片田舎の剣聖 錬鉄の英霊   作:ナチュル志保

28 / 36
いつも読んでいただきありがとうございます!
本話は閑話となります。
戦闘と関係ないエミヤさんの話を無限に読んでいたい…えみご、感謝です。


【参章・第3.5話】『閑話_穏やかな一日』

早朝の時間帯を僅かに過ぎたばかりの騎士団訓練場では、

多くの騎士が準備対応やウォーミングアップを続けながらも、中央の場所を開けていた。

その理由は、騎士団長アリューシアと特別指南補佐のエミヤとの模擬戦場所を開けるためだ。

 

もっとも、皆二人の打合いを見ていて自身の準備がおざなりになっているとベリルは見抜いていたが、

同時に見入ってしまうのも仕方ないか、と内心考えていた。

 

アリューシアはその役職の都合上、決まった時間に鍛錬をすることが難しく

騎士業務の空き時間に鍛錬をしており、その時にベリルやエミヤが空いていれば稽古を付ける形だ。

今日に関しては、エミヤが稽古相手に選ばれた。

 

 

 

木剣と木剣が触れ合う乾いた音が、規則正しく空気を震わせる。

 

打ち込む。

受ける。

流す。

 

それだけのやり取りを、二人は何度も繰り返していた。

 

互いに大きな動きはない。

だが一合ごとに、空気がわずかに張り詰めていくのが分かる。

 

(……やはり、隙を見つけるのも容易ではありませんね)

 

アリューシアは内心で息を整えながら、エミヤの構えを見る。

剣を正面に置き、重心は低く、しかし踏み込みの余地は残している。

 

派手さはない。

だが、隙もない。

正確に分析すると、一見隙と見えてしまう箇所は散りばめられているが、

それらは"誘導の隙"だけであり、その強固な護りを崩せる箇所は見当たらない。

 

「来ないのかね?」

 

エミヤが挑発とも取れる言葉を投げる。

 

「無論、攻めさせてもらいます…守りに徹していても解決しませんので…っ!」

 

返答と共にエミヤに向かって打ち込むアリューシア。

その速度は"神速"の二つ名通り、剣士相手であれば多くの者が一撃で勝敗が決まるほどの練度。

 

それほどの速度を、しかしエミヤは当たり前のように平然と捌く。

それは、あたかも"神速"を上回る強者たちと渡り歩いてきたような、歴戦の戦士としての経験。

だが、防がれると分かっていたアリューシアもまた、追撃を止めない。

 

三度打ち込み、フェイントを混ぜつつ切り上げる。

エミヤがその全てを双剣で捌きつつ返しの剣を振るうも、眼で追えているアリューシアは最低限の体捌きで避ける。

そしてアリューシアが再び正面から切り込む、と見せかけて、即座にエミヤの背後に回り、切り込む。

 

──彼女は"神速"だけを武器にしている剣士ではない。

この身は、誉れ高きレベリオ王国の騎士団長。

何より、信じて疑わぬ"剣聖"ベリル先生から、その教えを収めた弟子である。

その誇りを胸に研鑽を続けてきた剣技は、難攻不落の護りと言えど打ち崩す。

 

奇襲性を秘めた背後からの切り込みにも反応するエミヤ。

その攻撃を受け流しつつ回し蹴りを見舞うが、アリューシアは半歩下がることで回避に徹する。

体格差のあるアリューシアでは、その蹴りを受ければ僅かでも身体が崩れる。エミヤの前では、それは敗北だ。

 

──眼の良さであれば、無論エミヤもまた負けることはない。

動作の"起り"を最小限に削った彼女の剣技は、慣れぬ者には目前の彼女が急に消えたと映るだろう。

それほどの速度と錯覚させる、自身の得手を伸ばす努力を欠かさず身に着けた彼女ならではの技法だ。

その特徴も既に見抜いているエミヤにとって彼女との打合いは、云わば根競べ、なのだ。

 

エミヤが双剣による反撃を試みても、彼女自身の眼の良さはこちらの行動の起りを捉える。

そして、ベリルの教えを収めているだけあり、受けの技法もかなり上手い。

双方相手の攻めを上回る"護り"を持つ為、決着にはいかに手数を増やしフェイントを混ぜ

相手の隙が僅かに空けば好機として差し込む、といった耐久に近い打合いとなる。

実は負けず嫌いな性質を持つ二人ということもあり、一度打合いが始まるとしばらく剣戟の音が鳴りやまない。

 

 

 

(……見えた)

 

百に届くと思わせる程の打合いの末。

 

カン、と高い音。

エミヤの右の木剣が弾かれ、その瞬間、左の剣で距離を詰める――が、

 

「――そこです」

 

アリューシアの剣が、彼の肩口に寸止めで入った。

勝敗は明白だった。

エミヤは一歩引き、静かに両手の剣を下ろす。

 

「……参った」

 

短い言葉。

だが、その声音には、わずかな笑みが含まれていた。

 

