片田舎の剣聖 錬鉄の英霊   作:ナチュル志保

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いつも反応やご感想、ここすきなど、ありがとうございます。
急に冷えてきましたので、皆さまお体にお気をつけてお過ごしください。
原作と異なる展開になっておりますが、温かな目で引き続き見守っていただけますと幸いです。


【弐章・第5話】『悪党と狩人』

宵闇が捕らえられたのは、夕刻をわずかに過ぎた頃だった。

ルーシーとベリルによる襲撃の末、アジトで倒れた彼は、抵抗の余地もなく拘束された。

手下たちや多数の魔装具を所持していた宵闇だったが、完膚なきまでの制圧だった。

 

焦げた外套。打撃痕。全身には簡易の拘束符。

魔法師団長の魔術を受けた身体からは、かつての威圧も影もなく、ただ乾いた風が吹き抜けるような空虚さだけが残っていた。

 

護送馬車の荷台に座らされた宵闇は、ぼんやりと夕焼けの空を見上げていた。

血の滲んだ包帯が、風にかすかに揺れる。

目に力はない。

それでも、どこか達観したような微笑みを浮かべていた。

 

「……ちっ。ここまでかよ」

 

呟きに返す声はない。

馬車を操る騎士たちが彼を一瞥するが、言葉を交わす者はいない。

宵闇に残るものは、もはや敗者としての静けさだけだった。

 

やがて、牢の近く。

見送りに来たのか、一人の男が馬車の前に立つ。

夕日に照らされる白い髪、灰銀の瞳。

腰に剣を指していないにも関わらず、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせている。

 

エミヤだった。

 

騎士たちが彼の素性を知っているのか、わずかに姿勢を正す。

「確認だけだ、騎士団長には許可を取っている」と短く告げ、エミヤは馬車の傍に歩み寄った。

 

「……何だ、あんた。見送りか?」

 

「いや、少し気になることがあってな」

 

淡々とした声に、宵闇は鼻で笑う。

その笑みは嘲りにも似ていたが、力はなかった。

 

エミヤは何も言わず、宵闇の胸元を見つめる。

その瞳の奥で、淡い光が瞬く。

構造把握――身体に"異質"がないか確認する魔術。

 

そして、宵闇の体には想定していたものがあった。

 

(……これは、外部から仕込まれた呪具?いや……魔装具か)

 

胸骨の裏側、心臓のすぐ上。

宵闇の魔力線に寄生するように、見慣れぬ呪刻が絡みついている。

まるで命令を隠すように、細い鎖が螺旋状にめぐっていた。

 

「――動くな」

 

短く命じ、エミヤは片手を掲げた。

 

「――トレース(投影)、オン(開始)」

 

掌に白い光が集まり、冷たい金属の形が現れ、歪な短剣が形をとった。

その刃は薄く、光の角度で紫紺にも銀にも見える。

 

「破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)」

 

エミヤは低く呟き、刃を構えた。

 

宵闇が眉をひそめる。

 

「……おい、なんだそれは」

 

「黙っていろ。今のままでは、お前の命が保たない」

 

声は冷たいが、そこに脅しの響きはなかった。

ただ、事実を告げるような静けさ。

 

刃先が宵闇の胸に軽く触れた瞬間、微細な光の線が走る。

魔術の鎖が弾け、沈黙していた回路が一瞬だけ悲鳴のように震えた。

宵闇の身体がわずかに跳ねる。

 

「――がっ……!」

 

痛みよりも、何かが“抜けた”感覚。

視界が白く滲み、息を吸い込むと、胸の奥の違和感が消えていた。

 

エミヤは刃を下げ、静かに吐息を洩らす。

 

「……間に合ったな。口封じの術式だ。おそらく発動すれば、お前の心臓が焼け落ちていた」

 

宵闇は目を見開いた。

信じられない、というより、理解が追いつかないといった顔。

 

「……助けた?俺を?」

 

「勘違いするな。お前が生きていれば、黒幕の所在がわかる。打算だ」

 

冷ややかな声。

だが、その奥に、どこか微かな“人の情”が残っていることを、宵闇は直感で感じ取った。

 

「……あんた、優しいな」

 

「違う。ただの愚か者だ」

 

エミヤの目は、どこまでも静かだった。

宵闇はその視線の奥に、自分とはまるで違う世界を見た気がした。

 

「……あのガキ…ミュイはどうなる?」

 

その問いには言外に心配をする気持ちが隠れていたことをエミヤは悟った。

この男は犯罪者であり子供を分かっていて使用していた者だ。

そのような男にも、恐らく少女と過ごした中で僅かに芽生えた情があった、のかもしれない。

その背景まで知ることはできないエミヤだが、今の発言には情報を悪用しようとする意図は感じ取れなかった。

 

