カムパネルラの傷跡   作:忘旗かんばせ

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第十二章 1

 

 0

 

 その一雫に千年の。

 その虹光るに万年の。

 その傷癒えるに億年の。

 その愛消えるに、永遠の。

 

 1

 

 駅前。工事途中のビル群。遺跡のようなそれらのうちの一つが、待ち合わせの予定地だった。ドクタは、マレウスは、無事辿り着けているだろうか?

 

 吊られた死体は、まだ揺れている。

 

 ぼくはビルの中に入った。

 冷たいコンクリートに、足音が響く。

 剥き出しのコンクリートが作る階段を登って、階層を上に。

 上がれば上がるほど、未完成の部分が増えていく。歴史とは、このような形をしている。

 

 ぼくは人間について考えた。

 人間は、傲慢な生き物だ。

 どこまで行っても、己のためにしか行動することが出来ない。

 それは、人間が究極的な部分で、自分以外の存在、自分の外側の世界を、認識することが出来ないからだ。

 

 人間は、孤独だ。

 人は真の意味で、自分の外側を感知することはできない。瞳が光を捉えようとも、脳髄が受け取るのはその信号だけ。真実、眼の向こうに外の世界なんてものがあるかどうかなんて、ぼくたちには確かめようがない。

 

 頭蓋という牢獄に独り、囚われたまま、永久に過ごす。

 だからこそぼくたちは、いつだって寂しさを抱く。

 独りであることから、逃れたいと手を伸ばし。

 

 そしてそれは叶わない。

 

 叶ったように見えたのだとすれば。

 それは、ただの妄想だ。

 ぼくたちは、いつだって、世界を妄想することしか許されない。

 だから、間違う。

 人間は、間違い続ける。

 己が一人ではない、と勘違いして。

 自分以外の誰かを、理解できるなんて勘違いをして。

 その誰かのために何かが出来るはずだなんて、勘違いをしてしまう。

 

 そうではない。

 どれだけ他者のためにと願っていても、それは他者のために動きたいという己の欲求を消化しているに過ぎない。

 

 それがたまたま、他者のニーズと一致していた時に、心が通じ合ったなんて錯覚を持ってしまう。

 

 盲目のワルツ。

 それは少しずつすれ違って、いずれ、破綻する。

 

 だから、しかし。全ての人間が孤独であれば、破綻は訪れないのだろうか?

 全ての人間は幸福なまま、生きていけるのだろうか?

 

 答えは、きっと否だ。

 それは、寂しさゆえのこと。

 人は手に入らないものに手を伸ばす。

 だからこそ、必ず、全ての人間は、他の何が満たされたとしても、己の外側の何かを求めてしまう。

 それは、己が孤独であることを知っているから。

 

 しかし、それは。

 それは傲慢なのだ。

 

 謙虚さとは。

 己の孤独を、受け入れること。

 

 受け入れて、手放すこと。

 

 期待を。

 希望を。

 夢を。

 

 手放して、求めないこと。

 

 それだけが、唯一。

 上品である、ということ。

 

 ぼくは、最上階にたどり着いた。

 

 放り出されたままの資材。作りかけの柱と、半分の天井。

 

 赤い空が見える。

 それから隠れるように、半分の天井の最奥。

 影の中に――人間が二人、立っている。

 最初は、ドクタとマレウスだ、と思った。

 けれど、違う。

 

「――ドクタとマレウスは、どこへやったの?」

 

 ぼくはその二人に問いかけた。

 彼らは、首を振る。

 

「殺しては、ないぜ」

 

 そう言ったのは、金髪の青年――冨士(ふじ)崇郎(あがろう)だった。

 

 その視線には、どこか憐れみに近い感情が込められていた。

 

「次々は、生きてるんだってな」

「それをしたのは、ぼくじゃないよ」

「だとしても、もう一度殺しはしなかった」

 

 ぼくは沈黙を保つ。

 

「まだ、道があるのではないか、と思うのです」

 

 もう一人の人影――木嶋(きじま)削子(そぎこ)が言った。

 三つ編みのおさげが揺れる。

 彼女の瞳は、何かを期待している。

 

