片田舎の剣聖 錬鉄の英霊   作:ナチュル志保

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誤字修正には頭が上がりません。ご感想やここ好きも、励みになります。
素直に楽しいです。
次の話から本編を進めますので、模擬戦の区切りとして閑話を挟ませていただきます。


【弐章・第3.5話】『閑話_杯を片手に』

時刻は夕刻。騎士団食堂。

扉に本日貸し切りのプレートが駆けられた室内は、熱気と活気で溢れていた。

 

長机がいくつも並べられ、その上に湯気を立てる料理の数々が所狭しと置かれている。

肉の塊に香草を散らした豪快なロースト、野菜をふんだんに使った煮込み、色鮮やかなサラダやスープ、さらには甘味まで揃っている。

普段は質素な食事を取ることの多い騎士や事務員たちにとって、それはまさしく饗宴と呼ぶにふさわしい光景だった。

 

今か今かと待ちわびつつも、騎士団としての自制心を保つ彼らは、開催の合図を待ちわびていた。

ざわめきの中、アリューシアの前振りにより最前列に立ったベリルが、場を見渡しながら遠慮がちに口を開いた。

 

「──えぇと、皆。今日はお疲れ様。模擬戦に参加した人たちはよく頑張ったね」

 

不慣れで緊張も隠せていないが、その柔らかな声音に場の空気が引き締まる。

騎士団特別指南役としての責務と同時に、一人の剣士としての率直な労い。

それを受けた騎士たちの表情はどこか誇らしげだった。

 

続いて魔法師団長が進み出る。

彼女もまた模擬戦への協力者であり、夕食会に招かれた一人だった。

 

「うちのフィッセルが世話になったの。

といってもわしは晩餐会に招かれただけじゃから大層な祝辞も言う気はせん。

あとで、皆にちょっとした“お土産”を用意しておるから、楽しみにしとくのじゃ」

 

その茶目っ気に場が和むと、最後にアリューシアが杯を掲げる。

 

「騎士団の健闘に──乾杯!」

 

「「「乾杯!」」」

 

一斉に声が上がり、立食形式の宴が始まった。

 

 

 

ベリルは並んだ料理を眺め、静かに息を吐く。

 

「……これは、本気を出したな。エミヤらしい」

 

机の上に広がる料理の数々に、エミヤの徹底したこだわりと心配りが透けて見える。

周囲では早速、皿を手に談笑し合いながら料理を味わう騎士たちの姿があった。

仲間の健闘を称え合い、互いの武勇を笑い話に変えながら頬張る様子は、どこか微笑ましい。

 

少し出遅れて眺めていたベリルの下に、アリューシアが歩み寄る。

 

「先生。あらためて本日は皆に稽古をつけていただき、ありがとうございました」

 

彼女の視線は真っ直ぐだった。

…そして、手持ちの皿には積まれた肉料理、目当ての料理は確保済みのようだ。

 

若いなぁと内心思いながらも、ベリルはアリューシアの言葉に頷く。

 

「お役に立てたならよかったよ。

…それにしても、さっきの話、本当にいいのかい?」

 

それは、模擬戦前に交わしたアリューシアの褒美について、辞退するといったものだった。

 

「はい。確かにチームとしては勝利しましたが、脱落者は多かった。

それに私も先生に勝ったわけではありません。

あの戦闘を離脱出来たかも怪しいので、やはり私がご褒美をいただく訳にはいきません……非常に心残りですが」

 

まるで自分に言い聞かせるように話すアリューシア。

その言葉に、ベリルは小さく笑った。

真面目すぎるほどの剣士。それが彼女の長所であり、頑なさでもある。

 

「…わかった。

それと、これは褒美の話じゃなくて、俺の個人的な頼みになっちゃうけどさ。

最近、美味い呑み屋を探してるんだが──アリューシアがよければ、暇な時に付き合ってくれないかな?」

 

「……!はい、ぜひ」

 

意外な誘いに、アリューシアの表情がぱっと綻んだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

一方その頃、厨房では。

大皿を並べ終えたエミヤが手を拭っていると、配膳を手伝っていた若い騎士たちが声をかけてきた。

 

