片田舎の剣聖 錬鉄の英霊   作:ナチュル志保

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いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
相変わらず自己満足で投稿させていただいて恐縮ですが、新章になります。
描きたい構想も、だいぶ揺れてしまっていて先の展開を確定できていないのですが、
それでも、まだお付き合いいただけるのでしたら幸いです。

剣聖おっさんのアニメ2期や、原作小説、コミカライズの更新。
FateもFGOで白野の活躍シナリオやコラボなどもある中で、原作・二次創作に触れて楽しく過ごしています。
皆様も、お体に気を付けていただきながら、原作・創作ライフをご一緒に楽しみましょう。

前半、重めの話です。


【肆章・第1話】『幸せなのか、と友は思った』

『英雄』

 

それは歴史に名を刻んだ者。

才や武をもって偉業を成し、人々に称えられた存在。

皆の憧れ。

 

伝承や物語に登場する彼らは、怪物を退け、村の窮地を救い、国を護る。

人々に希望を与え、夢という熱を灯し、時に導き、そして助けとなる。

 

遥か先へ続く険しい道を歩み、幾つもの壁を越えた末に、理想を体現する者。

それは、打ち鍛えられてきた、決して折れぬ鋼の剣。

 

――だとしたら。

 

俺の友人である"彼"は、どのような想いで、その道を歩んだのだろうか。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

最初に聞こえたのは、泣き声だった。

 

幼い子供のもの。

喉を枯らし、息を詰まらせながら、助けを求める声。

 

ベリルは反射的に目を開いた。

 

そこは見覚えのない街だった。

 

崩れかけた石造りの家々。

通りには砕けた瓦礫が散乱し、焦げた木材から細い煙が立ち昇っている。

鼻を突くのは、土と煤、そして血の匂い。

 

空は赤い。

 

夕暮れの色ではない。

遠くで燃え盛る炎が、薄暗い雲を下から照らしていた。

 

「……ここは」

 

呟いた声に答える者はいない。

 

ベリルは自分の身体を見下ろした。

剣はない。いつもの服も着ていない。

いや、そもそも足元の感覚すら曖昧だった。

 

立っているはずなのに、地面を踏みしめている感触がない。

風は頬を撫でるのに、熱さも冷たさも感じない。

 

夢だ。

 

そう理解するまでに、さほど時間はかからなかった。

 

「誰か!こっちにまだ子供がいる!」

 

通りの奥から声が上がる。

ベリルがそちらを向くより早く、一人の男が駆け抜けていった。

 

赤い髪。

褐色には程遠い、まだ日に焼けただけの肌。

細身の身体には、戦場に立つ者として頼りなさすら残っている。

 

自分の知る姿とは違う。

それでもベリルは、直感的にその人物が誰なのか悟った。

 

「……エミヤ?」

 

呼び掛けても、男は振り返らない。

 

ベリルの声など、初めから存在していないかのように。

若いエミヤは、崩れかけた建物の中へ迷いなく飛び込んだ。

 

数瞬後。

轟音とともに、建物の一部が崩れ落ちる。

 

「っ!」

 

思わず駆け寄ろうとした。

しかし、足は動いているはずなのに距離が縮まらない。

この場所でベリルに許されているのは、ただ見ることだけなのだ。

 

舞い上がる土煙の中から、人影が現れる。

若いエミヤだった。

 

腕の中には、泣きじゃくる幼い少女を抱えている。

背中には瓦礫が当たったのだろう。服が裂け、血が滲んでいた。

それでも、彼は気に留めない。

 

「もう大丈夫だ」

 

少女を母親らしき女性へ手渡しながら、柔らかく笑う。

 

「この子を連れて、なるべく遠くへ」

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

女性は何度も頭を下げた。

少女も涙に濡れた顔で、エミヤの服を掴んでいる。

 

「お兄ちゃんも、一緒に来て」

 

小さな声だった。

 

エミヤは一瞬だけ目を見開いた。

それから、困ったように笑った。

 

「まだ助けを待っている人がいる」

 

少女の手を優しく外し、頭を撫でる。

 

「だから、先に行ってくれ」

 

彼は再び炎の中へと走っていった。

その背中を見送りながら、ベリルは小さく息を吐く。

 

今よりも、ずっと若い。

皮肉もなければ、擦れた様子もない。

ただ、自分の行いが正しいと、疑うことなく信じている背中だった。

 

 

 

景色が揺らぐ。

燃える街が光の粒となって崩れ、別の場所へ塗り替えられていく。

 

 

 

次に現れたのは、乾いた荒野だった。

 

ひび割れた地面。

風に巻き上げられる砂。

粗末な天幕の周囲に、痩せ細った人々が集まっている。

 

その中心に、エミヤはいた。

先ほどより、少しだけ歳を重ねている。

旅装は汚れ、頬には細い傷が走っていた。

 