「交渉の余地は、あるのではないかとと」

「そう思うなら、本人を連れてきて欲しいな」

 

 暗に。

 君たちでは不足だ、と突きつける。

 

「カムパネルラ、私は――」

「二人」

 

 ぼくは指を立てた。

 

「人質を取られている時点で、対等な対話では、ないね」

 

 ぼくが言えば、彼女は何かを我慢するみたいな顔をした。葛藤があったのだ。自分の脳を納得させるための。

 

「――ごめんなさい、カムパネルラ」

 

 彼女は言って――その背後に、天使の似姿を浮かべた。

 

「あなたを誰くんの元へ連れて行くことは、できません」

 

 彼女は、泣きそうな顔をしていた。

 そんな顔をさせたかったわけじゃ、ないのだけれど。

 意図と現実は、すれ違うものだ。

 

「わかった。それが、君の答えなら」

 

 ぼくは、応じよう。

 

「お願い、カムパネルラ」

 

 呟けば――現れる。

 水棲の未熟児。

 その瑕は既に癒え、その姿は全盛を取り戻している。

 ぼくはまた、空を飛べるようになった。

 形を取り戻した翼が、大きく広げられ、答えるように、二人が天使を現出させる。

 

「……お前とは、戦いたくなかった」

「今更だね」

 

 ぼくは言って――

 

「悔いのないように、戦おうか」

 

 閃光を放つ。

 闇を切り裂いて、光が。

 敵を穿つがために、突き進む。

 

「アスモディリア」

 

 呟けば、天使が。

 その光を、誘惑する。

 

「いい子、いい子」

 

 魅了の権能。

 懐柔された光が、主人を裏切って反逆する。あり得ざる軌道変更により、立ち返る光の奔流。ぼくらは空に飛び上がって、それを回避する。

 それを追って――崇郎が飛び出してきた。

 

「喰らえ、ベルゼバベリア――!」

 

 ぎゅお、と。

 音を立てて、体が引かれる。それは引力によるそれではなく、あたかも、掃除機に吸われるような。

 

 見れば――ベルゼバベリア。そう呼ばれた彼の乖獣(オルターエゴ)、輝ける天使の似姿が、その腹に開いた巨大な()により、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 牙の並ぶ大口の向こうは、暗黒。喰らわれた存在が無事で済むだなんて、そんな楽観は許されそうにない。

 

 全速力で、その吸引から逃れようと翼を羽ばたかせるけれど、距離は変わらず。それはカムパネルラの飛行速度と、彼の吸引力が同等であるという意味であり、同時に。

 

 何か一手でも干渉があれば、容易く崩れる拮抗であるという意味でもある。

 

「アスモディリア」

 

 その一言が――ほんの一瞬。

 

 ぼくの体を、ぼくのものではなくさせる。

 

 アスモディリア。そう呼ばれた天使がぼくの目線を奪う。他の何をも、考えられない。ただ、それを見つめることだけに意識を集中してしまう。

 

 それは一秒にも満たない刹那のことで、けれどその刹那がこそ、生死を分つ境界線。

 

 制御を失った肉体が、大口に吸い込まれていく。

 ぼくはその体を、牙の咲く暗闇に吸い込まれて――

 

「カムパネルラ」

 

 透過。

 現実からの剥離により、その吸引を逃れる。

 そして――再度出現。

 その場所は、崇郎の背後。

 

「光を」

 

 解き放つ。焼け付く星の瞬きが、冨士崇郎の肉体を貫く――寸前。誑かされた光線たちはそれを避けて、ぼくの元へと帰ってくる。

 

 限界まで引き寄せてから――透過。相殺する、というやり方ではダメだ。アスモディリアの魅了に動きを止められれば、それでジ・エンド。

 

 熱光線の返礼をすり抜けて、ぼくは再び現実に回帰。

 

 手詰まりに近い状況。どうにも、厄介なコンビネーションで嫌気がさす。

 

 一瞬の硬直が死に直結するベルゼバベリアの吸引に、その硬直をもたらすことができるアスモディリア。遠距離で戦おうとすればアスモディリアが攻撃を返却し、近距離で戦おうとすればベルゼバベリアが致死の吸い込みを攻防一体の盾とする。

