片田舎の剣聖 錬鉄の英霊   作:ナチュル志保

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いつも読んでいただき、ありがとうございます!
反応やご感想など、とても嬉しいです。
本話は閑話となります。
原作の話への合流はまだ先になりますが、お付き合いいただけますと幸いです。


【肆章・第3.5話】『ここで、できること』

朝の街は、まだ少しだけ静かだった。

往来を歩く人影はまばらで、軒先を開き始めた店からは、掃除の音や仕込みの匂いが漂ってくる。

 

その中を、ミュイは一人で歩いていた。

目的地は決まっている。

 

大通りから少し外れた一角。

見慣れ始めた看板には、ミュイにはまだすらすらとは読めない文字が並んでいる。

 

――Arbor Haven。

 

エミヤが営む喫茶店だ。

 

「……ここでいいんだよな」

 

確認するまでもない。

何度かベリルと一緒に来たこともあるし、昨日はエミヤ本人から直接言われている。

 

朝と夕方。

決まった時間にここへ来て、食事を取れ。

それが、昨日エミヤと交わした約束だった。

 

ミュイは扉の前で一度足を止めた。

中からは、微かに物音が聞こえる。

客の声はない、営業時間前なのだろう。

少しだけ迷ってから、扉へ手を掛けた。

 

からん、と。

控えめな鐘の音が響いた。

 

「……来たか」

 

店の奥から声がした。

見れば、カウンターの向こうにエミヤがいる。

黒いシャツの袖を肘まで捲り、鍋の中身を確認しているところだった。

 

「お、おう」

 

「そこへ座っていろ。すぐに出す」

 

挨拶らしい挨拶もない。

ミュイも何を言えばいいのか分からず、言われた通り窓際の席へ腰を下ろした。

 

店内にはまだ誰もいない。

昨日まで眠るベリルの傍にいたせいか、こうして一人で椅子に座っているだけでも妙に落ち着かない。

手持ち無沙汰に足を揺らしながら、ミュイは店の中を眺めた。

 

磨かれたテーブル。

整然と並ぶ椅子。

窓から差し込む朝の光。

 

そして。

 

ぐぅ。

腹が鳴った。

 

「…………」

 

咄嗟に腹を押さえる。

 

聞かれただろうか。

恐る恐る厨房を見る。

 

エミヤは何も言わない。

だが、その直後。

 

「待たせたな」

 

湯気を立てる深皿が、目の前へ置かれた。

野菜と肉をじっくり煮込んだスープ。

大きめに切られた芋や人参、それに柔らかそうな肉が入っている。

隣には、軽く温められたパン。

 

「……いい匂い」

 

思わず口から漏れた。

 

「冷める前に食べるといい」

 

「ああ」

 

スプーンを手に取る。

少しだけ冷ましてから、口へ運ぶ。

 

「……うま」

 

温かい。

最初に感じたのは、それだった。

 

柔らかく煮えた野菜。

肉から出た旨味。

少し濃い目の味付けが、空腹だった身体へじんわり染み込んでいく。

 

ミュイは黙々と食べた。

エミヤも、何も話しかけてこなかった。

それがありがたかった。

 

エミヤと二人きりで何を話せばいいのかなんて、ミュイには分からない。

下手にベリルの話でも振られたら、もっと困る。

だから、エミヤが再び厨房へ戻り、黙って仕込みを続けてくれることが、今は都合がよかった。

 

包丁が一定の間隔で鳴る。

鍋の蓋が開く音。

水の流れる音。

 

それらを聞きながら、ミュイはパンを千切り、スープへ浸した。

店の中には二人しかいない。

それでも不思議と、一人で食べている感じはしなかった。

 

「……おかわりはある?」

 

「ある。食べるなら持ってこよう」

 

「……じゃあ、ちょっとだけ」

 

「最初からそう言えばいい」

 

「うるせえな」

 

小さく返す。

エミヤの口元が僅かに緩んだように見えたが、気のせいかもしれない。

 

