オラリオで好き勝手するのはまちがっているだろうか 作:JP_JK_Loling
ゼウス・ファミリアでの訓練から、約二ヶ月が経過した。俺――トートは、19階層『大樹の迷宮』を主戦場とし、ひたすら戦闘訓練と経験値稼ぎに明け暮れていた。あのモブのおっさんに教わった戦闘技術は、荒削りながらも俺の体に染みつき、以前のような無謀なゴリ押しは影を潜めつつあった。
(よし、ステイタスも順調に上がってきてるな。この調子なら、すぐにでも20階層に挑戦できるぜ)
確かな成長を実感し、俺の心には「Lv.2の俺なら、中層なんて余裕だ」という、一種の慢心が芽生え始めていた。
その日、俺は久しぶりに地上へと戻り、装備のメンテナンスのためにファミリアの拠点に立ち寄った。工房で戦斧の手入れをしていると、ひょっこりと主神タナトスが顔を出した。
「やぁやぁ、トート君。精が出るねぇ。君がそんなに真面目に武器の手入れをするなんて、明日は槍でも降るんじゃないかい?」
「うるせえな。こいつがなきゃ、稼ぎになんねえんだよ」
俺がぶっきらぼうに答えると、タナトスは何かを思い出したように、面白そうに口元を歪めた。
「そういえば、君に面白いニュースを教えてあげよう。君がちょうど今回のダンジョン探索に潜り始めた頃…つまり、二ヶ月くらい前かな? ヘラ・ファミリアの『静寂』のアルフィアちゃんが、もうLv.3にランクアップしたらしいよ」
――アルフィアが、Lv.3…だと…?
その言葉は、ハンマーで頭を殴られたような衝撃となって俺を襲った。俺がLv.1で足踏みし、ようやくLv.2になって中層で四苦八苦している間に、アイツは遥か高みへと駆け上がっていた。しかも、俺がこの二ヶ月間、ダンジョンで必死こいてる間に、とっくにだ。
「クソが…! 俺がのんびりしてる間に、アイツはどんどん先に進んでやがる…!」
俺は握りしめた拳が震えるのを感じた。後悔。焦燥。そして、強烈な嫉妬。今まで感じたことのない黒い感情が、俺の心を支配する。のんびりしていた? 違う。俺は俺なりに必死だったはずだ。だが、結果がこれだ。天才と凡人(俺)の差を、まざまざと見せつけられた気分だった。
「…やってられるか、こんなもん!」
俺は手入れ中だった戦斧を掴むと、タナトスの制止も聞かずにファミリアを飛び出し、ダンジョンへと直行した。準備? 計画? そんなもん、今の俺にはどうでもよかった。ただ、少しでもアイツに追いつきたかった。その一心で、俺はこれまで到達したことのない階層へと、無謀な強行軍を開始した。
20階層、21階層、22階層…。ガン・リベルラの針の雨を浴び、ソードスタッグの群れに囲まれ、トロルに叩き伏せられ、デッドリーホーネットの猛毒の針に体を貫かれながらも、俺は止まらなかった。傷は【拒却死】が治し、力は【臨死臨界】が奮い立たせる。俺はボロボロになりながら、ただひたすらに下へ、下へと突き進んだ。
そして、24階層。そこに広がるのは、天井から差し込む淡い光に照らされた、巨大な宝石が実る美しい樹を中心とした、静謐な空間だった。だが、その美しさとは裏腹に、そこには凄まじいプレッシャーが満ちていた。宝石樹の番人――木竜グリーンドラゴンだ。
「グルルルルル…」
全長10メートルを超える巨体。樹皮のように硬質な緑色の鱗。そして、俺の存在を明確に敵と認識し、静かな怒りをたたえる瞳。こいつは、インファントドラゴンやミノタウロスとは格が違う。
「上等だ、コラァ!」
焦りに駆られた俺は、後先考えずに突撃した。戦斧を叩きつけるが、ドラゴンの鱗はびくともしない。逆に、薙ぎ払われた尻尾の一撃で、俺の体はくの字に折れ曲がり、壁まで吹き飛ばされた。
「がはっ…!」
再生しながらも、俺は理解する。今の俺の攻撃じゃ、こいつには通用しねえ。
(どうする…? どうすりゃ、こいつを殺せる…!?)
