雨音の如く静やかな   作:スナエ

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掛け替えのないモノ

もの《名》

1.事㈠よりは割合に具体的に感じたり考えたりできる対象。

 物体。物品。物資。[物]

 「食べ―」

 特に取り立てて言うべき(りっぱな)事柄・状態。[物]

 「―の数にもはいらない」

2.対象一般。

 何らかの事柄・対象を漠然と言い表す語。[物]

 「―を思う」

 

◆◆◆

 

「偽物なんだよな。霊の心なんてものは」

 

 審神者である化野雨音(あだしのあまね)は苦々しく、そう口にした。

 

「まるで人間みたいに悲しんでいるが、亡霊は生前の人格を完全に持っている訳じゃない。自身をすり減らしながら彷徨って、怨みだけが残っているんだ。それだけを、反響みたいに繰り返す」

 

 数々の幽霊を見て来た男は、近侍のにっかり青江にのみ、素顔を晒している。

 

「どうしたんだい? 急に」

 

「お前なんか、紛い物の癖に……」と、雨音は、にっかりを睨む。

 

「随分、淋しいことを言うんだね。そう思うなら、どうして刀を人の姿にしたんだい?」

「上の命令に従っただけだ。刀を振るう者が欲しかったんだろ。人じゃないから死なないしな」

 

 刀剣男士が傷付いて死んでも、依代である刀があれば、また降霊を行えば復活させられる。それまでの記憶は失ってしまうが。

 

「……お前を紛い物にしたのは、俺だ」

 

 溜め息をつく雨音。

 

「俺は、心に美しさなんて無いと思ってる。心は心である時点で醜悪だ。その点、無機物は良い。そんなもの無いからな。だが、お前はどうだ? 無機物としての美を損なわれた、お前たちは」

 

 霊が「人」の「紛い物」で、自分たちは「物」の「紛い物」という訳か。

 にっかり青江は理解した。

 

「僕は自分のことを、どこまで行っても刀だと思っているんだけどな。君には、僕が物には見えないのかい?」

「俺は、お前を人だと思ってしまった。その上で、愛してしまった。お前なんて美しくないのに。お前は人か? 物か? 神か? はっきりさせてくれないか」

「僕は、ただの刀だよ」

「それなら、もう黙らせてもいいだろう?」

「構わないよ」

 

 審神者は、片手をにっかりに近付けた。

 

「はは…………どうして俺は躊躇っているんだ…………?」

 

 馬鹿みたい。

 雨音は項垂れ、手を下ろす。

 

「俺は、物のままでいたかった」

「どういう意味かな? 君は人間だろう?」

「俺は、お前たちを顕現させる装置だ。 きっと、代替品だってあるさ。主だなんて、そんな大層なものじゃない。そんな、掛け替えのないものじゃない。俺は、そういうものでいたかった」

「僕は、君の物だよ。そして君は、僕の愛する者だ」

「止してくれ。人間は、物の純粋さに応えてやることなんか出来やしないんだ」

 

 化野雨音は、物を愛しているから、恋に落ち切れないでいた。

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