藤丸は分からないのS3・11話にエミヤさんとロビン登場ですね。嬉しいです。
弊エミヤさんにも単独行動で木刀かお土産か食料を購入してきてもらいたいです。
…きっとビデン村に居た頃は、けん玉とかパズルロックとか、剣士ごっご用の木製玩具を作って子供たちに配っていたのかもしれませんね。
訓練場に籠った熱気を優しく打ち消してくれるような涼やかな風が流れ込んでいた。
午前の訓練を終えた騎士たちはそれぞれ武具を片づけ、昼食の予定や午後の業務について話していた。
ベリルもまた、先ほどまでの指導が落ち着いたため、一息入れていた。
昨日行われた模擬戦が騎士たちの刺激になったのだろう。
皆いつも真面目に取り組む者たちばかりだが、今日の稽古ではより気合が入っていた。
そうして場内が活気で溢れることは、指導者としても気持ちいいものだった。
ベリルは使用していた木剣の点検をしつつ、柔軟中のヘンブリッツの下に歩いた。
額には汗が残っているが、その表情は明るい。
「……そういえば、昨日の帰り道のことなんだけど」
不意にベリルが切り出した。
「夕食会のあと、一人で宿に戻る途中。スリに遭遇しかけたんだよね」
そう言って懐から小さなペンダントを取り出した。
素朴な装飾品だが大切に扱われていたのだろう。目立つ傷はなかった。
「犯人が慌てて逃げる時に落としたと思うんだけど。
……都市だと、こういう時、どこに届ければいいのかな」
ベリルの言葉にヘンブリッツがタオルで汗を拭いながら答える。
「エミヤ殿からも少し伺いましたが、たしか魔法を使う者とのことでしたね。
そちらのペンダントが盗品なのか、あるいは何か事情があるのか判断できかねますが、
いずれにせよ、騎士団の預かり所に届けるのが妥当かと思います」
後で案内しますよ、と話すヘンブリッツに感謝を告げるベリル。
昨夜はエミヤが夕食会の後、片づけをすると残っており、模擬戦後の疲労した身体に
適度にアルコールも入って上機嫌になっていたベリルが一人宿まで歩いていたところ、
見知らぬ少女にスリをされそうになったのだ
結果として防いだため被害があったわけではないが、事情を尋ねようとした際に
少女が突然火の魔法を使ったため驚いたベリルは取り逃し、後に残ったアクセサリーを拾ったのだった。
とはいえ、ベリルも少女を捕まえたいわけではなく、あの年齢で犯罪に手を出していることが気にかかっている。
そして今朝訓練場に向かうまでにたまたまエミヤと会ったので話を共有したところ、
アクセサリーを魔術的に"視て"もらい、特に危険な仕掛けや手掛かりはないとのことだった。
そのエミヤは、というと、夕食会の際に魔法師団の教頭と会話していたらしく、午後は魔法学院に呼ばれているらしい。
落とし物を届けるだけだから、ヘンブリッツ君に聞いた道なりに行けば済む話だろう。
そう思いながらも、どこかで少女への心配が離れないベリルだった。
◇ ◇ ◇
ベリルとヘンブリッツがアクセサリーについて会話していた時、エミヤは単独で魔法師団の学院へ向かっていた。
昨夜、ファウステスから「礼として、こちらの魔術を少し見せよう」と誘われていたのだ。
バルトレーン魔術師学院――
学院は荘厳な建築物で、尖塔が並び立ち、空を切り裂くようにそびえている。
魔術支部となると生前訪れたロンドンの時計塔を思い浮かべるが、あちらよりの陽の気配を感じる。
…いや、それは時計塔が魑魅魍魎の根城とも言える場所だっただけだろう。
エミヤは慣れた手つきで、出入り口に入る前に小さな構造把握を展開した。
危険な場所や魔術関連で見知らぬ場所に入る際に行う際、非力な自分の生存率を僅かでも上げる為のもので、
こちらの世界でも癖のように行っていた。
だが――
「……っ」
まるで膜に触れたように、術式が弾かれた。
一瞬、ひやりと背筋が冷える。
同時に、己の内側を覗かれたような、妙な感触があった。
「……なるほど」
表情は崩さず、エミヤは足を進める。
(外部からの監視とは異なるようだが……詳細までは掴めん。後でルーシーに尋ねるか)
