片田舎の剣聖 錬鉄の英霊   作:ナチュル志保

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いつも読んでいただき、ありがとうございます。
そして、ご感想など、反応いただけること、とても嬉しいです。

本話から新章となります。
引き続き、よろしくお願いします。


【参章・第1話】『冷めたカップに温もりを戻す者』

──月の柩が示す灯りを前に、少女は観測を続ける

 

王の指輪をはめた観測者は、膨大な執務を処理する傍ら、遥か片隅の世界で生きる"彼"を視る。

 

なぜ、このようなことをしているのか。

 

ただのお節介。それが答えなのだろう。

 

"彼"は、厳密にいえば自分の知る"彼"ではない。

無限の過去を記録する月に触れる中で、人にはいくつもの可能性があることを知った。

その莫大な情報量を読み解くには時間を要した。尤も、ここでは時間を気にする者は、誰もいない。

 

その中で、数多の"彼"の可能性を知った。

 

私の知る"彼"とは、必ずいつか出逢う。

私ではない私が、遥か未来(過去)で、教官に出逢うだろう。

 

そしてこの無数の平行世界には、私の知らない"彼"が居ること、その様々な可能性を、私は視た。

 

プライバシーの侵害だなんて怒らないでほしい。

孤独な月の主は、この電子の海で独り莫大な時間を費やし、新たな世界を構築していた。

その中で魔が差してしまったことは、認めよう。

そこには乙女の心が、多分に含まれていたのだ。

 

あるいは、あたかも自己が解け落ちる作業の中、大切な記憶が薄らいでしまうことを無意識で嫌ったのかもしれない。

 

人には、多くの未来がある。可能性がある。もしも、の世界がある。

"彼"にも、多くの未来があった。

 

夢を叶えた未来。

夢に裏切られた未来。

夢を捨てた未来。

夢を思い出した世界。

夢を持たなかった世界。

 

幸せを手にした世界もある…思ったよりも、その世界の可能性は少なかった。

死後、境界記録帯となり、守護者として闘い続けていた…彼の生涯は、闘いの方が多かった。

 

そして、英霊として多くの活躍をした"彼"は、再び訪れた運命の夜を赤い少女と共に越えた。

それどころか、"人理"を護ることもあったようだ。

この結果は、私にとっても誇らしい。流石私のアーチャーね!

 

…だが、それも英霊である以上、すべて終われば座に戻るだけ。

本人は、再び熱を取り戻した身体で走り続けることを受け入れるだろう。

ただ。ただ、その事実が私には、悔しかったのだ。

 

私だって月の勝者。自分の我儘ぐらい、無理やりでもねじ込んでみせる。

 

闘いの日々を駆ける"彼"が、守護者の責務から外れ、人として生きる時間を過ごせるように。

 

その願いを込めて、私は聖杯に願いを託した(入力した)。

 

──あとは、静かに見守るだけだ。

月の観測者は、干渉できない。

ただ、破綻しないよう祈りながら、この世界を観続ける。

 

あの世界があなたを選んだ意味を、私はまだ知らない。

けれど、その終着が“幸せ”であることを願うのは、きっと許されるはずだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

──懐かしい声を思い出した。

 

ふと過った想いに一瞬足を止めたエミヤだが、そのまま思考を切り替える。

 

教会での戦闘から数日が経過した。

魔法師団長の屋敷に招かれたエミヤが応接室の扉を軽く叩くと、すぐに中から「どうぞ」とルーシーの声が返ってきた。

入室したエミヤを見て、彼女は細い息をつく。

 

「……教会での一件、ようやく終息じゃ。お主には手間をかけさせたの」

 

「そうか。それならいい」

 

淡々と返しながら、エミヤは追加の報告を待つ。

 

「地下にいた合成獣の処理も済んだが、まさかあんなものを隠しておったとはの」

 

「何か情報はあるのか?」

 

