片田舎の剣聖 錬鉄の英霊   作:ナチュル志保

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本話は、次の二章最終話の冒頭に入れようと前から考えていたものですが、
いざ用意すると文量が多くなり、前話の引きを損ねてしまうように思いましたので、
別枠として一度お出しさせていただきます。

しかしながら、本話は暗いシーンを含んでおります。
そして読まずに次の話をお待ちいただいても問題ございませんので、
もし弐章・第1話が苦手な方などは、避けていただけますと幸いです。


【弐章・第6.5話】『回想_赤を見た日』

"僕"は、自分が最後に見た外の景色を思い出せない。

 

僕が此処に来てから何日経ったのかも、あまり覚えていない。

大人たちの話から、此処が"研究所"って場所なのは知ってる。

僕は、初めから此処に住んでいたわけじゃない。

 

もっと前は、お母さんやお父さんと一緒に暮らしてた…と思う。

"前の記憶"は、もうちゃんと思い出せない。

 

優しいお姉ちゃんが教えてくれた。

此処に集められた子供たちは皆色んなところから連れ去られてきて、

入ったばかりの時に記憶を失くす…"まじゅつ?"を掛けられるって。

もし"まじゅつ"が上手く効かない子供はバラバラにされちゃうから、

今此処にいる僕たちは、皆前のことは覚えてないから心配しないでいいんだって。

 

その次に、気持ちを抑える薬?を飲み続けたから、怖い思いも辛い思いも分からなくなったって、

教えてくれたのは、いつもツンとした怒りっぽいお姉ちゃん。

この話をしてた時、優しいお姉ちゃんは悲しそうな顔をしてたけど、どうしてなんだろ。

 

この二人も、もちろん僕たちの本当のお姉ちゃんじゃない。

優しいお姉ちゃんは、この中で一番年上のお姉ちゃんで、優しくて皆を気にかけてくれる。

成績もこの中では2番目に良くて、1番成績が良いお兄ちゃんと二人で勉強したり、周りに教えてくれる。

…僕は、この中だと下から数えた方が早いくらい悪くて、大人たちは"出来が悪い"っていつも言ってる。

この前、また一人下の成績の子がエサになったから、僕ももう少しでエサになるのだと思う。いやだな。

 

怒りっぽいお姉さんは、大人たちが"特別"って話してる子で、研究所の大人の娘さん、だって。

"まじゅつ"のお勉強で、僕たちの近くで過ごしてノートに色々書いてくれてる。

いつも素っ気ないけど、前に僕が大人たちに"おしおき"されちゃった後に、こっそり治してくれたから優しい人だと思う。

 

大人たちはいつも難しい話をしてて、嫌なことばかりしてくる。

実験に使うのは、子どもの方が軽くて安くてちょうどいいって。

だから、僕は早く終わればいいのになぁって思いながら、いつも過ごしてる。

 

 

 

その日の朝は、特別な日だった。

久しぶりに夢を見た。

僕のことを叱らない大人たちと温かい場所で、テレビを見てる夢。

テレビなんて、今はもうずっと見てない。

 

テレビを見ながら、僕は飛び跳ねながら、その大人に何か話して、大人は僕の話を聞いてくれる。

きっと僕が好きな何かが映ってたのだと思う……何が好きだったか、思い出せない。

大人の人が、笑いながら頭を撫でてくれた……その人の顔も、声も、思い出せない。

なんだか泣きたくなるような、温かい夢だった。

 

 

 

飛び起きた僕は、今日がいい日になると予感した。

 

お昼の実験の失敗で、右手の小指が落ちた。今日はいい日なんかじゃなかった。

 

そのまま、他の子の実験が終わるのを待ってると、ドアの近くで怒鳴り声が聞こえた。

優しいお姉ちゃんが、いつもの大人に怒られてる。

なんでも、その大人はお姉ちゃんの成績がお兄ちゃんより低いのが嫌だって、お姉ちゃんばかり怒ってた。

この前、なんでお姉ちゃんばっかり怒るの?って聞いたら、蹴り飛ばされたから、それから黙って見てる。

…本当は嫌だけど、優しいお姉ちゃんがあの大人には近づかないでってお願いしてきたから、お約束を守ることにした。

 

この日も、いつものようにお姉ちゃんが連れ去られていく。

いつもは、しばらくしたらボロボロのお姉ちゃんが帰ってくるけど…この日は違った。

 

 

 

怒りっぽいお姉ちゃんが、珍しく慌ててドアを開けた。

僕たちに向かって、今すぐ逃げるか隠れてって、叫んでた。

お姉ちゃんが叫ぶなんて初めてだし、何が起きてるのか分からなくて、誰も動けなかった。

 

そのすぐ後、聞いたことのないアナウンスとサイレンが鳴りだした。

煩いぐらいのサイレンはずっと止まなくて、ドアの外の大人たちは慌ててた。

僕たちは、サイレンの音とお姉ちゃんの後押しで、皆ドアの外に逃げ出してた…僕を除いて。

 

僕は動けなかった。

何か大事なことがあった気がするけど、サイレンの音が煩くて思い出せなかった。

お姉ちゃんが僕に気づいて声をかけてくれるけど、動かない僕を見て、泣きそうな顔で走り出した。

お姉ちゃんを見送りながら、僕はこの部屋で蹲って、何か思い出そうとした。

 