学院内では、ファウステスが迎えてくれた。
広間に通されると、ファウステスは既に幾つかの術式を展開していた。
光の線が空中に走り、幾重もの魔方陣が淡く明滅している。
それは図形というよりも、回路を立体に組み上げた模型に近い。
「……どうかね、エミヤ殿」
ファウステスの視線を受け、エミヤは静かに光景を眺めた。
「……成る程、今見せてくれたものは、“力の流れ”を強引に形にする術理か。
力学としてなら理解できる。類似した挙動であれば私の知る魔術でも再現できそうだ」
ファウステスが見せる数種類の魔術に対して、自身の知識にある魔術との類似点や差異を視ていく。
似ているものもあれば、全く異なる部分もある。
例えば魔術刻印といった"私の世界"では魔術師にとっての生命線と呼べるものが、こちらの世界には存在しない。
仮に両親共に魔術の心得がなくても、突然子どもに魔術の発芽が発生するといったものである。
魔術の素養を持つ者が見つかりづらく、研究のために重視されるかも想像に難くない。
一方、ファウステスは説明を続け、時折こちらを探るように目を細めた。
受け答えをする中でエミヤから得られる情報は、長く魔術に浸っていた身でも知らない知識が溢れている。
無論、それらの知識が活用できるかは定かではない。
それどころか実現可能性の低いものであれば、むしろ学生たちに聞かせてしまうと混乱してしまうだろう。
だが、今後エミヤと同じような魔術師が現れないとも限らない。
知識は交渉材料にもなり武器となる。
なにより…未知への理解や研究は、年老いた彼でも心躍る。
彼もまた、長い生涯、魔術と向き合ってきたのだ。
理解できるからこそ、届かない。
理解できないからこそ、見えるものがある。
穏やかな調子でいくつかの術式を披露し、互いに学術的なやりとりが続く。
理が異なる未知の魔術に触れる機会はエミヤにとっても貴重であり、同時にファウステスの誠意も受け取れる。
やがて時間も遅くなり、エミヤは辞去することにした。
◇ ◇ ◇
学院を出たところで、ふと人影が視界に入った。
通りを歩いてくるのはアリューシアと、その隣に並ぶルーシーだった。
「……おや」
アリューシアが気づき、歩みを止める。
「エミヤかの、ファウステスの所に行っておったんじゃな」
ルーシーは軽く手を上げ、少し悩むそぶりをしてから続けた。
「ちょうどいいの。
これから騎士団へ行くのじゃ、お主も同行してくれるかの?」
「……私が?」
「うむ。もしかしたらお主にも尋ねる話になるかもしれないからの」
それ以上の説明はなく、ルーシーはすでに歩き出していた。
どうやらアリューシアが魔術的な観点で助言を請うためルーシーを呼びに行ったらしい。
エミヤはわずかに眉をひそめつつも、結局その後を追うことにした。
胸中には、学院での違和感が僅かに残っている。
だが――まずはルーシーたちが向かう先を確かめるのが先決だろう。
騎士団の応接室は、石造りの壁がひんやりとした空気を留めていた。
外の喧騒が嘘のように遠のき、ここだけがまるで別の世界のように静まり返っている。
先ほどまで若者集う賑やかな学院に居たからか、よりギャップを感じたのだろう。
窓から差す陽光は柔らかいはずなのに、床や机の影をより濃くして、部屋全体を重苦しく染めていた。
その一角に、ベリルと一人の少女が向かい合っていた。
その正面の椅子には小柄な少女が座り、不安を隠して強気な姿勢を保とうと手を握りしめている。
「エミヤも来てくれたのか」
ベリルが声をかける。
「……事情を聞いたほうがよさそうだな」
エミヤは室内に入り、少女へと視線を落とした。
「ミュイ、と言ったな」
ルーシーが少女に名を告げる。
だが返事はなく、唇を噛んで黙っている。
ルーシーは穏やかな声で続けた。
「話はアリューシアから聞いておる…蘇生魔法を使えると唆された、との」
「っ!?そんなわけない!魔法はあるはずなんだ、誰だが知らないけど嘘を言うな!」
唆された、といった言葉に取り乱す少女。
