雨音の如く静やかな   作:スナエ

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月を拉げた雨

 審神者は、薬研藤四郎との距離感がおかしかった。

 人間である化野雨音しか利用しない医務室。そこで、彼は薬研に膝枕をしてもらっている。

 審神者に就任した日に顕現した少年のような刀は、雨音の最初の理解者だった。だから彼は、薬研にだけは泣き言を漏らすことがある。

 

「俺は、もう駄目だ…………」

 

 白布の下で口を「へ」の字にして、雨音は言う。

 

「大将には、8月は辛い季節だな」

 

 膝上の雨音の額に氷嚢を当てながら、薬研は同情した。

 

「仕事は増えるし、刀も増えるし、もう疲れた…………」

「お疲れ、大将」

 

 化野雨音が審神者になってから、7ヶ月が経つ。

 

「大将がここまで参ってるのは、5月以来だな」

 

 雨音が五月病になっていたことは、薬研しか知らない。

 

「そもそも、意思のある奴らの上に立てる器じゃないんだよ、俺は…………」

「俺っちは、大将は立派だと思うけどな」

「そりゃ、どうも」

 

 雨音は完全に脱力し、手足を投げ出している。

 

「ああ~。何もしたくねぇ」

 

 どうせ政府には、自分は便利な犬とでも思われているのだろう。

 しかし化野雨音は、権力に弱くとも犬ではなかった。

 男は、狼である。かつて、孤高の存在だった。

 

「主! どちらにいますか?」

 

 廊下から、へし切長谷部の声がする。

 

「大将、呼ばれてるぞ」

「俺はいない」

「大将」

「あー。分かったよ。戻るよ」

 

 雨音は、渋々起き上がり、長谷部の元に向かった。

 そうして仕事を片付けたら、夜になる。

 夜空には、星々が美しくあった。

 雨音は、縁側に琴を持ち出し、爪弾く。

 

月に叢雲 花に風

時は移ろい 人は虚ろに

全てを包む闇夜

時は移ろい 月は映ろう

全てを濯ぐ雨よ

星の灯りの生死分からず

水面に映る月にひとり吠える

 

 星の瞬きのような雨音の歌声。

 それが終わるまで目を閉じて聴いていた薬研藤四郎は、主の元へ来た。

 

「大将、飯の時間だ」

「ああ、分かった」

 

 琴を片付けて、薬研と歩く。

 

「大将は、どうして歌うんだ?」

「別に意味はない。ただの呪いだ」

「呪い?」

「呪わしい感情を歌に昇華してるだけだから」

「へぇ。そいつは凄い」

 

 薬研は、率直に雨音を褒めた。

 

「まあ、呪詛を吐いてばかりもいられないからな」

「さっきの歌の曲名は?」

「んー。マーナガルム、かな」

「まーながるむ?」

「月を捕獲する狼だよ」

 

 マーナガルムとは、北欧神話に登場する狼であり、その名前は「月の犬」を意味する。

 薬研藤四郎は、隣にいる主を見て、呪うだけが能だと思っているのは、化野雨音自身だけではないかと思った。

 

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