片田舎の剣聖 錬鉄の英霊   作:ナチュル志保

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いつも感想や反応、ありがとうございます!
本当にありがとうございますー!!

今回、オリジナルキャラの名前を付けさせていただいております。
苦手な方もいらっしゃると思いますが、許容いただけましたら、幸いです。

名前:ラウル
所属:レベリオ騎士団の騎士、クルニやエヴァンスと同期の若手騎士
登場:本作「弐章・第1話」犬好きの彼、「弐章・第3話」中盤のクルニの相方


【参章・第3話】『明日へ向かう足跡』

真昼に差し掛かる都市には、熱気をはらんだ風が吹き抜ける。

温かな風は、今も活気溢れる騎士団訓練場の室内に迷い込むが、次の瞬間には外に消えていく。

汗を滲ませながら稽古に励む騎士たちは、その一瞬の風を浴び気持ちを切り替え、それぞれの課題と再度向き合う。

木剣の打ち合う乾いた音が響く修練場は、今日も多くの騎士が昨日の自分を越えようとしていた。

 

 

 

その中央。

一本の棍を肩に担ぎ、対峙する若者たちを見つめる影があった。

 

エミヤである。

 

「――始めよう」

 

静かな声だったが、三人の若手騎士は一様に背筋を伸ばした。

強者との対峙で緊張を僅かに残すが、彼らの眼は闘志に燃えている。

 

今回の稽古は三人同時。

若手ながら、頭角を現し始めた面々だった。

 

まずは クルニ。

ツヴァイヘンダーを木製に置き換えた両手剣を軽々と振るい、超接近戦で相手を圧し切るタイプ。

小柄な彼女はベリルの助言もあり弱点を克服し、弛まぬ努力で剣技を高めている途中だ。

 

次に エヴァンス・ジーン。

クルニと同期の若手騎士であり、こちらも有望な剣士だ。

オーソドックスな木剣を使い、相手の隙を見つける思考を続ける。

冷静で目がいい、連携での戦闘も長所を発揮できるだろう。

 

そしてもう一名の騎士、名はラウル。

彼は少しばかりエミヤと縁がある人物だ。

以前、騎士の志について微小なアドバイスをしたが、その後の本人のスタイルにも適したようで

片手盾と木剣を持つ構えとなり、味方の守りを重視する闘い方となっていた。

また、ベリルからも指導を受けたようで、最近では仲間のフォローに関する体の動かし方も上手くなりつつある。

 

(さて……どこまでやれるか)

 

近い年齢であるからこそ、息が合う戦い方ではより個性を発揮できる。

内心、彼らの成長を楽しみにしつつ、模擬戦相手を全うするためエミヤは冷静な表情で得物を構えた。

 

 

 

最初に動いたのはクルニだった。

 

「いくっす!」

 

掛け声と同時に、大柄な木剣が唸りを上げてエミヤへ迫る。

気迫ある踏み込み。

それに合わせてラウルが盾を構えて側面を固め、エヴァンスが後ろから機を伺う。

 

──よく鍛えられている。

個々が自分の役割を理解し迷いなく合わせる姿を見て、エミヤはそう感じた。

 

重い突進を、棍の腹で軽く受け流す。

 

ゴッ。

 

木がぶつかる低い衝撃音。

力任せの攻撃は弾かれ、クルニの体勢がわずかに揺れる。

 

だが、その隙をラウルが補う。

盾が一瞬で前に出て、エミヤの反撃を塞いだ。

 

それを見てエヴァンスが動くのも早い。

ラウルとすれ違うように飛び出たエヴァンスは、側面からエミヤに斬りかかる。

 

棍でその攻撃をいなすが、そのすぐ後にクルニが再びエミヤに踏み込む。

エヴァンスは自身の立ち回りで、エミヤが下がる選択肢を一つ潰したのだ。

三人の中で一番火力を出せるクルニを主体とした連携が十分形となっていた。

 

(悪くない)

 

エミヤは一歩、残された後方へ退いて受け流した。

そして棍を素早く大振りに横へ薙ぐ。

騎士達は踏み込めず一瞬たじろぐ隙に、エヴァンスへ距離を詰め数度棍を打つエミヤ。

ラウルがエヴァンスに駆け寄るタイミングで、エミヤは攻撃の矛先をクルニに変え、縦の振りで距離を詰める。

攻勢に出るつもりだったクルニも、即座に守りの姿勢を取り、間一髪で攻撃を防ぐ。

 

