読んでいただけること、感想やここ好きなど反応をいただけること、本当に嬉しいです。
本章も次話で落ち着く予定ですが、引き続き温かく見守っていただけますと幸いです。
夜はまだ終わらなかった。
月が沈み、東の空が白みはじめる頃──エミヤは狩人の眼で街を見下ろしていた。
高台に聳える石造りの塔。その屋根の上で、彼は膝をつき、風の流れと空気の匂いに意識を集中させる。
片手に握られているのは、なお血の匂いを宿す魔剣。
呪いを帯びた光は淡く脈打ち、狩人に獲物の居所を告げるように、微細な赤い残光を放っていた。
──教会区。
その光が向かう先に、昨夜の襲撃者が潜伏している。
エミヤには追跡の魔術を使用することはできないが、宝具・赤原猟犬(フルンディング)の特性を利用した。
一度血を啜った魔剣は、獲物の味を忘れないと言うかの様に、主人の索敵に協力した。
とはいえ、この魔剣は匂いを覚えた相手に近づく度に、僅かに魔力が猛るといったものである。
そのため、通常の追跡魔術とは明らかに利便性が異なり、労力を費やすものだった。
昨夜の戦闘後、傷を負ったエミヤは自前の回復薬を使い息を整えた後、単身で追跡を試みた。
襲撃者の血痕を追えたのは序盤だけであり、加えて追跡を想定していた逃走経路は追手を撒くものだった。
この結果も考慮していたエミヤは、そのまま魔剣の輝きを頼りに、文字通り一晩中歩きながら探し当てたのだ。
"スウェン教"バルトレーン教会。
こちらの世界の世情にまだ詳しくないエミヤだが、襲撃者を匿うのであればこの教会は関係があるだろうと考える。
しかし、教会に所属する者すべてが関係者かまでは、今の情報では判断できない。
過去、企てを阻止するため、例えエミヤ自身の意思と反していても"全て"を処理した。
だが、黒幕の真の目的が不明である以上、現状その行動を選択するには早すぎる。
なにより──
静寂の奥でかすかに響く鐘の音と、遠くの鳥の声が夜明けを告げていた。
もうじき朝になる。捜索に時間をかけ過ぎた。
朝になれば、一般人の他にも、巡礼や信徒が動き出す。
つまり強襲をかけても騒ぎとなり逃げられるリスクが増えるだろう。
そうとなると、エミヤが取る選択として、"監視"を選んだ。
エミヤは強化した身体を駆使し、屋根の上を静かに渡り、王国内の橋を越えた先にある建物に身を潜めた。
エミヤの視力でなければ目視は不可能な距離。
相手に感づかれる可能性を取り除くため、物理的に距離を空けることにした。
風が吹く。
湿った土と石灰の匂いを鼻腔に感じながら、エミヤは息を潜めた。
その双眸は鷹のように鋭く、わずかな揺らぎをも捉える。
それが、彼の「目」だった。魔術的強化ではなく、戦場を渡り歩いた結果として鍛えられた、鷹の目。
(動きはない……。日中に動けば目立ちすぎる。逃げるなら夜だ)
思考を整理する。
もし相手が夜を待たずに動けば、追撃して仕留める。
日中に潜伏を続けるなら、夜を待って制圧に入る──それが今夜の方針だった。
彼は崩れた屋根の影に身を沈めた。
日光を避け、建物の陰から陰へと視線を巡らせ続ける。
その動作には焦りも苛立ちもない。
狙撃手としての工夫。思考と心を鎮める。
時が来るまで忍ぶ。それがエミヤという男の在り方だった。
◇ ◇ ◇
同じ頃、騎士団庁舎にある訓練場には、朝靄が立ち込めていた。
砂を踏みしめる靴音、木剣を振るう音。
揺らぎのない素振りは、まだ冷たい空気を震わせる。
ベリルは黙々と剣を振っていた。
体の節々が僅かに重く、昨夜の戦いの疲労が残っている。
とはいえ、大がかりな戦闘をしたわけではない。
肝心の宵闇との戦闘自体もルーシーが一人で片づけてしまった。
では何故か。答えは歳だ。
ミュイの話を聞いてから、いつもより気持ちの高ぶりが多い日だった。
そして、ゴロツキ達をミュイに配慮しながらあしらったこと。
それらの日常とは違うことをした時、歳を取ると見えない疲れが溜まるのだ。
実のところ本人は気づいていないが、気持ちの落胆もベリルの疲労の原因になっている。
昨夜の襲撃では、肝心のミュイのお姉さんに関する手掛かりが得られなかった。
戦闘後もアリューシアやルーシー達が襲撃に関する事後処理を行ったため、
子どもに対する非情を許せないと憤った気持ちが、僅かに発散できていなかった。
もちろん適材適所であり、そもそも田舎上がりのおっさんじゃ何も出来ないと頭では分かっているのだが、
ベリル自身の性格も合わさり、俺役に立ててなくね、といった気落ちがある。
