片田舎の剣聖 錬鉄の英霊   作:ナチュル志保

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いつも読んでいただき、ありがとうございますー!
前話の後編に当たる話となります。
ここ2-3話で分量が多くなってしまってまして、
私が本作を書きたいと思った時に、一番のシーンと思っていたことが理由になります。

そして、この話に至るまで、より一人一人キャラが好きになり、気付けばこの文量。
相変わらずの文章で読みにくい部分があるかと思いますが、
少しでも楽しんでいただけますと幸いです。
私は皆様のおかげで楽しいです。本当にありがとうございます。


【参章・第7話】『ある英雄の影(後編)』

英霊――サーヴァント。

ここではない世界、彼方の世界にて、"魔術世界における最高位の使い魔"として呼ばれる存在。

神話や伝説の功績が信仰を生み、その信仰をもって精霊の領域にまで押し上げた守護者。

 

例外を除いて、十全の彼らを、今を生きる者たちが直接倒す術はない。

その特性上、霊体であることから通常攻撃が効かない、といった点もあるが、それだけではない。

仮に相手が受肉した状態であったとしても、その存在は伝説の武人、神話の再現、多くを殺し頂点となった者。

本人の戦闘力が桁違いに高いのだ。

 

「たとえ戦車の一個師団、戦闘機や戦艦の襲来さえをも、彼らは打ち砕いてしまう」

 

それほどまで圧倒的な、"大量殺戮兵器"だ。

 

 

 

今を生きる者、誉れ高き王国騎士の剣は、絶望を前にしても折れない。

レベリオ王国騎士団の両翼は、その身に少ない傷を負いながらも戦意を失わない。

アリューシアとヘンブリッツは、その短い一呼吸で可能な限りの体内の空気を入れ替え、再び目前の絶望に集中する。

――悲鳴を上げる心身を休ませてくれる時間など、貰えない。

 

そして、影の魔力が、次の“器”を求めて唸った。

 

黒い渦から浮かび上がるのは、異形の武器。

巨大な両手武器。鋭利な穂先と龍の如き曲線を描く戟身。

そして一番の特徴は――大型両手武器の特徴を、すべて内包している万能武器であり、兵器として名作の代物。

 

方天画戟(ほうてんがげき)。

彼方の世界にて三国の猛将、呂布奉先が振るった覇王の武。

その穂先は呂布奉先が戦場で振るったと伝えられる戟の形を忠実に再現し、全長は彼の身長を悠に超えている。

即ち――大量破壊兵器。

 

重厚な黒鉄に刻まれた殺戮の予兆が、戦場に不穏な鼓動を刻む。

影に対して再び左右から挟撃に持ち込もうとした瞬間――ヘンブリッツがその圧を一瞥した一瞬、影は狙いを定めた。

 

――刺突

 

戟は噛み砕くように一点へ伸びる。

ただ刺すのではない。重力の奔流そのものが一点へ凝縮された一撃だった。

 

ヘンブリッツは躊躇なく剣を構えた。

巨大な穂先を斬って迎撃するのではない、打ち合い、逸らす。

 

「うぉぉぉ!!」

 

ガキィン!!

 

ヘンブリッツの雄たけびと共に、全力を込めた"轟剣"を振るう。

金属同士が衝突した瞬間、轟音が戦場を揺るがす程だった。

だがその衝撃は、打ち合いというよりは波に叩き伏せられた魚のような衝撃だった。

 

衝撃はヘンブリッツの全身を痺れさせ、鎧をも砕くほどの圧力を残して走る。

 

「――くっ!」

 

鎧の継ぎ目が軋み、骨が痺れ、視界の端が白く滲む。

圧倒的な力の前に、ヘンブリッツの脚がわずかに震えた。

 

その脇で、アリューシアは即座に反応していた。

彼女は自身の強みである"眼"を存分に活かした戦術眼により、敵の“攻撃の隙間”を一瞬で把握し、踏み込んだ。

駆け上がるように接近し、影の頭部を狙って斬撃を叩き込む。

視力と肉体と剣技、すべてが揃わなければ打てぬ、渾身の一撃。

 

――彼女たちは知ることが出来ない。

影が手にする殺戮兵器は、彼の天才軍師が考案した中華ガジェットの傑作であり、"軍神"が振るうに相応しい武器。

故に、この超兵器を人が予測することなど、到底不可能。

 