そして、三人は再び距離を取らされる。

 

「やっぱ、強えぇな!?」

 

「知ってたっすけど、すごいっすね!」

 

息を弾ませつつ、エヴァンスとクルニと叫ぶ。

そこには自分や仲間を鼓舞する気持ちも含まれており、ラウルも同意しつつ構え直した。

 

そして再び三人は陣形を整え、間髪を容れず攻めを重ねてくる。

恐れはあるが、怯まない。

強者を前にしても前に挑む心を、彼らは既に鍛えていた。

 

エミヤは軽く棍を振るい、飛んでくる剣筋をいなす。

 

クルニの奥深く踏み込む攻撃を受け止め、

エヴァンスの精密な斬りを棍の柄で払い、

ラウルの盾を使った連携の崩しも足さばきひとつで外す。

 

(……見えてきたな)

 

三人の力量。

そして、限界も。

 

エミヤの瞳に、わずかな熱が宿る。

 

 

 

そして。

 

「ギアを一つ上げるぞ――ついて来れるか」

 

低く、しかしよく通る声だった。

聞いた瞬間、三人の背中に冷たいものが走る。

 

次の瞬間。

 

ガンッ!!

 

それまで受け流していた突きとは比べものにならない速度と迫力で、エミヤの棍がラウルの盾を突いた。

 

「ぐっ!?」

 

盾に衝撃が走り、ラウルの足が石畳を滑る。

三歩、四歩。

体勢を崩しながら後退する。

 

「ラウルさん!」

 

「目ぇ離すな、クルニ!」

 

クルニとエヴァンスがすぐさまフォローに回るが、エミヤの眼はすでに次の標的を捉えていた。

クルニだ。

 

「っ……く!」

 

棍の握りを短く変える。

そこから繰り出されるのは、まるで刃のような連続の突き。

 

ダダダダッ!

 

「っ……うぅ!」

 

両手剣を振るう彼女にとって、超至近距離の高速突きは反撃の隙が無い。

剣がまともに振れず、ただ防御するしかない。

 

(……速っ!)

 

エヴァンスが即座に援護へ走る。

だが、“間に合わない”という予感が胸をよぎる。

 

「こっちを見ろ!」

 

エヴァンスが横から注意を引こうと木剣を振るうも――

 

キン、と短い音。

 

エミヤは突きを止めずに、棍の逆側でエヴァンスの斬りを弾いていた。

 

「……え?」

 

(まるで、後ろまで見えているみたいだ)

 

驚愕で動きが遅れる。

 

その刹那。

 

エミヤの足元が、ふっと揺れるように見えた。

重心が沈み、次の瞬間、エヴァンスの目の前に迫る。

 

「っ!?」

 

エミヤの動きは今までよりも一段階上げた速さだった。

その予想よりも早い動きにより、反応が遅れた。

エヴァンスはとっさに後退するが――

 

ヒュッ。

 

横薙ぎが腹部へ当たり、木剣が落ちる。

 

「一本だ」

 

淡々と告げるエミヤ。

エヴァンスは膝をつき、悔しさに唇を噛んだ。

 

「……すまねぇ」

 

「大丈夫っす!まだやれるっす!」

 

「俺も戻る!」

 

ラウルが盾を構え直し、クルニも荒い呼吸を整えて臨戦態勢に入る。

もちろん、二対一で勝機があるとは考えていない。

だが、“挑む権利”をもらえてる今を、精一杯使わせてもらう。

 

若き剣士たちは、その練習の最後まで、昨日の自分を超えようと励んでいた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

稽古が終わり、騎士達は給水をしながら身体の熱を外に出していた。

三人もまた、汗を拭いながら悔しさ以上に満足感をにじませていた。

 

エミヤは、一人ずつ向き合う。

 

まずはラウル。

 

「防御は安定している。ただし、一度押された時の戻りが遅い。

盾を使う以上、"正面から受け止める"か"盾で攻撃を逸らす"か、最善を選ぶ思考を続けるべきだ」

 

ラウルは真剣な面持ちで頷く。

 

次にエヴァンス。

 

「視野が広い。冷静さもある。

だが、あの場面でクルニはまだ耐えられていた。

あそこで君が落ちることはチームの敗北だ、手段を模索するといい」

 

「……はい!」

 

エヴァンスの返事は悔しさに満ちていたが、同時に強い意志が感じられた。

 

最後にクルニ。

 