「調べてからでないと分からんが…スウェン教には、まだ探りが必要ということじゃ」

 

ルーシーの言葉に確信が含まれていることをエミヤは感じた。

彼女の言う通り、あれほどの生物兵器が出てきた以上、司教単独の問題というわけではないだろう。

裏側には、この禁術に精通している者が潜んでいる可能性が高い。

 

とはいえ、これ以上の調査をエミヤが行うつもりはなかった。

元より、多少関与した程度の協力、言わば"お節介"の範囲である。

教会の勢力や魔法師、国としての立場などに関わるつもりなど欠片もないのだ。

 

ルーシーは資料を閉じ、椅子にもたれかかった。

 

「こうして明るみになったのも、お主やベリルのおかげじゃな」

 

「ああ。彼や少女の頑張りが伝わっているのなら、私から言うことはない」

 

そこでルーシーは、少しだけ表情を緩めた。

 

「そういえば、その少女…ミュイのことは聞いとるかの?」

 

特に心当たりがない仕草をするエミヤを見て、ルーシーは続ける。

 

「ベリルのことを信頼しておったから、一緒に住んでもらうことにしたのじゃ」

 

「それは、些か急すぎる話だな。何か事情があるのかね?」

 

「うむ、ミュイには魔術師学院に通ってもらうが、身元保証人が必要での」

 

エミヤは「なるほどな」と小さく笑う。

 

「君のことだ、彼女の心身のケアも含めているのだろう。

悪くない判断だ。ベリルなら、甘やかさずに守るさ」

 

実際、ビデン村では道場の指南役として子供らとは温かく接している。

過去に幼少期のスレナと暮らしていたのだから、接し方にも問題はないだろう。

 

「とはいえ、ベリルは今も宿屋だろう。家を探すとなると時間が必要ではないかね?」

 

エミヤの当然の疑問に対し、ルーシーはペンを指先で回しながら、意味深に言葉を続ける。

 

「うむ、それは解決済みじゃ。

今回の褒賞として、わしの別荘を渡すことにしたのじゃ」

 

その一言に、エミヤは思わず眉間を押さえた。

 

「……規格外だな。家か」

 

「そのくらいの価値はあるからの。むしろ足りんくらいじゃ」

 

言い切られてしまえば、エミヤとしても反論の余地はない。

ひとまず問題は解決したと判断し、彼は踵を返す。

 

「ふむ、それでは私はこれで──」

 

「待たんか、エミヤ」

 

呆れを含んだ声が背中に飛んできた。

 

「今の流れ、まだ話すことがあるじゃろ?」

 

ジト目で睨む少女(の姿)に思考を巡らせ、思い出す。

一段落した機会であれば、今のうちに尋ねておこう。

 

「話は変わるのだが。

魔術師学院に張られている結界は、人の識別でも行っているのかね?」

 

そのエミヤの予期せぬ質問に、ルーシーは目を丸くする。

やがて、熟考したうえで口を開いた。

 

「いや、そのような属性は付与しておらんな。

わしも結界の構築や維持に関わっておるが、そんな手間な術式は組み込んでおらん。

そもそも学院全体に張るような規模じゃから、防衛に比率を割く以上、来学者の管理は必要ないからの」

 

追加で、わしが見ても昔と変化はないぞ、と話すルーシー。

機密情報に触れるかと内心判断が付かなかったが、ここまでの情報であれば話しても問題はないらしい。

言外の信頼に対して礼を抱きつつ、エミヤは先日の感触を共有する。

 

「ふむ。奇妙な話じゃが、お主が直接感じたことなら無視は出来んの。

念のため、信頼できる魔術師にも探らせるが、このことは伝えて構わんかの?」

 

「あぁ、問題ない。

君たちが普段生活していて問題ないのであれば、私の魔術体系の問題かもしれない」

 

「その可能性も十分あり得るの。

調査のためにお主の知り得る情報を開示してもらいたいものじゃが…」

 