影は、アリューシアの渾身の一撃に対し、まるで予め用意されたかのように刃を弾いた。

 

――払い

 

両腕の魔剣が蛇のようなしなりでアリューシアの攻撃を撥ね返す。

必ず当たると確信した神速の一撃に、カウンターをされる。

その反動で彼女は吹き飛ばされ、荒い息を吐いた。

 

「ぐっ……!」

 

着地の瞬間、空中で体勢を整え受け身をする。

しかし、カウンターによるダメージは、アリューシアの身体と内臓に蓄積された。

思わず苦悶の表情を浮かべる。酸素を求めるように口を開く。

だが、呼吸を整える、そのような僅かな回復も許されず、影はなおも攻勢を緩めない。

 

影が次に見せたのは"双戟・神突”という型だった。

獲物の原型を跡形もなく砕くほどの連続の突きは、文字通り攻撃の余波で地に穴を開け続けた。

先端の一点から伸びる突きは、大型武器とは思えない速度で、広範囲へと無慈悲に打ち込まれる。

 

「ぐ……っ!!」

 

アリューシアは左右への避けを連続で行う。それは単純な回避ではない。

身体への負荷を掛けながらも、容易く行われる致死の攻撃から生き延びるため、全力以上の力で駆け続ける。

脚が止まれば――あの地面の様に、跡形もなく砕けるのだ。

 

右に避け、左に転じ、また右――

 

身体に増え続ける傷は絶えず痛みを放ち、筋膜を焼くように強張る。

だがそれでも脚を止めることはできない。

 

一歩、また一歩。

刺突を避けるたびに、彼女の身体には蓄積した損傷が積み上がる。

 

肩、脇腹、太もも、脚――

 

そして、その一瞬の綻びを、影は見逃さなかった。

それは、アリューシアはそれを避け切ったと思い込んだ矢先。

 

――薙ぎ

 

横一列の斬撃。

その一撃はただの横薙ぎではない。

大地と空気そのものを斬り裂くような圧殺の軌道だった。

 

「――っ!」

 

アリューシアの右腕を、斬撃の一部が捉える。

鋼鉄の防具を裂き、筋肉と神経を断つかのような痛みが走る。

 

「う……っ!!」

 

片腕が機能を失い、血が噴き出す。

だが彼女は倒れない。倒れられない。

 

 

 

その瞬間――ヘンブリッツが再び戦線復帰を試み、影へ踏み込んだ。

 

「まだだ!!」

 

再び振るわれた"轟剣"は、傷を負った身体とは思えぬほどの、地を割る程の一撃。

彼は今、この戦場で、今までの生涯の中で一番強力な一振りを、成し得た。

 

盾をも砕くとされる必勝の一撃、それを

 

――打撃

 

影は、巨大な籠手の現出で迎えた。

それはまるで破壊力を極限まで高めた拳装甲。

 

ヘンブリッツの一撃は、ただの鎧であれば構わず叩き潰す。

しかしその籠手は、人が出せるとは到底思えない威力ですら、それを容易く弾く。

 

「なっ……!?」

 

ヘンブリッツの眼が見開く。

剣士として自分の限界をも超えた、まさに会心の一撃を容易く跳ね返された――という事実が、彼を驚愕させる。

 

影はそのまま連続して動く。

凶悪兵器の武装が切り替わる。

 

――切斬

 

両手武器による、流れるような破壊の軌道。

ヘンブリッツは覚悟を決める。

 

「――まだ、耐えれます!」

 

だがその次の一撃は、単純な斬撃ではなかった。

常人では戦い続けられない悪夢を渡り歩いたレベリオ騎士の副団長は、

直前の出来事に引きずられたまま――ついに、対応を誤った。

 

ズバッ――ッ!