だが、身体に疲労が残っていたとしても、手を止めることはない。
剣を置くと、心が鈍る。
それを彼はよく知っていた。
そして、剣が心身を整えることも、彼はよく知っていた。
本当はこの後ヘンブリッツ君と打ち合うなどして、調子を整えたかったのだが、
他の騎士団員から聞いたところ昨夜任務があり、負傷してしまったようだ。
とはいえ、怪我も既に治りかけており、今日の修練は大事を取って休む程度のものらしい。
ふと、訓練場の端から声がかかる。
「先生、少しお話したいことがあります」
声の主はアリューシアだ。
騎士団長としての威厳は保ちつつも、その表情には昨夜から続く不穏の影があった。
アリューシアについていくと、庁舎から離れ、大きな屋敷に案内された。
そこはルーシーの屋敷であり、その広さには思わず固まってしまうベリルだった。
…使用人を見た時も固まるベリルをアリューシアがフォローしながら、二人はルーシーの下にたどり着いた。
部屋にはルーシーの他に、イプロイと呼ばれる白髪交じりの男性。
年齢はベリルより上と思わせる姿は、ローブに身を包み椅子に腰かけていた。
「ベリルや、昨夜の件は聞いておるかの?」
「牢への襲撃があった、というのは道すがらアリューシアから聞いたよ」
「先生には詳細は話せておりませんでしたが、その襲撃──宵闇を狙ったものだと判明しました」
そこでベリルは、ここに呼ばれた理由が少し分かってきた。
つまりは宵闇に関連する話、そしてミュイのお姉さんに関する話も出てくるかもしれない。
ベリルは気を取り直して、彼らの話を聞いた。
「つまり、黒幕は、そのレビオス司教ってことなのか?」
「まだ断定はできないけどね。
ただ、彼の教会の動きが妙であること、君が話してくれたゴロツキの中にいた剣士の情報、
そして宵闇の魔装具や昨夜戦闘をした騎士団副長君の話を合わせると、間違いないように思えるね」
ベリルの問いに、"スウェン教"バルトレーン教会、"司祭"のイプロイが応える。
彼はこの騒動に教会側から探りを入れていたようだ。
アリューシアもまた、宵闇からレビオス司教との繋がりがあることは聞き出したと話した。
しかし、接触の際は用意周到に行われていたようで決定的な証拠もなく、犯罪者である彼の発言は
周囲から信用を勝ち得るものにならない。
ベリルは腕を組み、静かに息を吐いた。
ここまでの話を聞いたところ、そのレビオス司教が黒幕のようだ。
ベリルには世情や不審な動きということは分からないが、地位や経験のある彼女らが
そうだと話すのなら、十中八九そうなのだろう。
しかし、そこまでわかっていても、止められない。
教会が絡む問題は、街の悪党を捕まえる話とは訳が違う。
ここに集う誰もに立場があり、動けない。ベリル以外。
ベリルが思い悩んでいる頃、話を変えるようにアリューシアが切り出した。
「もう一つ。昨夜、牢の付近で戦闘があったことが判明しています」
アリューシアの話では、剣による戦闘の跡が残っており、
状況的に宵闇暗殺計画の相手の一部を食い止めたと考えられる、とのことだった。
「まぁ、エミヤじゃろうな」
予期せぬ名前に驚くベリル。
だが、アリューシアはルーシーと同じように考えていたようで、頷いていた。
「あやつには昨日出発前に、そうした可能性を示唆して伝えていたからの」
「えぇ、ヘンブリッツとも襲撃の可能性について会話していたようで、時刻的にも一致しています」
「いちおう聞いとくが、ベリルには何か話していたかの?」
そう尋ねられて思わず唸るベリル。
何一つ聞いていなかったのだが、今朝の修練には参加していなかったことを今思い出した。
別に特別指南役はベリルが任命されているため、エミヤに参加の義務はないのだが、
律儀な彼は、今までも何か用事があるときはベリルに一報入れていた。
その彼が、誰に対しても連絡を入れていないことを考えると…
「エミヤは、たぶん今も監視してるんじゃないかな」
ベリルの言葉を興味深く聞くルーシー。
アリューシアも予想外の言葉に驚きつつも、ベリルの言葉を疑うことはなかった
「ベリルや。エミヤが連れ去られたり、負傷の療養をしているとは思わないのかの?」
「それはないよ。戻れる理由があるなら俺やアリューシアの所に顔を出してると思う。
誰にもその後の連絡がないのなら、相応の理由があると思う」
確信して話すベリルにルーシーはくすりと笑った。
「そうとなると、そのエミヤにも話を聞いた方が良さそうじゃの。
