シニガミゼロサイジ 作:べるさめゆ
人には誰しも、得意不得意があると思う。
運動は得意だけど、勉強は出来ないとか。
人と話すのは得意なのに、ご飯の好き嫌いが多いとか。
けどそれはあくまで一般人のお話。
そう、俺は違う!!
運動は大得意だし、一度ペンを握ればにゅーとんだし、コミュ力はつよつよで、いつだってご飯は残すことがない。
七瀬さこ、片桐第二高校が誇る天才少女とは俺のことだ。
今更自己紹介しなくたってみんな知っていると思うけど、もし知らない人がいたら困っちゃうと思うからしておいた。
俺は鏡の前に立ち、前髪をいじりいじりする。
黒のショートカットに、友達がくれたピンクのヘアピンをぴたり。
今日の俺もなかなかイケてる。
鏡に向かってにこっと笑顔、ぷんぷんと怒り顔、それから最後はクールに去るぜ。
ニヒルに口元を歪めて流し目を送りながら投げキッス。
さながら気分は映画の主人公。
何度見返しても、今世の俺は明らかに可愛すぎる。
何をしても上手上手と褒められるし、絵に描いたようなハイスペック美少女だ。
「行ってきまぁす!」
母さんに大きな声で挨拶して、俺は家を出た。
とことこと道を歩いていると、視界に広がったのは美しく立つ桜の木。
季節は春。一年に一度だけ来る、この桜の季節が俺は大好きだ。
だって桜ってちょー綺麗じゃん!
俺も前世じゃひらひら落ちてくる花びらを必死に掴もうとしたっけ。
「誰も見てない、よな」
きょろきょろ周りを見て、誰もいないことを確認する。
今からちょっとした手品をするから、誰かに見られていると不都合なのだ。
俺はひらひらと舞い散る桜吹雪に向かって、ゆっくりと手を伸ばした。
カチッ、と。
時計の秒針が刻を刻む音がして。
突如、俺の視界が白黒に染まる。
凍りついたように何もかもが停止した刻の中で、俺は桜の花びらをそっと優しく人差し指と親指で摘んだ。
初めに彩りを取り戻したのは、俺が触れた花びらの桜色。
そこから広がるように、世界が再び呼吸を始めていく。
俺の手の中には美しい桜の花びらが残っていて。
今目の前で起きた全てが現実のものであると、如実に示していた。
俺は時が止められる。
止められると言っても、そんなに大した力じゃない。
止められるのは朝起きてから夜寝るまで。つまり一日の間でたった一回だけ。
止められる時間はジャスト一秒。
転生したばかりの頃はすっごく興奮したものだ。
だけど今となっては、この力も意味の無いものだと感じるようになっている。
一日に一度、一秒間だけ時を止められるってそれ、何に使えるんだ?
この力は何の役にも立たない。
俺も色々考えたけど、いつも結論は変わらなかった。
一秒だよ、一秒。
一秒で一体何が出来るって言うんだ。
初めに考えたのは陸上選手。
だけど大衆の目前で使えば流石にバレるし、スポーツでそんなズルはしたくない。
次に考えたのはクイズ王!
俺の天才的な頭脳を活かしつつ、どうしても決め切りたい最後の問題だけ時を止めるみたいな?
正直現実的な案じゃない。
今世の俺が如何に天才とは言え、西大王に勝てるとは思えないし。
こんな感じで、どうしたって活かし方が思いつかなかった。
一日に何度も時を止められるならまた話も変わってくるんだけど、たった一回というのがネックだ。
人が一秒間で出来ることなんて、本当に限られている。
だから良いんだ。
俺は今の人生にめちゃくちゃ満足している。普通の人として生きて、普通の人として死んでいきたい。
初めは特殊な力を活かして何かしたい、なんて思ったけど俺は完全にそれを諦めていた。
◆
「七瀬さん、大問四番の答えをお願いします」
「さこちゃん、さこちゃん聞かれてるよ」
桃井ちはるは、隣の席で気持ちよさそうに寝息を立てる七瀬さこの肩を揺らした。
「まってぇ、あと五分だけぇ〜」
「そしたら授業終わっちゃうよ!」
今は五時間目の数学の時間。
天才美少女と本人の中では話題の七瀬さこ、そんな彼女が自他共に認める弱点の一つが数学である。
さこが数学の授業中に寝てしまうなど、もはや予定調和にすぎない。
逆にいつ起きているのか、それすら怪しいくらいの日常風景だった。
「んぅ〜、さんどいっちたべたい……」
「なるほど。先生、答えは3.87だって、さこちゃんが言ってます!」
パッキリした黒いスーツで身を固め、太縁メガネを掛けた如何にも真面目そうな教師は、こくりと頷いた。
「正解です」
ちはるはその言葉を聞いて、ぱちぱちと拍手する。
「さこちゃん正解だって、良かったね!」
どう考えてもちはるが提出した答えだったが、彼女の中ではさこが解いたことになっているらしい。
ちはるにとって、さこは目に入れても痛く無い妹的な存在だった。
高校生にもなったのに身長は142センチと低く、テレビでも見ないような可愛らしい顔立ちをしている。
黒髪にはちはるがプレゼントしたピンクの髪留めを毎日付けてくれているし、はるちゃんはるちゃん、とちょこちょこ後ろを着いてくる姿を見るだけで口元が緩んでしまう。
ちょっと男勝りで、いつも元気いっぱいなのに授業となると可愛らしく居眠りしちゃって。
一度走ればすぐにコケるし、勉強は苦手だし、人見知りで緊張しいだし、食べ物の好き嫌いは多い。
見てるだけで危なっかしくて放っておけないような、七色の弱点を併せ持つ少女。それこそが七瀬さこであった。
最も、一番の親友であるちはるが褒めまくるせいで、本人は全くそのことに気がついてないが。
「さこちゃんさこちゃん、終礼終わったよ」
「……あ!」
数学の授業が終わり、そのままの流れで終礼が終わった辺りでちはるは再びさこの肩を揺らした。
あと五分だけ、とは誰の言葉だったのか。
「さこちゃん今日も寝すぎだよ。先生に怒られちゃうよ?」
「うっ……違う、あれは寝てるわけじゃないんだ。目を瞑って瞑想してて……」
人差し指をつんつんさせながら口元をしょぼしょぼさせるさこを見て、ちはるは思わず吹き出しそうになった。
相変わらずさこは嘘をつくのが下手だ。
瞑想って、そんなわけないのに。
「ほら、帰ろ? 最近不審者が目撃されてるから気をつけてって、先生言ってたよ」
「不審者かぁ、怖いなぁ」
ぶるぶる震えながら自然とちはるの手を取って、さこは歩き出した。
この子は本当に高校生なんだろうか?