彼は持っていた水筒を、一人の老人へ差し出している。

 

「飲んでくれ」

 

「だが、あんたの分が……」

 

「私は問題ない」

 

迷いなく答える。

明らかな嘘だった。

 

唇は乾き、呼吸も浅い。

それでも、老人が水を飲む姿を見て、エミヤは僅かに安堵したように笑った。

その周囲では、彼に救われた者たちが口々に感謝を告げている。

若いエミヤは戸惑いながらも、嬉しそうに微笑んだ。

 

ベリルは、その表情を見つめていた。

今のエミヤも、時折同じ顔をする。

 

誰かの役に立てた時。

自分の料理を美味しいと言われた時。

弟子たちが上達した時。

隠そうとしても、ほんの少しだけ口元が緩む。

あの表情は、この頃から変わっていない。

 

「……そうか」

 

ベリルは、誰にも届かない声で呟いた。

 

「君は、昔からこんな顔で笑ってたんだね」

 

 

 

また、景色が変わる。

 

戦場。

飢饉に苦しむ村。

病の広がる街。

崩れた橋。

濁流に呑まれかけた人々。

 

エミヤは、どこにでも現れた。

 

求められれば駆けつけ。

助けを乞われれば手を伸ばし。

自分が傷つくことを、一度として躊躇しなかった。

 

剣を作り。

壁を支え。

敵を討ち。

傷ついた者を背負った。

 

救った者は増えていった。

老人。

子供。

兵士。

母親。

名も知らぬ旅人。

 

誰もが彼に感謝し、誰もが彼を英雄と呼んだ。

彼は英雄という呼び名に戸惑いながらも、自らの理想へ近づく日々を喜んでいた。

彼の求める理想――"正義の味方"に近づく日々だった。

 

――人を救うことが、嬉しかったのだ。

 

恐らく、理由はそれだけだった。

 

名誉が欲しかったわけではない。

富を求めたわけでもない。

誰かに褒められたかったわけでもない。

 

ただ、目の前の人間が助かることを。

泣いていた者が笑うことを。

彼は、心から喜んでいた。

 

 

 

だが。

 

その光景は、いつまでも続かなかった。

ある戦場で。

エミヤは二つの道の前に立っていた。

 

右手には、小さな村。

女子供を含め、数十人が取り残されている。

 

左手には、遠くに見える城塞都市。

数千人が暮らし、今まさに敵軍の進攻を受けようとしていた。

 

どちらにも、助けを求める声がある。

どちらも、放ってはおけない。

 

だが、彼は一人だった。

そして。

残された時間は、あまりにも短い。

 

『助けてくれ!』

 

『お願い!子供だけでも!』

 

『英雄なんだろう!?』

 

『早くしてくれ!』

 

村から。都市から。

救いを求める声が、幾重にも重なる。

 

エミヤは、立ち尽くしていた。

今までなら、迷わず走り出していたはずだった。

だが、この時ばかりは足が動かなかった。

 

右を救えば、左が滅びる。

左を救えば、右が死ぬ。

全てを救うことはできない。

 

誰にでも分かるはずの現実を、逃げ場のない形で突き付けられていた。

握り締めた拳から、血が滴る。

爪が掌へ食い込んでいることにも、気づいていないのだろう。

 

「……エミヤ」

 

ベリルは、声を掛ける。

届かないと分かっていながら。

 

エミヤは顔を上げた。

そして。

城塞都市へ向かって、走り出した。

 

背後で、村人たちの叫びが上がる。

助けを求める声。

罵る声。

泣き叫ぶ子供の声。

それら全てを背に受けながら、エミヤは一度も振り返らなかった。

 

……いや。

振り返れなかった。

前を向いた彼の表情を、ベリルは横から見ていた。

 

歯を食いしばり。

目を見開き。

呼吸を乱しながら。

 

それでも、走る。

より多くを救うために。

少ない命を、見捨てるために。

先ほどまで浮かんでいた笑みは、もうどこにもなかった。

 

ベリルは、遠ざかっていく村を見つめる。

彼らに罪はない。

武器を持たぬ者たちだった。

ただ運悪く、戦いに巻き込まれただけの人々だった。

 

それでも。

彼らは選ばれなかった。

 

救われる命と救われない命。

その境界を引いたのは、他でもない。

正義の味方を目指した、あの男だった。

 

炎が上がる。

背後の村が、赤く染まる。

 

エミヤは走り続ける。

救われなかった者たちの声は、消えない染みのように夢の中へ残り続けた。

 

これは、始まりなのだ。

 

誰より多くを救おうとした男が、救うために命を選び、救うために誰かを殺す。

血に濡れた執行者へ至る、最初の一歩。

 

 

 

遠くで、歯車の音がした。

重く響き、後戻りを許さない、運命の音だった。

 

