片田舎の剣聖 錬鉄の英霊   作:ナチュル志保

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【弐章・第7話】『祈りの果てに、刃は届く』

教会の外で"ソレ"らを切り伏せた時に残った感触は、いつか見慣れた地獄を思い出させた。

 

襲い掛かってきた"ソレ"らは、武装もなく、戦闘経験もないような姿をしていた。

彼は、商人の青年だろう。様々な困難と未来があったはずの額には射られた跡があった。

彼女は、信者だろう。皮膚が爛れている。辛い中、それでも神への祈りは欠かさなかったのかもしれない。

少年は、まだ冒険に興じていた年頃だ。事故か事件か分からないが、体の一部が拉げていた。

 

他にも叩きつけられた打撲傷や、病の痕。裂けた肉。

どの顔も、往時の物語を奪われたままそこにあった。

 

どのような人生であれど、死によって終わるはずの器が、人の悪意により利用されている。

弱者を悪意の器としたその行為は、世界が違っても変わらない。

 

そうした"被害者"たちの無念や願いも全て、俺は、切り伏せてきたのだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

一瞬黒に沈んだ意識が、浮上した。

 

ステンドグラスの光が差し込む静寂の中、埃と灰が入り混じった空気が漂う。

血の匂い。どよめく音。言葉無き訴え。

そのすべてが、現実のものとして戻ってきた。

 

エミヤは静かに息を吐く。

足元に転がるのは、"ソレ"の成れの果て。

腐肉を縫い合わせたような体が、奇跡という名の悪意から解放され停止していた。

筋肉が裂け、糸のような神経が覗いていた。

 

動く死体の核が心臓であることは見抜いていた。

故に、後は粛々と、対処できる。

 

「……これは、俺の役目だな」

 

つぶやきは、石造りの天井に虚しく反響した。

彼の眼には怒りも悲しみもなかった。

ただ、静かに、この理不尽を片付けるため、覚悟を宿した目だった。

 

 

 

教会という場所は、人が祈りを捧げるためにある。

けれど今は──祈りではなく、死が転がっていた。

奥から新たに溢れてくる"ソレ"らは、残り10体前後。

 

最初の一体がエミヤに向かって歩き出す。

その動きは直線的、意思のない動き。

しかしながら、人を遥かに超える筋力、そして傷や死を恐れぬ傀儡。

 

その光景は、一般騎士にとっては恐怖だろう。

予想できぬ動きや反撃を恐れぬ体当たりは、それだけで脅威だ。

特に、狭い教会内では、万が一囲まれれば力自慢でも容易く命を折られる。

 

…何より、無防備に迫る一般人のガワをした"ソレ"らを躊躇なく切り伏せるには、一定の心力が必要だ。

少し目を凝らせば、"ソレ"らが、どのような人生を送り、それぞれの結末を迎えたのか、見つけられるだろう。

もしかしたら悪人もいたかもしれない。だが、悪人ではないかもしれない。

例え物言わぬ死体だとしても、"ソレ"の身体に刃を突き立てることは、決して、容易ではない。

頭の片隅にある善性が、警告を放つのだ。やめろ、引き返せなくなるぞ、と。

 

――だが。

そのような躊躇いは、彼の英雄には迷いにならない。

理想の刃を血で汚してきた正義の味方に、そのような弱さは許されない。

 

 

 

エミヤは無言のまま、投影魔術による武器を構える。

それは、十字架を模した剣であり、刺すことに特化した概念武装。

 

"黒鍵"

聖堂教会が使う悪魔払いの一種である"摂理の鍵"。代行者たちの正式武装。

無論、エミヤは代行者ではないが、生前とある縁により覚えた武装だ。

 

"魔"に対して効果を持ち、狭い空間でも投擲による戦闘で活用している。

そして、神の教えとは無縁のエミヤが持つ、一つの浄化武装だった。

 

「代行者ではない私では、君たちを死後導くことはできないが…せめて、終わりにしよう」

 

手首の返し。

黒鍵が、音もなく空を裂いた。

 

一投。

向かってくる一体の胸を貫き、黒い光が瞬く。

二投。

次の死体が足を踏み出す瞬間、心臓に突き放つ。

三投。

振り返りざまに投げ放ち、横合いから飛びかかってきた影を壁ごと縫いとめた。

 