「私が知るところではない、そしてお前に伝える情報もない」

 

「…そうかよ」

 

「…だが、人並みの暮らしが出来ることは私が保証しよう。

二度と貴様のような者たちとは会わないだろう」

 

「………そうか」

 

乾いた笑い。

エミヤはわずかに眉を動かしたが、言葉は返さない。

 

「……そうか」

ただ、それだけ。

 

それでも、宵闇にはそれで十分だった。

 

エミヤは短剣を霧のように消しながら、低く呟く。

 

「お前が語るべきことがあるなら、牢の中で語れ。

想いを馳せる"何か"があるのなら――生きて、償え」

 

その言葉は、まるで矢のように、静かに宵闇の胸に突き刺さった。

理解ではなく、実感として。

 

やがて護送馬車が動き出す。

夕陽の中、宵闇は揺れる荷台から小さく後ろを振り返った。

白髪の男はもうこちらを見ていなかった。

 

ただ、風に溶けるように背を向け、ゆっくりと歩き去っていった。

 

宵闇は、揺られながら、あの日拾った少女のことを思い出していた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

静かな夜が街を包んでいる。

月明かりが路地の石畳を淡く照らし、窓の隙間から漏れる蝋燭の灯が揺れている。

 

宵闇を収監した牢屋へと続く通路を、教会騎士団の隊長"シュプール"と、もう一人の腕利き騎士"ギャミ"が歩を進めていた。

甲冑の上から纏う団服は漆黒を基調とし、フードと仮面で顔を隠している。

剣を帯びた姿勢には隙がなく、暗闇でもその存在感は強い。

 

「……もうすぐだな」

 

シュプールの低い声。

隣の騎士が頷く。口数は少ないが、互いに意思疎通は問題ない。

共に手練れであり、死線を潜ってきた者たちだ。

 

 

 

"スウェン教"バルトレーン教会。

そこに所属するレビオス司教こそ、宵闇に指示を出していた者だ。

そして、司教が集めた私兵は腕が立つ者ばかりであり、その中でも一人噂が広まっている猛者が、"騎士狩り"シュプール。

 

宵闇が騎士団に捕まったという情報に、教会が動いたのだ。

本来は護送中に宵闇に取り付けていた自決魔装具による口封じを想定していたが、

今回の捕縛に魔法師団が関わっていたことが判明したため、牢に着いてから発動するはずだった。

 

その魔装具が"何故か発動しない"事象が判明した際、シュプールは誰よりも危険性を危惧した。

不測の事態に備えて暗殺を指示していた信頼できる私兵と同行し、二人で確実に仕留める。

闇夜に紛れた暗殺計画であった。

 

 

 

沈黙の中、シュプールは背後を少し振り返る。

仮面の下の眼差しが鋭く光った。

 

路地裏を進む。表の賑わいに隠れながら、静かに迅速に向かっている。

この先で、牢の裏口が控えている。

護衛の騎士団員も数名、灯火を携えて周囲を警戒していたが、彼らの手であれば数秒で制圧できるだろう。

 

だが、牢までの道の途中に遮るように現れた男がいた。――エミヤだ。

 

彼は静かに剣を構えて立ちはだかる。

 

「通さん」

 

刃の影を帯びた声音。

 

シュプールは目の前の男が我々を襲撃者であると看破しており、暗殺を予期していたことを察する。

同行者に目配せをし、シュプールは一歩前へ。

 

「――アンタだな、計画の想定外は」

 

エミヤは片目を細めて応じる。

 

「答える必要があるかね?

確認するが、投降の意思は?」

 

シュプールが腰の剣を引き抜き、もう一人の騎士に指示を出す。

教会騎士も警戒の剣を構える。

その所作で彼らは回答を出した。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

刃が夜気を切る。

シュプールの剣は、細身の刺突剣。

その柄の装飾には教会の紋章めいた意匠が浮かぶ。

 

先制はシュプール。

一閃する刺突が、エミヤの胸元を狙う。

間合いの把握が正確だ。彼の意図を読んでいるかのよう。

その速さと威力は、初見で相手を殺す一撃。相手が熟練者であれど容易く命を刈り取る程の剣技。

 

だが、エミヤもまた、幾つもの窮地を切り抜けてきた戦士。この程度で後れを取る者ではない。

想定外の速さに目を細めながらも、その双剣は迫る死の点を冷静に逸らす。

返す対の剣がシュプールの腕に滑るが、シュプールもまた即座に距離を開ける。

 

そして、彼らの攻防が始まる。

 

