そして、年末投稿の作品にも関わらず、感想や反応、ありがとうございますー!!
誤字修正の皆様に生かしていただきながら、頂く感想等で次話のエネルギーになると実感しております。
本話、元々一話分の予定でしたが、量が多くなってしまったので分割させていただきます。
最後に、今年もよろしくお願いします!
魔術学院の正門前では、一見すると変わらぬ日常に映るが、事情を知る者が見れば非常事態特有の緊張に包まれていた。
日常のように見えるのは、ひとえに教員が生徒たちにこの緊急事態を公表せず、変わらぬ時間を続けているからだ。
それは生徒に心配をかけたくないという気配りも僅かに含まれるが、
それ以上に魔術学院が揺らいだ事態が公になることで、国家としての信頼への影響が怪しぶまれることになる。
魔術学院はレベリオ国家が運営している。
その重みは他国への牽制にもなり、国の強固な武力でもある。
その武力が揺らいでいる、などと情報が知れ渡れば、最悪のケースでは他国に攻め込まれる切り口になってしまう。
そして、例え望まぬ戦争で防衛できたとしても……戦争につぎ込まれた資源、命までも、いともたやすく消費されてしまう。
だからこそ、魔術師団長不在の今、教員たちは検討の末、現状秘匿する決断に至った。
そのため、表立っては穏やかな風景だが、地下への通路には教員が警備のために立っている。
分かる者が見れば、一目で緊急事態だと勘付くだろう。
そのような隠された緊張状態の中、クルニは門の陰で待機しつつ、所在なげに正門を見上げていた。
いつもの騎士団服に身を包み、手持ちの装備も不足がない万全の状態。
横には全身甲冑の熟練騎士が一人。二名は学院からの緊急召集に備え、要請を待つ役目を帯びていた。
「……団長と副団長が、問題の対処に向かったみたいっす」
クルニは低く呟いた。視線は門の外へ、思考は別の場所へ飛んでいる。
「私、正直あの二人がしくじる姿、想像できないっす」
その声音は強がりのようで、どこか心細さを孕んでいた。
末端の騎士にまで詳細な情報は落ちていない。
何かしら危険が発生し、騎士団からはトップの二人だけで対応となり、私たちは万が一のための避難誘導の任、という指示。
危険が何なのか、敵が何なのか分からないクルニには、些か手持無沙汰の心境の中でぽつりと出た本音だった。
熟練騎士は兜の奥で目を細めた。
午後の光を反射する金属の面は温かさを増す中、その口調は低く、確かな重みを持っていた。
「クルニ。お前はまだ若い。だからこそ、思うところがあるのだろうが――世界はあまり優しいものではない」
「……せ、世界っす?」
「副団長のヘンブリッツはな、私とよく話す。彼はいつも言っていた」
騎士は正門の紋灯に視線を移した。
揺れもしない光を見つめながら、まるで誰かの言葉を反芻するように続ける。
「不足の事態がある時、最前線に立つのは自分だ。だからこそ、死ぬ可能性も常に自分が一番高いのだ……と」
クルニは目を見開いた。
皆を率いて前線で戦う、頼れる副団長の姿ばかり印象に残っていたため、イメージに似つかわしくない言葉に驚愕だった。
「副団長がそんなこと言うの、想像できなかったっす」
「彼は真面目な青年だからな、部下に余計な心配をかけたくないのだろう」
それに、と騎士は続ける。
「強さは、生き残りの保証ではない」
騎士は首を横に振る。その金属の擦れる小さな音すら、今は世界の核心のように聞こえる。
「団長も同じだ。才能がある者が生き延びるのではない。
力量があるからこそ、立場があるからこそ――今回のような危険の中心に立つことになる」
「…………」
「誰にでも死は訪れる。平等に。唐突に。残酷に。人も、英雄も、例外ではない」
騎士の言葉は、まるで無意識に命の危機があることを本能で嫌ったクルニに対した刃そのものだった。
当たり前の事実から目を背けるな、と真っ直ぐ刺さる。
クルニは押し黙り、服の裾をぎゅっと掴んだ。二人の間にだけ、無言の時間が少し流れる。
「……昔の偉人は、こうも言っていたらしい」
騎士はわざとらしく咳払いし、声音をわずかに和らげた。