ベリルには。

まるで彼自身の何かが、磨り潰された音のように聞こえた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

彼の戦いは終わらなかった。

 

甲高く響く鋼の音。

肉を断つ鈍い音。

そして、人々の歓声。

 

景色は移り変わる。

 

戦場だった。

炎が燃え、砲煙が立ち込め、無数の兵士たちが命を奪い合っている。

その中央を、赤い外套の男が駆け抜ける。

 

剣を投影し。

敵を討ち。

味方を救い。

崩れ落ちる建物を支え。

子どもを抱え、老人を背負い、傷ついた兵士を安全な場所まで運ぶ。

 

その姿は、誰が見ても英雄だった。

 

「助かった!」

 

「紅い英雄だ!」

 

「彼が来たぞ!」

 

歓声が上がる。

救われた者たちは涙を流し、何度も頭を下げた。

だが。

 

景色が切り替わる。

 

今度は、薄暗い会議室だった。

長机を囲む男たち。

地図の上には幾つもの駒が置かれ、その一つひとつが人命を表している。

 

「この村は放棄だ」

 

誰かが言う。

 

「こちらを救えば、都市は守れる」

 

静かな沈黙。

そして。

 

「……分かった」

 

エミヤが答えた。

その一言だけで。

地図の端に置かれていた小さな駒が、机の外へ払われる。

 

村一つ。

そこに住む人々は……数字へ変わった。

 

ベリルは思わず拳を握った。

 

(違う)

 

違う。

 

戦場で剣を交えることとは、まるで違う。

敵味方が互いに命を懸ける勝負ではない。

 

誰かが。

安全な場所から。

誰を生かし、誰を見捨てるか決める。

そんな行為だった。

 

だが。

エミヤは反論しなかった。

 

ただ目を閉じ。

静かに頷き。

その役目を受け入れた。

 

 

 

景色は流れる。

 

救助、戦闘、暗殺。紛争にも災害にも疫病にも、彼は呼ばれ続けた。

そのたびに人を救い。

そのたびに人を殺した――手にかけた者たちは、悪人だけではなかった。

武器を持たぬ者も、救いを待つ被害者もいた。

 

誰かを救うために。

より多くを救うために。

彼自身の手で、命を断ち続けた。

 

最初は。

 

「ありがとう」

 

という声が多かった。

やがて。

 

「……本当に、それしか方法はなかったのか」

 

と問われるようになった。

さらに時が流れる。

 

「近寄るな」

 

「お前が来ると誰かが死ぬ」

 

「あいつは英雄なんかじゃない」

 

恐怖。嫌悪。拒絶。

救われた者たちですら。

彼を見る目が変わっていく。

 

それでも。

エミヤは止まらなかった。

……止まれなかった。

 

誰よりも、彼自身が。

救えなかった命を覚えていたからだ。

 

 

 

夜。

 

独り、焚き火の前。

エミヤは、ぼんやりと炎を見つめていた。

 

その手には、一枚の布切れ。

幼い子どもの服の一部なのだろう。

小さな血痕が残っていた。

 

「…………」

 

言葉はない。

 

ただ。

握り締める。

強く。強く。

 

やがて布が皺だらけになっても。

彼は手を離さなかった。

ベリルは、その姿から目を逸らせなかった。

 

ベリルは理解した。

 

彼は忘れていない。

己が救えなかった命を忘れたことなど、一度もなかった。

全てを背負ったまま、独り、前へ進み続けていた。

 

(……苦しいだろう)

 

ベリルは胸を押さえた。

 

剣士として。

人を斬る覚悟はある。

命を懸ける覚悟もある。

 

だが。

これは違う。

剣を交えぬ者まで、救うために自らの手で裁く。

 

そんな生き方を、自分なら選べるだろうか。

 

いや、選べない。

きっと耐えられない。

耐えられないことが、当然なことだ。

 

そして、耐えながら歩めてしまった彼が――悲しいほどに、異常だったのだ。

 

(いっそ、君に、その力がなければ)

 

こんな苦しみを味わわずに済んだだろう。

あるいは、立ち止まることや引き返すことが出来れば――結末を変えられたのかもしれない。

だが、ベリルは自らその考えを否定した。

 

自分が、才に恵まれなかった頃でさえ剣を捨てられなかったように。

一度人生そのものになった夢は、理屈では手放せない。

一度抱いた夢は――理屈では捨てられない。

 

エミヤも。

きっと同じだった。

 

正義の味方になる。

 

ただ、その夢だけを抱いて。

歩き続けてしまった。

 

 

 

だから――もう戻れなかった。

 

やがて、歩みの果てが映し出される。

 

冷たい石畳。

曇天。

広場。

無数の人々。

 

誰も笑っていない。

誰も泣いてもいない。

ただ、処刑台を見上げていた。

 