 

影の凶刃は、騎士の剣ごと――ヘンブリッツの右腕とは反対の腕を斬り落とした。

 

その瞬間、金属が断たれるような鈍い音が戦場に刺さる。

鍛え上げられた腕がそこにあるはずなのに、もうそこにはない。

血が滲み、肉が裂け、視界の端に赤い飛沫が消える。

 

「――っ……!」

 

ヘンブリッツは痛みよりもショックで一瞬動きを止めた。

だがその視線は、すぐに前を向いた。

 

彼の身体は、精神は、まだ倒れを選ばない。

 

しかし影は、それを許さない。

 

至近距離で次の攻撃パターンを顕現。

 

射撃――

 

弓の構えから放たれた光。

これはもはや矢でも銃でもない。砲だ。

光の束が一点から放たれ、まるで大口径の波動砲の如き爆発へ変じる一撃。

 

ヘンブリッツは回避する間もなく直撃した。

 

「ぐああああああっ!!」

 

血飛沫が舞い、身体が衝撃を受け止められず、彼は奥の壁まで吹き飛んだ。

打ち付けられた衝撃で石壁に衝突する音が、重く、深く響いた。

 

その場に漂うのは、破壊された鎧片と血の匂い。

そして――静寂。

 

衝撃波が止み、数秒だけ風がやんだ。

 

影は立っていた。

 

何事もなかったかのように。

ただ――存在そのものが、戦場の規格外であるかのようにそこに立っている。

 

 

 

ヘンブリッツが吹き飛ばされて数秒。

空気中に立ちこめた煙は、まだ濃く残る。

その濁った視界の中で、アリューシアの瞳は揺るがなかった。

 

「……ここだ」

 

振り払われた痺れ、失った体力、刻まれた傷、すべてを帳消しにする覚悟が、彼女の脳内で整列する。

立ち止まり、攻撃の“脈”を読む。

 

影はこれまで、攻撃パターンを滅多矢鱈に出してきたわけではない。

状況に応じて最適な死線を構築するかのように、武装と技術を切り替えてきた。

一つとして同じ攻撃は無く、すべてが相手の強度を把握し、打ち崩す“必殺”であった。

 

アリューシアはそれらすべての"武の術理"を頭に思い浮かべながら、一歩ずつ影へ近づく。

ヘンブリッツを瞬時に消し去った巨大ビームの衝撃も、強力な攻撃を跳ね返す防御概念も、連続突きによる圧殺も、すべて。

 

極悪兵器である中華ガジェット、影が再現できる全ての攻撃を、彼女は視認した。

思考は回転し、だが身体は迷いなく前進する。

 

次の瞬間、影が立ち止まり、魔力が新たに収束した。

黒い霧が旋回する。

そこに、新たな魔剣の輪郭が浮かび上がる。

 

炎の蒼赤。鋼の奥で燻る熱気。

それは、円卓の一席、ガレスが手にした陽の魔剣。

“赤い剣(ロビグス・イロンシッド)”

 

熱と紅を宿す切り裂きの魔剣として知られるその一振りは、炎の密度を持って斬撃の前に障壁を溶かす性質を持つ。

 

影は魔剣を軽く振り、空間に赤い残滓を撒いた。

その瞬間、煙が赤い閃光に変わった。

 

「く……っ!」

 

蒼赤の炎が、アリューシアの皮膚を容赦なく焼く。

彼女は反射的に剣を構えたものの、炎の実体化する速度は尋常ではない。

それは剣の軌道を“読む”以前に、存在を燃やし尽くす速度で襲い来る。

 

アリューシアはとっさに防御を取ったが、炎の衝撃に押され、構えを維持できない。

彼女の筋肉と防具へ深刻な負荷を与える。

 

(止められる気がしない……それなら)

 

彼女は一か八かの賭けに出た。

このまま焼かれ続けたまま消耗することは選べない。

短く息を吸う。

足を踏みしめる。

ひび割れた石床がさらに砕ける。

 

彼女はあえて炎へ踏み込んだ。

そして、燃え盛る炎の壁、その層が比較的薄い場所を見極め――飛び込んだ。

 

魔力の炎が、無慈悲に侵入者を焼き尽くす。

炎の壁に突入した瞬間、視界は赤一色に塗り潰された。

空気は爆ぜ、呼吸は焼け、肺へ入るはずの酸素すら、炎が先に“占有”している。

 

アリューシアの身体は悲鳴を上げる――耐えられない。

露出した頬、首、手甲の隙間から見える指。

そこから順番に、表面が黒く焦げる――耐えられない。

 

――耐えられない

――耐えられない

――耐えられない

 

そのような泣き言、彼女は意思の力でねじ伏せた。

白銀の風は、今、炎の壁を突き抜けた。

 

