カムパネルラの傷跡   作:忘旗かんばせ

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第二章 3

 

 

 4

 

 目覚めは憂鬱だった。まるで二日酔いのように、体が重い。アルコールが入ったわけではないのに、何を分解して、毒素が生まれているのだろう。

 

 ぼくは眠気眼を擦った。

 

「――おはよう」

 

 それを口にしたのは、もちろん、()()()()()()

 

 だからこそ、掛ける言葉は一つだった。

 

「気分はどう、()()()()()

 

 その言葉に――癖毛の少年は、少しだけ顔を歪める。

 

()()()では、できれば名前で呼んで欲しい」

「OK――シュウ」

 

 十路(そじ)(しゅう)。それが、破壊者(ダウナ)ではない、彼の本名。

 

 あの後、()()()()()、けれど意識を失ったままだった。仕方なく、ぼくは彼を担いで、彼の家にまで運んだのだ。そして念の為、護衛の意味も込めて泊まり込んだのだけれど――いつのまにか、寝てしまっていたらしい。彼が一人暮らしでよかった。

 

「できれば、君のことも名前で呼びたい」

 

 その申し出に、ぼくは少し、ためらう。

 

「それは……嫌かな」

 

 どうにも。それは許容できることではなさそうだった。なぜなのかは、わからない。きっとそれは、家で靴を脱ぎたくなるのと、似たような。

 

「わかった。これまで通り呼ぶ」

「ごめん」

 

 いい、と彼は言って、床に直接あぐらをかいた。

 昨日は確か、彼の方をベッドで寝かせて、ぼくは床に座っていた覚えがあるのだけれど、目覚めた時には逆に、ぼくがベッドに寝かされていた。我ながら、情けない限り。ぼくはベッドに腰掛けるように起き上がって、眼下の彼を見下ろす。

 

「それで、聞かせて欲しいんだが」

 

 彼は床に置いたお盆から、カップを一つとってぼくに渡してきた。中身はコーヒー。ブラックなのは、好みの違いだけれど、文句は言えない。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 実を言えば、それが最大の問題だった。

 彼が目を覚ますまで待っていたかったのは、護衛という意図と、もう一つ。

 

「君は、どこまで覚えている?」

「……荒唐無稽な話だが」

 

 珍しく、緊張したような面持ち。躊躇いがちに、彼は切り出した。

 

「おそらく、いや、少なくとも、俺自身が認識するところでは――自分が()()()()()()()()()()、だ」

 

 だからこそ、聞きたい。

 

「いったいなぜ、俺は生きている?」

 

 さて、どう答えたものだろう。それがメカニズム的な質問なのなら、ぼくに答える術はない。()()()()()、首と胴がつながり、息を吹き返した彼が屋上に横たわっていた。それが全てで、ぼくの観測はそこまでだ。

 だから、答えるべきは――

 

()()()()()()()()

 

 その言葉が与えた衝撃が、ぼくの想像よりも遥かに上だったようで――彼はがたりと、立ち上がりかけた。

 

「それは――どういう意味で?」

 

 寸前で、無意味という認識が追いついたのだろう。彼は再び座り直して、もう一度聞き直した。

 

「うん。守護者(プラスティシ)の連中はどうも――調略を仕掛けるつもりらしい」

 

 ぼくは大体のあらましを彼に話した。

 それはぼくが知る中で、彼がアレクサンドロスに次いで()()()破壊者(ダウナ)である、という事情も関係している。

 

「それで君は――()()()()を願ったのか」

「願ったのは、そう」

 

 その言葉に含みは――当然、ある。

 

「つまり、()()()()()()()()()()()()が問題なわけだ」

 

 そう。全くもって――その通り。

 死者蘇生。そんな空前絶後の奇跡を守護者(プラスティシ)の連中が叶える力を持っているというのなら――自分たちの陣営にこそ、それを使うべきだろう。

 

「類型の敵が出てくることはあったけれど、斃した相手と全く同じそれが観測された事例は、これまでなかったと思う」

「秘匿している――のかもしれない」

 

 死者蘇生なんて、特級も特級の異能――その存在がもたらすアドバンテージは計り知れず、だからこそそれは秘匿するに値する――が。

 

「それなら一進一退の攻防をし合っている意味がわからない」

 

 おそらくだが、こちらの戦力は大体割れている。それに対して、敵は今のところ、少数での波状攻撃を仕掛けてきている。これは一度に送り込める限界数があるという点もあるのだろうが、それこそ無限のリソースがあるのならば、より頻繁に、より高品質な敵を、目まぐるしく送り込み続けて、物量に任せた一方的な消耗戦を強いればいい。

 それをしない理由は――

 

「一つは、リソースが無限ではないという可能性」

 