 

 

どれだけ時間が経ったのか、分からない。

いつの間にかサイレンの音が止んだ時、僕はなんでこの部屋にいるのか思い出した。

そう、優しいお姉ちゃんを待たなきゃ。

お姉ちゃんが帰ってきたときに部屋に誰もいないと、きっと寂しいから。

 

部屋の外では、サイレンは止んだのに、大きな音が度々鳴ってる。聞いたことのない音。

僕は怖い、と思う。本当に怖いのかも、分からない。

 

不意にドアが開いた。

怒りっぽいお姉ちゃんが帰ってきた。顔が真っ青だった。

僕を見ると、急いで駆け寄ってくる。何か話してくれてるけど、分からない。

僕の手を引っ張って外に連れ出そうとしてくる。僕は抵抗して、叫んでた。

 

そうして僕たちが叫び合ってると、またドアが開いた。

そこには、全身赤まみれの、あの優しいお姉ちゃんが居た。

違う、お姉ちゃんじゃない、お姉ちゃんはあんなに腕も大きくないし、爪も大きくない。

でも、お姉ちゃんだ。違う、お姉ちゃんは、あの冷たい目で僕たちを見ない。

分からない、分からない、分からない、分からない

 

僕は思わず立ち尽くすと、怒りっぽいお姉ちゃんが急に僕を巻き込んで倒れてきた。

一緒に倒れた僕たちの上を、黒い影が通った。

 

目を開けると、壁が赤く染まっていた。

薬液の匂いと血の臭いが混じって、胸が苦しい。

顔を上げたお姉ちゃんの目は、もう“人間の目”じゃなかった。

 

怖い。分からない。

 

こんな時に思い出さなくていい気持ちが、僕をいっぱいにした。

震える僕の前に立つ怒りっぽいお姉ちゃん。何か言ってるけど分からない。

 

――ドン、と。

扉が破られた。

もうなんなんだ、やめてくれ。

頭は嫌だというのに、目が勝手にドアを見た。

 

紅い、紅いマントをした男の人が、立ってた。

赤い外套、銀の刃。

無表情なのに、炎みたいに見えた。

 

その姿を見た瞬間、急に、雷に打たれたかのように、僕は思い出した。

今朝夢で見たテレビ。昔、僕が好きだった「ヒーロー」。

悪い奴を倒して、みんなを助けてくれる人。

 

まるで――そんなふうに見えたんだ。

 

優しかったお姉ちゃんが呻く。

怒りっぽいお姉ちゃんが男の人に必死にお願いしてる。

 

怖かった。

でも、逃げなかった。逃げたくなかった。

思い出したから。僕の好きなもの。今も見てくれてるから、僕が頑張らないと。

 

だって、今も僕の傍で震えながら一生懸命話してくれてるお姉ちゃんは、ずっと優しいお姉ちゃんだった。

そして、今は身体も雰囲気も何もかも変わっちゃったお姉ちゃんも、ずっと優しいお姉ちゃんだ。

 

だから、僕は――前に出た。

お姉ちゃんを置いてはいけない。

お姉ちゃんがいつも僕にこっそり話してくれた言葉も思い出したから。

 

震える足で、お姉ちゃんの胸にすがる。

血の匂いの中で、必死に叫んだ。

 

「お姉ちゃん!思い出して!

僕たち、三人でここから逃げようって……約束したじゃないか!」

 

そのとき、一瞬だけ。

お姉ちゃんの瞳が、ほんの少しだけ震えた気がした。

口の端が、微かに動いた気がした。

 

そう思った瞬間だった。

 

熱い痛みが、首筋を焼いた。

視界が赤く染まって、世界が遠ざかる。

 

喉の奥が潰れて、息ができない。

お姉ちゃんの顔が、すぐ目の前にあった。

泣いているようにも、笑っているようにも見えた。

 

遠くで、銀の光が走った。

誰かが叫んだ。

 

ああ、赤い人だ。

やっぱり……ヒーロー、なんだ。

 

最後に、そう思った。

それだけを胸に抱いて、

意識は、真っ黒に溶けていった。




(補足)
本作のお姉さんの怪物化は、研究員の一人が焦って彼女に計画外の薬物を過剰摂取させたことによる影響です。
子どもたちは皆仲良く、憎み合うことは最初から最後までありませんでした。
そして、その中でも、まるで姉弟のように仲が良かったのが、あの三人でした。
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本作品におけるエミヤさんの過去回想を書かせていただきたい気持ちは前からありました。
それは、弐章における教会での戦闘を考えていたことや、壱章の最後でベリル先生と会話したときの"正義の味方"の道の重みを、本作品でも無くしたくなかったからです。

一方、弐章・1話を書いた後に、彼らの目線を書きたい気持ちが芽生えました。
エミヤさんは知ることが出来なくても、その残酷な一幕の裏で、救われない人たちの中にも、救いや終わりを届けることが出来た場合もあったのだと、そう思いました。

私の至らぬ文章では、ただきつい描写だけになってしまったかもしれませんが、
それでも、少しでも近いものが伝わってくださりますと、幸いです。
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