二皿目を半分ほど食べた頃。

店の扉が開いた。

 

「おるか、エミヤ」

 

聞き慣れた声にミュイが振り返る。

 

「げ」

 

入ってきたのは、ルーシーだった。

 

「誰が『げ』じゃ、誰が」

 

「いや、別に」

 

ミュイが目を逸らす。

ルーシーは小さく鼻を鳴らし、それから厨房のエミヤへ視線を向けた。

エミヤは振り返りもしない。

 

「魔法師団長ともあろう者が、朝から随分と暇らしいな」

 

「誰のせいじゃと思っとる」

 

ルーシーは堂々とカウンター席へ腰を下ろした。

 

「重症患者が、周囲の静止を聞かず、目を覚ました翌日から働き始めたと聞いての。わざわざ叱りに来てやったのじゃ」

 

「ご苦労なことだ。モーニングの希望かね?」

 

「話を聞け」

 

「聞いているとも」

 

「聞いておらん奴の返事じゃ、それは」

 

ルーシーが深いため息を吐く。

ミュイは思わず、二人を交互に見た。

魔術学院では誰もが一目置くルーシーを相手に、エミヤは鍋を見たまま普通に皮肉を返している。

……やっぱり、この男はよく分からない。

 

「まあよい」

 

話を切り替えたルーシーは、ミュイの前にある皿を見る。

 

「それ、美味そうじゃな」

 

「君なら屋敷で、これより余程立派な朝食を食べられるだろう」

 

「なんじゃ、用意してはくれんのかの?」

 

エミヤは何も言わず、別の皿を取り出した。

文句を言いながらも、用意はするらしい。

 

「パンもいるか?」

 

「当然じゃ」

 

「注文が多いな」

 

「客じゃからな」

 

「代金は取るぞ」

 

「それも当然じゃな」

 

そんなやり取りをしながら、エミヤは手際よく食事を用意していく。

ルーシーは満足そうに頷き、出されたスープを一口飲んだ。

 

「うむ。悪くない」

 

「口に合ったのなら何より」

 

「素直に喜べばいいじゃろ」

 

ミュイは、また少し笑った。

そこで。

エミヤがふと、鍋へ視線を落としたまま尋ねる。

 

「……ベリルの容態は?」

 

その一言にミュイの手が、僅かに止まった。

ルーシーも気付いたのだろう、一瞬だけミュイへ視線を向ける。

だが、声色は変えなかった。

 

「安定しとるよ」

 

スープをもう一口。

 

「身体の治療はとうに終わっとる。あとは本人が目を覚ますのを待つだけじゃ」

 

「そうか」

 

「今日にでも起きるんじゃないかの」

 

ミュイが顔を上げた。

 

「……今日?」

 

「断言はせんぞ」

 

ルーシーは念を押す。

 

「じゃが、体力も戻っとる。眠り続ける理由はもうほとんどない」

 

「……そっか」

 

小さく返す。

胸の奥が、少しだけ緩んだ。

 

今日。

起きるかもしれない。

それがほんの少しだけ現実に近く感じられた。

エミヤはミュイを慰めることも、大丈夫だと言うこともしなかった。

 

ただ。

 

「ミュイ」

 

「ん?」

 

「冷めるぞ」

 

目の前のスープを指す。

 

「……分かってるよ」

 

ミュイは再びスプーンを握った。

温かいスープを、一口。

そしてパンを齧る。

 

先ほどより少しだけ、味が分かる気がした。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

それから、二日後。

夕暮れ時の街を歩きながら、ミュイは見慣れ始めた看板を見上げた。

 

――Arbor Haven。

 

今日は店の中からいくつもの話し声が聞こえてくる。

扉を開ければ、からん、と鐘が鳴った。

 

「いらっしゃいませ」

 

聞き慣れた低い声が飛んでくる。

 

「あたし」

 

「見れば分かる」

 

