オラリオで好き勝手するのはまちがっているだろうか 作:JP_JK_Loling
オラリオが未曾有の繁栄を謳歌し、ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアが文字通り神々の如き威光を放ち、都市の頂点に君臨していた時代。しかし、その輝かしい光の裏では、深く濃い影が蠢動していた。後に「暗黒期」と呼ばれる悪夢のような時代の到来まで、約13年。そして、オラリオの二大神話が終焉を迎える運命の日まで、あと5年という頃――。
薄暗く、血と酒と退廃の匂いが染みついた石造りの一室。そこは、オラリオの暗部で急速に勢力を拡大しつつある闇派閥の一つ、タナトス・ファミリアの拠点の一角だった。ファミリアの主神であるタナトスは、「子供達(=人間)は、もうちょっと死んでもいい」と公言して憚らず、その思想に共鳴した者、あるいはただ破壊と快楽を求める者たちが集いつつあるこのファミリアは、都市の深奥で不気味な胎動を続けていた。
「オラァ! トート、さっさと神様の酒とツマミ持ってこい! 今日は上機嫌なんだからよぉ!」
蹴り飛ばされた桶が壁にぶつかり、鈍い音を立てる。俺――トートは、床に転がったまま悪態をついた。
「……へーへー、わーったよ。今すぐ極上のやつ、用意してきやすよ、クソッタレども」
声に出したのは一部だけで、他は心の中で吠えた。そう、俺は気づいたらこの「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」とかいう、アニメ二期までしか知らねえファンタジー世界に、なぜか「チェンソーマン」のデンジの姿と、まあ、こんな感じの口調で転生していた。意味が分からねえ。
そして、今の俺の境遇は最悪の一言に尽きる。このタナトス・ファミリアで、俺はサンドバッグ兼下っ端の雑用係。飯はろくに食わせてもらえず、逆らえば半殺しにされる日々。デンジなら「普通の暮らしがしてえ…朝飯にジャム塗ったパン食って、昼寝して、女とイチャイチャしてえ…」って泣き言の一つも言うだろうが、今の俺にはそんな感傷に浸る余裕もねえ。ただただ、生き汚く次の飯にありつくことだけを考えていた。
その日も、いつものように、些細なことで「訓練」という名のリンチが始まった。ファミリアの幹部格の男が、俺のツラが気に食わねえ、とかそんな理由だったはずだ。
「テメェ、トート! いつまで寝てやがる! 神様の機嫌を損ねたらどうすんだ!」
「こいつ、マジで殴られねえと動かねえな!」
酒の勢いも手伝ってか、いつもより手加減のない拳や蹴りが叩き込まれる。意識が朦朧とする。ああ、クソ…またかよ。薄れゆく意識の中、誰かがニタニタ笑いながら近づいてくるのが見えた。
「おい、こいつもう死にそうじゃねえか?」
「ハッ、頑丈だけが取り柄のクソガキが。まあ、いい暇つぶしにはなったな」
ああ、死ぬのか。こんなクソみてえな場所で、腹も減ったまま…。せめて、あの豚の丸焼きみてえな、うめえモン食ってから死にたかったなあ…。
その時だった。
「――やぁやぁ、楽しそうだねぇ。僕の可愛い子供たちが、一匹の虫けらをいじめて遊んでるのかい?」
妙に陽気で軽薄な声が響いた。部屋の奥の薄暗がりから、ゆらりと姿を現したのは、このファミリアの主神、タナトスだった。腰まで届く紫色の長髪が特徴的な、陰鬱で退廃的な雰囲気を纏った男神。その見た目とは裏腹に、その口調はまるで芝居がかっているかのように、おどけていた。
「タ、タナトス様!」
さっきまで俺をいたぶっていた男たちが、慌てて跪く。
タナトスは、その男たちには目もくれず、虫の息の俺を覗き込んだ。
「おっと、これはこれは。もう死にかけじゃないか。でもまだ息はあるねぇ。うんうん、実にイイ顔だ! よーし、僕からのサービスだ! このまま死んじゃうのもつまらないから、僕の『恩恵』ってやつをあげちゃう! 最後の花火、ドカンと打ち上げてみなよ!」
は? 恩恵? なんだそりゃ。アニメでベルくんがなんかスゲー強くなってたアレか? でも俺、冒険者じゃねえし、こんな死にかけにやったって…。
タナトスの細く冷たい指が、俺の背中に触れる。瞬間、激痛と共に、何か熱いものが体内に流れ込んでくるような、それでいて魂が凍てつくような奇妙な感覚があった。
「…ぐっ…ぁああああ!!」
意識が飛びそうになる。視界の端に、タナトスが芝居がかった仕草で口元に手を当て、楽しそうにしているのが見えた。その瞳は、新たな玩具を見つけた子供のようでもあり、目の前で起こる悲喜劇を特等席で観覧する観客のようでもあった。
「さてさて、どんな面白いことになったかな? まあ、すぐにまた死にかけに戻るんだろうけど、それまでのほんのちょっとの時間、僕を退屈させないでおくれよ、出来損ないくん♪」
タナトスはそう言い残し、興味を失ったかのように踵を返す。周囲のクズどもは、神の気まぐれに呆気に取られながらも、すぐにニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。
「おいおい、神様も人が悪いぜ。こんな奴に恩恵なんて」
「死ぬ前の最後のプレゼントってか? ハッ、無駄なことしやがる!」
だが、俺の体には、確実に変化が起きていた。さっきまで全身を苛んでいた激痛が、急速に引いていく。折れたはずの骨が軋みながら繋がり、裂けた皮膚がみるみるうちに塞がっていく。
(な…なんだこれ…?)
