片田舎の剣聖 錬鉄の英霊   作:ナチュル志保

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【壱章・第8話】『獣を穿つ赤き矢』

昼下がりの冒険者ギルド。

 

受付前で待つスレナの横には、まだあどけなさを残した三人の若者――ポルタ、ニドリー、サリカッツが立っていた。

それぞれ装備は整っているが、使い込まれた傷や擦れは浅く、経験の浅さが見て取れる。

 

「……エミヤ、彼らが今回の同行者だ」

スレナの紹介に、エミヤは軽く頷く。視線を一巡させただけで、三人の癖や得意分野が見えてくる。

ポルタはこのチームのリーダーとなり、元気よく話す青年。体つきも鍛えており、この中では敵を引き受ける役割だろう。

ニドリーは萎縮した話し方の女性だが、気遣いが上手く、仲間の支援や援護に向いているだろう。

サリカッツは彼らより一つ上のギルドランクであり、一歩引いて全体を俯瞰している。経験も三人の中で最もあるだろう。

 

三者三様の反応を受け止めながら、エミヤは静かに頷いた。

 

「私は助力に徹する。基本は君たちが前に出ることになる。……焦らず、互いを信じて動け」

 

その声音は厳しさよりも温かみを含んでいて、若者たちの表情に少しずつ安心が戻る。

 

「では、出発するぞ」

 

スレナの号令で一行は洞窟へと向かった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

洞窟の入り口に着くと、湿った空気と土の匂いが鼻をつく。

エミヤは無言で片手を地面に触れ、低く呟いた。

足元から淡い光が広がり、壁や天井の奥へと染み込んでいくように消える。

数瞬後、彼の意識に洞窟の構造と罠の位置が流れ込んだ。

 

「……なるほど」

 

立ち上がると、何事もなかったかのように歩き出す。

新人たちには罠の詳細は告げず、あくまで「もし洞窟に罠の仕掛けがある場合は、どこに、どのような目的のものがあるか」と説明をして、自然に誘導する。

冒険者としての経験を積ませるためだ。

 

 

 

中腹に差し掛かった頃、奥から低いうなり声が響いた。

鼻を刺す腐敗臭と、生臭い血の匂い――ゴブリンだ。

 

光源が届く距離まで近づくと、そこにあったのは異様な光景だった。

痩せこけたゴブリン同士が、互いの肉を引き裂き、貪っている。

その眼は飢えに濁り、正気を欠いていた。

 

「二人とも、いつも通りに」

異常な行動に少したじろいだ彼らは気を取り直し、

ポルタの指示で、ポルタが前衛、ニドリーが側面、サリカッツが後衛を固める。

 

合図と共に突入――

ポルタの剣が先頭のゴブリンの首筋を断ち、ニドリーが横合いから剣で貫く。

ポルタたちに向かうゴブリンに隙が生まれれば、サリカッツが短剣で刈る。

 

動きはまだ粗いが、基本はできている。

エミヤは一歩も動かず、その戦いぶりを目で追っていた。

 

「……良いチームだな」

 

エミヤが低く呟く。

スレナは軽く頷き返した。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

その後も、一行は調査と罠の解除、そしてゴブリンとの戦闘を続けながらも順調に進んでいた。

彼らは戦闘だけでなく、付近の調査やゴブリンの異常行動に対しても思考しながら記録に残していった。

その様子から、冒険者としての技術や心構えを十分に発揮している様子が見て取れた。

 

エミヤから手助けをすることは一度もなかった。

それだけチームの連携が取れていたことに他ならない。

 

途中、近くに潜むゴブリンが飛び道具による奇襲を企てる場面もあったが、

エミヤより先に、スレナが自前の剣に紐を結び、飛び道具として刈り取っていた。

 

…その攻撃手段に、近くで見ていたエミヤも少し驚く。

もっとも、そのエミヤの反応も、もしベリルが近くで見ていたなら、

そもそも剣を遠距離手段にする非常識戦法を誰よりも活用しているのはエミヤでしょ、と指摘していただろう。

 

 

 

最深部。

粛々と進んでいた一行は、危なげなく洞窟の最奥までたどり着いた。

今回の目的は調査であるため、洞窟の様子や付近のモンスターを記録し、持ち帰ることだ。

急ぎの任務ではない為、広間のように開けた空間で休憩を取ることになる。

小さな焚き火が灯り、温かな空気が張り詰めた緊張を解きほぐした。

 

岩陰に腰を下ろし、一行は水筒を回しながら息を整える。

その空気の中で、ポルタとニドリーが小声で何やら言葉を交わし、互いに視線を逸らす。

 

