4
目覚めは憂鬱だった。まるで二日酔いのように、体が重い。アルコールが入ったわけではないのに、何を分解して、毒素が生まれているのだろう。
ぼくは眠気眼を擦った。
「――おはよう」
それを口にしたのは、もちろん、
だからこそ、掛ける言葉は一つだった。
「気分はどう、
その言葉に――癖毛の少年は、少しだけ顔を歪める。
「
「OK――シュウ」
あの後、
「できれば、君のことも名前で呼びたい」
その申し出に、ぼくは少し、ためらう。
「それは……嫌かな」
どうにも。それは許容できることではなさそうだった。なぜなのかは、わからない。きっとそれは、家で靴を脱ぎたくなるのと、似たような。
「わかった。これまで通り呼ぶ」
「ごめん」
いい、と彼は言って、床に直接あぐらをかいた。
昨日は確か、彼の方をベッドで寝かせて、ぼくは床に座っていた覚えがあるのだけれど、目覚めた時には逆に、ぼくがベッドに寝かされていた。我ながら、情けない限り。ぼくはベッドに腰掛けるように起き上がって、眼下の彼を見下ろす。
「それで、聞かせて欲しいんだが」
彼は床に置いたお盆から、カップを一つとってぼくに渡してきた。中身はコーヒー。ブラックなのは、好みの違いだけれど、文句は言えない。
「
実を言えば、それが最大の問題だった。
彼が目を覚ますまで待っていたかったのは、護衛という意図と、もう一つ。
「君は、どこまで覚えている?」
「……荒唐無稽な話だが」
珍しく、緊張したような面持ち。躊躇いがちに、彼は切り出した。
「おそらく、いや、少なくとも、俺自身が認識するところでは――自分が
だからこそ、聞きたい。
「いったいなぜ、俺は生きている?」
さて、どう答えたものだろう。それがメカニズム的な質問なのなら、ぼくに答える術はない。
だから、答えるべきは――
「
その言葉が与えた衝撃が、ぼくの想像よりも遥かに上だったようで――彼はがたりと、立ち上がりかけた。
「それは――どういう意味で?」
寸前で、無意味という認識が追いついたのだろう。彼は再び座り直して、もう一度聞き直した。
「うん。
ぼくは大体のあらましを彼に話した。
それはぼくが知る中で、彼がアレクサンドロスに次いで
「それで君は――
「願ったのは、そう」
その言葉に含みは――当然、ある。
「つまり、
そう。全くもって――その通り。
死者蘇生。そんな空前絶後の奇跡を
「類型の敵が出てくることはあったけれど、斃した相手と全く同じそれが観測された事例は、これまでなかったと思う」
「秘匿している――のかもしれない」
死者蘇生なんて、特級も特級の異能――その存在がもたらすアドバンテージは計り知れず、だからこそそれは秘匿するに値する――が。
「それなら一進一退の攻防をし合っている意味がわからない」
おそらくだが、こちらの戦力は大体割れている。それに対して、敵は今のところ、少数での波状攻撃を仕掛けてきている。これは一度に送り込める限界数があるという点もあるのだろうが、それこそ無限のリソースがあるのならば、より頻繁に、より高品質な敵を、目まぐるしく送り込み続けて、物量に任せた一方的な消耗戦を強いればいい。
それをしない理由は――
「一つは、リソースが無限ではないという可能性」
死者蘇生という奇跡には、
そしてもう一つは――
「そもそも
ぼくは言った。
そう。この状況はあまりにも、恣意的すぎる。
「論点の中心は、
だからこそ――ぼくはそれを確認したかった。
「はっきり言えば、わからない。死んだことなど、今までなかった」
無論、蘇った経験も――なんていうまでもないことだ。
あの状況。仲間が一人死んだ直後。「お試し」という誘惑。なるべくなら荒唐無稽な、なんて見え透いた誘導。しかし実利的にも、失うわけにはいかないエースの欠落。願いは実質一択に誘導されていたと言ってもいい。
「ぼくが死者蘇生を願うことを前提として、君の死が偽装された可能性」
しかしそれは――
「少なくとも俺には、肯定も否定もできないが」
「死んだ、と思った。その瞬間は、間違いなくな。首と胴が切り離されたところまでは、
なるほど、それならば、あり得る可能性は――
「超高度な回復能力を持つ
「だが――」
それにしては。
「もしも他の願いを言われていたら、どうするつもりだったのか」
誘導とは言え、
より大掛かりな、あるいは全く方向性の異なる願いを口にされていたのなら、どうするつもりだったのか。
「その場合は、普通に始末するつもりだったんじゃない?」
「だが、君には誘いがかかっているんだろう」
「それこそ――のこのこ現れた相手を、闇討ちするつもりかも」
「それなら、
言っては悪いが――
「俺たちはエースストライカーだ。
しかも、一人は実質仕留めた状態から復活させてまで――
「……どうも、気味が悪いね」
「全くだ。何より不気味なのは、向こうが
「――どうするつもりなんだ?」
「わかってるでしょ?」
答えはNOだ。
ぼくに叶えたい願いなんてない。
世界が如何様に変わろうと、今更全ては遅いのだ。
「……ないのか? 願いは」
「ないよ、そんなもの」
あるとすれば。
それは世界が滅びることだけだ。
それが。
それだけがぼくの我儘なんだ。
「逆に君は、それがあるの?」
「あったら、俺はこんな様じゃあないよ」
「ほら見ろよ」
そう。
すでに壊れたものは、もう元には戻らない。
何を与えられようとも。
この傷はもはや、埋まらないのだ。
「次の密会で、奴を殺そうと思う」
君には――協力して欲しい。
ぼくは言った。
「アレクサンドロスにも、協力してもらおうと思っている。他にも声をかけるべきかな?」
「……念の為、最小人数で仕掛ける方がいいだろうな」
それは、裏切りの警戒か。
「はっきり言えば――そうだ。俺や彼女ならありえない可能性だが、他はそうとは限らない。あるいは死者蘇生の可能性だけでもちらつかされれば――転ぶ人間も、いなくはない」
「なるほど、転ぶ人間ね」
面白い言い回しだ。それで転べるのは、確かに人間だけだろう。
「セルバンデスあたりなら呼んでも良いかもしれないが……」
「辞めておこう。敵が一人増えるみたいなものだ」
メリットよりもデメリットが大きい。
「三人でやろう」
敵も警戒はしてくるだろう。生半な戦いにはならない。三人ともが犬死に、なんてありふれた結末だ。それでも――
それでも。
ぼくたちは――殺すのだ。
「ねぇ、シュウ」
「なんだ」
「煙草、持っている?」
彼はただ首を振った。代わりのように、カップを指差す。代替にするには、それはあまりにも優しすぎる味がした。
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