投げ終えた姿勢のまま、彼は呼吸を整える。

背後で倒れた死体が、カタリと崩れる音。

 

祈りのような、処刑のような、静寂。

 

奥から溢れ出る"ソレ"らに怯むことなく、エミヤは独り対峙する。

兵士。修道女。商人。親子。兄弟。少女。

それぞれが生前の姿を歪に残したまま、彼へと殺到する。

 

"ソレ"らが、教会の外に出ないように意識をしつつ、過剰な傷を与えぬよう狙いを定めて黒鍵を射つ。

狭い室内、荒れた長椅子や倒された祭壇に足を取られぬよう注意しながら、エミヤは駆け回り距離を取りつつ、ひたすらに投擲を繰り返す。

左手で刃を投げ、右手で別の刃を構える。

 

空中を飛ぶ刃の軌道は、まるで舞う矢。

投擲音に応えるかのように光と影が交差する。

その細身の剣からは想像もできない衝撃と共に心臓を射られた者は、次々と糸を断たれた操り人形のように崩れ落ちた。

 

 

 

「これで彼らとの戦闘は終わりか」

 

エミヤが教会で戦闘を始めて半時間程経過した。

手にした黒鍵の構えを解き、視線を落とした。

床に散らばる死体を、ひとつ、またひとつ見やる。

武器を還した後に胸に手を当てる動作は、まるで十字を切る祈りのようだった。

 

静寂が戻る。

ほんの一瞬だけ、平穏の幻が訪れた。

 

だが、これで教会の戦闘が終わるわけではないことをエミヤは知っている。

その思考へ返事をするかのように、すぐに、奥の祭壇の下から、肉の軋む音が聞こえた。

重い、濁った息。

獣とも人ともつかぬ呻きが、石壁に反響している。

 

これは、教会に足を踏み入れた瞬間から察していたことだった。

教会の下から、明らかに危険な存在がいる。

ベリルもこの存在に気づいていたからこそ、エミヤが駆けつけるまでは外へ出られなかった。

そして、互いにすべて理解したうえで、此処はエミヤが受け持つと伝えたのだ。

 

「……これが“本命”ということか」

 

低く呟いたその声に、いつもの余裕はなく、

殺意を研ぎ澄ませた刃のように冷たかった。

 

そして、奥の扉が軋む音。

獣の爪が床を引っかく音がする。

 

ステンドグラスの光が揺らぎ、

教会の中に満ちるのは、血と鉄と腐臭の混じった熱。

 

エミヤは独り、暗闇へと続く教会の地下へと歩み出した。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

階段を下りた先は、秘匿された禁忌の部屋、灯りのない闇の中。

エミヤの鷹の眼は、討つべき獣を捉えた。

 

それは、肉の塊だった。

人の手で創られ、人の理を裏切った、罪の形。

 

獣の胴体に、無理やり人の腕と脚を縫い合わせ、

顔の位置には人間の頭蓋が三つ、ずれた角度で並んでいる。

どの口も、どの目も、生の苦痛を訴えるように震えていた。

 

――未完成の合成獣。

 

司教が「神の代行者」を夢見て作り上げた、贋作の神造兵器。

 

「なるほど。罪の成れの果て、か」

 

エミヤは呟く。

これは、恐らく不完全な生き物だろう。

本来、戦闘力だけを望むのであれば、獣の継ぎ接ぎに人のパーツは必要ない。

事実、エミヤもキメラといった生物との戦闘経験もあるからこそ、分かる。

 

外法による禁術に触れながら、不十分な手段の代替えに人を軽んじて使う。

そうした非道な研究を行う組織を、使われてきた者たちの無念を、そのすべてが炎に燃える光景を、俺は知っている。

 

しかし、未完成とは言え、この獣が非常に危険な存在であることに変わりはない。

教会の地下にしては広く高所があると怪しんでいたが、その原因はこの合成獣によるものだった。

直近で対峙した生物ではゼノ・グレイブルが挙がるが、奴よりも二回りは大きい。

皮膚もまた、通常の生物よりは遥かに硬い。

そして、壊れた鉄檻の近くにある人の死体の損傷から、人を弄ぶ知性があることが窺える。

 

このまま野放しにしてはいけない。

此処で、自分が仕留める必要がある。

 