追い詰められた俺の脳裏に、ふと、あるアイテムの存在が浮かんだ。以前、闇派閥の連中から奪った戦利品の中に紛れていた、不気味な輝きを放つ石。確か、タナトスの奴が「こいつは『火炎石』といってな。44階層のモンスターから採れる、とんでもない爆弾みたいなもんだから、下手に使わないでね」と笑っていた代物だ。
(これしか、ねえ…!)
俺は懐から火炎石を取り出した。どうやって使う? 投げるか? いや、もっと確実に、威力を集中させて…!
俺は覚悟を決め、火炎石をドラゴンに軽く投げ、渾身の力を込めてそれをドラゴンと共に蹴りつけた。
「いっけえええええええ!!!!」
次の瞬間、視界が真っ白になり、鼓膜が破れるほどの轟音と共に、俺の下半身が消し飛んだ。
「ぐ…ぎ…あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
凄まじい激痛。だが、作戦は成功した。火炎石の爆発は、グリーンドラゴンの腹部を大きく抉り、体勢を崩させている。
俺は残った上半身だけで、懐から取り出したポーションをがぶ飲みする。【拒却死】と「治力」、そしてポーションの効果で、千切れた下半身が肉と骨を蠢かせながら、驚異的な速度で再生していく。
だが、グリーンドラゴンもまだ死んではいなかった。深手を負いながらも、その瞳は変わらぬ殺意を俺に向けている。
「まだ…まだかよ…!」
その時、俺は自分の体に異変が起きていることに気づいた。火炎石の爆発の影響で、俺の体はあちこちが発火し、まるで人間松明のように燃え盛っている。熱い。痛い。だが、それ以上に、力が漲ってくるのを感じた。【臨死臨界】が、この絶体絶命の状況で、俺の能力を限界以上に引き上げている。
「…こうなったら…ヤケクソだァアアアアア!!」
俺は燃える自分の体を弾丸のようにして、グリーンドラゴンへと特攻した。
再生しながら燃え、燃えながら再生する。痛みと熱で意識が飛びそうになるが、アルフィアへの対抗心と、生きることへの渇望だけが、俺を突き動かす。
「死んでたまるかああああああ!!!!」
燃え盛る拳を、ドラゴンの抉れた傷口に、心臓(魔石)があるであろう場所へと、何度も、何度も叩き込んだ。
そして、鈍い破壊音と共に、ドラゴンの巨大な体が動きを止め、ゆっくりと黒い灰へと変わっていった。
「…はあ…はあ…勝った…のか…?」
俺は燃え尽きかけたボロボロの体で、その場に倒れ込んだ。勝利の余韻に浸りながらも、俺の心には、これまでとは違う感情が芽生えていた。
(やべえ…マジで、死ぬかと思った…)
【拒却死】があるから大丈夫。そんな慢心が、俺の中に確かにあった。だが、今回の戦いは違った。スキルがあっても、一歩間違えれば、本当に「死」んでいたかもしれない。再生が間に合わず、意識が途切れ、そのまま消滅していた可能性だってあった。
死なねえことと、危険がねえことは、全然違う。
「…もっと、強く…賢くならねえと…。こんな無茶、次も通用するとは限らねえ…」
俺は、本当の意味で「死」の危険性を実感し、冒険者として、ただ生き汚く生き延びるだけでなく、考えて戦うことの重要性を、その身に刻み込んだ。
満身創痍の体を引きずり、グリーンドラゴンが遺した美しい宝石の実を手に、俺は地上への長い帰路についた。
ファミリアの拠点に戻った俺は、タナトスの元へ直行した。
「神様…更新、頼む…」
俺のただならぬ様子と、全身から漂う死闘の匂いに、タナトスはいつものおどけた態度を少しだけ潜め、興味深そうに俺の背中にイコルを垂らした。
「おやおや、これはこれは…。随分と無茶をしてきたみたいじゃないか。どれどれ…」
タナトスは浮かび上がった神聖文字を読み上げ、その目を面白そうに細めた。
「アハハ! 短期間でとんでもない上がりっぷりだねぇ! しかも、『偉業』を達成してるじゃないか。どうやら、Lv.3への道も開かれたみたいだよ、トート君。おめでとう」
【トート】
Lv.2
力: B788
耐久: B754
器用: C689
敏捷: C672
魔力: C699
《発展アビリティ》
治力: I
《魔法》
【ペイン・サクリファイス】
《スキル》
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【
「…そうかよ…」
Lv.3への道が開かれたというのに、俺の心は不思議と静かだった。ただ、グリーンドラゴンとの死闘で得た確かな手応えと、新たな覚悟だけが、胸の内で静かに燃えていた。