0
おしまいにしましょう。
1
『聞こえますか、カムパネルラ』
ぼくはホワイト・スノウの手駒になった。
「聞こえているよ」
コールサインはない。かつてあった糸の伝達ではなく、電波を使った下賤なそれ。耳についたイヤーカフスから、無線機を通して声が響く。
『敵の名は
その情報を、ぼくは頭に入れていく。
敵――体制側の
だからぼくは
『
「オーケイ」
頷く。通話越しでは、伝わりもしないだろうけれど。
『固有能力は、未来予知。数瞬先の未来を常時読み取るため、近接格闘や射撃戦では無敵を誇ります』
「そう」
そうか。
「他に、頭に入れておくべき情報は?」
『特には。ご武運を、カムパネルラ』
「そういう気遣いは、不要」
ぼくは通信を終了した。
赤い空の下での戦いは、久しぶりだった。
雲の向こうから、その怪物は現れる。
「――――――!!」
吠え猛る声に、けれどぼくは動じない。
「カムパネルラ」
呟けば、現れる。邪悪なる水棲の悪魔。翼を広げ、彼はひゅららら、と産声をあげる。
「行こう」
呟いて、空をかける。以前よりもずっと早く、安定した飛行。
対するサンスベリアは、向いくるぼくへ向けて、その体表に生える剣を飛ばしてきた。
まるで機関銃のように放たれる剣の渦。
けれどそれは、ぼくの能力を前には何の意味もなさない。
きっと向こうからすれば、何が起こったかもわからないだろう。
放たれた全ての剣が、消失した。
そうとしか思えなかったに違いない。
実際には、現実からかき消えたのだ。
その違いは同じようでいて、大きい。
これがぼくの、新たな力。
あるいはカムパネルラの、本当の力。
現実から
敵は、信じられないものを見たとばかりに目を見開く。
それはそうだろう。
彼の未来を見る目には、そんな景色は映ってもいなかっただろうから。
カムパネルラの力は、現実からの排除。
だからこそ、それは現実の未来を見据える瞳では、決して捉えることのできない反現実。
ぼくと彼の能力は――この上ないほどに、相性がいい。
ぼくは剣を纏う虎に身を寄せる。
そして――
「焼き尽くせ」
光が、瞬く。
未来が見えていようが、一切の回避方法がない全方位攻撃。隙間なく放たれる光の濁流が、剣の虎を焼き尽くし――跡形もなく、消しとばす。
「終わったよ」
コール。電波を通して、ぼくと彼女は通じ合う。
『お疲れ様です、カムパネルラ』
心にもない労いの言葉が、今はひどく心地よかった。
『これで、体制側の戦力は、もうほとんど僅かです』
革命は目前ですね、なんて、シニカルな声色。
言い訳のしようもなく、ぼくがやっていることは利敵行為だ。あれほど危険視していた差崎誰の陣営を、全力でサポートしてしまっている。
だが、これは必要なことだ。つまり、どちらの方が、ぼくにとって優先度が高いか、ということ。
ドクタ、セルバンデス、マレウス。
彼らとはもう、連絡も取っていない。
いつか報いが来るだろう、と思っている。
来て欲しい、とも。
『この後、食事でもいかがですか?』
「そういうお誘いは、それが好きな人に対してしてあげるといいよ」
ぼくには逆効果でしかない。あるいは、敵意を煽りたい、というのならば、正しい行動でもあるけれど。
「ぼくは、もう帰るよ」
『そうですか。残念。足の手配は?』
「必要ない」
ぼくは翼を広げる。冷たい風が、肌にまとわりついた。びょう、と風を切って、世界の境界を越える。
赤い空の下から、現実の世界に舞い戻れば、うらぶれた雲の下、街はまばらな光を瞬かせて、夜の暗闇を忘れようと必死になっている。いじらしい限りで、また愚劣。どれほど嘘を信じ込んだって、日は暮れ、夜は訪れる。人は死ぬ。世界は滅ぶ。全ての嘘は、剥がれ落ちる。
地上に降りる気になれなくて、ぼくはしばし、空を揺蕩う。
誰も、ぼくを見つける人間は、いない。
指先が悴んで、ぼくはそれをポケットに突っ込んだ。
彼は今、どこで何をしているだろう?