その中央に、一人の男が立つ。

赤い外套は失われ、両手を拘束され、そして――首には縄が掛けられている。

 

ベリルは息を呑んだ。

その背中だけで、誰なのか分かった。

 

誰かが紙を読み上げる。

罪状。

判決。

ざわめき。

そして怒号。

 

石が投げられる。

罵声が飛ぶ。

様々な声が、空を埋め尽くす。

 

それでも、彼は動かない。

俯きもせず、叫びもせず。

ただ、真っ直ぐ前を向いていた。

 

その顔は、最後まで見えなかった。

ベリルの位置からは、背中しか見えなかった。

 

縄が軋む。

処刑人が頷く。

板が外れ――身体が落ちる。

 

ベリルは、一歩も動けなかった。

助けることも、叫ぶことも、できない。

 

ただ、その最期を見届けるしかなかった。

 

 

 

やがて景色が白く染まり、何もかもが溶けていく。

最後に残ったのは、縄でも、群衆でもない。

赤い外套の男の、その後ろ姿だけだった。

 

その背中を見つめながら。

ベリルは静かに目を閉じる。

 

「……君は、最後まで夢を捨てなかったんだね」

 

誰に聞かせるでもない呟き。

 

けれど。

胸の奥では、不思議と答えが返ってきた気がした。

 

――ああ。それしか、生き方を知らなかった。

 

この夢に、どんな意味があるか分からない。

ただ一つ、ベリルは確信する。

 

夢から覚めても、あの背中だけは、決して忘れることはないだろうと。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

縄が軋む音は、しばらく耳の奥に残っていた。

けれど、次にベリルが感じたのは、柔らかな布の感触だった。

 

背中を受け止める寝台。

身体に掛けられた毛布の重み。

わずかに開かれた窓から入り込む、穏やかな風。

 

「……起きたのか、俺」

 

ベリルは、天井を見上げたまま呟いた。

見覚えのない天井だった。

 

上質な木材を使いながら、華美になり過ぎない造り。

壁際には薬品や水差しが並び、窓辺には小さな花瓶が置かれている。

鼻をくすぐる微かな薬草の香りから、ここが治療のために使われている部屋だと分かった。

 

ぼんやりと周囲へ視線を巡らせる。

そこで、寝台のすぐ傍に、人影があることに気付いた。

椅子に腰掛けたまま、寝台へ上半身を預けるようにして眠っている少女。

 

薄青色の髪。

まだ幼さの残る横顔。

眠っていても、その眉間には僅かに皺が寄っている。

 

「……ミュイ」

 

声に出してから、少しだけ後悔した。

幸い、少女が目を覚ます様子はない。

 

ベリルは小さく息を吐く。

いつからこうしていたのだろう。

寝台の脇に置かれた椅子には、畳まれた毛布が一枚。

机の上には、冷めた茶と、ほとんど手を付けられていない食事。

 

少なくとも、少し様子を見に来ただけではない。

ずっとここにいたのだ。

 

ベリルは、自然と手を伸ばした。

眠るミュイの頭を、いつものように撫でようとして。

 

その途中で、動きを止めた。

 

「……あれ?」

 

視線が、自分の腕へ向く。

 

右腕。

 

肩から肘、手首、そして五本の指。

ゆっくりと握り、再び開く。

痺れも、力が抜ける感覚もなかった。

肩を軽く回せば、僅かな重さはあるものの、動きに異常はなかった。

 

「……ある」

 

間の抜けた言葉が漏れる。

 

思い出すのは、あの赤い大地。

巨大な岩剣が九つの斬撃を放ち、自分の利き腕は剣と共に宙を舞った。

その感触は、今でも鮮明に残っている。

 

骨が砕ける音も。

肉が裂ける痛みも。

腕を失った後の、妙に軽くなった身体の感覚も。

 

ならば、この腕は、一体どうして。

 

ベリルは、もう一度手を握り締めた。

力は入る。

これなら、恐らく剣も握れる。

 

そう思った瞬間、胸の奥から込み上げた安堵に、思わず息が震えた。

 

剣を振れない。

その可能性を、今になって初めて自覚した。

 

戦っている最中は、考えもしなかった。

腕を失おうが、身体が砕けようが、あの時はただ目の前の剣士に勝つことしか考えていなかった。

 

けれど。

もし、本当に腕を失っていたなら――もう二度と、剣を握ることはできなかったのだ。

 

「……はは」

 

乾いた笑いが漏れる。

 

「随分と、無茶をしたもんだ」

 

誰に聞かせるでもなく呟く。

 

だが、後悔はなかった。

あの戦いをやり直したとしても、きっと同じことをする。

 

白野とルーシーから受け取った力を解除し、自分の剣で彼と向き合う。

それだけは、変わらない。

 