「両手剣になり戦術が広くなったな。

君の強みが出ているが、反面弱みのレンジではまだ試合に持ち込めていない。

自身の努力もあるが、チームで闘うのならタイミングを合わせて距離を縮める連携を考えると良い」

 

「……ご指導感謝っす」

 

クルニの目が見開かれ、すぐに力強く頷いた。

 

三人に向けて最後に言う。

 

「三人に言えることだが、相手の変化に対しても冷静に戦える心構えが必要だ。

戦闘中に相手の力量が格段に上がることは珍しくない。

強化魔術や第三者の支援、格上が本気を出す、または死にかけの戦士が振るう最後の牙…

それらに対してもチームであれば勝機を失わずに済む。それぞれ意識するように」

 

三人はその説明にそれぞれ思うところがあるのか、真剣に助言を聞いた。

 

「細かな剣技や立ち回りはベリルに教えを乞うと良い。

私が出来るとしたら…そうだな、次は初手からスピードを上げて稽古するか。

眼を慣らすには役に立つだろう。早速行うか?」

 

その提案に、三人は目を輝かせながら背筋を伸ばして返事をした。

 

「はいっ!!」

 

 

 

辺りでは、一息ついていた騎士たちも再び訓練に戻っていった。

若者たちの息遣いや汗の匂いに混じって、どこか清々しい空気が広がる。

エミヤは棍を肩にかけ、騎士達の努力の姿勢を微笑ましく思うのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

昼下がりの騎士団本部。

訓練場の熱気がようやく落ち着いた頃、木製の装具を片付けていたエミヤの背に、ぽん、と軽い衝撃が走った。

 

「よ、お疲れ様。……なあ、エミヤ。

この後付き合ってほしいのだけど、大丈夫かな?」

 

声の主はベリル。

鍛錬後の汗をまだ拭いきれていない様子だが、その表情にはどこか遠慮が見える。

 

「珍しいな。君から誘ってくるとは」

 

「はは、まあ……その、買い物を、ね。食材の。

目利きとか自信なくて、出来れば付き合ってくれるとありがたいのだけど」

 

エミヤは納得した顔でベリルを見る。

料理だけを教えてもらうのではなく、“買い物”から頼んでくるあたりが、いかにもベリルらしい。

 

「料理の腕を上げる気になったのか?」

 

「まあね。エミヤも言ってくれてたけど、ミュイのためにはね。

少しでも栄養があって美味しいものを食べてほしいから」

 

言葉こそ軽いが、ベリルの耳がほんのり赤いあたりが、エミヤにはどうにも微笑ましい。

 

「今まで調理に関心がなかった君も、立場が変わると、変わるものだな」

 

「耳が痛いね、おふくろに聞かれたら今更って怒られそうだ」

 

「いいだろう。たまには私が先生の立場で振る舞わせてもらおう」

 

「お手柔らかに、ね?」

 

二人は軽口を叩きつつ、昼の喧騒へと歩き出した。

 

 

 

市場はすでに多くの市民で賑わっていた。

昼食を終えた商人たちが片付けと仕入れの合間に声を張り上げ、肉の香り、

焼き上がったパンの香ばしさ、野菜の瑞々しい匂いが混ざり合って鼻を刺激する。

 

「おー……相変わらず活気があるね」

 

「こういう空気が苦手なら、今日のうちに慣れろ。

君は利用することが増えるだろう」

 

「いや、通うか分からないけど…まぁでも、そうだね」

 

エミヤは苦笑しつつ、まずは野菜の露店へと足を向けた。

 

「ベリル、トマトを手に取ってみろ。どれでもいい」

 

言われるまま、ベリルは大玉のトマトをひとつ掴む。

 

「…これかな」

 

「……それを選ぶ理由は?」

 

「赤いし、見た目はよさそう、だから?」

 

「単純だな。だが悪くはない」

 

エミヤは同じ箱の端にあったトマトを手に取った。

 

「いいか……色合いはもちろんだが、重さと張りが大事だ。

実が詰まっているものは、このくらいの重みがある。指で軽く触れれば分かる」

 

そう言ってベリルの手を取り、持たせ比べる。

 

「おお……確かに、そっちの方がずっしりしてる」

 

「ここから先は慣れだ。味は作る側の腕より、素材の段階でほとんど決まる」

 

「言い切ったね……さすが料理人」

 

「私は料理人ではない」

 

ベリルは苦笑しつつも、真剣な眼差しで野菜を吟味し始めた。

エミヤはそんな様子を横目に、どこか懐かしい感覚を覚えていた。

 