…ただ、それでも、やはりどうやって司教を捕まえるかは、考える必要があるの」
そうして、彼女らは司教の捕縛に関する会話を再開した。
だが、その話はどうしても時間を要するものばかりと思われる。
ベリルは内心に芽生えた焦りを考え、そして覚悟を決めて顔を上げた。
その顔を、アリューシアは傍で見逃さなかった。
そして、ドアの外で盗み聞きをしていた少女が立ち去る音は、誰も聞き取れなかった。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ、陽が高く昇る頃。
教会区を見下ろす高台に、再び風が吹いた。
エミヤは依然としてその場を動かず、冷徹な視線で標的の建物を見つめ続けていた。
その視界の端に、小さな光が飛び込んでくる。
光の鳥。──ルーシーの使い魔だ。
鳥は彼の肩に止まり、透き通る声で告げる。
『ようやく見つけたの』
エミヤは短く答えた。
「私を探していたということは…あの教会に関する話かね?」
『そうじゃ、話が早くて助かるの。
端的に言えば、お主が監視しておる教会の司教、レビオスという名の男が騒動の黒幕じゃ』
ルーシーの短い報告にエミヤは考えを巡らせる。
「ふむ。司教が黒幕となると、一筋縄ではいかないのだろうな」
『うむ、そこまで分かってくれるかの。
司教が黒幕と証言できる材料がなければ、問いただすこともできん』
エミヤは頷き、淡々と続けた。
「そして、君たちのような組織に属する人間がおいそれと乗り込むこともできない、か」
『そうじゃ。
たまたま都合よく、どこの組織にも所属しない者が偶然入り込んで、証拠を見つけてくれると助かるのぉ』
「白々しく言うものだな」
その隠そうともしないルーシーの演技に呆れた仕草をするエミヤ。
ここまでの流れは想定済みだったため、テンポよく消化していく。
「単独で制圧は可能だが、騒ぎになれば証拠もろとも消される。
忍び込むとしても、一般人が捌ける夜まで待つ必要があるな」
『うむ、手間をかけるが極力騒ぎにならない方法で頼みたいのじゃ』
「それは構わないが…奴らの私兵の中に高い戦闘力を持つ者がいる」
エミヤの言葉に、ルーシーの声の調子が少し変わる。
『お主が言うほどの者か、恐らく"騎士狩り"と呼ばれる奴じゃろ』
"騎士狩り"。
その物騒な通り名に納得するエミヤ。
たしかに彼の剣技であれば、同じ近接戦闘で対峙する者の悉くは容易く命を落とすだろう。
『して、その"騎士狩り"はどれほどの実力じゃ?』
「剣の才能であれば私の遥か上であるが、そのような人物は五万といるな。
何より初見の対応が難しい。君の知っている者で考えても、フィッセルでは厳しいだろう」
エミヤの言葉に『お主より剣が上の者が多くいると言われても信用できんわい』と軽口で返すルーシー。
とはいえ、実際に"剣の才能"だけで考えれば、過小評価ではない発言なのだが、
剣士ではないルーシーにはイメージし難い部分なのだろう。
「安全に遂行するのであれば、せめてこちらにも相応の実力者に加わってほしいのだが…
例えば、暇そうにしている"剣聖"など、心当たりはないかね?」
『あやつが"剣聖"と呼ばれてるなど知ると、真っ青になって否定するじゃろうが。
うむ、既にベリルにも頭出しはしておる。
アリューシアにも確認したが、あの様子なら今夜でも勝手に忍び込むじゃろ』
遠まわしに確認した根回しも完了済みのようだ。
エミヤとしては、もう少しお互い合意の上で計画を立ててほしいと考えるが、
どのみち、ベリルであれば心配は不要だろう。
そして、エミヤからベリルに依頼するのではなく、ルーシーのような役職者に切り出してもらう理由は、単純に報酬の話だと考えている。
この話は明らかにベリルやエミヤは傍観してもよい事件に過ぎない。
お人よしのベリルが命の危険を負ってまで関わるのであれば、相応の褒美が必要だ。
同時に保険にもなるため、ルーシーかアリューシアのような人物から秘密裡でも良いので依頼して欲しかったのだが、ルーシーから話しているのであれば、そこまで心配しなくても問題ないだろう。
それぐらいの信頼関係、人を見る目は養ってきたつもりだ。
なお、この思考に"エミヤへの報酬"が全く入っていないことは、エミヤらしいというもので、そこまで察しているルーシーは内心呆れていた。
「段取りは理解した。
私はここから教会の動向を視ているから、ベリルや教会側に動きがあれば作戦を実行しよう」
『うむ、頼むぞ。
…それにしても、なぜこんなに離れた場所にいるのじゃ?