ベリルは再びミュイへ視線を落とした。

伸ばしかけていた手を、その頭へそっと置く。

柔らかな髪を、起こさないようにゆっくりと撫でる。

ミュイは少しだけ身じろぎしたが、目を覚まさなかった。

 

「心配かけたね」

 

小さく呟く。

それから、ベリルは目を閉じた。

頭の中に残る記憶を、整理するためだった。

 

剣の丘。

 

友と同じ顔をしたアーチャーとの死闘。

 

そして。

先ほどまで見ていた、エミヤの過去。

 

エミヤから、過去について聞いたことはある。

だが、言葉で知ることと、その歩みを目の当たりにすることはまるで違った。

彼は、最後まで、歩みを止めなかった。

 

「……君は、最後。どんな顔をしてたんだろうね」

 

答えはない。

処刑台の上で、エミヤの顔だけは最後まで見えなかった。

 

ただ、自らの死を受け入れるように、前を向いていた。

それが、彼にとっての救いだったのか、あるいは諦めだったのか。

ベリルには分からない。

 

けれど。

あの背中を見た今なら、彼が今この世界で過ごしている日々を、以前より少しだけ大切に思えた。

 

ミュイの規則正しい寝息が聞こえる。

穏やかな時間。

 

あの夢の中のエミヤが、最後まで手にすることができなかった時間。

今の彼は、それを手にしている。

 

「……幸せ、なのかな」

 

ベリルは、天井へ向けて呟いた。

 

「……ん」

 

小さな声がした。

ミュイの頭が、ゆっくりと持ち上がる。

 

眠気に霞んだ瞳が何度か瞬き。

やがて、寝台の上で目を開けているベリルを捉えた。

 

「…………」

 

数秒。

ミュイは、固まっていた。

 

「おはよう、ミュイ」

 

ベリルがいつもの調子で声を掛ける。

次の瞬間。

 

「お、おっさん!?」

 

椅子が大きな音を立てて倒れた。

ミュイは勢いよく立ち上がり、寝台へ身を乗り出す。

 

「起きてたなら言えよ!?いや、それより、大丈夫なのか!?ちゃんとアタシのこと見えてんのか!?」

 

「う、うん。見えてるし、聞こえてるよ」

 

「手は動くのか!?足は!?本当に大丈夫なのかよ!?」

 

「落ち着いて、ミュイ」

 

ベリルは苦笑しながら、両手を軽く上げて見せる。

 

「この通り。今のところは問題なさそうだ」

 

ミュイはその両腕を見つめ。

次にベリルの顔を見て。

ようやく現実だと理解したのか、大きく息を吐いた。

 

「……よかった」

 

その声は、僅かに震えていた。

目の端に浮かんだものを隠すように、ミュイは勢いよく顔を背ける。

 

「ババアを呼んでくる!」

 

「ああ。お願いするよ」

 

ミュイは倒れた椅子を直すことも忘れ、慌ただしく部屋を飛び出していった。

扉の向こうから、廊下を駆けていく足音が遠ざかる。

ベリルは、その音を聞きながら。

 

「……本当に、心配をかけたみたいだね」

 

申し訳なさそうに、頬を掻いた。

 

 

 

ほどなくして。

廊下の向こうから足音が近づいてくる。

勢いよく扉が開かれ、見知った小柄な彼女が部屋へ入ってきた。

 

「起きておったなら、さっさと呼ばんか」

 

開口一番。

ルーシーは、呆れたように言った。

 

「いや。ミュイがよく眠っていたからね。起こすのも悪いと思って」

 

「誰のせいで、そやつが寝不足になっておると思っとるんじゃ」

 

「……それは、申し訳ないね」

 

ベリルが素直に謝ると。

ルーシーは小さく鼻を鳴らした。

 

いつもの調子、いつもの声音。

 

けれど。

その肩から、僅かに力が抜けたことをベリルは見逃さなかった。

 

「それで」

 

身体を起こそうとするベリルを、ルーシーは手で制する。

 

「まずは寝ておれ。話はそのままで聞けるじゃろ」

 

「分かったよ」

 

大人しく枕へ背を預け。

ベリルは、真っ先に尋ねた。

 

「他の皆は?」

 

ルーシーの表情が僅かに引き締まる。

 

「アリューシアたち騎士団も、フィスを含めた学院の者たちも無事じゃ。

ギルドのスレナも含めて、全員治療を受けておる。命に関わる者は、もうおらん」

 

その答えに、ベリルは胸の奥に溜まっていた息を、ゆっくりと吐き出した。

 

「もっとも」

 

ルーシーが続ける。

 

「一番重症だったのも、起きるのが一番遅かったのも、お主じゃがな」

 

「俺が?」

 

「当たり前じゃろう。自分がどれほどの状態だったか、覚えておらんのか」

 

「戦ってる最中は、少し夢中になっていてね」

 

「少し、で済むか」

 