2人のやり取りを、少し離れた位置で見守っていた。

サリカッツが微かに笑うが、スレナは少し興味を持っているように2人を見ていた。

ブラックランクの冒険者と言えど、この手の話にも興味を持つのだろう。

 

「……若いな」

 

2人を見守るエミヤの言葉に、スレナがからかうように問い返す。

 

「貴方にも、そういう相手は居たのか?」

 

その問いは自分には関係ないものだと考えていたエミヤだったため、少し考える。

生前の記憶は朧気だ。ビジネスの延長、ミッションの中で複数の女性と関係を持っていた気もする。

だが、こうした親愛のパートナーとして思い浮かべる相手は……

 

短い沈黙ののち、エミヤは目を伏せ、微かに口元を緩めた。

 

「……昔、大切な主が居た。

だが、私にとってそれは“共に戦った者への想い”に近い。

恋というよりも……信頼、親愛。失ってなお胸に残るものだ」

 

――思い浮かぶのは、未熟な少女と共に電子の海を駆け抜けた日々。

ピンチと笑いの絶えなかった、夢のような冒険。

助け合い、支え合い、信頼を重ね、凛々しさと勇気を持ちながら共に歩んだ、月のマスター。

 

その瞳には、一瞬だけ遠い海のような深さが宿ったが、すぐに掻き消える。

それ以上を語る気はなかった。

スレナもまた、エミヤの言葉に宿る温かさを感じ取り、深く尋ねることはなかった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

再び歩みを進めると、洞窟の出口が近づく。

だがエミヤとスレナの視線は険しさを増していた。

 

「……妙だな。内部のゴブリンが痩せ細っていた理由、理解できたか?」

 

「外に……いるのだろうな。天敵となる存在が」

 

洞窟内の群れが共食いするほど追い詰められていた理由。

それは外界に強大な脅威が居座っている証左だった。

 

「――全員、警戒を怠るな」

 

エミヤの低い声が響く。

やがて出口を抜けようとしたその瞬間、鋭い風切り音が空を裂いた。

 

「危ないっ!」

 

スレナが即座に前へ出て、迫り来る影を弾き飛ばす。

だが、その代償として鋭い爪が彼女の肩口を裂き、鮮血が飛び散った。

 

「スレナさん!!」

 

「大丈夫だ、下がれ!」

 

痛みに顔を歪めつつも、スレナは仲間たちを庇い立ち続ける。

洞窟の外、夕闇に舞い降りたのは――巨大な翼を広げた獣。

 

グリフォン。

その双眸は血に飢え、獲物を見定めるように冒険者たちを射抜いていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

スレナの肩口を襲った爪撃は深く肉を抉っていた。彼女は唇を噛み、意識を繋ぎ止めてはいたが、すぐに立ち上がれる状態ではない。

冒険者たちは慌てながらも連携してスレナを抱え、洞窟の奥へと退避させる。

エミヤは振り返り、その背を僅かに確認すると、静かに洞窟の出口を跨いだ。

 

外に広がるのは、青黒い羽を大きく広げ、天空を旋回する魔獣――特別討伐指定個体《ゼノ・グレイブル》。

その黄金の瞳が、洞窟の影に消えていった獲物を追う。

 

「――こっちだ」

 

エミヤは呟き、弓を構えた。

第一射、第二射、第三射。速射された矢は、空を裂いてグリフォンの翼を目掛けて飛ぶ。

だが、硬化した甲殻のような羽根に弾かれ、矢は虚しく弾け散った。魔力を纏わせぬただの矢では、この怪物の皮膚すら穿てない。

 

それでも牽制の意図は果たされた。ゼノ・グレイブルの眼が洞窟からエミヤへと移り、低く唸る。獰猛さの裏に、冷ややかな理性が潜む。

 

(……頭が良いな。迂闊に距離を詰めさせてはくれないか)

 

グリフォンは決して近づかない。一定の距離を取りつつ、上空から炎弾を吐き、爪撃を仕掛ける機会を窺っている。

 

エミヤは呼吸を整え、投影を起動させた。

脳裏に焼き付けるのは、彼の英雄――クランの猛犬、その赤槍。

 

「――トレース(投影)、オン(開始)」

 

空間が軋み、紅蓮の槍がその手に現れる。

今のエミヤが欲したのは、彼の呪槍による必殺の一撃ではなく、彼の生前の経験が昇華されたスキルの模倣。

――憑依経験が流れ込み、獣を討つ者の本能と軌跡が血肉に馴染む。

 