「ある人物が別の世界では命を落とさなかったとしよう。
その世界を"正しい世界"と仮定した時――今いるこの世界が、その正しい世界である保証はどこにもない」
「……?」
「つまり、だ」
「"正しい世界"というものは一つ、これを正史と言ってもいいかもしれない。
対して、"正しくない世界"は無数にあり、今我々が居る世界も、その一つだとしたら……
いつ誰が予期せぬ死に遭うか分からない。結局のところ、運命は神のみぞ知る――神のみぞ知る、だ」
クルニはさらに混乱した顔をした。
眉がきゅっと寄り、どうにか解釈しようとするが、釈然としない。
「それって……つまり、どういうことっす?」
「安心するな、ということだろうな」
騎士は肩をすくめた。重厚な甲冑が軋むのに、その仕草は人間臭い。
「もっとも……俺にも偉人の言葉はよく分からんのだがな」
苦笑混じりにそう言って、騎士はクルニの頭に手を置いた。鋼の手甲が触れるのに、妙に温かさを感じる。
「先を憂うのも大事だが、今は任務に集中しろ。足元を固めてこそ、未来も掴める」
クルニは小さく頷いた。
難解な哲学は理解できなかったが、言葉の芯だけは受け取れた。
「……難しい話だったっす。だけど……」
「……けど?」
「今は目の前のことに集中するっす」
「……そうだな、そうであるべきだ」
門の外から吹く風が、学院の紋灯を撫でる。
光は揺れない。だが、世界の先行きだけが確かに揺れていた。
「……それにしても、街中でその恰好なのは、どうかと思うっす」
「俺の座右の銘は常在戦場だ。
それに、鎧が他人の視線を防いでくれるから……余計な気疲れをしないでいい」
「それは、多分、逆効果っす……」
◇ ◇ ◇
転移は一瞬だった。
魔術式の白光が収束し、四人の足元から魔法陣が消えると同時に、空気の匂いが変わった。
湿った石、焦げた魔力、鉄と血の混じった臭気――呼吸をするだけで肺がざらつく。
アリューシア、ヘンブリッツ、スレナ、キネラの四名は、ファウステスが組んだ座標固定とファウステス式魔術による転移術の強制介入により、
学院の正門付近から、地下牢へと叩き落とされる形でワープしたのだ。
視界が開けた瞬間、最悪の光景が飛び込んでくる。
フィッセルが双剣に貫かれていた。
影の持つ黒い干将・莫耶のような双剣の片割れが胴を穿ち、もう片方が背中側から突き抜ける。
さらに影の周囲から射出された無数の剣の一振りがフィッセルの胸部を掠め、その勢いのまま後方の壁へ――。
ガギンッ!
射出された剣はフィッセルの身体を貫通し、石壁に縫い付ける。
まるで標本のように、人間一人が壁面に固定されてしまった。
そして、影は追撃のため、即座に次の投影剣を射出する。
黒光りする剣が一直線にフィッセルの頭部を狙う。
そこには奮戦した若き魔法剣士への敬意などはない。
ただの殺戮の一手。かつて正義の味方が行ってきた行為と同様――ただの、処理だ。
「――フィッセル!!」
キネラが声を上げるより早く、スレナの身体は既に消えていた。
彼女は誰より速い。それは反応速度だけではない、俊敏性もずば抜けている。
踏み込みと同時に風圧が爆ぜ、瓦礫を巻き上げながらフィッセルの元へ駆け寄る。
そして、彼女の全速力による一撃が――
キンッ!
細く鋭い金属音が戦場に響いた。剣は弾かれ、軌道を逸らし天井へ突き刺さる。
火花が散る中、スレナはようやくフィッセルの身体に触れた。
「フィッセル!しっかりしろ! 」
だが彼女からの返事はない。近くで見れば、フィッセルがどれほど重症なのか一目瞭然であった。
スレナは瞬時に理解し、所持している最高級の回復ポーションを惜しみなく使用する。
「キネラ! フィッセルはまだ生きてる、だが至急治療が必要だ!」
「わかりました!向かいます!!」
キネラが即座に治療魔術の準備に入る。
無論、そのような隙を、彼の殺戮機構が見逃すはずはない。
だが、転移直後に影との距離が最も近かったのはヘンブリッツが、躊躇なく影に斬りかかる。
影も同じく双剣を構え迎撃する。
影の双剣と騎士の剣がぶつかり、その衝突の威力は余波を発生させた。
ギャリィンッ!