カウンターの向こうから、エミヤがこちらを見る。

相変わらず愛想はない。

だが、ミュイが来ることは分かっていたらしい。

カウンターの端には、既に一人分の食器と水が用意されていた。

 

「そこへ座っていろ。今持っていく」

 

「ん」

 

返事をして、空いている席へ向かう。

そこで、ミュイはふと足を止めた。

 

店内には、それなりに客が入っていた。

窓際の席には、一組の夫婦と小さな子供。

父親らしい男がパンを千切って子供へ渡し、その隣で母親が楽しそうに笑っている。

 

少し離れたテーブルでは、街で見掛けたことのある騎士団の事務員たちが、仕事帰りらしく温かい飲み物を囲んでいた。

その表情はどこか楽しそうだった。

 

誰かが笑う。

それにつられて、別の誰かが笑う。

 

食器の触れ合う音。

椅子を引く音。

料理の匂い。

 

騒がしい。

けれど、不思議と嫌な騒がしさではなかった。

 

「ミュイ?」

 

「……あ」

 

呼ばれて我に返る。

エミヤが皿を持って立っていた。

 

「何を突っ立っている」

 

「別に」

 

いつもの席へ座る。

目の前に料理が置かれた。

 

「食べていけ」

 

「おう」

 

スプーンを手に取る。

食べながら、ミュイはもう一度店内を眺めた。

 

たくさんの人がいる。

皆が好き勝手に話して。

食べて。

笑っている。

 

特別なことをしているわけではない。

なのに、なんとなく。

 

――いい場所だな。

 

そう思った。

それを上手く言葉には出来なかったけれど。

少なくとも、ここへ来ることを嫌だとは、一度も思わなかった。

 

「……な、なぁ」

 

料理を食べ終えたところで声を掛ける。

 

「何だ」

 

「今日さ」

 

エミヤは食器を片付けながら、ミュイを見る。

 

「店が終わるまで、ここに居てもいい?」

 

「構わんが」

 

特に理由を聞かれることもなく了承された。

 

「何かあるのか?」

 

「……ちょっと、話したい」

 

「そうか」

 

それだけ。

 

「ならば、好きに待っていろ」

 

エミヤは店の奥を指す。

 

「ただし、ぼんやりしているくらいなら魔術学院の勉学でもしていたまえ」

 

「なんでそうなるんだよ」

 

「キネラ女史から課題を出されているだろう」

 

「……なんで知ってんの」

 

「本人から聞いた」

 

「アイツ……」

 

ミュイが顔を顰める。

そんな彼女の前へ、エミヤは紙と筆記具を置いた。

 

「場所代だと思え」

 

「わかったよ」

 

「結構」

 

エミヤは満足そうに厨房へ戻っていった。

 

「……ったく」

 

文句を言いながら、紙を広げる。

けれど、悪い気はしなかった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

やがて日が沈み、最後の客が店を出ていった。

エミヤが客を見送り、扉を閉める。

 

店内が静かになった。

先ほどまで響いていた話し声が消え、残っているのは食器を片付ける音だけ。

ミュイは途中から勉強にも飽き、窓の外を眺めていた。

 

「待たせたな」

 

顔を上げる。

目の前に、湯気を立てるカップが置かれた。

 

「何これ」

 

「蜂蜜を入れたホットミルクだ」

 

一口飲むと、ほんのり甘かった。

 

「……うまい」

 

「それは何より」

 

エミヤは向かい側の椅子を引き、腰を下ろした。

何も言わない。

 

「…………」

 

「…………」

 

ミュイはカップを見る。

エミヤも急かさない。

ただ、待っている。

 

その沈黙が、やっぱりミュイにはありがたかった。

 

「……なあ」

 

「何だ」

 

「あんたって、強いじゃん」

 

唐突な問い。

エミヤが僅かに眉を上げた。

 

「突然だな」

 

「いいから」

 

「少なくとも、自分を強者だと思ったことはないがね」

 

「そういうのいいから」

 

「事実なのだが」

 