そして、その先で影は――影は静かに構えていた。

片手は魔剣を下げ、もう一方の手をアリューシアに向けていた。

手にしている――筒状の武器、"銃"

 

「……っ!」

 

アリューシアは瞬時に悟る。自分は誘い込まれていた。

なぜ炎の壁の薄い層が用意されていたか、その意味を熟考するには、心身が限界だったのだ。

 

そう、この影が最初に出現したときと、論理は等しい。

仲間の死を目の前で見せつけられれば、強靭な精神力を持つ人間であっても揺らぐ。

ヘンブリッツへの一撃を見てから、アリューシアの思考に焦りが出たことを、彼女自身気づくことはできなかった。

 

そして、弟子は、師と同じ結末に行き着く。

次の凶弾にズレはない。確実に頭を狙い撃つ。

物言わぬ影は、敵を処理するため引き金を引いた

 

 

 

パンッ――!

 

乾いた発砲音。

だが、その死は到達しなかった。

 

キィンッ!

 

閃光より速く飛んだのは、スレナの短剣だった。

 

学院地下に転移してから、彼女は誰より速く動き続けていた。

倒れていた教員、その全ての救助、治療支援を終えた彼女は、最後の最後に「投擲」という選択肢だけが残った瞬間の行動。

 

短剣は銃身のわずかな振動、照準の呼吸を読み、照準そのものの未来へ割り込んだ。

結果として――弾道はわずかに逸れ、アリューシアの片耳だけを撃ち抜いた。

 

耳殻が弾け、赤い飛沫が糸のように空中へ伸びる。

だが致命傷ではない。

 

「シトラスっ!」

 

「……っ!」

 

アリューシアは即座に行動に移す。

余力を全て注ぎ込み、"神速"の名の下、影に何度も切り込む。

皮膚への攻撃は、やはり手ごたえがなかったが、影の持つ武器を落とし、片眼と思われる部位に切り込んだ。

実際には姿を変える影である以上、どこまで効果があるか不明確だったが、よろめき後ずさる反応が雄弁に語っていた。

 

アリューシアもまた、ダメージの蓄積が限界を迎え、これ以上の追撃は不可能と判断した。

残りの全身の力を使い、影を蹴り飛ばす。最後の役目として次に繋げるために。

 

「任せます!」

「分かってる!!」

 

遠方にいたスレナに声を掛ける、視線は交わらない。

しかし、全てを受け取ったスレナは、影に向かって走り出した。

 

 

 

紅の軌跡が、戦場を奔る。

影は近づけまいと、次々と投影剣による掃射を始めた。

無数の刃が虚空から弾丸のように射出され、空間を埋め尽くす。

 

しかし、スレナは怯むことなく、地を蹴った。

 

ギィン! ガァン! キィン!

 

彼女は飛来する剣を躱し、叩き払い、時に斬り落とし、時に弾き、時に最小動作で流し、一歩ずつ前へ進んだ。

人間の防御動作では追いつかない物量と速度。だがスレナは"冒険者の頂に立つ者"だ。

生存の一点に研ぎ澄まされた戦闘の習性。だからこそ彼女は今ここで死線の中を歩けている。

 

(正直、シトラスに助けられたな)

 

スレナは内心、直前のアリューシアの対応に感謝をした。

影が掃射に移るまでの時間を稼いだだけでなく、敵の狙いも雑になっていることが、スレナには読み取れた。

だからこそ、スレナの足は止まらない。確実に、最小限の傷だけで、辿り着く。

 

影はそこで剣掃射をやめた。代わりに手を伸ばす。

投影された――二本の魔剣。

赤い刀身と異様な光を放つ片刃の大剣、そして鋼鉄でできた棍棒に近い形状である鈍重なもう一振り。

 

北欧の英雄ベオウルフの武具。

"赤原猟犬(フルンディング)"

"鉄鎚蛇潰(ネイリング)"

 

「……いくぞ」

 

影の下までたどり着いた先で、スレナは構えた。

魔剣"竜双剣"を構え、共に斬り合う。

 

一撃、二撃、五撃、十撃――数十合に及ぶ双剣通しの高速の打ち合い。

影が持つ片方の魔剣はまるで猟犬のように軌道を変え、食いつき、血の匂いを追って進路を変える。

だがスレナはその度に最短動作で刃筋を斜めに入れ、自分に傷を負いながらも、投影の構造自体を傷つけていた。

 