"轟剣"の一撃を、正面から受け止められる。
人型の生物相手に初めての体験となり僅かに驚くヘンブリッツだが、即座に斬り合いに応じる。
そして、数合、いや十数合に近い斬撃の応酬が続く。斬り合いの中でヘンブリッツは相手を冷静に分析する。
影は防御主体のカウンター剣士。何より、その太刀筋はエミヤと酷似しているが、ヘンブリッツは即座に違和を掴んだ。
「……模倣、なのか」
影は無言。
だがその剣筋は紛れもなくエミヤのカウンター型双剣術。
致命的な隙を誘い、踏み込んで斬り返す型。だが――。
エミヤと稽古で打ち合う回数が一番多いヘンブリッツだからこそ、影は彼の技量に劣っていることを見抜く。
常に集中する必要があるが、この程度の剣技で終わるだけであれば、少なくとも"誘い"に嵌まることはない。
だが、技量が劣る分と引き換え、とでも言うべきか。
影の筋力と速さは、エミヤを上回っていた。
重い。速い。しかも意思を持たないからか、迷いがない。
防御主体でありながら一太刀ごとが致死級。徐々にヘンブリッツの腕に痺れが走る。
(同じ型なのに、出力が違う……これは、単騎では打ち取れないか)
数合目で理解した。十合目で確信した。十五合目で悟った。
この影はエミヤの剣技を模倣しつつ、基礎スペックは怪物級にブーストされている。
「ヘンブリッツ!」
「っ!分かりました!」
二人は互いに視線を交わさずに連携へ移行する。
影の意識がヘンブリッツに向いている隙に、アリューシアはヘンブリッツの背後から速度を活かした奇襲へ動いた。
機会を探っていたアリューシアの、奇襲性を秘めた“神速”の突き。
踏み込み。風切り。刺突。
「――貫け!」
だが剣先が影の肩へ届いた瞬間。
ザギッ――。
嫌な音がした。肉を裂く音ではない。骨でも筋でも血管でもない、未知の硬質物が擦れる音。
アリューシアの剣は届いたのに、刺さらなかった。
そして、アリューシアにのみ、視認できた。
影の身体の“内側”から、刃のように隆起している。
それは一見すると皮膚の様であり、内側から剣が食い破っている様にも見えた。
そして、刺突は肩の表面で止まり、むしろアリューシアの手元へ衝撃が跳ね返ってきた。
「っ!剣が、生えて……!」
アリューシアは想定外の出来事に一瞬思考を割くが、即座に切り替える。
重要なことは戦法への影響。つまり、魔剣を持たない自身では、影の身体へ攻撃は通らない可能性が高いという事実。
アリューシアの攻撃を受けたこともあり、影は距離を取り直すため後方へ飛び退いた。
実際、直前までは魔法剣士以外、すべて魔術師だったからこそ、魔術師殺しに特化していた中、
急遽現れた剣士たちに、僅かに後れを取っていた。故に、仕切り直し。
そして仕切り直しが必要なのは、相手に限った話ではなかった。
即座にアリューシアはヘンブリッツの下に戻る。
「情報共有をしましょう」
ヘンブリッツが低く言う。
「影の剣筋はエミヤ殿と同型です。双剣の剣技は彼より劣りますが、筋力や俊敏性は上です。
人型の見た目に騙されてはいけないようです」
アリューシアは短く息を吸う。
「私の攻撃が防がれた瞬間、影に剣の鱗とも思える装甲を視認しました。
私の剣では、身体への攻撃は届かないでしょう。他の急所を狙うこともできますが、有効なのは魔剣クラスの武器でしょう」
「そうなると、私の剣もどこまで届くか怪しいですね。この場であれば、スレナ殿か、ベリル殿ですか……」
ヘンブリッツの言葉にアリューシアは頷き、一瞬だけ横目で戦場後方を見る。
スレナは倒れている魔術教員たちの間を高速で巡回し、順番にポーションを投与しながらファウステスの元へ集めている。
彼女独自の判断だが、最善の対応である。戦闘余波の考慮や、万が一人質にされた場合、影への攻略に影響が出る。
しかし、速さと体力は随一だが、それでも壊滅戦場の救助には時間がかかる。
キネラはフィッセルの治療に専念している。
彼女が魔術師として優秀だと伝わるが、フィッセルがこの場で最も重症であり、未だに意識は戻らない様子だ。
