだけで、君のことは好きじゃない。

 

 ぼくは言って、皿に乗せられた肉を口に入れる。血の味がして、好きじゃなかった。

 

 ぼくは追加の肉を持ってきた店員を呼び止める。

 

「すいません」

「追加のご注文でしょうか?」

「はい」

 

 ぼくはメニューの一角を指差す。

 

「このいちごのパフェ一つ」

「かしこまりました」

 

 去り行く店員を見送ると、差崎誰は信じられないものを見る目でぼくを見ていた。

 

「焼肉屋で肉以外のもの頼みます? 普通」

「好きに食べろって言ったのは君でしょ」

 

 指図される謂れはない。

 

「……次はスイーツバイキングとかにしましょうか」

「別に、なんでもいいよ」

 

 そも、次なんてものがある、という前提が気に食わない。お友達というわけではないのだ。

 

「私はそうなりたいんですがねぇ。なかなか、うまくいかないものです」

「人間関係をうまくいかせよう、という考え方自体が、すでにもう強欲に近いかな」

 

 摩擦を少なくしよう、という努力は、一定効果があるだろうけれど、それ以上を求めるのは行き過ぎた欲求だ。

 

「うーん。これは手厳しい」

 

 彼はカラカラと笑って、追加の肉を焼いていく。煙が増えて、一瞬、その顔が見えづらくなった。

 

「次の戦いについてですがね」

 

 差崎誰は煙の向こうで言った。

 

「敵もいよいよ、後がないというところですから、おそらくは総力戦に近い状況になるでしょう。この決戦を制した側が勝利と、そういう状況になるはずです」

 

 つまり、それはイコールでこれまでにない壮絶な戦いになる、という意味でもある。

 彼は目を細めた。

 

「ともすれば――誰が死んでも、おかしくないほどに」

「それは、頃合いを見て背中から撃ちます、という意味?」

「まさか。そんなことをしている余裕はありませんし、する意味もない。せっかく得た味方を自分から敵に戻してどうするんです?」

 

 彼は言って、グラスを傾ける。弾ける泡は、アルコール入りではあるまいが。

 

「純粋に、まあ、聞いておきたいんですよ。次の戦いで、死ぬかもしれない。それでも――我々と共に戦っていただけますか、と」

「そんなことを、わざわざ聞く必要があると判断された、というのが一番の不安条件だね」

 

 言葉の切れ目に個室のドアが開いて、店員が背の高いグラスを持ってきた。中身はパフェで、ぼくはそれを受け取る。

 

「君たちが約束を守ってくれる限り、ぼくは君たちに協力するよ」

 

 命を懸けてでも。命を捨ててでも。

 ぼくはすでに、その覚悟がある。

 

「君たちが、『()』に手を出さないこと――それを守ってくれる限り、ぼくは君たちの奴隷だ」

 

 ぼくは言って、スプーンでパフェを掬い取る。いちごとクリームの混合。口に運べば、わざとらしいくらい甘酸っぱい味がした。血の味よりは、ずっとマシだ。

 

「ええ、それはもちろん、守りますとも。守らないわけがない。そもそも私たちは()()()とは違って、余計な犠牲を出さないことを第一に置いているのです」

 

 おててを繋いで仲良くゴール。それが出来れば万々歳でしょう? なんて子供の夢のようなことを言いながら、彼は笑う。それは人間が人間である限り達成不可能な理想であって――だからこそ、人のカタチを変えたいなんて大それた手段を思いついたのだろう。

 

 けれど、それを彼は、どうやって達成するつもりなのだろうか。

 世界は徐々に、その崩壊を増している。現実は揺らぎ、世界はその境界を無くそうとしている。この状況で――果たして、間に合うのだろうか?

 

「ご心配いただかずとも、方法は考えていますよ」

「心配しているわけじゃない。ただ、君たちが負けてやぶれかぶれにならないかが不安なだけだ」

「素直ではない」

 

 彼は憎らしく言う。

 

「ま、少なくとも、『彼』に危害が加わるような手段は絶対に取りません。これは私自身の――魂に誓って」

 

 それは少なくとも他の何かに誓われるよりはずっと、信頼に足る宣戦だった。

 

 目の前の男はどうしようもない嘘つきで――けれどだからこそ、自分自身に嘘を吐けるタイプでは、ない。

 

「信じるよ」

「ええ、信じてください」

 

 彼は、まるでそれが証明書であるみたいににっこりと笑って見せる。

 

「カムパネルラ」

 

 彼はぼくの名を呼んだ。

 

「私は結構、あなたのことが好きです」

 

 ですから――

 

「できることなら、我々が最後まで、共にあれることを祈っていますよ」

 

 祈りにしては、その言葉は我欲に満ちている。ぼくは蔑むように言った。

 

「それは、君たち次第」

 

 ぼくはもう、条件を告げている。味方でいて欲しいなら、せいぜいそれを守るといい。それが、ぼくの値段。それを決められるのは、自分だけ。

 

「……あなたはそれを、見誤っているような気がするのですがね」

 

 彼は苦笑した。意味がわからない。

 

 ぼくはもう、彼に興味をなくす。

 義理堅さ、というよりも、交渉の意味というものを、彼は弁えている。だからそこに、もう心配することはない。

 

 だから不安なのは、一つだけ。

 

 ぼくがいつまで、戦えるのか。

 ぼくがいつまで、生きていられるのか。

 

 ただそれだけが、不安だった。

 





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