部外者であるエミヤは部屋の端に立ち、彼らのやり取りを見守っていた。
曰く、少女は――ミュイ・フレイアは、昨夜のベリルへのスリを試みた者。
少女には亡くなっている姉がいて、生き返らす魔法を使うためには大金がいると言われていること。
ミュイはお金の工面のため、ミュイを騙した大人たちの下、小さな犯罪組織――"宵闇の魔手"の中で、スリを繰り返している。
落としたペンダントは、姉が着けていた母親の形見、と。
彼女の言葉に、エミヤは目を細めた。
(やはり……ペンダントの持ち主か)
目前の会話は、落ち着きを取り戻していった。
ルーシーとベリル、アリューシアがミュイに配慮しながら、説得を続ける。
やがてミュイは唇を震わせ、掠れる声で答えた。
「…本当に、本当に生き返らせる魔法は、ないのかよ…」
ルーシーはゆっくり首を振った。
「ない。誓って、存在せん」
「嘘……そんな……」
ミュイの顔が絶望に歪む。
椅子から立ち上がろうとするが、アリューシアが優しく肩に手を置いた。
ベリルが視線を送ってくる。
「……エミヤは、何か知っているか?」
その言葉に、室内にいる誰もがエミヤに視線を集める。
ベリルはエミヤが異なる世界の魔術師であることを知っている。
そして、ルーシーも薄々感づいていたからこそ、この場に呼ばれたのだろう。
未知の話であるならば、可能性があるかを確認するために。
エミヤは静かに息を吐いた。
「……"私の知る魔術"でも、蘇生の魔術は存在しない。
死は不可逆だ。どれほどの代償を払おうと、取り戻すことはできない」
ベリルたちに灯っていた未知に対する極めて僅かな希望を、切り捨てる。
代わりに、彼の胸中には魔術師としての冷徹な思考が巡っていた。
(第三魔法――「魂の物質化」。死者の魂を現世に固定し、現実に顕現させる術理。確かにそれは結果だけ見れば“蘇り”に近しいが)
(この世界の魔術体系では、到底到達できない。仮に術理を知っていても、実現できるはずがない)
魂と肉体の関係を断たれた者を、完全に「元通り」にはできない。
何より、あの領域は魔術師の世界でさえ伝説と呼ばれる奇跡。すなわち"魔法"。
このような子供を騙す輩が知っているわけもない神秘。
視線の先で泣きそうに俯くミュイを見ながら、エミヤは奥歯を噛んだ。
だが、エミヤの胸に広がったのは同情ではなかった。
(……子供を利用するのか。しかも“死者の蘇り”なんて、最も浅ましい嘘で)
拳を握りしめる。だが表情は崩さず、ベリルと目を合わせた。
ベリルの瞳にも、同じ怒りの色が宿っていた。
◇ ◇ ◇
ルーシーが口を開く。
「真実を突きつけても、納得はできんじゃろ。ならば、直接連中に問いただすのが一番早いの」
「そんなの無理だ!宵闇は魔法をいくつも持ってるし、手下が何人もいるんだぞ」
怯えた声でミュイが反論する。
だが、その言葉にたじろぐ者は、この場にはいなかった。
「心配はいらん」
ルーシーの声音は、落ち着き払っている。
「わしが行く。目立つ騎士団は連れられんが、大人2人で十分じゃろ。ベリル、お主も来るじゃろ?」
ルーシーの言葉に「うん、行くよ」と即答するベリル。
穏やかなその声音には迷いがなく、むしろ静かな怒気が潜んでいた。
エミヤは口を開かず、ただ二人を見送る構えをとった。
彼自身も怒りを抱えていたが、ここは彼らに任せるのが最善だと理解していた。
二人ならば、心配はない。
ルーシーはすでに準備を整えている。
ミュイを伴い、ベリルと共に扉の方へと向かった。
扉を開ける前、ルーシーが振り返る。
「すぐに終わらせてくるからの。お主らには"その後"を頼もうかの」
短く、しかし確かな信頼を込めた言葉。
エミヤは頷き、目を閉じた。
(……“その後”か。だが、相手がどんな連中かは見えてきた)
扉が閉まり、足音が遠ざかる。
残された応接室で、エミヤは窓外に視線をやった。
彼の胸の奥では、冷たい火が静かに燃え上がっていた。
「……さて。備えをしておくか」
その声は誰にも届かず、ただ石壁に吸い込まれていった。