その日――ビデン村の空は、にわかにざわついていた。
家畜の鳴き声。鳴り響く鐘。山沿いの警鐘台が鋭く鳴り響き、村の者たちは道場前の広場へと集まり始めていた。
「っ……また魔獣か!?」
「いや、今回は……数が多すぎる……!」
地響きがする。
獣たちの咆哮に混じって、足音。乾いた大地を蹴る重量のある踏み込みが、次第に近づいてくる。
山から降りてきたのは、巨大な牙と筋肉を備えた魔獣――
サーベルボアの群れだった。
通常は村の実力者が定期的にアフタヤ山脈を登り、モンスターの下調べや間引きを行うため、
今回のようなことは村にとっても初めてだった。
村からは近すぎる。逃げ場も少ない。
それでも、真っ先に迎撃に出たのは一人の男だった。
ベリル・ガーデナント。
彼は、誰に指示されるでもなく、既に村の外れの林道に姿を現していた。
道場から駆け付けるまでのわずかな間に、周囲の地形と群れの動きを見極め、進行を止めるための場所を選び抜いていた。
当然木剣など通用しない。構えたのは、日々手入れしていた実戦用の長剣。
しかしそれでも、サーベルボアは一頭ずつが人よりも遥かに巨体で、突進力も凄まじい。正面から受ければ容易に潰される。
だから、ベリルは“いなす”。
力で対抗するのではない。
斜めに躱し、足の腱を断ち、刃を滑らせて肩を裂く。動き続ける限り、魔獣の重さも速さも武器にはならない。
とはいえ――
「……さすがに、数が多すぎるな」
肩で息をしながらも、ベリルの目にはまだ鋭さが残っていた。
戦っている相手は、魔獣だけではない。
彼が護ろうとしたのは“村”そのものだ。今この瞬間、何頭の獣を引き付けていられるか。それだけが勝負だった。
が――
その戦場に、風が走った。
――次の瞬間、空から降り注いだのは、鋼の“雨”。
刃だ。十本以上の剣が、天より放たれ、地を穿ち、魔獣の脚と背を正確に穿つ。
一頭、二頭。急所を外してはいるが、動きを止めるには充分な威力。
ベリルが、思わずそちらを振り返る。
紅い外套の男が、林の陰から現れた。
地面に蹲る魔獣たちを一瞥しながら、彼は弓を構えている。
引き絞る姿勢に無駄はなく、構えたその姿は、あまりにも静かだった。
「加勢だ、村に近づけなければいいのだろう」
淡々とした声。
魔獣の群れを前にしても、その男に焦りも動揺もなかった。
次の一矢は、サーベルボアの中央へと――
地面を抉りながら進行していた一際大きな個体、その鼻先を正確に撃ち抜いた。
目を眩ませた魔獣が怯んだ隙に、ベリルは踏み込む。
滑るような動作でその脇へ回り込み、喉を切り裂く。
獣が地面を転がり、血と土が舞う。
だが、彼らにそれを眺める時間はない。
放たれた矢は、一際巨体の老齢個体へ向けられる。
矢じりが唸りを上げて獣の顔面へと突き刺さると、その動きが大きく鈍る。
その隙を、ベリルが逃すはずもなかった。
踏み込み、首筋を正確に断つ――
魔獣が崩れ落ち、血と土の匂いが風に混じる。
だが、まだ終わりではない。
森の奥から、さらに数頭のサーベルボアが姿を現す。
エミヤは矢を下ろし、右腕に魔力を巡らせた。
空中に、光が揺らめく。数本の剣が浮かび、鋼の雨となって射出される。
刃が脚を砕き、動きを止める。
ベリルもそれに呼応し、流れるように斬撃を重ねていく。
やがて、獣たちは全て倒れ伏し――静寂が戻った。
二人は言葉を交わさない。
ただ、互いに一瞥を送り、次なる襲撃がないか耳を澄ます。
風が抜ける音と、血の匂いだけが、辺りを満たしていた。
◇ ◇ ◇
村は平穏を取り戻した。
サーベルボアの死骸は片付けられ、村の男たちは焚き火を囲んで解体と調理に取りかかっていた。
戦いの記憶は、火にくべたように静かに消えていく。
だがその中で――一人、紅の外套を纏った男の影だけは、火に照らされながらもなお、闇に馴染んでいた。
その背中が、誰の目にも焼きついた。
“この村に、見知らぬ英雄が訪れた”
――その夜は、ビデン村の記憶として、静かに刻まれていく。
エミヤはもちろん、ベリルもまた好きなキャラクターですので、二人の魅力を落とさずに書けることを夢見てます。
何より、自分が楽しめることがモチベーションを保つのに一番だと思いますので、無理せず楽しみたいです。