エミヤの視線に気づき、合成獣が咆哮した。

その声には理性も、命令もない。

ただ、痛みと飢えと混乱が、無秩序に混じっていた。

 

――踏み出す。

 

合成獣の咆哮が、石造りの天井に反響する。振動が骨の髄まで伝わるようだ。

エミヤは一歩、二歩と距離を詰める。

闇の中で刃の影だけを探し、敵の挙動を読む。

狭い教会内、逃げ場はない。だが、逆に言えば動きの自由を奪うこともできる。

 

「――まずは受け止める」

 

そう呟いて、エミヤは干将・莫邪を構えた。

 

合成獣が最初に示したのは、頭突きと尾の一振りだ。

尾は棘のように硬く、振られた衝撃は柱を揺らす。

皮膚は鱗のように硬く、爪は鉄のように光る。

エミヤは莫邪を前に横たえ、受け止める。

 

鋼がぶつかる。

爪が刃を叩き、尾の先端が石を削る。

心眼合わさり獣の動きを予測したエミヤが干将で攻撃をそらし、角度を変えて返す。だが皮膚が厚い。

刃は幾度も跳ね返され、切っ先は僅かな裂傷しか生まない。

刃は血を引かず、代わりに火花と埃を撒く。

 

(堅い――だが、焦るな。狭所での強打は自滅を招く)

 

狭い空間、複数の頭部が互いにねじれた口元を震わせる。

合成獣は人の部位を持つがゆえに、非対称な動きで攻めてくる。

左右が同時に襲いかかる瞬間、エミヤは一瞬の読み違いも許されない。

 

暗晦に獣の唸りと鋭い音が室内に響く。

荒れ狂う獣の暴力はさながら暴風であり、室内の悉くを壊していく。

その嵐の最前線に英雄は立ち、耐え忍びながら隙を待つ。

 

致命傷を避けるように猛攻を掻い潜るが、当然傷は負う。

攻撃の余波で防具は割れ、流血は至る所で出ている。

夫婦剣は攻撃に耐えきれず砕け散るが、その度に新しい剣を創り出す。

 

その時がいつ来るか分からなくても、そこに勝機があることを確信して耐え続けた。

元より、この身は非才であり、格上と戦い続けた記録を持つ。

我慢比べを強いられるのであれば、問題はない。

なぜならば、この体は剣で出来ている。心が折れることなど、ありえない。

 

故に、エミヤが好機を手繰り寄せたことは、必然だった。

 

相手の尾が振れた瞬間、胴が一瞬だけ重心を移す。

硬い皮膚の隙間、関節の露出。そこを見逃さないのが狩人だ。

 

決断は短い。

エミヤは干将を逆手に持ち替え、腕を巻き込むように振るう。

干将・莫邪はただの刀剣ではない。退魔の力を宿す刃が、薄く冷たい光を帯びる。

彼の身体と連動し、魔力を込めた斬撃に獣が怯む。

 

すかさず距離を空けたエミヤは、そのまま双剣を投擲する。

刀身は軌道を描き、合成獣の胸骨――複雑に縫い合わされた胴の継ぎ目へと突き刺さる。

 

「この一撃は重いぞ!」

 

その言葉を合図に、夫婦剣は内に眠る神秘と魔力を爆発させる。

 

『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』

 

宝具に込められた莫大な魔力を火薬とする英雄の最終手段であり、エミヤが手軽に用意する過剰火力攻撃。

宝具ランクC相当の双剣では、仕留めるまでの破壊力は生み出さないが、急所で破裂した攻撃は確かなダメージとなった。

 

合成獣は咆哮し、三つの頭がそれぞれ血を吐くように裂けた。

ひとつが吹き飛び、もう一つが壁に打ち付けられる。

爆発と同時に、継ぎ目の糸のようなものが切断され、獣の体はたちまちバランスを崩す。

 

その瞬間を逃さない。

 

「――トレース(投影)、オン(開始)」

「――――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)」

 

エミヤは投擲後に空いた片手で、残りの魔力を惜しみなく注ぎ、新たな剣を構える

 

その剣は、敵がいかに強固な守りを持てど、容易く切り崩す圧倒的な切れ味。

彼の騎士王の所有する星の聖剣と並び称される"聖剣"。

シャルルマーニュ十二勇士、最強と讃えられる聖騎士の、音に聞こえし絶世剣――

 