「調査に関する情報のみであれば協力するが、それ以上は勘弁してくれ」

 

皮肉下な顔に両手を上げるエミヤの仕草に、ルーシーもそれ以上は求めなかった。

とはいえ、ここまでエミヤが"分かっていて"話を逸らし続けたので、ルーシーからいよいよ本題に入る。

 

「お主、分かっていて話しているじゃろ。

今回の騒動に関するお主の報酬の話をしたいのじゃが?逃げたいのかの?」

 

「逃げてなどいない。……私には不要だと言っている」

 

淡々と、しかし拒絶の色を混ぜてエミヤは答える。

 

「今回の功績はベリルとミュイだ。

私は補佐しただけに過ぎない。報酬を受け取る立場じゃない」

 

ルーシーは額に手を当てた。

 

「……お主、そういうところ、ほんと融通が利かないの。

お主が望む形に合わせて、お金でも魔導書でも用意できる。何かしら受け取らないと示しが──」

 

「いらない」

 

きっぱりと切り捨てる。

 

「家も同じだ。私は、一つの場所に腰を落ち着ける性分じゃない」

 

淡々とした口調だったが、それはエミヤという男の“本質”をにじませる言い方だった。

 

「そういうわけだ。悪いが、他のやつに回してくれ」

 

それ以上の引き留めを許さぬ調子で告げ、エミヤは部屋を後にした。

扉が静かに閉じられる。

ルーシーはしばらく沈黙したまま、独りごとのように呟く。

 

「……あやつ、本当に……居場所を作ろうとせんの」

 

どこか寂しげに目を伏せる。

 

「……もう少し頼ってくれればいいのじゃが。まったく、扱いづらいやつじゃ」

 

そして、苦笑を浮かべるようにため息をついた。

静かな応接室に、ひとりの呟きだけが残った。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

ルーシーとの会話から、およそ1週間後のこと。

 

快晴、気持ちのいい朝日が包む朗らかな日。

街中は人々が行き交い、活気あふれる時間帯。

エミヤは食堂の厨房にて、黙々と調理を続けていた。

 

今日は修練場の清掃日とのことで、指南業務の役割はなく休日となった。

普段から何かと掃除や備品の修理をしているエミヤは、協力しようと手を挙げたのだが

流石に指南役にそのような雑務はお願いできないと断られてしまった。

そのためエミヤは、午前中を食堂の手伝いとして自分の予定に組み込んでいた。

 

とはいえ、時間に追われているわけではない。

むしろ、実のところ今日の昼食分の仕込みは既に大方用意できている。

そもそも、今日は食堂側でも人手が足りており、エミヤ自身休みの予定だった。

 

それにも関わらず一通りの料理を済ませた状態の中、

エミヤの手元だけは忙しなく動き、温かな湯気が立ち上っていた。

 

なぜ、料理を続けるのか。

それは、ベリルの新居祝いに料理の提供でも、といったエミヤらしい配慮だった。

 

引き渡される家にはルーシーの私物が残っているようで、今日は片付けや引っ越しを行うようだ。

ベリルもミュイも自分の荷物が多いわけではないので、部屋の掃除や整理の方が多くなるのだろうが、

幸いなことに彼を慕う若者たちが手伝いに行くらしい。

 

騎士団組も午後には駆けつけてくれるようなので、彼らが作業中でも食べられる軽食と夕食分を用意していた。

量を用意したかったエミヤは食堂の職員に事情を話し、快諾してもらったのだ。

 

 

 

「……新居、ね」

 

昨夜、不安な顔のベリルが報告してきた時のことを思い出す。

 

突然ミュイと暮らすことになったと伝えに来たベリルに対し、

先にルーシーから聞いていたエミヤは、そのままベリルを夕食に誘い、弱音に付き合っていた。

 

