雨音の如く静やかな   作:スナエ

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幽世までも

 天切露時。その刀は、化野露時がこの世ではない場所で鍛えたのだと言われている。

 

常世から現世へ来る物

現世から常世へ逝く者

一振りの鋼とひとりの男

死が別つことのないもの

化物 除け者

今は忌まれる今際の時まで

 

 琴の響きに乗せられた、しとしとと降る雨のような化野雨音の歌声。

 その音を、山姥切国広は襖の前で聴いていた。

 

「…………」

 

 雨音は、子供の時分に琴を習わされたのだが、今では暇な時に弾くくらいには手慣れたものである。即興の歌は、誰に習ったものでもないが。

 

「……綺麗だな」

 

 山姥切は、小さく呟いた。

 少しして、自室から出て来た雨音は、縁側に座る山姥切に気付く。

 

「聴いていたのか」

「ああ」

「別に面白いもんでもないだろうに」

「……そうか?」

「はは。いや、暇潰しになったなら、それで充分だな」

 

 雨音は、白布の下で笑った。

 

「ちょっと厨まで付き合ってくれ」

「分かった」

 

 審神者と刀は、共に歩く。

 雨音は、厨で茶を淹れて、茶菓子をふたり分用意した。

 そして、盆に乗せたそれらを、縁側で味わう。

 

「他の奴らには、内緒な」

「ああ」

 

 主に手ずから茶を用意してもらったと知れば、へし切長谷部などは怒るだろう。

 山姥切は、不在の刀のことを考えた。

 庭の紫陽花は、今日も美しく咲いている。

 

「あんたは、どこまで行くつもりなんだ?」

「どういう意味だ?」

 

 突然の質問に、雨音は問い返した。

 

「政府の命令なら、なんでもするのか?」

「……そうだよ。俺は、どこまでも行くだろうよ」

 

 行き着く先が、地獄でも。

 化野雨音は、この道を行くしかない。

 

「生まれた時から、こうなることは決まってたのかもしれないな。俺の人生は、ずっと舗装された道を歩かされてるみたいだ」

 

 一度は逃げようとしたが、結局は無理だった。

 

「逃げ切れなかったな……」

「逃げたいか?」

「いいや。これが、宿業ってやつなんだろう。俺なりに、“化野”をやるよ」

 

 重たい家名。血筋という呪い。変えられない運命。

 

「ただの偽者が足掻くのを手伝ってくれ」

「あんたは、偽者じゃない。この世に、ひとりきりの化野雨音だ」

「……そうだな」

「俺は、あんたに従う」

「ありがとう」

 

 それは、穏やかな一時。

 以前よりはお互いを理解出来た彼らの、静かな時間。

 化野雨音が審神者になってから、5ヶ月が経った。

 曇天の下。蝉羽月の風は、少し冷たく。雨に濡れた土の香りがする縁側。主と刀は、隣に座っていた。

 

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