シュプールの剣は一点集中の速さを持つ。

その突きは、装甲の継ぎ目や急所を狙う。

エミヤはそれを、干将莫邪の一振りで弾き返す。

 

鋼と鋼がぶつかる音。刃先の軋み。

暗闇の中、刃紋が淡く光る。

剣の応酬が続く中、エミヤは胸中で思考を巡らせる。

 

(この男、剣技だけでなく見切りも卓越している)

 

もう一名の教会騎士は既にこの場から離れ、牢に向かっている。

この男を前に他を気にすることは危険だと、エミヤにそう思わせる程の実力だった。

 

シュプールは静かに詠唱するような口調を浮かべる。

 

「…また借りるぞ」

 

その声と言葉の間に、わずかに光が宿る。

小さな閃光が柄や剣先を彩り、刃先に僅かな力が走る。

 

それは明滅する程度。

だが、卓越した剣士の剣を強化する時点で、十分な脅威となる。

そして相手の防御を剣技で切り崩す冷徹な剣士だ。

 

エミヤも折り合いをつけて戦う。

街中の戦闘ゆえに、地面に残る痕跡や投影宝具の発動は抑える。

つねに最低限の強化魔術に留めながら、剣を交える。

 

切り結ぶ。

刺突。

回避。

武器を弾かれるたび、エミヤは新たな夫婦剣を投影し牽制する。

 

シュプールは次第に攻勢を強める。

刃と衝撃の連打。体幹の良さを活かし、身体の震えを利用して隙を生む攻め。

その剣技は間違いなくエミヤより上であり、この世界で剣を交えた騎士団長やブラックランク冒険者よりも強い。

ベリルに匹敵する強さだろう。

 

刺突による死の点は次々とエミヤに迫る。

シュプールは崩れた体勢にも関わらず死の一撃を容易く打ち続ける。

受け損ねれば致命傷になる。焦れば死ぬ。集中が切れれば死ぬ。

 

求められる鋼の忍耐。精密な剣術。ミスを許さぬ思考と判断。

その全てを使いエミヤは対峙する。

 

 

 

シュプールもまた、戦闘が長引くことによるリスクを理解しつつ、離れられない。

この相手は防戦一方に見える立ち回りをするが、実態はこちらが攻め続けることを誘導している。

その守りは鉄壁と思わせるもので、幾度と致命傷を与える攻撃をしても受け流されている。

そして、離脱する隙を相手は与えないだろう。確信する。

 

何より――この男を今、無傷で逃した場合、どのような手段で追ってくるか分からない。

 

剣を交えて理解するが、こいつは剣士ではない。

ここまでの技量を持ちながら剣を手段としか考えていない。故に化け物。

 

同じ剣を複数用意する手品、魔装具の解除を行う未知の技術。

ただの魔術師であれば経験に沿った処理方法がある。

しかし、ここまで剣も使える魔術師となれば話は変わる。

 

(出来ればここで仕留めてぇが…)

 

相手が何者か分からない場合、剣士としては一対一で対峙できる時こそ好機だ。

暗殺のため先行したギャミの状況も気がかり。

この状況も時間が経てば、騎士団が駆けつけるだろう。

 

だと言うのに。

 

間合いを詰め、一息に入れた三度の刺突。

それぞれ相手の守りの構えに滑らすように差し入れ命を屠る凶刃。

………かつて、"彼女"が嬉々として話した術技。

剣の術理に沿った、俺用の剣技。必殺。

 

その剣技に対しても対峙する男、エミヤは心眼を駆使し、双剣にて防ぎきる。

決して余裕ある護りではない。しかし、例え同じ技を繰り出してもこいつは同様に防ぐだろう。

それほどの剣の使い手。これほどの戦士が無名だったとは悪い冗談だ。

 

 

 

互いに疲労の残響が肉体に現れる。

それでも刃は止まらず。

激しい斬り合いの中で、夜風が通り抜ける。

 

「……やはり、ただ者ではないな」

 

シュプールの声は静かだった。

その口調には、敵を認める気配がある。

フードの奥で、鋭い視線が紅く揺らめく蝋火を映した。

 

「お前もな」

 

エミヤが応じる。

干将・莫邪が火花を散らし、再び重なり合う。

互いに手数は減らない。呼吸が整っている。

ここまで斬り結んでなお、剣筋に乱れがない。

戦い慣れた兵士同士の沈黙が続いた。

 

――その沈黙を破ったのは、遠くで響く轟音だった。

 

街の北端。

爆発の閃光が夜空を染め上げる。

彼らが事前に取り決めていた“作戦失敗時の合図”、自死の爆破。

 