とは言っても、本人が話すほどエミヤは問題とは感じていない。

ベリルは、自分のようなおっさんと暮らすことになっちゃって嫌じゃないかなと頭を抱えていたが、

ルーシーもミュイ本人に確認を取り決まったことなのだろう。

そして、その点であればミュイは判断できる子だ。

 

少女は過酷な環境に居たのだから、ベリルのように人間味あふれた大人と共に過ごし

子どもは大人に見守られながら育つ、という当然の環境を用意してあげる方が良い。

養子の関係になるわけではないが、彼であれば責任を持って少女を導くだろう。

 

そのようにエミヤは考えていたし、ルーシーも同じように考えている。

後は彼自身の気持ちの問題なのだが、これは幾ら励ましたところで解消されるわけではない。

そもそも、エミヤ自身父親の経験があるわけではないのだ。

何に気を付けた方がいいのか、なんて聞かれても相談先を間違えている、としか答えられない。

 

そのため、共に酒屋で呑み出したところで益体のない話が続いた。

気付けば近くで座っていた騎士たちにも話に加わってもらい、話題は次々と変わっていった。

適度にアルコールの入った大人たちで、将来の話や恋人探しの話、家庭の話など

それぞれが言いたいことを話しては、周りが笑いながら聞く、そして酒が進むといった具合だ。

 

そうした時間を過ごせてエミヤは良かったと感じていた。

ベリルの不安はその場で解消すればいい、というものではない。

これから少女と共に過ごす中で、相手と向き合いながら手探りで構築すれば良いのだ。

そして、ベリル自身、そのことに内心気づいてはいるのだろう。

 

剣豪を目指す者、常に孤独に耐え剣鬼の道を歩む

 

そのような生き方もあるが、恐らく彼には似合わない。

ベリルがそのような人生を選択するとは考えていなかったエミヤだが、

少女と共に暮らす選択をした友のことを、密かに誇らしく感じていた。

 

 

 

それなら――歓迎の料理を整えるのは、自然な流れだった。

 

(……あいつには、こういう時ぐらい派手に喜ばせてやる方がいい)

 

そう思って、手はいつもより複雑な前菜へと伸びる。

鍋に火を移し、香草を砕き、彩りの調整をする。

 

作業に没頭し、時間の流れが曖昧になりかけたころ。

 

「――エミヤさん、そちらに居ますか?」

 

ふと自分の名前が呼ばれ、意識を戻した。

 

アリューシアだった。

騎士服ではなく、珍しく外出用の軽装だ。

 

「失礼しました、料理中でしたか?」

 

「問題ない、ちょうど一段落したところだ」

 

あらためて完成した料理に意識を向けると、エミヤが思っていたよりも多くの量が出来ていた。

材料購入の時点で買い過ぎたかと考えていたが、無意識のうちに全て料理していたらしい。

どうりで達成感があるわけだ、と一人苦笑する。

 

調理中に余計な思考をしていたことを僅かに反省するエミヤは、

職員用にお裾分けする量の計算を終え、アリューシアに向き合った。

 

「今の時間、騎士団は忙しいかと思ったが、何かあったのかね?」

 

「実は、エミヤさんにご依頼がありまして…」

 

アリューシアはそう言ったが、それ以上続きを話そうとしない。

そもそもエミヤは騎士団に所属している訳ではないので依頼を受ける必要はないのだが、

わざわざ食堂に足を運んでまで直接来たアリューシアの様子が気になり、もう少し話を聞くことにした。

 

「詳細を言わないのか。……まさか、また教会絡みか?」

 

短く問いかけると、彼女はほんのわずかに視線を逸らし、しかし黙って頷いた。

 

確かに、教会が関係するなら軽く扱うわけにはいかない。

彼女自身、時間に余裕がある役職ではないし、

恐らく午後はベリルの手伝いに駆けつけるのであれば、用件は早めに片づける方が良い。

エミヤはエプロンを解き、深く息をつく。

 

「……分かった。話を聞こう。ただ――今日は歓迎会の準備もある。長くは取れないぞ」

 