さらに己の肉体に強化魔術を施す。

脚へ、腕へ、視覚と反射神経へ。

全身の神経を焼くように研ぎ澄まし、戦場に適した臨戦体制を整える。

 

足元に広がるのは木立と岩場。

エミヤは足場を駆け、木の幹を蹴り、枝を踏み台に宙へ飛ぶ。弾丸のように槍を構え、翼へと襲いかかる。

ゼノ・グレイブルが咆哮し、巨翼を翻す。風圧が叩きつけるが、エミヤは退かない。槍先が閃き、羽毛を裂き、甲殻を削ぐ。

 

エミヤの苛烈な攻撃により、紅の軌跡が次々と怪物の体表を刻んでいく。

模倣した「獣殺し」の技量が、徐々に確実な傷を刻み、血を滲ませた。

 

(削り続ければ……いける)

 

エミヤは確信する。この槍と、この動きならば、いずれ優位を握れる。

ゼノ・グレイブルの視線が揺れる。痛みと同時に、冷静な判断。

このままでは押し切られると察した獣は、翼を大きく広げて宙へと舞い上がった。

 

そして――灼熱を吐き出す。

 

業火の奔流が地表を焼き、洞窟の入り口にまで火の波が迫る。熱風が肌を刺し、草木は瞬時に燃え上がる。

中にいるスレナたちを狙ったのだ。

 

「させるか……!」

 

エミヤは槍を霧散させ、十数本の剣を連続投影する。

魔力を帯びた刃を、洞窟の入り口へ突き立て、結界のように並べ立てる。

炎を逸らし、退路を確保するための壁。

 

だが、その動作に僅かな隙が生まれる。

ゼノ・グレイブルの口腔が膨れ、炎弾が連続して吐き出された。

 

爆ぜる閃光。

一発が直撃し、エミヤの左脚を掠めた。灼熱が皮膚を裂き、焼け焦げた匂いが立ち上る。

 

膝が一瞬落ちる。だがすぐに踏み止まり、弓を投影した。

連射される矢により、空の獣を牽制する。

放たれる矢は閃光となり、爪や炎弾を弾き返す。

しかし決定打には届かない。地表はますます熱せられ、焼ける痛みが全身を蝕んでいく。

 

(持たせろ……奴を洞窟に近づけさせるな。オレが止める……!)

 

耐える。己の肉体を盾に、時間を稼ぐ。

 

そのとき。

 

「――エミヤッ!」

 

鋭い声が飛ぶ。洞窟の奥から、スレナが姿を現した。肩の傷はまだ生々しいが、ポーションの効果で動けるまでに回復している。

後ろには、弓や投槍を構えたポルタたち新人冒険者の姿。恐怖を押し殺し、瞳は決意で満ちていた。

 

スレナの剣が、閃光のごとく放たれる。

新人たちの矢も追随し、グリフォンの進路を阻む。

空中の巨体がわずかに足を止めた。

 

「……助かる」

 

エミヤは短く呟き、最後の投影に集中する。

 

「――トレース(投影)、オン(開始)」

「−―――I am the bone of my sword…我が骨子は捻じれ狂う」

 

手に現れたのは、螺旋を刻み、鋭く研ぎ澄まされた殺意の具現。

 

弓弦を引き絞り、世界が静止する。

獣の黄金の眼がこちらを睨む。灼熱と殺意が交差する、一瞬。

 

「――撃ち抜け“偽・螺旋剣”(カラドボルグⅡ)」

 

放たれた矢は、赤い流星となって空を裂いた。

音すら置き去りにする速度で、一直線にゼノ・グレイブルの胸を穿つ。

爆裂ではなく、純粋な貫通。鋭い一撃が甲殻を破り、肉を裂き、翼を断ち切る。

 

絶叫が大気を揺らす。

巨体が翻り、制御を失って墜落していく。

 

エミヤは静かに弓を下ろした。

脚の痛みは鋭く、全身は熱に焼け爛れていたが、視線は決して逸らさない。

 

墜落の衝撃音が大地を揺らし、土煙が舞う。

特別討伐指定個体――《ゼノ・グレイブル》。

その名を持つ脅威は、確かに討ち果たされた。

 

背後から駆け寄る足音。

スレナが息を荒げながら、彼の隣に立った。

 

「……無茶をしすぎだ」

 

「君もな」

 

二人は短く笑い合う。

まだ戦場の熱は消えぬが、確かに勝利はここにあった。




無銘とエミヤさんが厳密には異なると重々承知しているのですが、
どちらも心から好きな私の勝手な設定になっております。
苦手な方もいらっしゃるかもしれませんが、ご了承いただけると幸いです。
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