頭の中に、ぼんやりと情報が流れ込んでくる。
【トート】
Lv.1
力: I 0 耐久: I 0 器用: I 0 敏捷: I 0 魔力: I 0
《スキル》
【
負傷、呪詛の急速治癒
欠損部位も時間経過で再生可能
神威無効
(拒却死…? タナトス・アンチ…? 自己再生みてえなもんか? 神威無効ってのは…よくわかんねえけど、なんかスゲーみてえだ!)
タナトス・アンチ。皮肉な名だ。死を司る神のファミリアで、死を拒絶するスキル。タナトスがこのスキル名を見てどう思ったかは知らねえが、今の俺にはどうでもいい。重要なのは、この力があれば…!
デンジならどうする? この力があれば、もうサンドバッグじゃいられねえ。腹いっぱい飯食って、あったけえ布団で寝てえ! そのためには…!
俺はゆっくりと立ち上がった。さっきまでの瀕死が嘘のように、体は軽い。血まみれだった服はボロボロだが、傷一つない自分の体を見下ろし、ニヤリと口角を吊り上げる。
「お、おい…なんだこいつ…」
「さっきまで死にそうだったのに…恩恵って、こんなすぐに効果あんのかよ…!?」
クズどもが戸惑いの声を上げる。その中の一人が、虚勢を張って殴りかかってきた。
「調子に乗るな、クソガキがァ!」
鈍い拳が俺の頬を捉える。だが、痛みは一瞬。すぐに傷が塞がり、殴られたことすら分からなくなる。
「…へえ。全然痛くねえや。お前らのパンチ、軽すぎんぜ?」
俺はそいつの腕を掴み、ありったけの力で嚙みついた。
「ぎゃあああああ!」
肉の千切れる音と、クズの悲鳴。それを皮切りに、俺は獣のように暴れ回った。チェンソーはねえ。だが、このデンジ譲りのタフさと、手に入れたばかりの「拒却死」の力。それだけで十分だった。殴られれば殴り返し、蹴られれば蹴り返す。血反吐を吐きながら、それでも俺は倒れない。傷はすぐに塞がり、力は衰えない。俺はただ、目の前の敵を、俺を虐げてきたクズどもを、一人、また一人と、徹底的に叩き潰し、その息の根を止めていった。死を拒む者が、他者に死を振りまく。それは、実に矛盾した光景だった。
気づけば、部屋には俺と、壁際で腕を組み、興味深そうにこの惨状を眺めていたタナトスだけが立っていた。床には、さっきまで俺をいたぶっていた闇派閥の団員たちが、無惨な死体となって転がっている。
タナトスは、先ほどまでの軽薄な態度を崩さぬまま、大げさに拍手してみせた。
「アッハッハ! こりゃ傑作だ! 最高に面白いじゃないか、トート君! 死にかけの虫けらが、こんなに『死』に逆らうなんてねぇ! しかも僕の恩恵から生まれたスキルが【
タナトスは心底楽しそうに喉を鳴らす。
「うん、気に入った! 君はただの玩具じゃなさそうだね! そのしぶとさ、その死への抗いっぷり…うちのファミリアに、いや、この僕にこそ相応しいじゃないか! よし、今日から君も正式メンバーだ! その力で、この退屈な下界で、もーっと僕を楽しませておくれよ!」
クソみてえな日常は終わった。そして、もっとクソみてえで、だけどほんの少しだけマシかもしれねえ新しい日常が始まる。俺はニヤリと笑い、死を愛でるこの退廃的な神を見据えた。
「へっ、いいぜ、神様。アンタを退屈させねえように、精々暴れてやるよ。まずは、うめえ飯、腹いっぱい食わせろ!」
後にオラリオを揺るがすことになる「暗黒期」の胎動も、ゼウスとヘラという二大神話の終焉も、今の俺が知る由もなかった。ただ、目の前の状況が少しでもマシになるなら、そして腹いっぱい飯が食えるなら、今はそれでいい。俺の異世界での生存戦略は、こうして幕を開けたのだ。
書き溜めとかしてないしオチ決めてないからコメントくだちい