そして――ベリル。
後方で治療を受けているはずのベリル。治療に専念している魔術師が居ることは見えたが詳細は掴めない。
だが目を覚ましていないという事実だけは分かった。
(……駆け寄りたい)
その衝動が胸を焼く。
だがアリューシアは歯を噛み、拳を握り、感情を殺した。
(今じゃない。リサンデラもキネラさんも動けない。なら――)
「時間を稼ぎましょう。無理な攻めに転じて勝てる相手か怪しい見立てです。
今この場で影と渡り合える可能性があるのはリサンデラか先生だけ。
……であれば、今動ける私とヘンブリッツで、戦線を維持するしかない」
ヘンブリッツは剣を構え直し、気合を入れた。
「分かりました。死力を尽くします」
「えぇ。行きましょう、ヘンブリッツ」
互いに相手を案じる言葉は不要。
共に肩を並べるに足る実力者であることは誰よりも理解している。
信頼と覚悟を纏い、剣士は死闘に集中する。
アリューシアが踏み出した瞬間、戦場の残響が震えた。
瓦礫の上を駆ける靴底は迷いなく、彼女は影との距離を一息で詰めた。
斬撃は速く、重心は低く、最短の軌道で首元へ吸い込まれるように流れる。
その動きに呼応するようにヘンブリッツも同時に前進。
彼はアリューシアの一拍後に動いたのではない、同じ拍で斬り込んだのだ。
二人の連携は理詰めではなく鍛錬の産物。
互いの呼吸、歩幅、殺気の流れすら把握し合っているからこそ可能な“騎士団の連携”。
「行きます!」
「分かりました!」
二人の刃が双方から影へ挟撃する。
――そのはずだったのに。
影の魔力が渦を巻き、双剣が顕現する。だが現れたのは干将・莫耶のような夫婦剣ではない。
黒い魔力から浮かび上がったのは二振りの魔剣。
片方は荒ぶる波濤を象った赤黒い魔力を纏い、もう片方は神の加護を僅かに纏い黄色の輝きを放っている。
それは、ディルムッド・オディナが扱う――二振りの"魔剣"。
“
“
間合い、速度、先手――すべてアリューシアが上回っていた。
影は彼女より遅く構えた。だからこそ本来ならアリューシアの刃が先に届く。
なのに。
――影の魔剣が、先に彼女を、切り伏せた。
ゴォン――ッ!!
戦場全体が鐘のように震える。モラ・ルタによる一撃。
それは、あたかも一撃必殺、初撃必勝の呪いを宿した一振り。
重さは剣の域を超え、荒れ狂う海そのものが振り下ろされたかのような暴威。
「ぐっ……!」
アリューシアは咄嗟に剣を防御へ切り替える。
先生の教えである守りの型から、唯一間に合う防ぎを行う。
これは攻撃に対して完全には受け流せない型であり、女性の筋力では反動が来るが、彼女は理解していた。
(受けなければ、死ぬ)
他の型は選べない。相手が上手い、とは異なる次元。
言うなれば、すべての回避を許さぬ、まるで運命を捻じ曲げられたとも取れる魔の一撃。
技量のすべてを腕、肩、腰、膝、足裏へ分散し、身体全体で“壁”になる。
ギギギギギンッ――ッ!!!
火花は出ない。出るのは魔力の波頭が砕ける光の飛沫。
アリューシアは辛うじて防ぎ切るが、衝撃は殺し切れない。
彼女の足元の石床が蜘蛛の巣状に陥没し、両膝が耐え切れず折れた。
ドンッ…!
片膝ではない、両膝が同時に落ちた。
骨や筋肉に支障が出なかったことが奇跡、だが代償として、敵を目前にして痺れで動けないこと――
「――団長殿!」
ヘンブリッツが即座にカバーへ回る。彼の剣は連撃へ移行。
相手の防御を叩き割るのではなく、反撃の余白すら奪い続ける乱打型の制圧剣。
しかし。
影はもう一振りの魔剣を逆手に構え、防御へ。
その瞬間――影の周囲に“水面の波紋”のような魔力陣が広がった。
ベガ・ルタの防御加護。
本来は防御宝具だが影の出力で振るわれるそれは、防御の概念を上げる程度に抑えられる。
しかし、素のステータスも高い影が使うことで、一段と防衛力が上昇する。
「ぐっ!攻めきれない、か!」
ヘンブリッツの連撃が二振りの魔剣に阻まれる。有効打に移らない。
そして、連撃が止まった僅かな瞬間、影は反撃ではなく押し返しを選んだ。
ガァンッ――!!