「ご配慮感謝します。

もし今日が難しければ後日でも構いませんが、私の予定の調整が少々難しく…

そう言っていただけると助かります」

 

そのように話すとアリューシアはエミヤに、外に出てほしいと促した。

 

「行き先は?」

 

「少し歩きますが、都市内です」

 

またしても曖昧な返答。

危険の予兆はないが、それでもアリューシアがこんな態度を取るのは珍しい。

エミヤは職員に説明し、料理の保管を終えて厨房を後にした。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

アリューシアは歩幅を合わせながら、前を歩く。

先ほどまでの料理の話や、ベリルの暮らしに関する会話をしつつ、

街の中央通りを抜け、雑踏を外れ、さらに人気の薄い裏道へ。

 

「…そろそろ、事情を聞かせて貰えないかね?

戦闘の気配はないし、教会の残党が潜むような場所にも見えない。

せめて目的地ぐらい、知りたいのだが?」

 

「あと少しで到着しますので、もう少々ご辛抱ください」

 

「……まったく、君も人を振り回すようになったものだ」

 

その言葉に、珍しくアリューシアが口元だけ笑った。

エミヤは思わず小さく鼻を鳴らす。

 

やがて、目的地らしき建物が見えてきた。

 

表道路からは死角になる位置に、小さく佇む喫茶店――だが店の看板は埃をかぶり、扉も閉ざされたまま。

 

「……廃店か?」

 

「正確には“管理者不在”ですね。中に入りましょう」

 

アリューシアは合鍵らしきものを取り出して扉を開く。

 

店内は、こじんまりとしたカフェテラスだった。

椅子やテーブルは整えられ、奥の棚にはカップも並んでいる。

だが、どれも使われた形跡がない。

 

――人の気配がしない。

誰も長らく入っていない空気。

 

「アリューシア。どういうつもりだ」

 

エミヤが問い詰めると、彼女はようやく答えた。

 

「こちらは“元”喫茶店です。

持ち主は少し前――事故に遭って亡くなったそう。家族も、もう戻ってこない」

 

彼女は静かに店内を見回す。

 

「そして、その持ち主が…“動く死体”の中にいたことが、先日判明しました」

 

エミヤは目を閉じ、短い息を吐いた。

あの戦闘の記憶が、ひどく無機質に蘇る。

 

何も残さず、ただ操られていた命。

ここも、その被害の結果というわけだ。

 

「……それで、私を連れてきた理由は?」

 

アリューシアは少しだけ肩を落として、それでもまっすぐにエミヤを見る。

 

「この場所を――エミヤさんの好きな時で構いませんので、“活用していただきたい”」

 

「……活用?」

 

「関係者に尋ねる中で、持ち主の心情を知る機会がありました。

彼は、この場所が好きで、誰かの居場所になることを願い、続けられたそうです。

しかし、たった一人の家族である奥様は、病気の治療で動けなくなっています」

 

アリューシアは続ける。

 

「奥様と会話しました。

叶うのであれば、ご主人が大切にされたこの場所を、誰かに引き継いでほしい、と」

 

「事情は伝わったが、そこで私が選ばれる理由は不明だな」

 

「無論、騎士団員や市民から公募することは可能です。

ですが…奥様に話を伺う中で、貴方の話が出まして」

 

「私の?」

 

その予想外の展開に、さすがに驚くエミヤ。

アリューシアは頷いた後、説明を続ける。

 

「1年以上も前のことです。

奥様のご家族の墓参りに二人で村に出掛けられた時、魔獣に襲われたことがありました。

そこで当時巡回をしていた騎士と共に駆けつけ、ご夫婦を助け、スープを振舞った人物がいた」

 

話を聞きながら、記憶に思考を馳せる。

たしかに、ビデン村で過ごす前、そのような場面があった。

足が不自由な女性を庇いながら臆せず身を盾にしていた男の危機を救ったことを思い出す。

 