お主、監視の魔術は使えんのかの?』
そうして、今になってルーシーはエミヤがこの場所にいる意味を尋ねた。
「君の言う通り、私にそのような魔術は使用できない。
潜入の術もあるが、不完全な方法では勘づかれる可能性があるからな。
原始的な方法に頼るのが一番信頼できる、というものだ」
『お主、万能に見えたが案外できないことが多いのじゃな…
うん?そうなるとお主、何時からそこにおるのじゃ?』
「何時から、という問いには今朝から、といった回答になるな。
生憎、追跡の手段もあまり効率の良い方法ではなかったから、一夜時間を要した」
使い魔越しに、ルーシーのため息が聞こえ、思わず顔を顰めるエミヤ。
『つまり、お主は昨夜実力ある襲撃者と対峙したうえで、一晩歩き回り、
碌に休まず寝ずにここで監視しておる、と。そういうことかの?』
エミヤが相違ないと答えると、先ほどより大きなため息が返ってきた。
…実は昨夜、肩を貫かれ流血がある状態で魔剣の無理な動きによりダメージになっていたことは伝えなくて正解だったか、と内心苦笑いをしているエミヤだった。
『………何か、欲しいものはあるかの?』
「ふむ。それではお言葉に甘えて、軽食と治療薬を頼めるかね」
すぐに届けてやるわい、という言葉を最後に使い魔はエミヤの下を離れた。
エミヤもまた、気持ちを切り替え監視の継続に集中する。
その眼差しの先で、教会の影が静かに伸びていた。
やがて、夜が再び街を包みこもうとしていた。
◇ ◇ ◇
──夜が、戻ってきた。
日中、街は何事もなく過ぎていった。
鐘の音も、祈りの声も、いつも通り。
だが、その裏では、いくつもの視線と策謀が静かに交錯していた。
夕刻。
ベリルは、教会区の外壁沿いに立っていた。
剣を腰に、夕闇の中に身を沈める。
既に太陽は沈みかけ、空の端は紫から群青へと変わっている。
この時間なら、人目は少ない。
あとは、自分の足で確かめるだけだ。
そして潜入した先で、同じように潜入したミュイと鉢合わせた時、
よく声を出さなかったと自分のことを褒めてあげたい。それほどの驚きだった。
実際には鉢合わせた互いに相手の口を咄嗟に塞いでいたから防げた話だった。
落ち着いてから聞いたところ、ミュイはルーシーの屋敷の話を聞いていたようだ。
たしかに昨夜はルーシーがミュイのことを引き取ると話していたため、その可能性があったにも関わらず失念していた。
それにしてもルーシーも自分の家なら、注意してほしかった。
そして、お姉さんの手掛かりがあるかもしれないと、少女は自分を奮い立たせて独り潜入しようとしたのだ。
ここで、この少女に帰れと伝えても、納得しないだろう。
今だけ頷いて、目の届かぬ場所で入るかもしれない。
それならば。
「ミュイ。一緒に行こう」
驚く少女に手を指し伸ばす。
ミュイはしばらく俯いていたが、やがて小さく頷いた。
その横顔に、どこか安堵の色が見えた。
◇ ◇ ◇
ベリルと少女、二人の侵入を確認したエミヤは、急ぎ教会に向かった。
ベリルへの心配はあまりないが、少女…ミュイが居るとなると、少しリスクも変わる。
同時に、ミュイを追い返さなかったベリルの心情も読み取れたので、彼らのフォローとして駆けつける。
道中、クルニと鉢合わせた。
彼女もまた、アリューシアの指示によりこの付近を巡回、という形でベリルのフォローの準備をしているらしい。