「これで止めだ!壊れる事無き『不毀の極聖(デュランダル)』!」

 

真名解放を告げるエミヤの声が響く。

デュランダルの柄に触れた手に、たちどころに神秘の重みが乗る。

 

その効果は雄弁だった。

聖域の光が刃を巡り、空気が震える。

合成獣に向けて、エミヤは一閃する。

刃が走る軌跡は真っ直ぐで、聖なる理を帯びた斬撃は、肉を裂くと同時に縫い合わされた異形の理を断ち切る。

 

頭蓋三つが同時に砕ける。身体は二つに割れ、血と薬液が噴出する。

巨体の合成獣は力尽き、大きな音を立てながら倒れ伏した。

 

エミヤは役目を終えた絶世剣を魔力に還した。

だが――エミヤは警戒を解かず、油断なく見据える。

胴体が倒れる前、尾が生き物のように蠢く。

尾の先端に残された別の生命――小さな肉片が独立した意志を持ち、エミヤに囁くように襲いかかる。

 

(やはり――尾は生きている)

 

キメラとの戦闘経験があるエミヤにとって予測できた危険だった。

 

尾の突進が来る。

エミヤは急旋回し、夫婦剣を投影で再び具現化させる。

双剣の一振りで尾の動線に干将を差し、力を受け止める。

硬い皮膚に刃を押し当て、角度を利用して尾をはじく。

尾は一瞬逸れたが、暴力的な反動で再び回り込む。

 

彼は間髪入れず、双剣を握り直し、尾への斬撃を叩き込む。

干将・莫邪の刃が尾の根元を断つ。肉と筋が裂け、尾は床に落ちてなお痙攣するが、動きを止めた。

 

静寂が戻る。

血の匂い、そして切断された肉の燃えるような臭気が入り混じる。

合成獣の残骸が、ひとつの山となって石畳に転がる。

 

エミヤは息を整え、踵を返す。身体のあちこちに痛みを覚えるが、それは生の証でしかない。

 

(――終わりだ)

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

天井のステンドグラスから差す月光に、孤高の英雄の影が長く伸びる。

彼は短く吐息を漏らし、ゆっくりと屋根へと這い上がる。

疲労と魔力の消耗が体を鈍らせるが、最後の仕事はまだ残っている。

 

教会の外壁を蹴り、屋根を駆け、周囲の中で一番の高所まで急ぎ向かう。

ボロボロの外套は風に揺れ、冷たい夜風が頬を切る。

 

やがて、"狙撃に適した場所"まで登ったエミヤは、方角に目星を付ける。

強化したエミヤの眼が、はるか先の林道を見据える。

そして、獲物を発見した。

 

遠く──司教の姿が見える。

馬車から降りたのか、一人走りながら逃走を図っている。

口元には不敵な笑みがまだ残っているようだ。

だが、その逃げ道も今は断たれている。

 

エミヤは弓を取り、短い矢を一本つがえる。

矢は天を裂き、風を切る。

 

司教の肩口をかすめるように飛び、外套に深い切り傷を刻む。

男は悲鳴を上げて立ち止まる。何が起きたか理解できていないのだろう。

 

司教の下に、騎士団員、そしてアリューシアが駆け寄り、司教を確保する。

エミヤは遠目にそれを確認し、ようやく肩の力を抜いた。

 

「――これでいい」

 

最後に彼は小さく呟き、魔力の大半を失った身体を引きずるようにして、建物の端へ体を預けた。

視界が斜めに歪む。迎撃に向かった剣士たちの無事を見届けた後、彼は静かに意識を手放すように眠りへと落ちていった。

 

夜は、再び静かに教会を包んだ。

葬られた悪が、その場で終焉を迎えたことを示すだけの冷たい静寂が残った。




弐章まで、私の趣味全開の文章を読んでいただけたこと、あらためて感謝をお伝えします。
いつもありがとうございます。
とても励みになります。
そして自分でも楽しくモチベーションを保つことが出来ているのは、ひとえに皆様に読んでいただけているからです。

次の三章に書きたいシーンがあり続けてきたため、次の章で一区切りとなります。
よろしければ、もうしばらくお付き合いいただきたく、よろしくお願いします。
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