ある日、審神者である化野雨音が倒れた。
それを見付けたのは、へし切長谷部。彼は、不在の近侍に代わり、主を寝室に運んだ。
そして。仕方ないとはいえ、白布を外して、雨音の素顔を見てしまった。
「主…………」
長谷部は、雨音の瞳の色を知らない。
「ぐっ……あっ…………」
「主!」
雨音の顔が、苦痛に歪む。
「はぁ……はぁ…………ここは、俺の部屋か。長谷部、俺は一体……?」
身体中、特に左腕の激痛で意識を取り戻す雨音。
「主は、倒れたんです。近侍がいないため、俺がここまで運びました」
「……そうか。心配をかけたな」
自嘲するように笑いながら、審神者は言った。
その次の瞬間。
「ぎぃっ……!」
左腕を押さえて、雨音は悲鳴を噛み殺す。
「主……? “それ”はなんですか……?」
「…………」
雨音の左腕から出ているのは、刀のように見えた。
腕から刀を生やした男は、柄を握り、“それ”を抜き出す。体内から抜刀する。
「この打刀は、天切露時あめきりつゆとき。俺の先祖が打った儀礼刀だ。人を斬ったこともないなまくらだよ」
「早く、“それ”から手を放してください!」
長谷部には、天切露時が禍々しい物だと分かった。持ち主を呪う類いの物である。
「そうもいかない。これは、俺の霊力を飛躍的に高める武装だからな」
「“それ”は、あなたを蝕んでいます!」
「知ってる。でも、必要なことなんだよ」
雨音は、冷や汗を着物の袖で拭い、笑った。
「俺は、ただの呪い屋だからな。お前たちを顕現させ続けるには、こうでもしなきゃならない」
「にっかり青江は、止めなかったんですか……?」
「アイツは、俺の意思を尊重するってよ」
「……主。“それ”を、いえ、全てを捨ててください。俺と逃げましょう」
長谷部は、雨音に手を差し出す。
「お前は、俺なんかに忠義立てしなくていいんだ。主なんて、そんな立派なものじゃない」
雨音は、長谷部の手を取るつもりはない。
「ま、でも長谷部には教えておくしかないな。この刀のことを」
ふぅ、と溜め息をつく雨音。
「天切露時は、人ではないものなら何でも斬ったという曰く付きの刀だ。化野家の者は、代々これを使って戦ってきたらしい。最初は、鬼。そして、悪魔、化物、霊。化野の敵を斬り続けた刀は、いつからか呪いを帯びた。持ち主を呪っているのは、化野露時。刀匠でもないのに刀を打った変人だと言われている。露時の真意は分からない」
「主…………」
「そんな顔するな。こんな物でも、家の宝刀なんだよ。化野の者が使うしかない代物なんだよ」
化野雨音は、左腕に天切露時を納刀し、へし切長谷部の手を優しく下げさせた。
雨音たちが縁側に出ると、梅の咲いているのが見える。
そんな、穏やかな春の出来事だった。