「当時の騎士は、その後もお二人と定期的に会っていました。

…ご主人の事故の後も、騎士は奥様のお見舞いに行ってました。

そして、奥様との世間話の中で、エミヤさんの話が出たそうです」

 

ここまで聞くと、この喫茶店と自分の繋がりが僅かにあることが判明した。

エミヤは改めて店内を見渡す。

寂しく残るカウンターには、かつて夫婦が仲睦まじく立っていたのだろう。

 

「もちろん、店を再開してほしい、などと命じるつもりはありません。

エミヤさんが気が向いた時に使っていただけないでしょうか。

道具も残っていて、整備すれば十分使えます。

……エミヤさんが人に食事を作る時、周りを気にせずに済む場所にもなると思います」

 

「私のためでもある、というわけか」

 

「ええ。

…これは、一連の騒動に巻き込んでしまった、私たちなりのお礼でもあります」

 

アリューシアの声音は、いつになく柔らかかった。

 

エミヤは店内を見回す。

家具の配置、光の入り方、入口の位置――全てを静かに確認する。

 

使える。

整えれば、十分に。

 

だが――。

 

「……私は、ベリルと違い、いつここを離れるか分からないぞ」

 

「承知の上です。

それでも――私は、貴方にもこの都市で暮らしてほしいと、考えてます」

 

「……勝手なことを言う」

 

「…エミヤさんが皆さんから距離を置く理由。

独りで闘い、いつか命を失っても迷惑をかけない為、という理由もあるのではないでしょうか?」

 

図星を突かれ、エミヤは目を逸らした。

アリューシアはその反応に小さく笑う。

 

「今すぐ決める必要はありません。

ただ、ここを貴方に託したいというのが……今日の依頼です」

 

エミヤは静かに息をつき、最後にもう一度店内を眺める。

 

命を奪われ、操られ、そして戻らなかった者――その人が残した場所。

 

それを受け継ぐことに、意味があるのか。

あるいは――背負うべきではないのか。

 

「……すぐには答えられない。考えさせてもらう」

 

「ええ。大丈夫です」

 

アリューシアは満足げに頷き、店内の扉を静かに閉じた。

 

残されたエミヤは、しばらくその場に立ち尽くす。

やがて、決意を固めた彼は小さく呟く。

 

「……まったく、厄介な依頼ばかり寄越す連中だ」

 

ただ、その声音には――わずかながら温かい色が混じっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

(アリューシア)side

 

依頼の発端は数日前に遡る。

 

夕方の魔法学院との共同会議を終え、執務室を辞した直後のことだった。

私は書類を抱えながら廊下を歩きつつ、ふと足を止めた。

 

――エミヤさんの報酬?

 

さきほど、別件の相談で部屋を訪れた際、ルーシーさんがぼそりと漏らしたのだ。

 

『あやつ、また報酬を断ってのぉ。何を差し出しても、まるで自分には必要ないと言わんばかりに』

 

呆れと、かすかな寂しさが滲んだ声だった。

 

『他人の心配ばかり、あやつ自身が楽しむことを考えとらん。

どのような人生を送ってきたか知らんが……そんな生き方、いつまで続けるつもりじゃ』

 

その一言が、アリューシアの胸に刺さった。

 

エミヤはいつも淡々としていた。

人のためには容赦なく身体を張るのに、自分の居場所には無頓着で、褒賞には背を向ける。

まるで――いつでも消える準備をしているかのように。

 

「……そんなはず、ないと思ってたのに」

 

口に出してみて、アリューシアは自分の胸のざわつきを自覚した。

 

 

 

その夜。

騎士団室の片隅では、ヘンブリッツが雑務の事後処理をしながらアリューシアの話を聞いていた。

 

「つまり、団長殿はエミヤ殿の生き方が気にかかる、と」

 

「……気にかかると言うか、その……。

自分を粗末に扱っている気がしまして。ルーシーさんも同じことを言っていました」

 