(どのような相手であれ、魔力は無限ではない。それなら砕く)

 

スレナは騎士たちの戦いを見ていたからこそ、影が大技を連発していることに分析できた。

最後、アリューシアに砲を向けたことも、確殺手段であったと同時に、魔力を抑える面もあったはずだ。

仮説が間違っていなければ、この地獄の幕引きも、残り僅かだろう。

 

数十合の末、影の足元がわずかに浮く。

攻め込むチャンスではあるが、赤原猟犬による予測できない軌道が阻む。

武器破壊を目当てにしているが、回避に回さなければいけない、その瞬間――

 

「リサンデラっ!!」

「――っ!?」

 

そこにアリューシアの短剣投擲が、影の攻撃を封じた。

タイミングは最良。これ以上はない。

 

「攻める!」

 

ズバァッ――!!

 

スレナは竜双剣を暴風の如く叩き込む。

フルンディングの刀身に亀裂が走り、空中で砕けた。

 

「まず一本!」

 

だが影は即座に鉄鎚蛇潰を構え直す。

鈍重な黒鉄の刀身が今度は地を砕くような衝撃でスレナを迎え撃つ。

 

ガァンッ!!

 

(重い……でも今の私は止まれない)

 

スレナはさらに踏み込む。

次の投影の隙を与えないための接近。残った魔剣も、斬り潰す。

 

ギャリッ! キィン! ギィン! ガァン!

 

再び数十合の斬り結び。

高速の連撃を前に、影は魔剣を防御主軸で耐える。

スレナの刃はその度に武器の骨格へ斜めに噛みつき、傷を与え続けた。

 

そして――。

 

ズガァァァンッ!!

 

ネイリングが砕けた。

 

だが砕けた瞬間、剣に込められた魔力は爆発となり、そのものがスレナへ牙を向けた。

 

「――ぐっ!?」

 

呪いのような衝撃。

信じられぬことに、魔剣は破壊された瞬間に効果を発揮する特性を持っていた。

 

ドォオオオオオ――ッ!!

 

スレナの身体が硬直し、全身を衝撃が駆け巡る。

骨が軋み、肺が震え、血液が泡立つ。だが意識は落ちない。落ちてしまえば死ぬ。

そして吹き飛ばされたスレナが受け身を取り、再び影を見据えた。

 

影が出した武器は、夫婦剣・干将莫邪。

それはエミヤが最も信頼する対の双剣。

黒と白、陰と陽、対の概念で術式を補強し合う双剣。

 

それがスレナを取り囲むように四方へ投げ放たれた。

 

「囲い込みかっ!」

 

四方に投げられた双剣は、互いに引き寄せ合う。

それは逃げ場を奪う檻。スレナは即時離脱を試みるが、爆発のダメージが許さなかった。

そもそも、満足に剣を構えることもできない。守ることもできず、爆発を直撃したのだから。

そこに、影がさらに手持ちの双剣を強化して構える。

 

「……」

 

「これは……」

 

スレナとアリューシアは同時に悟った。

確定する死。逃げ場ゼロ。回避不能。防御不能。耐久不能。

 

影が選んだ初撃必殺の型。

鶴翼三連。必殺の投影剣術。

 

「リサンデラ――!」

 

満足に動けないアリューシアの声が遅れて聞こえた時には、すでに影は動き出していた。

 

だが――。

 

ズォンッ!

 

スレナの後方から迫る一本は、空間に展開された壁によって阻まれた。

キネラの遠隔防御魔術。

本来の彼女の持ち味である防衛魔術は、残された魔力を全力で編み、宝具による鋭い切れ味を耐え弾く。

 

そして、同時に飛来した剣が、スレナに迫るもう一本を弾いた。

 

ギィンッ!