「エミヤさん、あとは俺たちでもできますよ。皿洗いも飲み物の用意も任せてください」

「そうです。せっかくの場ですし、皆のところへ行ってあげてください」

 

促され、エミヤは肩を竦める。

 

「……そうか。なら、少しだけ顔を出そう」

 

 

 

表に出ると、熱気が押し寄せた。

笑い声と湯気の匂い。皿を抱えた騎士や事務員たちが、口いっぱいに料理を頬張りながら次々と感想を口にする。

その光景に、エミヤの口元が僅かに緩んだ。

自分の手が、戦いに疲れた人々の活力となっている。ささやかな実感が胸に満ちる。

 

ふと、声が飛んできた。

 

「エミヤさん、こちらっす!」

 

振り向けば、クルニが同年代の女性騎士たちと机を囲んでいた。その傍らには事務員らしい女性たちもいる。

 

「いつも差し入れをありがとうございますって、皆で言いたかったんです」

「それに、騎士の皆さん相手に3人で闘ったのですよね……本当にお強いのですね」

「騎士団長や副騎士団長までいるのに…信じられません」

 

次々に投げかけられる言葉に、クルニが得意げに胸を張る。

 

「そうっすよ!エミヤさんは強いっす!!」

 

エミヤは苦笑しつつ、彼女らを見回した。

 

「……今回は有利な条件があったからに過ぎない。

何より、君たち後方の部隊がいるからこそ、皆が職務に専念できる。

組織は命を賭ける者だけで成り立っているわけじゃない、君たちの日々の支援あってこそだ」

 

静かに告げる声は、不思議と胸に残った。

女性たちは思わず黙り、やがて小さく頷いた。

 

「……ありがとうございます」

「そんなふうに言ってもらえるなんて」

「料理上手で気遣いまで…スパダリ…」

 

感動したように目を潤ませ、誰かが口にした。

 

「もしお暇があれば……ぜひ遊びに来てくださいね」

 

照れくさそうに笑う女性たち。小さな「ファン」の輪がそこにあった。

エミヤはわずかに肩を竦めて、

 

「機会があればな」

 

そう返し、次の卓へと歩を進めていった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

賑やかな食堂の中、エミヤはひときわ笑い声の大きい卓に歩を進めた。

そこにはベリルと、ヘンブリッツをはじめとした熟練の騎士たちが陣取っている。

 

見れば序盤でアリューシアやヘンブリッツと同様に指揮を執った者や、

最後までヘンブリッツと共に闘いに参戦した者たちだ。

落ち着きある印象だったが、肩の荷が下りたのだろう。まさしく杯を交わし共に勝利に喜ぶ姿があった。

 

「エミヤもこっちに来るかい」

 

ベリルが合図し、空いた机を勧める。

 

「失礼する」

 

エミヤが交わると、ヘンブリッツたちも喜んで料理の感想や日ごろの稽古の感謝、

若者たちの成長の話など盛り上がって話していた。

 

熱意ある心地よい会話が続く中、自然と話題は模擬戦へと移った。

 

「しかしエミヤ殿の器用さには驚きました!」

 

杯を置いたヘンブリッツが、興奮気味にエミヤを見据える。

 

「稽古で見せていただく剣筋とはまるで違う。

弓の達人とは聞いたことがありましたが、あれほど卓越した技術がありながら、

奇襲と罠を織り交ぜた戦いまで熟すお方、私は初めて対面しましたよ」

 

エミヤは少しだけ口元を歪めた。

 

「私が知っている中で、奇襲に長けた者たちがいた。

ドルイドの森の賢人、風魔一党の頭領……彼らを参考にしたまでだ」

 

実際にエミヤはある縁にて彼らから罠の心得を学んだことはあるが、技量の差は歴然だと苦く思い返す。

それでも、あの二人の戦い方は自分にとって確かな糧となっていた。

 

ベリルが、エールを呑みながら懐かしむ。

 

「参考かぁ……今思えば、エミヤとは本当に色んな打合いをしたんだな」

 

「……?」

 

ヘンブリッツが興味を持ち、話の続きを待つ。

 