 

 いつかの二人組の破壊者(ダウナ)よりも、よほど万全なコンビネーションだ。

 

 しかし――

 

「やりようはあるはず」

 

 そう信じる他にない、という意味でもある。

 

「カムパネルラ」

 

 手始めに、ぼくは。

 

 ()()()()()()()()()()

 

「な――」

 

 崇郎が目を見開く。

 その眼に映るのは、幾千幾万幾億の流星。

 カムパネルラ。星の輝きを知る孤児。彼はその鱗を瞬かせ、今は亡き夜空の星を地上に再現した。

 

 ()()()()()()

 

 単純極まる方策だが、しかしさて、これに対応することはできるか――

 

「いい子、いい子――」

 

 アスモディリアが真っ先に動く。光を魅了する悪魔の声色。けれどそれが操れるのは――星たちの半分にも満たない量。

 

 けれど彼女はそれを巧みに操り、残りのほとんどと相殺していく。それでも撃ち漏らす光の奔流は――

 

「喰らい尽くせっ!」

 

 ベルゼバベリアが、その腹に吸い込んでゆく。底なしの闇は光をさえ喰らい、彼らはその攻撃の全てを、対処し切ってみせた。

 

 けれど――

 

「そこまで、だ」

 

 現実から剥離していたぼくが、アスモディリアのすぐ背後に現れる。より厄介なのは、こちらだと判断した。星の光を目眩しに、本命を通す。開いた顎が、削子の頭蓋を噛み潰す――

 

 寸前。

 

「――ベルフェゴリア」

 

 ぼくの全身から――がくり、と。力が抜ける。

 

 どうしようもないほどの虚脱感。今すぐにでも眠ってしまいたい、と思うほど、絶望的なまでの疲労。突如として叩きつけられたそれに、ぼくは失速。その隙に――気付いた削子が離脱。弱々しく、牙は空を喰む。

 

 ぼくは振り返った。

 そこには――

 

 オールバックの、青年紳士。

 二階阿(にかいあ)鈴人(べると)が、天に立つ。

 

「――三体一、ですね」

 

 彼は言って、ゆっくりと近づいて来る。その間にも、絶望的な疲労感は消えない。どうやら、維持力に優れた能力であるらしい。ぼくは必死に体を動かそうとするけれど、その速度はそれこそ、蝸牛のように遅いだろう。

 

「投降をお勧めします、カムパネルラ」

 

 なんて、名前を呼ばれるけれど、ぼくは。

 

「お断りだよ」

 

 だって、そうだ。

 この程度は、詰みでも何でもありはしない。

 そうだろう?

 

「セルバンデス」

 

 呼ぶ声を合図にするように――二つの物体が、飛来した。

 そのうちの一つが鈴人の体に直撃し、もう一つは崇郎が()()()()()()()()()()()

 なにせ、その飛来物の正体は――

 

()()()()()に、()()()()()()

 

 彼らの掛け替えのない、仲間だったのだから。

 意識を失って落ちていく二階阿鈴人と、その意識を奪ったマモニリア――法崎(ほうざき)貴嶺(たかね)の体を、削子が必死になって拾う。

 

「弱っちかったぜ、そいつらは」

 

 なんて、凶悪な笑みと共に。

 獣頭の怪人、セルバンデスは――現れた。

 ビルの屋上から、天を睥睨する。その背に機械仕掛けの楽士を背負いながら。

 

「これで、二対二だね」

 

 疲労感から解放されたぼくは、肩を鳴らしながらいう。

 

 ぼくが先ほど、あれほど派手に光を放ったのは、彼らを仕留めるためという目的はもちろん、それ以上に――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、セルバンデスを呼び寄せるためでもあった。

 戦の気配に、彼は呼び寄せられる。

 だからこそぼくは、それをこの街のどこから見たってわかるように、示したのだ。

 

「――けれど、それは悪手でしたよ」

 

 悔しげな声で、せめてもと報いるように、削子は言った。

 

「呼び寄せられたのは――セルバンデスばかりではない」

 

