反応いただけることが、こんなに嬉しいと、いつもしみじみ感じてます。
暑い日が続きますので、体調にお気をつけてお過ごしくださいませ。
「本当に食堂で働いてるんだな…」
夕食時が過ぎたころ、騎士団食堂のピークが落ち着き
エミヤは共に働く若手騎士やご婦人のためのまかないを用意ができたタイミングでスレナに声をかけられた。
彼女が夕食として食堂を利用していた姿は見えていたが、時間帯的にも慌ただしく声をかけることはなかった。
恐らく私に用件があり、待っていたのだろう。
「ふむ、私を知る者には毎回同じ反応をされるな」
「それも当然だ。貴方ほどの戦士が一職員と混ざって料理していて、
おまけにその味が極めて美味なのだから、驚くのも無理はないさ。
ギルドでも噂になっているぞ」
「それは光栄なことだが、ここの料理は私が来る前から十分美味しいさ。私も見習う部分がある」
「それでも、だ。元々皆から頼られ、愛されていた食堂だったが、
このところ料理の質が急に上がったと話題になっている。事実、すごく美味しかった。
初めて会った時にも食べさせてもらったが、貴方は本当に料理が上手いのだな」
実際のところ、この食堂はエミヤが不定期に手伝いに来るようになってから利用者も増えていた。
スレナが話すように、元々地域住民のために騎士が運営している食堂であり、
同時に主婦層の働き口の一つも担っているため、味の質や量はある程度評価されるものだったが、
彼が来てから味の質が非常に向上していた。
特別な食材を使うわけではないため、味の上限は出てしまうが、
間違いなくこの食材で作れる最上の味、と思わせるほどのものだった。
エミヤとしても、時間の使い方に悩んでいたため渡りに船であったことに加え、
騎士団が運営している組織という点から事情を説明し、アリューシアを始めとする事務仕事の騎士たちへ
簡単な軽食を届けてもらえることをメリットに感じていた。
事務とはいえ国の防衛や住民たちの生活に関する悩みが寄せられる騎士団の裏方業務は決して軽いものではなく、
目にクマを作りながら勤めている騎士たちとすれ違う度に、エミヤは勝手な心配をしていたのだった。
そんな責任感の強い真面目な彼ら彼女らに細やかな気配りを、と思い始めたエミヤの軽食サービスは非常に感謝されていた。
「しかし、ギルドに噂が流れるとはな。ここでは酒は出さないから無縁だと考えていた」
「あぁ、もちろん酒呑みは多いが、皆が酒好きとは限らないからな。
冒険者と言えば外に出た時の郷土料理に期待することも多いが、ここのように安心できる味を求める者も居るというわけだ」
スレナの言葉に納得をしたエミヤ。
確かに命の危機と隣り合わせな彼らは、その成果で得られた報酬で生を充実させたいといった一面もある。
そうした彼らが武勇と共に仲間と語るのであれば酒場は絶好の居場所だが、
同時に緊張していた心身をほぐす様な時間も求めることもあるだろう。
提供する食事が彼らの助けになるのなら、料理人として誇らしいことだ。
「とはいえ、貴方なら酒のつまみも作れそうだな」
「ふむ、確かに村に居た頃も度々用意していたな。
ベリルやモルデアはエールが好きでね。よく頼まれたものだ」
「本当か!?先生はエールが好きだったのか!?」
スレナの思わぬ食いつきに少し後ろに下がるエミヤだが、スレナはエミヤを気に掛けることもなく
急にショックを受けたかのように落ち込みだした。聞こえてくる内容から察するに、彼女が成人になった後も
ベリルの下に訪れることが出来ず、自責の念を感じているみたいだ。
以前ベリルからスレナと暮らしていた当時を聞いたことがあるが、まだ幼い彼女が心的ダメージの多い中、
ガーデナント家のみんなが励まし支えて過ごしていたのだろう。
いくら酒が好きだといっても、心優しい彼らが自制をしていたのは想像に容易い。
「スレナ、我々が都市に来てからベリルを酒の席に誘ったことはあるか?」
「いや、ないな…私が落ち着いた時間を取れないこともあるが…
なにより、先生もご多忙の身かと思うと、なかなか声を掛けづらくて」
「ブラックランクである君は時間の余裕もあまりないかもしれないが、それでも良ければ気軽に誘ってみるといい。
あの男は久しぶりの弟子との交流であれば、涙を流して喜ぶだろうさ」
「そ、そう言うが、長く音信不通だった私が急に言っても迷惑ではないだろうか」
「迷惑と感じることは決してないだろう。一時的とはいえ、家族のように過ごした者が
大きくなり共に酒を酌み交わせるようになったのだから、喜びもひとしお、というものだ」
スレナに助言すると、彼女も落ち込んでいた様子から立ち直り、気合を入れていた。
恐らく、長い間会えていなかった分、遠慮や不安があるのだろう。
ベリルもまた、彼女の今の立場を想像して、食事への誘いなど躊躇してしまうだろうから、
彼女から声をかけてもらう方が、スムーズに進むだろう。
事実、例え血縁でなくても、共に過ごしてきた家族同然の者たちとの食事は尊いものである。
今のエミヤでは鮮明に思い出せない身だが、その温かさは記憶に残っている。