 死者蘇生という奇跡には、()()()()()()()()()()。だからこそ多用できるものではなく、交渉の切り札として使用する道を選んだ。

 そしてもう一つは――

 

「そもそも()()()()()()()()()()()()()という可能性、だね」

 

 ぼくは言った。

 そう。この状況はあまりにも、恣意的すぎる。

 

「論点の中心は、()()()()()()()()()()、だ」

 

 だからこそ――ぼくはそれを確認したかった。

 

「はっきり言えば、わからない。死んだことなど、今までなかった」

 

 無論、蘇った経験も――なんていうまでもないことだ。

 あの状況。仲間が一人死んだ直後。「お試し」という誘惑。なるべくなら荒唐無稽な、なんて見え透いた誘導。しかし実利的にも、失うわけにはいかないエースの欠落。願いは実質一択に誘導されていたと言ってもいい。

 

「ぼくが死者蘇生を願うことを前提として、君の死が偽装された可能性」

 

 しかしそれは――

 

「少なくとも俺には、肯定も否定もできないが」

 

 ()()()()()()()()()()()()()、と、シュウは言った。

 

「死んだ、と思った。その瞬間は、間違いなくな。首と胴が切り離されたところまでは、()()()()()()()()()()()

 

 なるほど、それならば、あり得る可能性は――

 

「超高度な回復能力を持つ乖獣(オルターエゴ)が潜んでいた、という方向性なら、説明は付くね。ぼくが君の元へ行こうとしたのを止められた、という点も、合致する」

「だが――」

 

 それにしては。

 

「もしも他の願いを言われていたら、どうするつもりだったのか」

 

 誘導とは言え、()()()()()()

 より大掛かりな、あるいは全く方向性の異なる願いを口にされていたのなら、どうするつもりだったのか。

 

「その場合は、普通に始末するつもりだったんじゃない?」

「だが、君には誘いがかかっているんだろう」

「それこそ――のこのこ現れた相手を、闇討ちするつもりかも」

「それなら、()()()()()()()()()()()()()()

 

 言っては悪いが――

 

「俺たちはエースストライカーだ。()()()()()()()()()と思われるだけの力はあるつもりだと自負している。それを二人まとめて始末できたチャンスを、みすみす見逃すか?」

 

 しかも、一人は実質仕留めた状態から復活させてまで――

 

「……どうも、気味が悪いね」

「全くだ。何より不気味なのは、向こうが()()という手段をとったことだ」

 

 守護者(プラスティシ)破壊者(ダウナ)は、相容れない。それは自明。世界を愛するものと、世界を嫌うもの。その二つが手を取り合うことなど出来ようはずもない。それは利害の一致以前の、生理的な嫌悪として。

 

「――どうするつもりなんだ?」

「わかってるでしょ?」

 

 答えはNOだ。

 ぼくに叶えたい願いなんてない。

 世界が如何様に変わろうと、今更全ては遅いのだ。

 

「……ないのか? 願いは」

「ないよ、そんなもの」

 

 あるとすれば。

 それは世界が滅びることだけだ。

 それが。

 それだけがぼくの我儘なんだ。

 

「逆に君は、それがあるの?」

「あったら、俺はこんな様じゃあないよ」

「ほら見ろよ」

 

 そう。

 破壊者(ダウナ)とは、そういうものだ。

 すでに壊れたものは、もう元には戻らない。

 何を与えられようとも。

 この傷はもはや、埋まらないのだ。

 

「次の密会で、奴を殺そうと思う」

 

 君には――協力して欲しい。

 ぼくは言った。

 

「アレクサンドロスにも、協力してもらおうと思っている。他にも声をかけるべきかな?」

「……念の為、最小人数で仕掛ける方がいいだろうな」

 

 それは、裏切りの警戒か。

 

「はっきり言えば――そうだ。俺や彼女ならありえない可能性だが、他はそうとは限らない。あるいは死者蘇生の可能性だけでもちらつかされれば――転ぶ人間も、いなくはない」

「なるほど、転ぶ人間ね」

 

 面白い言い回しだ。それで転べるのは、確かに人間だけだろう。

 

「セルバンデスあたりなら呼んでも良いかもしれないが……」

「辞めておこう。敵が一人増えるみたいなものだ」

 

 メリットよりもデメリットが大きい。

 

「三人でやろう」

 

 敵も警戒はしてくるだろう。生半な戦いにはならない。三人ともが犬死に、なんてありふれた結末だ。それでも――

 それでも。

 ぼくたちは――殺すのだ。

 

「ねぇ、シュウ」

「なんだ」

「煙草、持っている?」

 

 彼はただ首を振った。代わりのように、カップを指差す。代替にするには、それはあまりにも優しすぎる味がした。

 





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