 見れば。

 ビルの足元。通りを埋め尽くすように――膨大な数の聖四文字(YHWH)が集っていた。

 彼らは一斉に光の槍を構え――それを、天へと投げ放つ。

 ぼくのはなった光の奔流とさえ、まるで同等の遡る光。逆向きに流れる槍の雨霰がぼくを襲い――

 

「いい子だから、動かないで――」

 

 透過する寸前、ぼくの動きをアスモディリアが止めた。

 光の槍が、ぼくの体を削る。その雨を浴びていたのは一秒にも満たない時間で――だからこそ。

 

「カムパネルラ」

 

 それはぼくを殺すには、あまりに不足。

 血まみれのまま、叫ぶ。

 立ち上る光の柱を、現実から引き剥がす。

 そして――返礼。

 雨霰と光を落とし、聖四文字(YHWH)の群衆を戦闘不能に追い込む。

 

「っ、ベルゼバベリア――」

 

 崇郎がそれに割り込もうとするけれど――

 

「お前らお前らお前らよぉ――俺を除け者にしてんじゃねぇよ」

 

 飛びかかるは、セルバンデス。

 

「死愛開始」

 

 これは、とっておきのサービスだ。

 ぼくが呟けば――ドォーンと。

 銅鑼の音が、鳴り響く。

 セルバンデス。彼がもたらす闘争世界。そこに肉体性能以外の能力が入り込む隙は存在せず――

 ゆえに、天使の口は開かない。

 

「ぐっ、があああああっ!」

 

 叩きつける光の雨に削られて、彼は叫びをあげる。そこに――理性を失ったセルバンデスが、思いっきり拳を叩きつけた。

 

 吹き飛ぶは暴食の天使。

 

 地上にまで叩きつけられて、彼は意識を失った。頽れた敗北者にもはや興味などなく、次なる獲物へと、セルバンデスが飛び降り――

 

「いい子、いい子――」

 

 その言葉が、理性なき獣に首を嵌める。

 

「ああ、なんだぁ?」

 

 彼はそんなことを呟きながら、空中で百八十度回転。

 

「悪い。どうやら次の獲物は、お前らしい」

 

 ギラリと笑う獣。彼は空を蹴ってぼくへと飛びかかる。

 けれど――

 

「大丈夫、ぼくは怖くない」

 

 上昇しながら光の雨を浴びせかけ、セルバンデスの勢いを削ぐ。肉体が穴だらけになりながらも、獣の衝動のままに猛り狂い、跳躍を繰り返してぼくの元へと辿り着こうとするが――哀れなり。

 

 それはセルバンデスに向けたものか、はたまたアスモディリアに向けたものか。

 

 ぼくが彼と同じチームでやっていけたのは――ぼくならば彼を、確実に倒すことができるからだ。

 

 彼の展開する暴力世界においてさえ――彼はぼくには勝てなかった。

 

 ぼくの元に、あと一歩辿り着けぬまま、ボロクズ同然に破壊され尽くしたセルバンデスが、地上へと落ちていく。

 

 ぼくはそれを追わない。フォローは不要。この程度で殺されるような男であるならば、とっくの昔に死んでいる。

 

 代わりに――アスモディリアへと向き直る。

 

 その主人。木嶋削子は、額に汗をかいている。

 

「カムパネルラ」

 

 ぼくはもう、光を放たない。

 代わりに、世界から己を引き剥がし――彼女の眼前にまで、突き進む。

 もはや、彼女を守る盾はない。

 

「アスモディリ――」

「遅いよ」

 

 ぼくは。

 彼女の体を、翼で打ち据え。

 

 意識を失った彼女を、そっと、ビルの上に戻した。

 

 空を見上げる。

 向かう先は、もう決まっていた。

 

 赤い空に、幾重もの、光の筋が描かれている。

 それは飛び去る聖四文字(YHWH)たちが描く軌跡。

 肉体を失い、羽化した彼らは――一様に、同じ方向へと進んでいく。

 

 その根本を、ぼくはもう知っていた。

 

 だから――ぼくは進む。

 

 その先に、最後の戦いがあると知って。

 





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