(……弟子を見ているようだ)

 

昔。今はもう詳細を思い出せない程、過去に。

ある少女にも、一から家事を教えた青年期があった、はずだ。

いつの間にか料理の師匠だなんて慕ってくれた、桜の似合う――

 

エミヤには、ベリルが“誰かのために料理を覚えようとしている”という事実が、妙に温かく心に響いた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

「そういえばさ」

 

肉売り場へ向かう途中、ベリルが思い出したように声を上げた。

 

「この前の、新居祝いの時にエミヤがくれたやつ。

あの、オシャレな調理器具。ミュイも驚いていたよ」

 

「そうか。なら良かった」

 

「あれ、普通の街じゃ見たことないデザインだけど、どうしたの」

 

「何、特別なものではない。至って普通の機能を持つ鍋やミトンだろう」

 

「いや…あの包丁の陰陽柄、まな板の端にある歯車デザイン…

俺はそういうの詳しくないけど、あれ、絶対その辺りに出回ってないでしょ」

 

ベリルのジト目の追及に、エミヤは一瞬だけ言葉を選んだ。

 

「……まあ、なんだ。君たちの祝いなのだから、私とて少し手の込んだ品を用意するさ」

 

実のところ、すべてエミヤ製作の数々である。つまり手作り。

 

「そっか……。まあ、ありがとね。

今から間に合う家事セット、だなんて。まさか俺が貰う日が来るとは思わなかったよ」

 

「別に料理は淑女の嗜みと決まっているわけではないからな。

男性だってある程度料理が出来れば困らないさ。

もっとも、私も君に贈る日が来たことは意外だったがね」

 

軽口を叩きつつ、次の目的地でもエミヤ先生の指導(助言)は続いていた。

 

 

 

ひと通りの食材を揃え終えた頃、ベリルは腕いっぱいに袋を抱え、息をついた。

 

「ふう……思ってたより勉強になるな。目利きって、けっこう奥深いね」

 

「とはいえ君も吸収が早い。慣れればもっと上手くなる」

 

エミヤはそう言いつつ、周囲の人波を眺めた。

 

賑わう人々。商売に勤しむ店主。生活の匂いが、どこまでも自然に流れている。

 

「……ベリル」

 

「ん?」

 

「買い物が終わったなら……少し、私に付き合ってほしい。街の散策をしたい」

 

「街の?珍しいね、エミヤがそんなこと言うなんて」

 

実際、こうした用事であればエミヤは単独で歩いて回るため、ベリルは驚きながら聞いていた。

 

「誰かと共に見て回りながら、感じたことを聞きたくてね。」

 

ベリルは目を丸くし、その直後くつくつと笑った。

 

「もちろん構わないけど、ミュイも連れてっていいかな?」

 

「ミュイを?」

 

「うん。最近、一緒に暮らし始めたけど……まだ、距離感がつかめなくてね。

こういう機会があれば、少しは話せるかなって」

 

ベリルの言葉に、エミヤは静かに頷く。

 

「もちろん構わない。むしろ、ミュイが気を張らず済むようなら……その方がいい」

 

「よし。じゃあ食材置いて、ミュイを連れてくるよ。少し待ってほしい」

 

ベリルは荷物を抱えたまま、帰路へと消えていった。

エミヤはその背中を見送りながら、小さく息をつく。

 

(……二人とも、不器用なだけだろう)

 

そして、不器用な者同士だからこそ、寄り添えばきっと上手くいく。

そう思わせる空気が、確かにあった。

 

エミヤは市場の外れ、陽光の差し込む広場でベリルたちを待つことにした。

日常の温度が心地よく胸に広がる。

“平穏”に、彼はそっと目を細めた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

ベリルが荷物を置いて戻ってきたのは、広場の鐘が午後を告げる少し前だった。

その後ろには、小柄な少女――ミュイが少し距離を空けて、ちょこんと立っている。

 

「待たせたな、エミヤ」

 

「いや。ちょうどいい頃合いだ」

 

ミュイはベリルの陰から、ちら、とエミヤに視線を向けた。

以前よりは慣れたようだが、まだ緊張の色は抜けていない。

無理もない。騎士団での模擬戦や噂からすれば、エミヤは“すごい人”なのだろう。

 

「えっと……よぉ」

 

「ミュイ。そこは、こんにちは、程度の挨拶がいいぞ。

それに今日は気軽に見て回るだけだ。肩の力を抜け」

 