太刀を弾くというより波に飲まれて押し流される感覚。
ヘンブリッツの身体は数メートル後方へ吹き飛ばされる。
「っ…!」
肺の空気が一瞬で消える。視界が黒く滲む。
影はあろうことか、手持ちの武器を――投擲。
ヘンブリッツの剣士の直感は「斬って弾く」ことを一瞬だけ選択肢として提示した。
だが彼はそれを切り捨てた。
(嫌な予感がする)
剣士の理屈ではない。
剣士の勘が告げた未来予測。
彼は、剣の構えを防御に回した。
ズドォンッ!!
投擲された魔剣は直撃と同時に爆発。
勘に救われたヘンブリッツは、防御を選んだことによりダメージを軽減した。
黒煙が噴き上がり、衝撃波がヘンブリッツの身体をさらに後方へ押し出す。
「ぐっ……!」
吹き飛ばされながらも体勢を整え、呼吸を再開しようと意識を切り替えた瞬間――。
「――矢ッ!?」
ヘンブリッツの頭部に迫るのは一本の光の軌跡。
射られた必中の矢。銘がある武器ではない。
ただ、頭蓋を射られれば死ぬ。
その当然の事実が、今、ヘンブリッツに突き付けられた。
速度も軌道も異常。回避も防御も間に合わない。
(死ぬ)
ヘンブリッツの背筋が凍る。
「ヘンブリッツっ!!」
――アリューシアが身体ごとヘンブリッツを突き飛ばした。
ギリギリだった。
矢は二人の間を裂くように通過し、後方の石柱を粉々に破壊する。
二人は体勢を直し、直前まで迫っていた死から思考を切り替える――そんな猶予も、なかった。
影は間髪入れずに次の攻撃に転じる。
それは、全投影連続層写。
投影剣の掃射による、面の制圧。
ザザザザザッ――!!
雨ではない、剣の暴風。
アリューシアとヘンブリッツはその場で防ぎ凌ぐしかない。
回避をするにも余裕がない。
縫い付けられたかの様に、その場で耐え凌ぐことを強要された。
「これは……っ!」
「堪えますね……っ!」
アリューシアもヘンブリッツも、集中を切らさず射出される剣を打ち払っていく。
剣も同じ武器はなく、大小様々な武器が撃ち続けられる中、致命傷にならないものを選び剣を振るう。
傷は負うが、戦闘に支障が出ないように耐え忍ぶ。剣への鍛錬を怠らなかった二人だからこそギリギリで耐えれる状況であった。
だが次の一撃はさらに異質だった。
影の手に新たな武器が顕現する。
槍。だが、ただの槍ではない。それは怨嗟を纏う悲嘆の概念槍。
「うおおおおおおお――ッ!!」
人間の絶叫のような音と共に、槍は振るわれた。
ジャンヌ・ダルクの武具。
“悲嘆せし聖母(トリステス・ドゥ・ラ・ヴィエルジュ)”
影が振るうそれは怨嗟を力の源とした破壊の奔流。悲鳴が概念となり、範囲のある斬撃として放出される。
(受けたら消し飛ぶ)
二人は同時に判断した。
互いに声を掛ける隙はなかった。相手の無事を信じながら、自分の回避に専念する。
槍の斬撃が通り過ぎた後、戦場の壁面が縦一線で抉れ、学院地下の外壁すら粉砕する。
その破壊規模はもはや軍勢級と思わせる程。劣化品で、この威力。
アリューシアの背筋を冷たい汗が流れる。
(リサンデラの救助が少しでも遅れていたら……誰かが巻き込まれてました)
ヘンブリッツも内心で呟く。
(今までは勘と幸運で救われていたが、何度も続かない。長引けばいつ死んでもおかしくない)
戦線はまだ崩れていない。
だが二人は確信していた。
死を、覚悟しなければ、いけない。