そんな思考が、脳裏をよぎることを止められなくて。
ぼくはひどく、恥ずかしい気持ちになった。
2
「次回が、最後の戦いになるでしょう」
差崎誰はそう言って、焼けた肉をぼくの皿に置いた。
「欲しければ、自分で取るよ」
「おや、これは失礼」
彼はそう言って、残りの肉を全て自分の皿に取った。極端だ。ぼくは思ったけれど、口に出す必要は感じられなかったので、ただ黙った。
薄暗い店内に、肉の焼ける音色が響いている。
ビルの地下にある焼肉屋。個室席で、二人、ぼくと差崎誰は向かい合っていた。
「ま、今回は前祝い、というところです。奢りますので、好きなように食べてください」
「そういうのを、油断と呼んだりするね」
「あるいは余裕とも」
彼は言って、肉を口に放り込んだ。よく食べる。いや、年齢を考えれば、そんなものか。
「実際、余裕なんですよ。余裕の極み。私としては、あなたがこちら側に加わってくださったことが本当に大きかった。勝利を確信できる程度にはね。それが向こう側の失策ゆえ、というあたりが、私としては情けないことですが」
本当なら、あなたとは利害関係抜きで
「ぼくらが敵同士である以上、それは不可能なことだよ」
「しかし敵同士と言う割には、私のことを信じて頼ってくれたわけじゃないですか」
「信じざるを得なかった、というだけだ」
状況が、それ以外を許さなかったというだけで、君のことは好きじゃない。
ぼくは言って、皿に乗せられた肉を口に入れる。血の味がして、好きじゃなかった。
ぼくは追加の肉を持ってきた店員を呼び止める。
「すいません」
「追加のご注文でしょうか?」
「はい」
ぼくはメニューの一角を指差す。
「このいちごのパフェ一つ」
「かしこまりました」
去り行く店員を見送ると、差崎誰は信じられないものを見る目でぼくを見ていた。
「焼肉屋で肉以外のもの頼みます? 普通」
「好きに食べろって言ったのは君でしょ」
指図される謂れはない。
「……次はスイーツバイキングとかにしましょうか」
「別に、なんでもいいよ」
そも、次なんてものがある、という前提が気に食わない。お友達というわけではないのだ。
「私はそうなりたいんですがねぇ。なかなか、うまくいかないものです」
「人間関係をうまくいかせよう、という考え方自体が、すでにもう強欲に近いかな」
摩擦を少なくしよう、という努力は、一定効果があるだろうけれど、それ以上を求めるのは行き過ぎた欲求だ。
「うーん。これは手厳しい」
彼はカラカラと笑って、追加の肉を焼いていく。煙が増えて、一瞬、その顔が見えづらくなった。
「次の戦いについてですがね」
差崎誰は煙の向こうで言った。
「敵もいよいよ、後がないというところですから、おそらくは総力戦に近い状況になるでしょう。この決戦を制した側が勝利と、そういう状況になるはずです」
つまり、それはイコールでこれまでにない壮絶な戦いになる、という意味でもある。
彼は目を細めた。
「ともすれば――誰が死んでも、おかしくないほどに」
「それは、頃合いを見て背中から撃ちます、という意味?」
「まさか。そんなことをしている余裕はありませんし、する意味もない。せっかく得た味方を自分から敵に戻してどうするんです?」
彼は言って、グラスを傾ける。弾ける泡は、アルコール入りではあるまいが。
「純粋に、まあ、聞いておきたいんですよ。次の戦いで、死ぬかもしれない。それでも――我々と共に戦っていただけますか、と」
「そんなことを、わざわざ聞く必要があると判断された、というのが一番の不安条件だね」
言葉の切れ目に個室のドアが開いて、店員が背の高いグラスを持ってきた。中身はパフェで、ぼくはそれを受け取る。
「君たちが約束を守ってくれる限り、ぼくは君たちに協力するよ」
命を懸けてでも。命を捨ててでも。
ぼくはすでに、その覚悟がある。
「君たちが、『
ぼくは言って、スプーンでパフェを掬い取る。いちごとクリームの混合。口に運べば、わざとらしいくらい甘酸っぱい味がした。血の味よりは、ずっとマシだ。
「ええ、それはもちろん、守りますとも。守らないわけがない。そもそも私たちは
おててを繋いで仲良くゴール。それが出来れば万々歳でしょう? なんて子供の夢のようなことを言いながら、彼は笑う。それは人間が人間である限り達成不可能な理想であって――だからこそ、人のカタチを変えたいなんて大それた手段を思いついたのだろう。
けれど、それを彼は、どうやって達成するつもりなのだろうか。
世界は徐々に、その崩壊を増している。現実は揺らぎ、世界はその境界を無くそうとしている。この状況で――果たして、間に合うのだろうか?
「ご心配いただかずとも、方法は考えていますよ」
「心配しているわけじゃない。ただ、君たちが負けてやぶれかぶれにならないかが不安なだけだ」
「素直ではない」
彼は憎らしく言う。
「ま、少なくとも、『彼』に危害が加わるような手段は絶対に取りません。これは私自身の――魂に誓って」
それは少なくとも他の何かに誓われるよりはずっと、信頼に足る宣戦だった。
目の前の男はどうしようもない嘘つきで――けれどだからこそ、自分自身に嘘を吐けるタイプでは、ない。
「信じるよ」
「ええ、信じてください」
彼は、まるでそれが証明書であるみたいににっこりと笑って見せる。
「カムパネルラ」
彼はぼくの名を呼んだ。
「私は結構、あなたのことが好きです」
ですから――
「できることなら、我々が最後まで、共にあれることを祈っていますよ」
祈りにしては、その言葉は我欲に満ちている。ぼくは蔑むように言った。
「それは、君たち次第」
ぼくはもう、条件を告げている。味方でいて欲しいなら、せいぜいそれを守るといい。それが、ぼくの値段。それを決められるのは、自分だけ。
「……あなたはそれを、見誤っているような気がするのですがね」
彼は苦笑した。意味がわからない。
ぼくはもう、彼に興味をなくす。
義理堅さ、というよりも、交渉の意味というものを、彼は弁えている。だからそこに、もう心配することはない。
だから不安なのは、一つだけ。
ぼくがいつまで、戦えるのか。
ぼくがいつまで、生きていられるのか。
ただそれだけが、不安だった。
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