片田舎の剣聖 錬鉄の英霊   作:ナチュル志保

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【零章・第4話】『剣の在り処』

エミヤがビデン村に滞在してから、数か月が経過した。

村人たちも初めのころは、エミヤの口数の少なさや距離のある接し方に

なかなか掴めずにいたものの、村で過ごしていくうちに、すぐに彼が不器用なだけの

お人よしだと気付き、誰もが温かく受け入れていた。

 

特に道場に通う子供たちは、彼の教え方の丁寧さや人柄を知るうちに

興味や尊敬を持つようになり、今ではベリル先生と並んで教えてくれる先生として気兼ねなく接している。

そんな子供たちに対して、エミヤもまた一人ずつ真面目に向き合うのだから

外から見た村人たちは、より信頼できると思える関係になっていった。

 

ベリルもまた、エミヤの滞在が決まった当初は、彼のコミュニケーションに少し心配をしていたものだが

率先して道場の手伝いをして、子どもたちと接する姿を見た瞬間に、その不安もすぐに無くなっていた。

何より、剣士としての姿を見れば、彼が今までどれだけ長い時間、愚直に努力を積み重ねてきたか伝わる太刀筋であり、

心の距離が近くなっていた。基本的に剣士という生き物は、同じように努力を怠らない剣士が好きなのだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

そんな、彼が村に居ることが自然と感じられるようになった、ある一日。

 

朝靄に包まれた静かな村の空気は、吐く息すら白く凍らせるほど澄んでいた。

陽が山影から昇るより早く、ひとりの男が道場の扉を開けていた。

赤い外套ではなく、道着を纏った男――エミヤは、無言のまま木製の床に膝をつくと、布切れを水桶で濡らし、淡々と雑巾掛けを始める。

 

朝の道場は、まだ誰もいない。

 

ベリルも起床はかなり早いが、エミヤも早い。

元々、怠惰に過ごすような生き方とは無縁だったこの男は、たとえ抑止の使命から解放されていても、

自分から何かできることを探す癖が身についているのだ。

加えて、今はガーデナント家に住まわせてもらっている立場。

たとえ周囲が客人として扱っていても、本人の性格上、このように道場の掃除や備品の点検、補強などは率先して行っている。

 

もちろんベリルも道場の清掃や準備は習慣になっているため、エミヤが来てから

道場の朝は二人で効率よく用意し、弟子たちが来る頃にはすぐに稽古を始められる状態となっている。

 

この日は、ベリルが昨夜お酒を吞んでいたことを知っていたエミヤが

少し遅くなるだろうと考えて、一人黙々と準備していた日だった。

 

ほどなくして入ってきたベリルが声をかけた。

 

「ん、もう来てたか。エミヤ、すまん。掃除は昨日終わらせておくべきだったね」

 

「いや、黙って座ってるより、こうしていた方が落ち着く」

 

エミヤはそう言って立ち上がり、桶の水を外に捨てに行く。

あまりにもエミヤが率先して動いてくれるものだから、以前ベリルが興味本位で

家事や掃除が趣味なのか、と尋ねたことはあったが、本人からは、一般的な範囲で趣味ではない、と言われている。

ただ、それも、この徹底具合を知れば、はたして正しい答えなのか少し疑わしい。

そうしたことを素直に言わないあたりも、エミヤの人柄なのだろうとベリルは感じていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

弟子たちも次々と道場に集まり、二人に挨拶を交わす。

 

そして、頃合いになると朝の鍛錬が始まる。

ベリルは弟子たちに型を指導しながら、時折ちらりとエミヤを振り返った。

「じゃあ、君たちはエミヤと組み打ちをしてもらおうかな。構えや重心を意識するように」

 

弟子たちがベリルの言葉にうなずくと、エミヤに頭を下げてお願いしてくる。

 

「私は指導者という柄ではないのだが……気づいたことがあれば伝えよう」

 

いつもの決まり文句を述べたエミヤは木剣を手に取り、開始前の礼をした後、静かに構えた。

弟子たちも礼をした後に、慎重に構える。

 

正面から打ち込んでくる木剣を適度に受け止め、時に捌きながら、エミヤは考える。

 

彼らは未熟ながら、ベリルの教えに沿って真っすぐ剣を振るう。

才能の有無は個々によるものだが、今ここに集う門下生たちは

ベリルの褒めて伸ばす指導の下、素直に教えを吸収して、より上を目指そうという気概を感じる。

こうした弟子との信頼関係や、ベリルの指導力をエミヤは素直に認めている。

彼自身の性質もあり、また剣と共に心技体を鍛えてきたベリルだから伝えられているのだろう。

 

そして、エミヤがこの道場の教えでもう一つ感心していることが、これである――

 

エミヤが相手の木剣を受け止め、押し返して距離を開けた後、相手の力量に合わせた加減で打ち込む。

弟子たちは、身体にしみ込んだ動きで振るわれた木剣を受け、また流そうとしている。

 

ベリルが教える流派は、受けの型の種類が多い。

そして、そうした動きに耐えれるように、基礎的な足腰のトレーニングも欠かしていない。

生存を優先した剣技がどれだけ大切であるかは、エミヤ自身深く納得している。

こうした剣を教えていることも、密かに好ましいと感じていた。

 

一通り打ち合った後、エミヤからは弟子たちに対して体幹が崩れていた箇所等をフィードバックする。

先に述べていたようにエミヤは決して剣の指導が出来るわけではなく、ベリルもその役割をエミヤに期待しているわけではない。

 

ましてや、エミヤの剣技は戦場で戦う術であるため、道場に伝えるには相応しくないのだ。

なので、基本的な身体の使い方を共有することに留めて、打合いの相手に努めていた。

一方弟子たちもまた、エミヤが実力者であることは十分に伝わっているので、彼の助言を素直に聞いている。

そして、遠目に彼らのやり取りを見ていたベリルは、あらためてエミヤに手伝ってもらえて間違いなかったと感じていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

午前の鍛錬が終わり、弟子たちが去ったあとの道場。

 

再び静けさが戻る。

 

桶の水を換えに井戸へ向かい、戻ってきたエミヤは、使い終えた布をすすぎながら手を止めた。

 

――まさか守護者となった私が、ここまで穏やかに過ごせるとは、な

 

常に後始末か、闘いの場に呼ばれていた。そのような契約であり、役割だからだ。

自分がなぜ、この土地に呼ばれたか分からないが、いつ何が起こっても単独で処理できるように、と

この地の人と必要以上の交流は避けていた自覚もある。

 

それが、一つの村に滞在して、村人や子どもたちと交流をしていると、実感するものがある。

 

生きている。

この地に生きて、生命を持つ者として、生きている。

そう感じさせる温度、質量、痛みが、確かに手のひらにある。

 

ふと、自分の影が長く伸びていることに気づく。

夕日が、道場の窓から射していた。

 

「……悪くない」

 

呟いた声に、誰も答える者はいない。

 

だがエミヤは、少しだけ――その影の先を見据えるように、目を細めた。

 




村での出来事は、ほかにも書きたいシーンがいくつかあるのですが、
いったん区切りをつけて、あとは回想等で機会があればいいなと思います。
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