「オッサンより面倒くせえな……」

 

「それは聞き捨てならんな」

 

どこがだよ。

そう言いかけて、やめる。

聞きたいことは別にある。

 

「なんでさ」

 

ミュイは店内を見る。

 

「こんな店、やってんの?」

 

「……ほう」

 

エミヤが腕を組む。

 

「強いなら、他にも色々出来るだろ」

 

騎士にだってなれる。

冒険者として魔物を倒してもいい。

少なくとも、料理を作って人へ運ぶより、もっと稼げる仕事だってあるはずだ。

 

「なのに、なんで料理なんだ?」

 

エミヤは少しだけ黙った。

それは、答えを考えているようにも、どこまで話すべきか迷っているようにも見えた。

 

「……成り行き、と言ってしまえばそれまでだが」

 

やがて口を開く。

 

「料理自体は、子供の頃からしていた」

 

「子供の頃?」

 

「ああ」

 

エミヤの視線が、ほんの少し遠くなる。

 

「幼い頃、大きな災害に遭ってね。家族を亡くした」

 

「……え」

 

ミュイは思わず顔を上げた。

初めて聞いた。

 

「その後、ある男に拾われた」

 

「そいつが、あんたの親になったの?」

 

「まあ、そんなところだ」

 

少しだけ、エミヤの表情が柔らかくなったように見えた。

 

「ただし、生活能力という点では壊滅的な男でね」

 

「……何それ」

 

「事実だ。家事全般は期待出来なかった」

 

だから自然と、自分がするようになった。

 

「料理についても、必要に迫られて覚えたものだ。大層な理由などない」

 

「ふーん……」

 

ミュイはホットミルクを飲む。

 

「じゃあ、ずっと料理してたの?」

 

「そうだ。人間、戦ってばかりでは生きていけんからな」

 

静かな声だった。

 

「腹は減る。眠くもなる。疲れもする」

 

どれほど過酷な場所でも、温かい食事を囲めば、ほんの僅かに表情を緩める者がいた。

くだらない話を始める者もいた。

明日も生きようと、そう思ってくれる者もいた。

 

「そういう時間は、嫌いではなかった」

 

「…………」

 

ミュイはエミヤを見る。

一つ、疑問が浮かんだ。

 

「じゃあさ」

 

「何だ」

 

「なんで、料理だけにしなかったんだ?」

 

エミヤの目が僅かに動いた。

 

「オッサンみたいに、剣が好きだったわけでもないんだろ?」

 

「無論だ」

 

「料理してる時の方が、楽しかったんだろ?」

 

「……そうだな」

 

「だったら」

 

ミュイには分からない。

 

「なんで、戦ったんだ?」

 

長い沈黙が落ちた。

エミヤは、答えを選んでいるように見えた。

やがて。

 

「――そうしなければ、叶わないと思っていたからだ」

 

「何が?」

 

「私の夢が」

 

それ以上、エミヤは言わなかった。

ミュイも。

何故か、それ以上聞いてはいけないような気がした。

 

「……そっか」

 

だから、それだけ返す。

 

「若い頃の私はね」

 

エミヤが続けた。

 

「自分が作ったものを誰かが美味いと言って食べてくれることが、存外嬉しかったらしい」

 

「らしいって、自分のことだろ」

 

「昔の話だからな」

 

「変なの」

 

「そうかもしれん」

 

少し。

エミヤが笑った。

 

「……昔、似たようなことを言われたことがある」

 

「何を?」

 

「そういう気持ちは、最後まで捨てないでほしい、と」

 

ミュイが首を傾げる。

 

「誰に?」

 

「さてな」

 

「さてなって」

 

「顔も名も、もう曖昧だ」

 

「忘れたの?」

 

「ああ」

 

あまりにもあっさりした返答に、ミュイは眉を寄せる。

 

「大事なこと言ってくれた奴なのに?」

 

「そうだな」

 

「じゃあ覚えとけよ」

 

「耳が痛い」

 