だからこそ、そんな二人を思いながら、エミヤは助言したのであった。
◇ ◇ ◇
そんな前振りとも取れる会話をスレナと交わしたが、
そろそろタイミングだと感じたエミヤは、彼女用に飲み物を用意する。
スレナは湯気の立つマグを手に、椅子へ腰を下ろす。
彼女の視線は、湯気ではなく私に向けられていた。
「――本題に入っていいか?」
「構わない」
「明後日、冒険者ギルドの若手育成の一環で、迷宮攻略に行く予定だ。
だが、人手が不足していて、同伴可能なのは私のみとなっている」
スレナから詳細を聞いたころ、本来であれば同伴役の冒険者は一人で問題ないようだ。
新人の最初の迷宮攻略と言っても、彼らもそれまでに連携や備えを十分にしており、迷宮自体も難易度は様々である。
ただし、今回の目的として対象の迷宮付近から未確認の魔力反応が出ており、
ギルド本部として二名以上の熟練者を条件にしているとのことだ
「……ふむ。私に同行を頼みたいと?」
「そうだ。実は、事前に先生にも同じように頼んだのだが…」
「なるほど。『俺よりエミヤの方が向いてる』と言われたのだろう?」
先回りした答えに、スレナは小さく驚き、そうだと続ける。
エミヤは眉を少し動かし、遠くを眺めるように視線を外した。
ベリルのことだ。軽々しく任せたわけではない。
新人の安全を預ける相手として、己より確実に仕事を果たす者を見定めたのだろう。
「……迷宮といった未知の場所であれば、新人の命を預けるには私のほうが勝手がいい。そう判断したんだろうな。
――わかった、引き受けよう」
「引き受けてくれてありがとう。では、明日の昼にギルドで顔合わせを頼む」
◇ ◇ ◇
翌日、昼下がり。
冒険者ギルドの扉を開けると、湿った革と鉄の匂いが鼻をくすぐった。
昼の時間帯ということもあり、依頼を終えたばかりの冒険者や、受注待ちの者たちで賑わっている。
スレナに連れられたエミヤは、その奥に進み、客室に入ったところ三人の人物が中で待っていた。
白髪目立つ老齢の男性――冒険者ギルドレベリス王国支部の責任者、ニダス
眼鏡をかけた長身の男性――責任者ニダスの補佐、メイゲン
スレナからギルド関係者の情報は聞いていたため、彼らと簡単に挨拶を交わす。
そして彼らと共に、あたかも自分の本拠地のように自由に過ごすもう一名…
「……君はどこにでもいるな?魔法師団の師団長というのは、そこまで自由な身分なのかね」
「くっく、お主も一言目に皮肉とは、相変わらず不愛想な奴じゃの」
そう、近頃顔を合わせることが増えているルーシー・ダイアモンドだ。
魔法師団の彼女とギルドで会うことは予想していなかったが、恐らく事前に聞いていた
魔力反応の件でアドバイザーとして関わっているのだろう。
そう推測したエミヤは、ルーシーとの軽口もほどほどにギルド側へ話を進めることにした。
「まずは、貴方にギルドを代表して礼を伝えさせてほしい」
本題に入る前にニダスは席から立ち上がり、エミヤに話しかけた。
「エミヤ氏の活躍はスレナだけでなく、他の者からも聞いています。
今まで村への被害や負傷者の警護をしてくださったこと、感謝します」
ニダスの話は、エミヤがビデン村に訪れる前、
各地でこの世界に関する情報収集と人助けをしていた時のことだろう。
思い返せば、窮地を脱した後にギルド所属だと名乗られていたこともあったな。
「私は特別なことなどしていない、たまたま出くわしたに過ぎないさ。
いつだって彼らが先導して村人たちを守っていた。ギルドには善良な者が多くいるのだな」
「えぇ、彼らには野心があり、夢がある。
そして、そのために目の前の依頼であれば引き受けた以上、最善を尽くす。
彼らギルドのメンバーは私の家族であり、誇りです」
そう話すニダスは穏やかながらも誇らしいと表しており、先の言葉が彼の本心だと伺えた。
「それでは今回の依頼内容について、お話ししましょう。メイゲン、いいかね?」
ニダスから話を振られたメイゲンは資料を基に説明を始めた。
場所はアザラミアの森にある南部の洞窟、未確認モンスターは足取りが掴めておらず、
多くの冒険者が各地で調査しており、今回も調査一端として向かうこと。
監督対象の新米冒険者の情報等も説明を受け、エミヤが事前に想定していた質問もある程度クリアになった。
「ところで、エミヤ氏にお聞きしたいことがあります」
一通りの説明を終えた後、メイゲンからエミヤに話を振られる。
「エミヤ氏はギルド階級を測られたことは、ありますか?」
ギルドの階級――
冒険者の実力を明確化するための指標であり、ホワイトから順にランク付けされる。
そしてスレナは最上位のブラックランク、国の存亡に関わる事案への対処まで対応範囲となる。
「いや、特に試験を受けたことはないな」
「左様ですか。せっかくですから冒険者の登録も行いますかな?」
すかさずニダスがギルドに勧誘を行う。
抜け目がないというべきか、優秀な人手であればギルドで抑えたいのだろう。
「急な勧誘じゃな。ほれエミヤ、それなら魔法師団側に籍を置かんかのう?