呆れた声。

ベリルは苦笑しながら、尋ねる。

 

「俺は、どれくらい眠ってたんだい?」

 

「三日じゃ」

 

「三日……」

 

思ったよりも長かった。

これだけ長く倒れていたのは、いつぶりだろうか。

 

「皆より歳を取っている分、治りが遅かったのかもね」

 

「そうじゃな。年寄りは治りが遅いからの」

 

「そこは少しくらい否定してくれてもいいんじゃないかな」

 

「事実を誤魔化してどうする」

 

ルーシーの方が年上では、と一瞬思ったが、口にするほどベリルも命知らずではなかった。

 

少しだけ沈黙が落ちる。

 

聞かなければならないことがある。

皆が戦っていた、あの場所に最後までエミヤの姿はなかった。

もし彼が無事だったなら、どれほど離れた場所にいようと何らかの手段を使って、必ず駆けつけていたはずだ。

 

そう信じられるからこそ、現れなかったという事実が何よりも不安だった。

 

「……ルーシー」

 

「なんじゃ」

 

「エミヤは?」

 

その名を口にした瞬間。

ルーシーの表情が、僅かに曇った。

 

「あやつは……エミヤは、急激な魔力不足で倒れ込んでおった」

 

「……っ」

 

ベリルの喉が鳴る。

無意識に先ほどまで見ていた夢を思い出す。

 

もし。

自分が眠っている間に。

彼がまた、どこかへ消えてしまっていたら。

 

そんな考えが脳裏を過る。

だが。

 

「目を覚ました直後」

 

ルーシーは、深いため息を吐いた。

 

「周囲の静止をすべて無視して、騎士団の修練場へ顔を出し、喫茶店を再開し、ミュイの世話まで始めおった」

 

「……え?」

 

「あやつには、わしからも寝ておけと言ったんじゃがな」

 

よく見れば、ルーシーの表情は深刻なのではない。

最初から最後まで、呆れ切っているだけだった。

 

「魔力不足なのは事実じゃ。今まで通り動ける状態ではない。それでも本人は、日常生活に支障はないと言い張っておる」

 

「……そっか」

 

ベリルは、じっとしていられない友人のいつもの姿に、心の底から安堵した。

 

「元気なんだね」

 

「元気という言葉を、あの頑固者に使ってよいかは疑問じゃが。少なくとも、消えはせん」

 

「そうか」

 

もう一度。

今度は噛みしめるように呟く。

 

エミヤも含め、皆が無事で生きている。

 

その事実を理解した途端。

張り詰めていた気力が、一気に抜け落ちた。

身体が寝台へ沈み込む。

 

「大丈夫かの?」

 

「……安心したら、急に疲れが出てきたみたいだ」

 

「三日寝ておいて、まだ寝足りん様子じゃの」

 

「年寄りは回復が遅いらしいからね」

 

「口だけは元気じゃな」

 

ルーシーは呆れながらも、僅かに笑った。

 

「もう少し休め。詳しい話は、また後でもよかろう」

 

「ああ。そうさせてもらうよ」

 

ベリルは目を閉じかける。

 

だが、その前に。

自分の右手が、視界へ入った。

 

「……いや。もう一つだけ、聞いてもいいかな」

 

「なんじゃ」

 

「この腕は」

 

ベリルは、右手を軽く上げる。

 

「どうして、無事なんだい?」

 

ルーシーは、何を当たり前のことを聞くのかとでも言うように。

 

「当然、わしが治した」

 

「……なるほど」

 

あまりにも自信に満ちた答えに一瞬、納得しかける。

 

だが。

ルーシーはすぐに表情を改めた。

 

「とはいえ、わし一人の力ではないがの」

 

その言葉に。

 

ベリルは、静かに目を開いた。

 

「……どういうことだい?」

 

ルーシーはすぐには答えなかった。

腕を組み、どこから説明したものかと考えるように目を細める。

 

「お主が、あの地下で結界へ呑み込まれた後の話じゃ」

 

そう前置きして。

 

ルーシーは、ゆっくりと語り始めた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

ルーシーが魔術学院の地下へ辿り着いた時、戦いは、すでに終わりへ向かっていた。

 

地下には、激しい戦闘の痕跡が色濃く残っていた。

そこにいたのは、傷ついた騎士団員たち、疲労困憊の魔術教員。

そして、未だ剣を手放さず、周囲を警戒していたアリューシアと魔力探知を行うファウステスだった。

 

「ベリルはどこじゃ」

 

挨拶すらなく、ルーシーは尋ねた。

アリューシアが、険しい表情のまま答える。

 

「敵の魔術に呑み込まれました」

 

「呑み込まれた?」

 

「正確には、別の空間へ引き込まれたものと思われます」

 

ファウステスも続ける。

 