そう言いながら、エミヤは少しだけ目を伏せた。

 

「だが」

 

静かに続ける。

 

「言われたことは、覚えている」

 

ミュイには、それがどういう意味なのか、よく分からなかった。

けれど。

 

「だから、店やってんの?」

 

「それだけが理由ではないがね」

 

エミヤは周囲を見る。

 

今は誰もいない店。

けれど、つい先ほどまで。

ここには人がいた。

 

食事をして。

話をして。

笑っていた。

 

「こういう生活も、悪くないと思った」

 

その言葉を聞いて。

ミュイは、なんとなく、ただなんとなく、嬉しいと思った。

それが何故かは、自分では分からなかった。

 

「……なあ」

 

「今度は何だ」

 

ミュイはカップを置く。

 

「あたしさ」

 

少しだけ、勇気が必要だった。

 

「ここで働いちゃ駄目か?」

 

エミヤが目を瞬いた。

珍しく本当に少しだけ、驚いた顔だった。

 

「……何?」

 

「だから」

 

ミュイはもう一度言う。

 

「この店。あたしも手伝いたい」

 

「何故だ」

 

「色々してもらったから」

 

飯を作ってもらった。

ベリルが眠っていた時も、一人にしないでくれた。

……とはいえ、理由はそれだけじゃない。

 

「オッサンにもさ」

 

親代わりのように面倒を見てもらっている。

 

料理も。

掃除も。

家のことも。

 

まだまだ出来ないことの方が多い。

 

「だから、あたしも何か出来るようになりたい」

 

エミヤは黙って聞いている。

 

「ここなら、料理とか、計算とか、色々覚えられるだろ?」

 

「なるほど」

 

「それに……あんたにも、世話になってるから」

 

「恩返しなら不要だ」

 

即答だった。

 

「…………」

 

ミュイは眉を寄せる。

 

「あたしがやりたいんだ」

 

エミヤが止まった。

 

「恩返しだけじゃない」

 

自分でも上手く説明出来ない。

それでも、この店にいる人たちを見た。

そして、エミヤの話を聞いた。

 

「ここで、あたしも何か出来るようになりたい」

 

それが今のミュイが出せる、精一杯の答えだった。

しばらくエミヤは何も言わなかった。

 

やがて。

 

「……分かった」

 

「!」

 

ミュイの顔が上がる。

 

「ただし、条件がある」

 

「条件?」

 

エミヤは指を一本立てた。

 

「学業を疎かにしないこと」

 

「うっ」

 

二本目。

 

「ベリルの許可を取ること」

 

「それは大丈夫だと思う」

 

そして、三本目。

 

「働いた分の給金は受け取れ」

 

「……え?」

 

予想していなかった言葉だった。

 

「金はいらねえよ」

 

「ならば雇わん」

 

「なんでだよ!」

 

「働くと言ったのは君だろう」

 

「そうだけど!」

 

「ならば労働には対価が発生する。当然の話だ」

 

エミヤは何でもないことのように言う。

 

「子供だから、などという理由で無償で働かせるつもりはない」

 

「でも……」

 

「その金をどう使うかは君の自由だ。貯めてもいい。ベリルへ何か買ってやってもいい」

 

ミュイは黙った。

その考えは、今までなかった。

 

「……分かった」

 

「よろしい」

 

「でも、あたし何すればいいんだ?」

 

「まずは皿洗いだな」

 

「皿洗い?」

 

「それと掃除。慣れれば注文を取ってもらうこともある」

 

そう告げるとエミヤは立ち上がった。

 

「話は終わりかね?」

 

「……たぶん」

 

「ならば帰る準備をしろ。送っていく」

 

「一人で帰れる」

 

「もう夜だ」

 

「子供扱いすんな」

 

「子供だろう」

 

「うるせえ!」

 

言い返しながら、ミュイは空になったカップを見る。

温かかった牛乳は、もう残っていない。

けれど、身体の奥には、まだその温かさが残っている気がした。

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