わし専任の執事になるなら、相応の謝礼は用意するぞ?」
「君たちが私の実力を評価していることは悪くないが、断らせていただこう。
今のところ、組織に所属する気はないのでね。
それにルーシー、君ほどの立場であれば既に立派な召使いが居るのだろう」
すかさず勧誘に乗ってくるルーシーと合わせて、2人の提案をはっきり断る。
ニダスは断られることも織り込み済みか、残念な仕草だけは行うものの、特に落胆はしていない様子だ。
ルーシーに至っては、魔術目的なのかティーアドバイザー目的なのか判断に困る。
だが、エミヤの素性を知らない者がいる中で、魔術目的と明かさないあたり彼女は律儀である。
「話を戻しますが、エミヤ氏は特に階級を示す情報がないということですね。
貴方の噂は私も耳にしておりますので、実力を疑うことはございません。
ですが、もし何か功績などお持ちの情報があれば、後の資料にも明細できるので正直助かりますね」
メイゲンの話では、今の時点で監督役として認められないというわけでは無いようだが、
第三者が確認したときにエミヤ自身の立場や実力を説明できる情報があれば欲しい、といったものだった。
しかしながら、エミヤは意図的に目立つような活動を隠していたこともあり、期待に応えられる情報はない。
諦めてもらおうと進言しかけた時、ルーシーから挑発的な提案が場に落ちた。
「なるほどのう。つまりこやつの実力を皆の前で示せばいいのじゃな。それなら――」
◇ ◇ ◇
周囲の冒険者たちがざわつく。
ギルドの中の腕試し、模擬戦は、ここでは珍しい催しではない。
しかし、その相手を務めるのがあの”竜双剣”となると話が変わる。
騎士団に協力しているという謎の男が、ギルドの第一線で戦うスレナ相手に試されるというのだ。
集まった冒険者たちの目は自然と熱を帯びていた。
裏庭にあるギルド用の模擬戦が可能なスペース。
外の空気はひんやりと冷たく、広めの土の広場には木製の観覧席まで備えられていた。
スレナは腰の剣を外し、軽く鞘を払って刃の潰しを確認する。
遠くから野次を飛ばす声が聞こえる中、彼女がエミヤに聞こえる声量で言った。
「こんな流れになるとは思わなかったが、実を言うと私も貴方の実力に興味があった。
遠慮せず挑ませてもらうぞ、エミヤ」
「まったく、この都市に訪れてから、このようなことばかりだな。
仕方ない、せめてその期待には応えさせていただこう」
スレナが剣を抜き、構える。
対するエミヤは、目を伏せながら上着の裾に手を差し入れ――
「……投影、開始」
そう呟くと、黒と白の双剣がまるで服の下から抜き取ったかのようにその手に現れる。
投影魔術とは悟らせない、自然な取り出し方。まるで旅の剣士が身を守るために隠し持っていたかのような動作だった。
観衆の中にざわめきが走る。誰の目にも、“どこからともなく”現れたようには見えなかった。
「魔術……?いや、あれは……」
疑念を抱きかけた者たちも、目の錯覚だったと思い直すほどだった。
エミヤは双剣を構え、無言のまま一歩踏み出す。
スレナが剣を握り直し、短く答えた。
「……行くぞ」
開幕と同時、スレナが前に出た。踏み込みと同時に放たれる鋭い一太刀。
エミヤは軽やかに受け流す。斜め下へと滑らせ、すぐさま反撃――だがそれも防がれる。
しかし、スレナも熟練の剣士。
何より彼女の最大の武器は、無尽蔵の体力、その連撃。
そのままスレナはエミヤの反撃を許さず、一方的に攻め続ける。
加えて、戦士としての嗅覚からか、エミヤが時折混ぜる“誘い”にも釣られない。
ただひたすらに、相手に息もつかせぬ連撃を繰り出す。
スレナとしても、エミヤが超人離れの弓の名手であると知っているため、距離を開けずに制圧する算段だ。
一手、また一手。
間合いの駆け引きが続くなか、ふいにエミヤの双剣がスレナの剣に強く弾かれ、宙に飛んだ。
(今だ!)