「姿は消えたが、魔力の痕跡だけは残っている。

……完全に消滅したわけではない。だが、こちらから干渉する手段がない」

 

「……なるほどの」

 

ルーシーは、その場に残された魔力を探る。

確かに、地下空間の中央の何もない場所に、見慣れない魔力の痕跡が細い糸のように残されていた。

 

この世界のものではない。

そう直感する。

 

ここへ向かう途中、異世界の魔術師――岸波白野から聞いた話と目の前に残る痕跡は、一致している。

 

「……固有結界、とやらか」

 

ルーシーは小さく呟く。

 

「痕跡を辿る。邪魔をするでないぞ」

 

周囲に複数の術式が展開される。

魔力の糸を掴み、その先にある空間へ無理やり穴を開けるための術式。

 

だが、術を完成させるより早く。

空間が、激しく軋んだ。

 

「……っ!?」

 

地下全体が揺れる。

何もないはずの空間から、三つのものが吐き出された。

 

切断された右腕。

全身を切り裂かれ、意識を失ったベリル。

そして、莫大な魔力。

 

その瞬間――アリューシアの顔から血の気が引いた。

 

「先生っ!?」

 

思わず駆け寄るアリューシアを――ルーシーの一喝が止める。

 

「騒ぐでない!」

 

ルーシーは、注意深く二つの状態を見極める。

ベリルは瀕死。

一方、共に現れた魔力は、人間一人が扱える量を遥かに超えていた。

高位の魔術師でさえ、触れ方を誤れば内側から焼き尽くされるだろう。

それほどの魔力が、まるで持ち主を失ったかのように空間へ溢れ出していた。

 

ルーシーは即座に判断した。

何が起きたのか、全てを理解したわけではない。

だが、躊躇している時間などなかった。

 

「治療術式を組め!」

 

ルーシーが叫ぶ。

 

「輸血の用意!適合確認は後回しじゃ!止血と生命維持を最優先にせよ!」

 

魔術教員たちが、一斉に動き出す。

 

「この魔力は、わしが制御する!誰も直接触れるでないぞ!」

 

ルーシーは両手を広げ。

溢れる魔力を術式の中へ取り込んでいく。

 

通常なら、他者の魔力をそのまま治療へ使うことなどできない。

だが、不思議なことに。

ベリルの腕へ触れた魔力は、強く拒絶されなかった。

むしろ、切断面から流れ込もうとするかのように彼の身体を求めていた。

 

「……お主を斬った者の魔力か」

 

ルーシーは、薄く目を細める。

 

「最後に治す力を残すとは。随分と難儀な相手と戦ったようじゃな」

 

魔力を治療用へ変換する。

傷を塞ぎ、損傷した組織を補い、切断された腕を再び本来の場所へ繋ぎ戻す。

 

理論上は可能だ。

必要な魔力も、十分過ぎるほどある。

だが。

 

(……ちと、厳しいかの)

 

ルーシーの額に汗が滲む。

 

変換が追いつかない。

魔力の質が、この世界の術式とあまりにも異なっている。

治療に使える形へ変えようとすれば、その大半が無駄に散ってしまう。

 

このままでも命を繋ぎ止めることはできる。

腕を接合することも……おそらく可能だろう。

 

だが、完全には戻せない。

神経、筋肉、骨。

そして、剣士として積み上げてきた、指先の感覚。

その全てを以前と同じ状態へ戻すには、魔力の変換精度が足りなかった。

 

――二度と剣を握れない可能性がある。

 

その結論へ至った瞬間だった。

地下空間の一角が、縦に裂けた。

 

「……何じゃ?」

 

闇の向こうから、一人の女性が歩み出る。

 

赤い外套。

長い黒髪。

見慣れない上質な衣服。

 

その姿を認識した瞬間。

アリューシアたちが、一斉に武器を構えた。

 

「止まれ!」

 

「何者だ!」

 

女性は、彼らへ視線すら向けなかった。

真っ直ぐに、治療術式の中心にいるルーシーへ近づいてくる。

 

「警戒は後にして」

 

落ち着いた声だった。

 

「今は、その人を助ける方が先でしょう」

 

ルーシーは、女性を見上げる。

この女は、自分とは異なる理を極めた魔術師。

その力量が、決して自分に劣るものではないことだけは、一目で理解できた。

 

女性は、術式へ手を伸ばす。

 

「この魔力の変換、私が担うわ」

 

「……できるのかの」

 

「この魔力なら、よく知っているもの」

 

言いながら、彼女の指先が魔力の塊へ触れた。

 

その瞬間。

荒れ狂っていた魔力が、嘘のように静まった。

複雑に絡み合っていた流れが解かれ、治療術式に適した形へと組み直されていく。

 

使っている術式は違うが、結果はルーシーが求めていたものと、完全に一致していた。

 

「……知らぬ術式を使うのじゃな」

 