「今の間合い管理は見事だ。最後の場面、押し切られるとは思わなかった」

 

アリューシアは、息を整えながらも姿勢を正す。

 

「あそこで無理をしなければ好機は遠ざかると感じ取りました。

何より、先生やエミヤさんに鍛えていただいて、ようやく、です」

 

そう言ってから、感慨深げに続ける。

 

「正攻法以外の戦い方が自分の課題だと、お二人から学びましたので」

 

エミヤは彼女を見て、軽く頷いた。

 

「だが、今は“苦手だと分かった上で対処している”。

それだけで、戦術も増え、闘い方は別物になる」

 

彼女は、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。

 

「……しかし」

 

アリューシアは言葉を選びながら続ける。

 

「稽古場の模擬戦では、エミヤさんが本来得意とする戦い方が使えません。

それを封じた状態なら、私に有利なのは当然です」

 

「理解しているのは良いことだ」

 

エミヤは、木剣をまとめて脇に置く。

 

「だが、“当然”と言い切れるほどの差は、もうない」

 

その言葉に、アリューシアは思わず目を見開いた。

 

「事実、私は身体強化の魔術を駆使しているが、君との模擬戦では効果は薄い。

固定された状況において、己の最善を尽くして相手と向き合う場面は珍しくないのだから、

君は確かに十全の私に勝利しているよ」

 

無論、私も負け続けるつもりはないがね、と話すエミヤ。

気配りもあるが、戦士としての本音が含まれていることにアリューシアは感謝を伝える。

 

「……ありがとうございます」

 

一瞬の沈黙。

やがて、彼女は意を決したように口を開く。

 

「……あの。

お願いが、あります」

 

「言ってみろ」

 

「先生と行っているような訓練を、

私にも、していただけませんか?」

 

彼女の願いは、ビデン村に居た時のベリルとの訓練を指すのだろう。

 

投影魔術。

複数武装。

実戦を想定した、危険度の高い稽古。

 

エミヤは、即座に首を横に振った。

 

「駄目だ」

 

迷いのない拒絶。

 

「魔術は、本来秘匿されるものだ。

ベリルとの模擬戦も、地方の森で結界を張って行った」

 

「……それは、分かっています」

 

アリューシアは、唇を噛む。

 

「ですが――」

 

「それに」

 

彼は言葉を重ねる。

 

「君は騎士団長だ。

肩書を持つ者に、危険な訓練で怪我をさせるわけにはいかない」

 

理屈は、正しい。

それが分かるからこそ、彼女は納得しきれない表情を浮かべた。

 

「……私は、まだ強くなりたいのです」

 

その言葉は、子供じみているほど真っ直ぐだった。

エミヤは、少しだけ考え――やがて折れる。

 

「次回の模擬戦から、投影した“木製”の武器を複数使い分ける。それが許容範囲だ」

 

「……本当ですか?」

 

「ああ。今より、実戦向きにはなる」

 

アリューシアは、ようやく笑顔を見せた。

 

 

 

稽古が一段落し、二人は訓練場の縁に腰を下ろす。

真昼の陽光が、石畳を照らし始めていた。

 

「ところで」

 

エミヤが、ふと思い出したように口を開く。

 

「騎士団の事務職員の間で、

最近、何か流行っているものはあるか?」

 

「流行、ですか?」

 

意外な話題に、彼女は少し首を傾げる。

 

「……そうですね。最近は、都市に新しくできた菓子屋の焼き菓子が評判です」

 

「焼き菓子、か」

 

彼は、顎に手を当てて考え込む。

 

「エミヤさんからこうした話が出るとは珍しいですね。新しい喫茶店のメニューですか?」

 

「それもある。だが、今回は贈り物でね」

 

アリューシアは、一瞬言葉を失った。

 

「……贈り物、ですか?」

 

「君たち事務員の一人と、夕方に出かける予定がある」

 

思わず、声が上ずる。

 

「そ、それは……!」

 

続けて何かを聞こうとした瞬間――

訓練場の入口から、慌ただしい声が飛んできた。

 

「団長!至急、執務室へ!」

 

仕事。

現実。

 

「……失礼します!」

 

そう言い残し、彼女は駆け出した。

背後で、エミヤが小さく息を吐くのを知らぬまま。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

夕刻。

街路に橙色の光が差し込み始めた頃。

 

「…では、尾行を開始しましょう」

 

アリューシアは、物陰から通りを覗き込みながら、少しだけ声を落とした。

 

「団長の立場で、尾行ってどうなんだろうなとは思うけどさ」

 

隣で腕を組むベリルは、苦笑混じりにそう言う。

 

「流石に、友人の“デート”をつけ回すのは、失礼じゃないか?」

 

「でも、気になるっすよね?」

 

即座に返ってきたのは、クルニの軽い一言だった。

ベリルは一瞬考え、顎に手を当ててから、

 

「……まあ。

確かに、少しは気になるね」

 