ちはるは疑問に思う。
不安げなさこの顔を見て、ちょっと驚かしちゃおっかな、とちはるのいたずら心が騒いだ。
「不審者の人はね、耳まで隠れるようなおっきな狐の仮面を被ってて、黒いトレンチコートを脱いだら体が無いんだって!」
「そ、それ幽霊なんじゃ!!」
さこは両手でほっぺたを挟むようにして怖がった。
もちろんこんなのはデマだ。不審者じゃなくて、昔から伝わる都市伝説の一つ。
無知なさこは知らないから判別できないだろう、と思って話してみたらやっぱり想像通りだった。
「ね、怖いでしょ。だから早く帰ろう?」
「う、うん、早く帰る!」
今度はちはるからさこの手を取って、二人は帰路についた。
◆
「ただいまぁ!」
俺は誰もいないと分かりつつも、元気一杯にそう言った。
実は不審者対策に大きな声でただいま、と言うのは結構有効なのだ。
もし不審者が後ろから着いて来ていても、少なくとも家には誰かいると思わせられるし、攫った時間帯が透けやすいのでその場で襲われることは無くなる。
一番怖いのは扉を開ける瞬間に後ろから押し込まれて、誰もいない家の中で鍵を掛けられることだ。
そういう諸々を避けるために、俺はきちんとただいまを言うことにしている。
手を洗ってうがいして、二階に上がって自分の部屋の前まで来た。
ドアノブに手をかけ、がちゃりと開けて中に入る。
「はふぅ、疲れたぁ」
ため息を零しながら、背負ったリュックを床に置いた。
「……一日中眠っていたくせによく言う」
な、なにぃ!
寝てただけって、寝てないし、瞑想だし!
「寝てないってば!」
反射でそう返してから少し経って、気がつく。
今、俺は誰と話したんだ?
この時間、母さんはお仕事のはず。
い、いや待て、ちょっと待て、まてまてまてまてまてぇ!
「だ、誰!?」
俺のベッドに腰掛けるように座っていたのは、真っ暗な影だった。
耳まで隠れるような大きい白狐の仮面に、薄汚れたボロボロの黒いトレンチコート。
俺の脳裏に、はるちゃんの言葉がフラッシュバックした。
どこからどう見ても不審者、というか普通に知らない人が自分の部屋にいるっていう状況が怖すぎて、情報がなくても不審者!
え、これまずい、まずいまずいまずいぃぃぃ!
「お、俺は別に美味しく無いよ!」
あたふたしすぎてよく分からない弁明をしながら、俺はその場で腰を抜かしてへたり込んだ。
「慌てるな。取って喰うわけじゃない」
男とも女とも判別が付かない、中性的な響きのある低音だった。
不審者は何も持っていないと示すように両手をひらひらさせると、仮面越しに俺を見つめてくる。
「名前はそうだな、死神とでも呼ぶと良い。今までもそれで通してきた」
し、死神?
死神って、あの死神?
ぷ、ぷくく、くすくす〜、自分のことを死神って、厨二病かな?
いや気持ちは分かるよ、俺も同じ道を通ってきたんだから。
にしても大人にまでなって厨二病を拗らせてるなんて、なんだか親近感が湧いてきた。
へぇ〜死神(笑)さんね。
ふふっ、なんだか可愛らしく思えてきた。死神って、厨二病初心者さんかな?
俺なら深淵からの使者とか、破壊神とか、絶望の創造者とか、もっと凝った設定にするけどね。
先輩として色々教えてあげないといけないかもしれない。
「え、えっと、それで、その死神さんが何しにきたんだ?」
俺が聞くと、死神さんは大きく深呼吸した。
それから立ち上がり、俺の方へ手を伸ばす。
「お前は死神になれる才がある。俺の後を継げ」
この手を掴めと、そう言わんばかりだった。
死神、という日本中に伝わる都市伝説がある。
数々の屍を築き上げた伝説の殺し屋。
逃したターゲットは一人としておらず、その名が誇るは不敗神話。
金さえ積まれれば依頼は選ばず、一週間以内に確実に殺す。
故に死神。逃れられぬ死の運命。
人には誰しも、得意不得意がある。
七色の弱点の持ち主、七瀬さこ。
彼女の得意は果たして────
「ひぃぃ怖い!」
急に立ち上がった死神に驚き、さこは部屋を飛び出して走り去った。
ぽかん、と一人残される死神。
「俺の思い違いか?」
まぁ、時間を掛けて見定めるとしよう。
死神はそう決断し、まるで影に溶けるように気配を消した。