ヘンブリッツは静かに刃を拭き、うなずいた。

 

「感じられてる不安、わかります。

あの方の剣は……命を差し出す前提で組まれています。

非才の身でも戦う術が必要だった、ということでしょうが、

あれでは“自分の命を軽視して生きている”といった考えのように感じます」

 

「……!」

 

アリューシアの胸が強くなった。

薄々感じていたものが、言葉によって輪郭を帯びる。

ヘンブリッツは自分の想いを打ち明けるかのように、言葉に重みをもって続ける。

 

「いずれ目的のためにどこかへ消えるつもりだとしても。

だからといって、それまでの時間まで捨てる必要はないと私は考えます。

人と食事をして、街の風に触れて……

それすら諦めるような生き方は、あの御仁には送ってほしくありませんね」

 

自分の部下となり、誰よりも"騎士"として生きてきた彼の言葉は理屈よりも重かった。

喉が熱くなるのを自覚し、アリューシアは拳を握った。

 

「……えぇ。私も同じ想いです。

だから、せめて今だけでも、あの人が“この街で生きている”と思える時間があれば……」

 

そこへ、ドアを叩く音が聞こえた。

 

「遅い時間に失礼します!死体調査の件で進展が――!」

 

騎士のひとりが分厚い書類を抱えて駆け込んできた。

 

「例の“動く死体”の身元の一人が判明しました。

市内の喫茶店の店主だった人物です。事故で亡くなったのち、遺族が店を手放したと」

 

「喫茶店……?」

 

アリューシアが小さく声を漏らす。

 

騎士はその後も報告を続けた。

騎士団員の一人が、店主や遺族と交友があること。

その騎士団員の思いや、遺族の思い。取り残された廃店。

 

その瞬間だった。

 

アリューシアの脳裏に、エミヤの背中が浮かんだ。

料理や気配りが非常に上手く、誰かのために動くのに、気付けば人から距離を置く寂しげな姿。

そんな彼に、もっと人と交流をしてもらう方法。

 

遺族に直接、話を聞かねばならない。

当然、遺族の願いが最優先である。

 

そして、この行動は、"ただのお節介"だろう。

当の本人も望んでいないことだ。

"先生"に対して行った"余計なこと"に近い、自己満足のような行動かもしれない。

 

それでも。

 

「……っ」

 

アリューシアが顔を上げたとき、同じ考えに辿り着いた者がもう一人いた。

ヘンブリッツである。

 

「団長殿、私に考えがありまして……!」

 

「ヘンブリッツ、提案があります」

 

勢いのままに言葉を重ねる。

 

「エミヤさんに、その店を任せませんか?

彼なら料理もできるし、街の人たちも安心して通える。何より……人との交流が増えます」

 

ヘンブリッツは深くうなずく。

 

「私も同じことを考えていました。

戦場以外の場所で、あの方が“自分の時間”を持てるなら、それは良いことかと思います」

 

「そうですね。早速明日にでも状況を確認しましょう」

 

密かに、胸の奥がじんと熱くなる。

この街でささやかでも、確かな“生活”を送ってほしい。

それが、彼がまたどこかへ去る日までの――せめてもの願い。

 

こうして、アリューシアとヘンブリッツの“ひそやかな計画”は決まった。

その後、遺族と会話した際にエミヤさんを知っていると聞き、運命かと感じた程だった。

 

そして、エミヤがあの喫茶店へ連れて行かれることになるのは、その直後のことである。

 

(アリューシア)sideout




「それにしても酔ってるときのエミヤ、料理について俺に説教してたでしょ」
「当然だ。これから成長期の少女と共に暮らすのだから、大人として料理はしっかり覚えたまえ……まぁ、つい熱が入って色々言い過ぎた気もするが」
「でも、大事なことなのは伝わったよ。これから君に教わりたいから、お手柔らかにね?」
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