エミヤはあくまで穏やかに、視線を合わせずに言ってやる。

正面から圧を与えれば、彼女はますます縮こまるだろう。

ベリルが配慮するように、声を掛けた。

 

「うん、エミヤの言う通り、付き合わせちゃって悪いんだけど一緒に来てくれるかな?」

 

「……わかった」

 

二人のギクシャクとした距離に、エミヤがわずかに苦笑する。

 

三人で街を回りはじめると、ミュイは最初こそ遠慮がちだったが、

生活雑貨や魔法学院用の道具を見るうちに、警戒が薄れていった。

 

「色々あるんだ…」

 

「へえ、洒落た物も多いんだね」

 

「魔術師学院に通う者向けに、趣向も凝らしているのだろう。

実際、機能としても申し分ないものが多い」

 

「…そういうの、分かるんだな」

 

「慣れだミュイ。そのうち身に着くさ」

 

エミヤの言葉に、ミュイがくすっと笑う。

学院のバッグ。日用品。ついでに甘い菓子。

必要なものをゆっくり選びながら、エミヤは二人の会話が自然に増えていくのを感じていた。

 

(……良い傾向だ)

 

深く口を挟まなくとも、二人の距離はゆっくりとだが、変わりつつある。

 

 

 

街の散策を終える頃、喉が渇いた三人は路地裏の落ち着いた喫茶店に入った。

木の香りが漂い、夕方の静けさが、疲れを心地よく溶かしていく。

 

「ミュイ、何を食べたい?」

 

「……なんでもいい」

 

「それなら、メニューにあるお店自慢のケーキと甘めな紅茶にしようか。エミヤは?」

 

「では、私は日替わりのケーキ、珈琲を頂こう」

 

注文を終えて、軽く談笑をする。

そして甘味が運ばれ、三人で一息つく。

温かい空気が流れる中、ベリルがふと真顔になった。

 

「エミヤ…今日の成果はあったかい?」

 

「あぁ、君たちに付き合ってもらえて見て回れたよ。礼を言う」

 

「構わないよ、こちらも色々買えたからね。

…理由を聞いても、いいのかな?」

 

エミヤは少しだけカップを傾けてから、静かに言った。

 

「口止めされているわけではない。

実は、喫茶店を始めることにした」

 

「…………は?」

 

ベリルが完全に固まる。ミュイは飲んでいた水を危うく噴きかけた。

時間もあることだからと、エミヤは数日前にアリューシアから依頼された経緯を二人に説明した。

 

「……という事情だ。正式に依頼を受託することにした。

朝のうちにアリューシアには報告してある」

 

「それは、確かに思い切ったね。まさかエミヤが自分の店を持つなんて…」

 

「そこまで大きな店ではない。民家を改装している程度だ。開けるのも不定期にする」

 

エミヤの声は終始落ち着いている。

街を歩きながら決意を固めたのだろう。

 

「人々の生活を、少し離れた場所から見てみたかった。

利益のために店を開くつもりはないが、皆の暮らしに馴染める場所にしたくてな」

 

ベリルはエミヤが人間らしい選択をしたことに嬉しく思いながらも、友人として一つ忠告をした。

 

「エミヤの料理の腕、分かってるから言うけど。

絶対、隠れた人気店になると思う。働き手は足りてるのかい?」

 

「そうならないように調整するつもりだ」

 

「……難しいんじゃないかな」

 

エミヤは返さず、苦笑だけを浮かべた。

ベリルは楽しげに続ける。

 

「で? 店の名前は?」

 

エミヤは一拍置き、静かに答えた。

 

「――“Arbor Haven(アーバー・ヘイヴン)”。木陰の安らぎの場所、という意味だ」

 

ベリルの目が少しだけ丸くなる。

 

「いい名前だね」

 

ミュイも小さく呟いた。

 

「…いい、と思う」

 

エミヤは二人の反応に、ほんのわずか、微笑を返した。

 

人が集い、息をつき、明日へ向かうための場所。

それを叶えたかったのは私ではなく、帰らなくなった店主の想い

せめて、彼の、彼女の想いを、代理として受け継ごうと、エミヤは決めていた。




――彼は、この場所が好きで、誰かの居場所になることを願い、続けられたそうです。

私は、この世界にとってイレギュラーだ。
だからこそ何も残さずに立ち去ることも考えていたが、
せめて支障が出ない間は、彼が護りたかった居場所を受け継ごう。
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