「火もあれば水もあった。

蔦に絡め取られ、痺れ毒に足を止められ、頭上からは岩が落ち、最後には雷まで落ちてきた。

何が来るか分からないから、それは必死に食らいついてたなぁ」

 

実際に当時の模擬戦は自身で用意している結界内だからこそ、魔術隠蔽も行わず投影宝具、魔剣のオンパレードだった。

後に振り返るエミヤも、あれはベリル相手に用意するモノが悉く捌かれるものだから、ムキになっていたと自覚している。

風魔のような召喚や分身は行えないが、魔剣の連続投影を駆使して彼の宝具を模した阿鼻叫喚の地獄再現まで行う始末。

はっきり言ってやりすぎである。模擬戦一人相手に対軍宝具を使うものではない。

そして受けた本人も、剣技だけで捌くといった行為は既に人間離れしている。自覚してほしい。

 

なお、ベリルは諸事情により透明化する敵への苦手意識がある。

そのため、当時は投影品の"顔のない王"相手にしていた時から自分の気持ちを高ぶらせるため、

普段の彼を知る者では想像できない発声をしながら…すなわち、両者叫びながら対峙していた非常に珍しい一戦だった。

 

 

卓にいた騎士たちが一斉に息を呑む。

 

「そ、そんな仕掛けを……!」

「模擬戦以上ではないか。それを単騎で突破したのか、ベリル殿……」

 

驚愕と尊敬が混じった視線がベリルへ注がれる。

エミヤが張り巡らせた数々の罠を一人で突破したという事実は、模擬戦の成果以上に衝撃的だった。

思わず視線を集めてしまい少し恥ずかしくなるベリル。

隣のエミヤもまた当時のテンションを思い出し、忘れるように酒を煽る。

 

その時、ルーシーの声が響いた。

 

「では、少し趣向を凝らすとするかの」

 

軽やかな指先が壁の魔法陣に触れる。

水面のように揺らいだ壁が光を帯び、模擬戦の映像が鮮明に浮かび上がった。

 

仕掛けが炸裂し、矢が飛び交う。剣と剣が火花を散らす。煙の中を駆ける影。

今朝の模擬戦を映し出した臨場感に、食堂の喧噪が一瞬止まった。

 

「……やはり“目”があったか」

 

エミヤは目を細める。

模擬戦中に気配を察していた不可視の魔力。

ルーシーの私有地だから何か仕掛けがあると考えていたが、それが記録魔法だったと確信する。

 

「これは大変ありがたいですね」

 

ヘンブリッツが腕を組み、映像を睨む。

 

「動きが克明に見える。訓練に活かせるぞ」

「確かに。癖や死角も一目瞭然だ」

 

熟練騎士たちも口々に賛同し、戦技をどう鍛えるべきかと議論を交わし始める。

やがて話は再びベリルへと向かった。

罠を相手にした経験をどう剣で切り抜けたのか、騎士としての対処法を聞き出そうと、

ヘンブリッツや他の騎士たちが矢継ぎ早に問いを投げかける。

ベリルは剣士としての問いであれば、と得意げに応じ、ヘンブリッツも興に乗って語り返す。

二人のやり取りはすっかり盛り上がっていた。

 

エミヤは杯を置き、静かに席を立つ。

食堂を見渡すと、若き騎士たちが映像を食い入るように見つめ、次の訓練へ活かそうと仲間と議論している。

別の卓では、自らの活躍を誇らしげに語り、非戦闘員の机からは驚きと安堵の声が漏れていた。

 

同じ映像を見てなお、人によって受け取り方が異なる。

その光景に、エミヤはひとつ静かな息をつくのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

食堂を歩きながら、エミヤは周囲を見渡す。

 

「ほれ、こっちじゃ」

 

ルーシーに呼ばれ、彼は魔法師団の卓へ向かった。

 

そこにはルーシー、フィッセルのほか、初対面の男が座っていた。

年嵩で、眼光は鋭い。学院の教頭、ファウステス・ブラウンだと紹介される。

 

「……学院のファウステスだ。陣地構築には私も関わった」

 