スレナは間髪入れずに踏み込む。視線の先、武器を失った男――しかし。
エミヤは、わずかに懐へ手を入れる。
次の瞬間、まるでそこに常備されていたかのように再び双剣を取り出す。
「投影、再装填」
その自然すぎる動きに、スレナは反応が一歩遅れる。
剣を構えるより早く、新たに現れた刃が彼女の一太刀を押し返した。
「くっ……!」
理解できぬ現象を危険と感じ、思わず少し後ろに下がり距離を開ける。
だが、その反応も織り込み済みだったエミヤは、間髪入れずに両手の剣をスレナ目掛けて投擲した。
剣士が自分の剣を戦闘中に投げつける。
その非常識極まりない行動に、スレナの思考が持っていかれる。
彼は同じ武器をいくつも用意しているからできる戦法だと理解できても、思考が僅かに追いつかない。
投擲された二対の重い攻撃を、スレナは咄嗟に力を入れて弾いた。
だが、それは明らかな隙であり、エミヤが本来得意とするレンジ、矢の射程を稼ぐのに十分な時間を作り出した。
エミヤはすでに黒弓を手にしていた。
スレナが構えるより早く、エミヤは上空へ数射、矢を連射する。
矢は一直線に天へと舞う。
(……罠?)
スレナは察していた。
あれは目眩ましでも威嚇でもない。
あの矢は、後で落ちてくる。狙いは“動きを制限する”こと。
(前後を挟み込まれる形になる……逃げ道が減る)
この男――ただの剣士ではない。
戦場で何度も死線を潜り抜けてきた、戦術の熟練者だ。
スレナは深く息を吐いた。気圧されている――いや、試されているのは自分の方だ。
「ふぅ……来い、エミヤ!」
剣を構え直すスレナ。だが、彼女の内心には、すでに尊敬の念が芽生えていた。
この男は、強い。技でも力でもない。“勝つために選び続けた人間”の強さだ。
その後も、幾度かの激しい斬り合いと、緻密な間合いの取り合いが続いた。
エミヤから放たれる矢は殺傷力こそ無いものの、通常の弓兵が射る間隔とは雲泥の差があるような連射であり、そのどれも正確な狙いだった。
それらばかりに気を取られると、時折混ぜられる頭上からのトラップシュートが身体を掠める。
距離が出来てから打ち込まれ続ける矢を搔い潜り、弾き、活路を見つけることが出来るのは
彼女が実力ある剣士であり、いくつもの危険な任務をこなしてきた冒険者だからこそ、だろう。
矢による追い込みの知識も持つ彼女だからこそ、反撃のチャンスを窺えた。
故に、彼女を倒すのは、“予想もできぬ戦術”だとエミヤは考えていた。
その瞬間、誘導されたスレナの近くにあったもの、弾かれた最初の剣――干将が地面に落ち、小さく“爆ぜた”。
ドンッ!
爆風。訓練場を包む土煙と衝撃に、周囲がざわめく。
「……!仕込みか!?」
「この程度の火力なら、模擬戦の範囲内だろう。威力は調整してある」
スレナは身をかがめ、目を見開き、煙の中で矢に備える。
このままでは十分に動けないが、エミヤからも詳細に捉えることはできないはず。
距離を開けるために使われた奇策。
そう考えたスレナの予想を覆し、エミヤが攻めに転じ、煙舞う空間に現れ、襲撃してきた。
エミヤが飛びかかり双剣を振り下ろす。十分な体勢も取れず防いだせいで、今後はスレナの剣が弾かれる結果となった。
煙が晴れた後、観客は皆目の当たりにする。
エミヤの剣の先が、スレナの喉元に静かに突きつけられていた。
「……決着、だな」
スレナが剣を引き、静かに頭を下げた。
「私の負け。完敗だ」
「……まだ本気じゃなかったように見えたが」
エミヤが言うと、スレナは肩をすくめて答える。
「貴方相手に本気を出すってことは――本気で殺し合うということだろう。模擬戦じゃ無理だな」
エミヤはふっと口元を緩めた。
「……それは、ありがたい」
ギルドの一角に、静かな拍手が広がる。
スレナとエミヤ。実力と信頼の“交差”が、確かにそこにあった。