シュプールの表情がわずかに揺れた。

それは怒りであり、悲しみ、そして覚悟を示す目の色だった。

 

「……ここまでか」

 

「合図か。逃亡を許すとでも?」

 

エミヤが低く呟く。

 

「俺の"役目"はまだ終わらねぇ。だから、ここで捕まるつもりもねぇ」

 

シュプールの声に揺らぎはない。

 

「だが、てめぇもそのままでは帰さねぇ」

 

エミヤの瞳がわずかに細まる。

敵対者の男は魔力の流れを次の一撃に込めている。

決死の一撃。その合図だと経験から悟る。

 

「――トレース(投影)、オン(開始)」

 

わずかに、足元の影が動いた。

次の瞬間、エミヤの手には新たな剣が握られていた。

双剣の残光が消え、その位置に現れるのは、紅く光を帯びた一振り。

 

「――投影、完了」

 

黒塗りの剣。しかし、刃から放たれるのは、血のような光を仄かに纏う。

名を持つ剣。

かつて、戦士ベオウルフが魔獣を屠ったという、復讐と追跡の象徴。

 

赤原猟犬(フルンディング)。

 

「……ッ、切り札か!」

 

シュプールの瞳が見開かれる。

霊的な剣圧が空気を裂き、石畳を震わせた。

 

――この時。

実力者たる彼らは、同時に自身への被弾を覚悟した。

シュプールは後に奇跡による回復を考慮し――

エミヤは自身が傷ついてもなお、相手へ傷を与えることを優先した。

 

表が慌ただしくなり始めたその瞬間。

 

――空気が震えた。

 

示し合わせたかのように、互いに相手へ迫る。

シュプールの一刺しはエミヤの右肩を容易く貫いた。

肉を抉る激痛にエミヤは一瞬顔を顰める。しかし、それだけ。

 

エミヤの黒剣はシュプールの鎧を砕き、横腹から噛みつくように切り込んだ。

シュプールの回避の動作があと一瞬でも遅れていれば、鮮血だけでは済まずに命を奪うものだった。

 

共に深手を負うが、もとより被弾を覚悟していたため、次の動作も早い。

そしてシュプールの戦法は例え回避により崩れていた体勢からでも、死の剣戟を放つこと。

そこまで想定したシュプールの追撃は、いくらエミヤ程の戦士と言えど、不可避。

例え、見えていても、理解していても、剣士である以上、自身の反応が追いつかないことを悟る。

もはやこの場面、シュプールの連撃から逃れる剣士は存在しない。

エミヤの死が確定した。

 

 

 

――そして、エミヤが持つ魔剣は、主の死による終戦を許さなかった。

 

 

 

「ッ!?」

 

シュプールは命を刈り取る一撃を、自身に叩き込まれる追撃への防御に回すしかなかった。

エミヤの持つ魔剣の一撃を逸らす。

 

“狩人の牙”が標的の命を捕らえる。

理解できない挙動、人体の、筋肉の動きから外れたかのような軌道を寸前で躱したシュプールだが、

猟犬は主の傷もお構いなしに、獲物を追い続けるかの如く迫り続ける。

 

三度防げば、シュプールもこの魔剣の特性が理解できた。

剣が主の命令に背き振るわれるなど、聞いたこともない。

しかし、いつからか赤く脈動を始めた魔剣には、絶対の意思を感じた。

 

シュプール程の剣士であれば、対処はできる。

しかし、シュプール程の剣士と言えど、すぐには対処はできない。

そして、その時間は、もう残されていない。

 

「……痛み分けかよ」

 

互いに距離を取る。

シュプールは剣を下げ、構えを解き、即座に離脱の用意に移行した。

エミヤもまた、追跡を試みようとするが、魔剣による無理な動作も合わさり、十分な力が出せなかった。

流血していることも原因の一つだ。

 

「逃げれるなどと思わぬことだ」

 

エミヤの言葉を合図にしたかのように、シュプールは一歩、二歩と後退し、闇の中に消えた。

 

エミヤは手にしたフルンディングを見つめる。

その剣はまだ血の匂いを追い続けている。

投影を解くことなく、エミヤは鞘のようにその光を握り締めた。

 

これが、エミヤがこの武器を選択した理由。

自身の自決を厭わぬ集団であれば、求めるべきは癒えぬ呪いではなく追跡の術。

この猟犬であれば、一度食いついた血の味を覚え、居所を突き止めるだろう。

 

(まだ終わっていないな)

 

夜が深まる。

傷を負った身体に活を入れて、エミヤもまた歩き出す。

静けさの中で、エミヤの影だけが街路に伸びていた。

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