「エミヤだ。世話になった」

 

短い挨拶を交わした瞬間、ファウステスの目が細まる。

 

「……なるほど。やはり貴殿は魔術師なのだな。ここまで近づかなければ魔力を感知できなかった」

 

エミヤは僅かに眉を上げた。

ルーシーに見抜かれて以降、魔力漏れを抑えるアミュレットを常に身につけていた。それでも感知するのか、と。

魔術師学院の教頭、実力相応のようだ。

 

気を取り直し、隣のフィッセルに声をかける。

 

「模擬戦では共に戦えてよかった。なにか君の経験にはなれたかね?」

 

「うん。色々驚いたし、楽しかった。

それに……クルニと同じデザートもらえたから、満足」

 

満足そうに笑う彼女を見て、ルーシーがすかさず口を挟む。

 

「エミヤ。わしにもそれ、作ってくれるかの?」

 

「君が模擬戦を提案した張本人だろう。報酬をねだるのは筋違いだな」

 

軽く流すエミヤに、周囲がくすりと笑った。

その時、フィッセルが映像を見てぽつりと漏らす。

 

「……やっぱり不思議。あれだけ動いても、魔術を使ってるようには見えない」

 

ファウステスも頷く。

 

「映像だけでは、とても魔術師とは思えんな」

 

言葉を継ぎ、ファウステスは低く問う。

現にエミヤの戦い方は使用魔術の特性もあるが、余程のことがなければ魔術を隠匿する闘い方のため、

今回の模擬戦でも事前に設置済みの罠を作動させるか懐から取り出すような仕草を徹底していた。

実施、この映像を視ただけでは彼が魔術師とは分からないだろう。

 

一区切りした後、ファウステスがエミヤに向き合う。

厳格な老人が真剣な表情でエミヤに質す。

 

「…かつて、剣魔法を研究した弟子がいた。だが、挑戦の果てに命を落としかけた。

それ以来、私は“魔術師に剣は不要”と考えてきた。

──だが、お前は魔術師でありながら、剣を振るう。なぜだ?」

 

ファウステスの口調は硬く、それでいて悪意はない。

どこか過去の痛みが残る物言いになっているのが、エミヤには分かった。

剣と魔術の融合を真剣に試みた者の挫折が、その口調の奥底にあるのだろう。

 

静かな沈黙。

やがてエミヤは杯を置き、言葉を紡ぐ。

 

「…君の期待に応えられる回答が出来るか不明だが。

前提として、私は魔術師の中で異端だ。

知っての通り君たちとは体系の異なる魔術を使うが、そこだけではない。

私の知る魔術師たちとも、私はあり方が異なる…魔術使い、そう自認している」

 

エミヤは続ける。

 

「……だが、知人の思想を借りるなら魔術師にとって魔術はただの理屈でも、ただの技術でもない。

学ぶことは学問だが、それをどう形にするかは表現だ。

模倣だけで満足するのではなく、継いだものの上に自分の一片を刻む。

それに、魔術師という役割は常に規格外だ。異端を恐れるなら、最初からその道に歩まない方がいいのだろう」

 

視線をファウステスに返す。

 

「彼らは、今まで積み重ねてきた誇りに改良や工夫を加え、後の者に残す。

君の弟子にも通じる箇所があるのかもしれない。

私は根源を追う術者ではないが自分の信念を貫くために、この力を使用している」

 

その言葉には、そこには長年にわたる信念と確信が宿っていた。

ファウステスはしばらく沈黙した後、苦笑いを浮かべてカップを置いた。

 

「──君は確かに異端だ。だが、筋は通っている。

少なくとも、君のやり方は理にかなっている。私はそれを認めよう」

 

その結末に例え正解がなかったとしても、その過程には智と決意があった。

だから、かつて挫折した彼は間違えていなかった。

なによりこの映像を視れば分かる。剣と言えど将来を開く一手にもなる力を秘めている。

であれば、師として仰ぐ彼らを導くのが、教師たる役目。

 

宴の終わりを迎える間際に見せたファウステスの表情は、長年抱えていた迷いが晴れたものだった。

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