 

それは、魔力により遠隔操作された、魔術剣。

この世界で稀有な魔法剣士の技。

フィッセルの魔術による遠隔剣操作だ。

彼女は、未だ傷を負って動けない状態であっても、意識だけを覚醒させ、最後の魔力でスレナに迫る剣を弾いた。

 

残りは、前方から迫る二本。そして、影の剣。

 

 

 

スレナに影の剣戟が迫る瞬間――

 

「そこまでだ」

 

低く、鋼のように冷えた声。

煙の中から現れたのはベリル・ガーデナント。

 

治療の余波で魔力の糸がまだ揺れている。

だが足は動く。腕は動く。意識は戦場へ戻った。戻らざるを得なかった。

彼女の命を救う。彼は最後の瞬間、確かに"間に合った"。

 

「先生――!」

 

スレナと交差するようにベリルが影へ突入。

 

ギィンッ――!!

 

ベリルは、前方から迫った二対の夫婦剣を落とす。

そして。

影の強化済みの双剣と、ベリルの魔剣が交錯。

だが、その均衡も一瞬に崩れる。

 

「悪いね。その剣は二度目なんだ」

 

ザンッ――!!

 

影の双剣ごと、肩から胸へ斜めに両断。

強化された投影剣ごと、断ち切った。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

ベリルの意識が浮上したのは、爆炎と剣戟が交錯する戦場のただ中だった。

 

全身を満たしていた鈍い痺れが、じわりと熱に変わる。

耳鳴りの奥で、剣が壁を叩く硬い衝撃音が連続している。

 

「……ここ、は」

 

ベリルは上体をわずかに起こし、視線だけで戦況を追った。

思考はまだ霞がかっていたが、剣士としての本能だけは先に覚醒していた。

 

そこには、弟子たちの戦いがあった。

ヘンブリッツが吹き飛ばされた直後の光景。

影による大口径の波動砲がヘンブリッツを壁まで叩きつけた瞬間の余波がまだ燻っている。

 

「まだ動けません!あと数十秒は——!」

 

治療師の焦燥の声。

ポーションの瓶を握る手が震えている。

 

ベリルは焦燥に駆られる。

告げられた時間は致命的だった。

速くしなければ、死んでしまう。大切な皆が、死んでしまう。

 

「お願いします、急いでください」

 

焦りはある。だが焦燥を怒鳴り散らすような男ではない。

だからこそ、拳を強く握りしめながらも、声だけは自分の震えを必死に抑えようとしていた。

 

視線は、戦場の最前線から一度も外れない。

その時、すぐ横で小さな声がかすれた。

 

「……先生、起きたんだね」

 

フィッセルだった。

振り返ってみると、フィッセルが重症であることが見て取れた。

剣に貫かれた後や傷が、未だ生々しく残る。

通常の治療だけでは致死の傷を負っているが、フィッセルもまた回復薬と魔術によって意識だけを取り戻していた。

 

腕は仮初めに接合されている。魔術で「繋がっているだけ」。

剣を握るどころか、指一本すら満足に動かせない満身創痍。

 

「フィッセル!?……何か、伝えたいことがあるんだね」

 

ベリルが短く問うと、フィッセルは肩で息をしながら言った。

 

「あの影、すごく強い……けど、あいつ、焦ってる気配がある、気がする」

 

「……なんだって?」

 

ベリルの目がわずかに細まる。

フィッセルの傍にいたキネラも、フィッセルに回復魔術を行使しながら語る。

 

「私もフィッセルさんと同じように感じます……焦燥なのか……魔力が揺らいでいます」

 

二人の分析が、ベリルを戦場の剣士として思考を戻した。

未だに全線で闘う剣士たちに苛烈な攻撃を振舞い続ける影。

しかし、よく注意してみれば、確かに焦りとも取れる循環が所々に現れている。

 

(二人の話だと、魔力が尽きかけているとも取れる)

 

(あの影がエミヤであるなら、彼が最後に頼る戦術は――)

 

それは、誰よりもこの世界でエミヤと共にいたベリルだからこその読み。

確信だった。

 

ベリルはキネラにお願いをする。

 

「あの影の最後の戦術が分かりました……どうか、協力していただけませんか」

 

「……分かりました、ベリルさんを信じます」

 

キネラが決意を固めた表情で頷く。

 

「……先生、私も」

 

フィッセルの言葉に、その怪我では了承できない、と断ろうとしたベリルだったが――

 

「このままは、嫌……悔しい」

 

フィッセルの本心を聞いたベリルは、うなずいた。

そして二人に、必殺剣を打ち崩す作戦を伝えた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

影が、崩壊する。

黒い粒子となって弾け飛び、残ったのは燃え残る魔力の残滓だけ。

 