これから馬を手配すると聞いたエミヤは、最悪に備えてクルニに追跡用の魔剣を渡すことにした。
クルニ自身、人から剣を受け取っても使えないと言うが、エミヤから時間が経てば消滅する剣だと聞き、
エミヤの言葉を信用する形で預かることにした。
そして、代わりにクルニから受け取ったモノは、ベリルの新しい剣だった。
一目"視て"、この魔剣が相応の業物であることが読み取れた。
詳しくは聞いていないが、これが恐らくスレナ経由で作られたベリルの魔剣なのだろう。
最低限の会話を交わし、「エミヤさんも気をつけてくださいっす」との言葉を後押しに、再びエミヤは協会に向かった。
そしてエミヤが教会にたどり着いた時は、今にも馬車で逃走する瞬間だった。
二人の教会騎士がエミヤに気づき構えるが、すぐに制圧できるだろう。
エミヤが剣の投影を始め、射出する間際──教会の窓が破られ、内側から食い出た者が居た。
"ソレ"は人の形をしながら、人ならざる力を持っているようで、"ソレ"は3体。
生気のない仕草、操り人形とも取れる姿。
前の世界でも度々始末してきた──動く死体。
エミヤの表情が怒りに歪む。
「貴様ら、禁忌に触れたな!」
動く死体は馬車とエミヤの間に現れ、馬車を守るかのようにエミヤに襲い掛かった。
即時、照準を死体に変更し、躊躇なく投影剣を射出する。
死体の身体に剣が刺さり後ずさるが、それだけ。
再び死体はエミヤに向かって襲い掛かった。
動く死体は何かに操られている場合、何処かに核がある。
もしどこにも核がない場合は、最悪跡形もなく葬る覚悟をしながら対峙するエミヤに対し、
馬車の中から顔を出した男、レビオス司教はエミヤに向かってあざ笑う。
「はははは、まだ中から溢れて出てくるぞ」
司教の口元に、醜悪な笑みが浮かぶ。
幾つか剣を馬車に向けて射出するが、護衛の教会騎士によって弾かれる。
遠ざかる馬車に歯がゆく感じるが、あの男の言葉が嘘でなければ街が危ない。
エミヤは教会に入る選択しか取れなくなった。
数度切りつける中で、既に死体の核が心臓にあることを探し当てたエミヤは、
迫ってきた死体を切り伏せて、教会の中に向かった。
中に入り目にしたのは、同じように切り伏せられた死体。
部屋の奥から溢れてくる新たな動く死体たち。
そして、死体を切り伏せながら焦燥に駆られた表情の、友の姿。
状況把握は一瞬。
ここに少女が居ないこと、ベリルが焦る理由、連れ去られたのだろう。
そして、ベリルもまた、奥から出てくる新たな動く死体を放置できないから、留まっている。
──エミヤのすべきことは定まった。
即座にベリルの隣に立つ。
エミヤが現れたことに驚くベリルは、何から説明しようか一瞬思考する。
まったく、その配慮は不要だと言うのに、とエミヤは内心苦笑しながらも表情には出さず、
ただ、手渡された剣をベリルに押し付けるように渡して、一言。
「早く追いたまえ。此処は受け持つ」
はっとした表情をするベリルだが、それもまた一瞬で終わる。
エミヤの言葉の全ての意味を正しく理解したベリルは、すぐにエミヤに背を向ける。
「ありがとう。任せるよ」
その言葉に返事は要らないことを、互いに理解していた。
ベリルは走り出す──"役目"を果たすため。
エミヤは迎え撃つ──"役目"を果たすため。
──戦いが、始まる。
『ところでエミヤ、ベリルが寂しがっておったぞ。何も聞いとらん、と』
「特にメッセージは残していないが、彼なら気付くだろう」