そう言ってしまった時点で、もう引き返せない。

 

アリューシアは、事前に“その事務員”から話を聞いていた。

夕方から、エミヤと出かける予定があること。

そして――話す時の表情が、少し柔らいでいたこと。

 

(……やはり、好意は、ありますよね)

 

その考えを胸の奥にしまい、彼女は再び前を見た。

 

通りの向こう。

エミヤと彼女が、並んで歩き始めている。

 

距離は近すぎず、遠すぎず。

だが、歩幅は自然に揃っていた。

 

 

 

最初に入ったのは、装飾品を扱う小さな店だった。

ショーケースを覗き込み、彼女が何かを指差すと、エミヤは一歩下がって視線を合わせる。

 

無駄のない立ち位置。

邪魔にならない距離。

 

「……エミヤさん、エスコート慣れてるっすね?」

 

クルニが、感心したように呟く。

 

「……ですね」

 

アリューシアは、小さく息を吐いた。

 

花屋では、彼女が色とりどりの花に目を輝かせ、エミヤは店主と静かに話し込む。

戻ってきた時には、彼女の好みに合いそうな花を、いくつか手に取っていた。

 

喫茶店では、窓際の席に案内され、穏やかな時間が流れる。

彼女は終始楽しそうで、笑顔が途切れない。

 

「……いいっすね」

 

クルニのその一言に、アリューシアは胸がちくりとした。

 

自分も、女性だ。

ああして、気遣われながら街を歩くことに、憧れがないわけではない。

 

そして、ふと――思う。

 

(……いつか、先生と)

 

そんな想像をしてしまい、慌てて首を振る。

けれど。

 

(もしや、今、こうして並んで歩いているのも……

これはこれで、“デート”なのでは?)

 

遅れて尾行しながら、同じ夕景を見ている。

隣には、ベリル。

 

アリューシアは、そっと彼の横顔を盗み見た。

真剣な顔で前を見つめている、その表情が――なぜか、嬉しい。

 

噴水広場に差し掛かった頃。

エミヤと彼女は立ち止まり、何かを話している。

 

「そろそろ……やめようか」

 

ベリルが言った、その瞬間。

 

エミヤが、可愛らしい包装の小袋を彼女に手渡した。

彼女は驚き、そして――嬉しそうに微笑んだ。

軽く会釈を交わし、二人は別れる。

 

次の瞬間。

 

「……いつまで、ついてくるつもりだ?」

 

三人の前に、エミヤが立っていた。

 

「趣味が悪いぞ」

 

静かな声。

だが、完全に気づいていたらしい。

 

「……すみません(っす)!」

 

三人は、ほぼ同時に頭を下げた。

沈黙の後、エミヤは小さく息を吐く。

 

「夕食時だ。

……君たちにこの後の予定がないなら、付き合いたまえ。話もある」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

店に入り、食事が落ち着いた頃。

クルニが、意を決したように口を開いた。

 

「さっきの、あれ……

デートだったんすか?」

 

「違う」

 

即答だった。

 

「新しく開く店の、雰囲気やメニューを考えていてな。

相談に乗ってもらっていただけだ」

 

「……それだけっす?」

 

「女性も、姉への贈り物を考えていた。

互いに、意見を出し合っていただけだ」

 

ベリルが、ふと思い出したように聞く。

 

「最後に渡していたのは?」

 

「クッキーだ」

 

「お昼に紹介したお店のものでしょうか?」

 

アリューシアの問いに、エミヤは首を振る。

 

「店には足を運んだ。

その上で、参考にした手作りだ」

 

「手作りっす!?」

 

クルニが声を上げる。

 

「そういえば前に、村で子供たちに配ってたね」

 

ベリルの言葉に、エミヤは曖昧に頷いた。

 

その後も、エミヤの焼き菓子の話は続いた。

いつかミュイにも作ってあげたいと思うベリルに対して、

まずは基本の料理が出来てから、と前提にしつつも幾つか調理ポイントを嬉々として話すエミヤ。

配合、焼き加減、はたまた保存性まで説明しているが…さては、菓子作りの話が楽しくなってしまってるのでは、エミヤさん?

 

その裏で、アリューシアとクルニは顔を見合わせる。

 

「……お相手の女性は、恋愛的にも好きだったと思います」

 

「そうっすよね。エミヤさん、女性泣かせっす」

 

「誤解だ」

 

エミヤは即座に切り捨てた。

 

 

 

やがて話題は、喫茶店へと移る。

 

「メニューや、空気感について。何か要望はあるか?」

 

皆で、あれこれと意見を出し合い、笑い合う。

アリューシアは、その様子を眺めながら思った。

 

(……この人は、本当に真面目だ)

 

頼まれたから、調べる。

歩いて、見て、考えて。

人の暮らしに、きちんと向き合おうとしている。

 

(……喫茶店の件、お願いして正解でした)

 

噴水の音が、遠くで響いていた。

穏やかな夜が、静かに始まっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。