「いつか、本来の君とまた対峙したとき、今度こそ君の剣を打ち崩すよ」

 

ベリルは独り呟く。

友人の形をした影に対して告げる言葉だった。

 

「先生、意識が戻られたのですね!」

 

「あぁ。君たちに助けられたよ……本当に、ありがとう」

 

スレナの言葉にベリルが答えながら振り返り、アリューシアを見る。

 

「アリューシア。大丈夫、ではないよね。よく生き延びた」

 

「えぇ……先生も無事で、本当に良かった」

 

アリューシアもまたベリルに歩き寄る。

至る所から血が垂れているが、生きている。

ようやく一息吐けた彼女は、所持していた最高級ポーションを使い治療する。

 

消費した体力は戻らないが、動ける状態まで回復できた。

スレナも同様であり、ベリルが辺りを見ると他の魔術教員たちも意識を取り戻し、動けるようになっていた。

 

この場で動けないのは、フィッセルとヘンブリッツ。

それも、周りの声を聞くと命まで影響は出ていないようだ。

二人が体を鍛えていたこと、そして最後まで致命傷にならないように攻撃を避けた成果だ。

 

「あの影を相手に全員生存なんて、奇跡です」

 

スレナが小さく笑う。

 

「……そうだね。本当に、そうだ」

 

ベリルは短く答え、空間を見上げた。

後は、影の封印で、この惨劇は終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

――I am the bone of my sword.

 

 

 

突如鳴り響く詠唱に、牢の中にいる全ての者が、一瞬で切り替えた。

この詠唱は、魔術教員によるものではない。

当然、剣士によるものでもないのだから、あり得る可能性は一つだった。

皆、一斉に警戒に当たる……ベリル以外。

 

――Steel is my body, and fire is my blood.

 

皆、警戒しながら辺りを探るが、何も現れない。

そして、詠唱以外、何も起きない。

 

――I have created over a thousand blades.

 

魔術の詠唱であることだけ分かるのに、変化が訪れない

危険であることだけ、感じ取り募っていく。

 

――Unknown to Death.

 

無論、剣士たちも視覚で探し、実際に中を駆け巡る。

しかし、何もない。影も、見つからない。

 

――Nor known to Life.

 

キネラは防御魔術の用意をした。

そして、ファウステスはもう一度、大移動の術式軌道に魔力を込めようとする。

 

――Have withstood pain to create many weapons.

 

牢の中央に、突如として影は現れた。

武器を持たず胸に手を当て、ただ静かに告げていた。

 

――Yet, those hands will never hold anything.

 

皆が警戒する。

その影には今までなかったもの、"意思"が宿っていることを、皆感じ取った。

二人の剣士が、影に接近する。

ベリルは――ただ、立ち尽くしていた。

 

ベリルだけ、詠唱が始まってから、その詠唱の意味を受け止めていた。

何故、受け止めるのか、自分でも分からない。

分からないが、思考は詠唱に引きずられていく。

 

(体は剣で出来ている)

ベリルは胸の奥を掴まれるような錯覚を覚えた。

(血潮は鉄で 心は硝子)

炎の匂い。鉄の味。

(幾たびの戦場を越えて不敗)

それは決意、それは呪い。

(ただの一度も敗走はなく)

途中の挫折を認めぬ鉄の心臓。

(ただの一度も理解されない)

誰も、理解しない。孤独の執行人としての在り方。

(彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う)

……これは、エミヤの、生涯だ。

(故に、生涯に意味はなく)

彼が、正義の味方として駆けてきた生涯、そして行き着いた結末。

 

 

 

――So as I pray, unlimited blade works.

(その体は、きっと剣で出来ていた)

 

その瞬間——世界が転覆した。

炎が奔る。

ベリルは思わず、一度目を閉じた。

 

そして、再び瞼を開くと、別の世界に立っていた。

 

地平が焼け落ちるように赤く染まり、無数の剣が大地へ突き立つ荒野が一斉に出現した。

空には回転する巨大な歯車が見える。

歪んだ転移ではない。固定された世界の書き換え。

 

――無限の剣製

 

燃え盛る剣の丘に、独り待ち構える彼を、ベリルは正面から見据えた。

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