「そちらこそ。随分と豪快な治療をするのね」

 

「急患相手に、上品に構えておれるか」

 

「それは同感」

 

二人は、僅かに口元を緩める。

そして、ルーシーはすぐに表情を戻し、彼女に尋ねた。

 

「一つだけ聞く」

 

「何?」

 

「何故、手を貸す」

 

女性は治療術式へ視線を向けたまま、何でもないことのように答える。

 

「私の元使い魔が」

 

一瞬――懐かしむように、目を細める。

 

「彼に随分と世話になっているみたいだから」

 

寝台の代わりに敷かれた布の上で、意識を失っているベリルを見る。

 

「そのお礼よ」

 

それだけで、ルーシーは理解した。

 

「まったく。あやつの周りにおる者は、お人よしばかりじゃの」

 

その言葉に女性は一瞬だけ目を丸くし、やがて堪えきれないように笑った。

 

「それも、よく知ってる」

 

 

 

異なる世界。

決して出会うはずのなかった二人の魔術師が、異なる理を重ね、一つの奇跡を成した。

 

やがて、繋ぎ直された右手の指が僅かに動いた。

それを確認し、二人は同時に息を吐いた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――というわけじゃ」

 

説明を終えたルーシーは、小さく肩を竦めた。

 

ベリルは、自分の右腕を見つめていた。

そして、再び顔を上げ、ルーシーに尋ねる。

 

「その女性は、今どこに?」

 

「治療が終わった直後に、現れた時と同じように空間を裂いて消えた」

 

「そうか……」

 

「去り際に、もう二度と現れることはない、と言っておったの」

 

ルーシーは、不満そうに眉を寄せる。

 

「わしも時間が許せば、聞きたいことが山ほどあったんじゃがな。あの術式。あの魔力操作。それに、あやつとの関係もじゃ」

 

「お礼を言いたかったんだけどね」

 

「その気持ちは、届いておるじゃろう」

 

「そうだといいな」

 

ベリルは、少しだけ残念そうに笑った。

そして、改めて、ルーシーを見る。

 

「ルーシー」

 

「なんじゃ」

 

「ありがとう」

 

短い言葉だった。

 

だが。

軽く済ませるつもりはない。

剣士としての未来を、繋ぎ止めてくれたことへの精一杯の感謝だった。

 

ルーシーは、いつものように茶化すこともなく、僅かに目を伏せる。

それから真っ直ぐに、ベリルを見る。

 

「……こちらこそじゃ」

 

今度はベリルが目を見開く番だった。

 

「お主がいなければ」

 

ルーシーは続ける。

 

「学院の地下で起きた、あの訳の分からぬ脅威を止めることはできなかった」

 

「俺一人の力じゃないよ」

 

「そんなことは分かっておる」

 

即座に返す。

 

「学院の者たちも。騎士団も。冒険者のスレナまでも。皆が力を尽くした」

 

一拍。

 

「それでも」

 

ルーシーの声音が、僅かに強くなる。

 

「お主がいなければ、どうにもならなかった」

 

真剣な言葉だった。

 

「誰一人失わずに済んだのは、最後まで剣を振るい続けた、お主のおかげじゃ」

 

ベリルは、すぐには返事をしなかった。

 

自分だけの力ではない。

その考えは、変わらない。

だからといって、向けられた感謝まで否定するのは……きっと違う。

 

「……うん」

 

ベリルはゆっくりと頷いた。

 

「ありがとう。ちゃんと受け取るよ」

 

「それでよい」

 

ルーシーも僅かに頷く。

 

互いの間に穏やかな沈黙が落ちる。

 

それまで張り詰めていたものが今度こそ、完全に解けたのだろう。

ベリルの瞼が、ゆっくりと重くなる。

 

「もう寝ろ」

 

「そうするよ」

 

目を閉じる。

意識が、穏やかな眠りへ沈みかける。

その直前。

 

「ああ。そうだ」

 

ベリルは、ふと思い出したように目を開いた。

 

「なんじゃ。まだあるのか」

 

「次に起きたら」

 

一拍。

 

「エミヤに、食事を振る舞ってほしいな」

 

「自分で伝えればよかろう」

 

「起きた時に、まだ元気が残ってたらね」

 

「仕方ないのう」

 

呆れたように言いながら。

声は、どこか優しかった。

 

「ミュイから、あやつに伝えさせよう」

 

「頼むよ」

 

ベリルは、安心したように微笑む。

 

今回の出来事も、夢の中で見た彼の過去も、今すぐ言葉にすることはできない。

 

それでも。

次に会った時はいつも通り、食事でもしよう。

剣を振り、くだらない話をして。

彼がまた、僅かに口元を緩める姿を見よう。

 

ただの友として。

 

きっと。

それでいい。

 

そして、ベリルは再び、静かな眠りへ落ちていった。

 

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