感想やここ好きなどの反応、すごく嬉しいです!
原作の話に混ざります。
どうか、引き続きお付き合いいただけますと幸いです。
剣聖おっさんアニメ二期、楽しいですね。オリジナルの話も見れて幸せ。
魔術学院地下での騒動について話し合った日から、数日後。
レベリオ騎士団の修練場には、いつもと変わらず木剣の打ち合う音が響いていた。
「右!」
短い声が飛ぶ。
二人の騎士が、ほぼ同時に動いた。
一人が正面から踏み込み、もう一人が僅かに右へ開きながら、木剣を低く構えた。
狙う先は、一人。
「うん、いいね」
ベリル・ガーデナント。
二方向から迫る騎士を前にしても、その表情は普段と大して変わらない。
正面から振り下ろされた木剣へ、自らの木剣を軽く添える。
甲高い音。
受け止めるのではない。
僅かに軌道を逸らし、そのまま半歩前へ。
「っ!」
距離を詰められた騎士が息を呑む。
だが、そこで横から二人目が斬り込んだ。
ベリルは身体を沈めてそれを躱す。
「おっと」
二人の騎士は止まらない。
一人を相手にしているとは思えないほど、互いの間を埋めるように攻撃を繋いでいく。
ベリルも人数差をそのまま押し付けられないよう、体捌きで常に二人を正面へ収め続ける。
だが、騎士たちもそれを理解している。
互いに邪魔にならない位置を保ちながら、じわじわと間合いを詰めてくる。
悪くない。
少なくとも、以前ならば二人が同時に一人へ挑めば、互いの剣筋を邪魔する場面もあった。
今では誰かが踏み込めば、残る騎士が自然と次の位置へ動いている。
ベリルはそれを見ながら、少し嬉しそうに木剣を振った。
「そこ、もう少し詰めても――」
言いかけて、正面の騎士の視線が、ほんの僅かにベリルから外れた。
ベリルも気付く。
騎士の背後。
音は、ほとんどなかった。
「後ろ!」
騎士は咄嗟に叫ぶ。
同時に、狙われた騎士は身体を捻った。
直後。
先ほどまで何もなかった空間から、一本の木剣が滑り込む。
「くっ……!」
寸前。
騎士は身を屈め、どうにかその一撃を避けた。
木剣は頭上を通過し、そのまま床を滑っていく。
そして、その向こう。
いつからそこにいたのか。
投擲を終えたエミヤが涼しい顔で立っていた。
「反応は悪くない」
淡々と告げる。
「ただし――」
「前!」
ベリルの声。
「――っ!」
エミヤへ意識を奪われた騎士が、慌てて正面へ向き直った。
既に遅い。
眼前には、ベリルの木剣。
その切っ先が、騎士の胸当てへ触れる寸前で止まっていた。
「はい。今ので一本かな」
「……参りました」
騎士が肩を落とす。
だが、まだ終わりではない。
残りの騎士が即座に動き――後ろで再び投擲の準備を行うエミヤを見る。
「……」
「……」
互いに目が合った。
エミヤが僅かに眉を上げる――投擲は、行われない。
「私を見ていていいのかね?」
「え?」
その言葉に騎士が反応した瞬間。
「だから、前だよ」
こつん。
軽い音がした。
ベリルの木剣が、その騎士の頭へ触れていた。
「…………」
「…………」
少し離れた場所で、見学していた騎士たちから笑い声が漏れる。
打たれた本人は何とも言えない顔をした。
「ベリルさん……」
「ごめんごめん。でも、今のはエミヤが悪いね」
「心外だな。私は親切に忠告しただけだが?」
「君が言うと全部罠に聞こえるんだよ」
「戦闘中の敵の言葉を素直に信じる方が悪い」
「ほら、やっぱり罠じゃないか」
言い合う二人を前に、騎士たちが困ったように木剣を下げる。
ベリルがそれに気付き、笑った。
「ごめんね。それじゃ、振り返ろうか」
◇ ◇ ◇
「まず、二人とも連携はかなり良くなってるよ」
ベリルの前に、先ほどの二人が並ぶ。
少し離れたところでは、エミヤが壁へ背を預けて腕を組んでいた。
「最初の攻め方も良かった。一人で無理に決めようとしないで、ちゃんと仲間が動ける場所を残してたからね」
「ありがとうございます!」
「ただ」
二人の背筋が伸びる。
ベリルは木剣を肩へ乗せながら、少し考えた。
「エミヤが動き始めてから、一気に崩れたかな」
騎士達は揃って苦い顔をする。
「……気付いたら後ろにいるんです」
「うん。嫌だよねえ」
「君まで同意してどうする」
離れた場所から声が飛んできた。
ベリルは笑う。
「いや、実際嫌じゃないか。俺だって君みたいなのに後ろをうろうろされたくないよ」
「訓練の趣旨を忘れていないかね?」
「忘れてないよ」
ベリルは二人へ向き直った。
「でもね。エミヤを見付けることが、この訓練の目的じゃないんだ」
「違うのですか?」
「うん」
ベリルは頷いた。
「ずっとエミヤを見てたら、今度は俺にやられるだろ?」
先ほど頭を軽く叩かれた騎士が、気まずそうに頷く。
「かといって、俺だけ見てたらエミヤが来る」
「……どうすれば?」
「全部を把握する」
さらりと言われた回答に、騎士たちは固まる。
「ベリルさん、それは……」
「ごめん。言い方が悪かったね」
ベリルは苦笑した。
「全部をずっと目で追う必要はないんだよ。自分の正面だけじゃなくて、周りで何が起きているかを気にしておくんだ」
そう言って、修練場を指す。
「仲間がどこにいるか。誰が何を見ているか。足音が増えたか、減ったか。さっきまで見えていた人がいなくなってないか」
騎士達は耳を傾ける。
「一人で全部分からなくてもいい。仲間がいるんだからね」
「あ……」
最初に声を掛けた騎士が声を漏らした。
「先ほどのように、誰かがエミヤさんに気付いたら……」
「そう。教えてあげればいい」
ベリルが頷く。
「最初に『後ろ』って声を出したのは良かったよ。あれがもう少し早ければ、避けるだけじゃなくて反撃まで出来たかもしれない」
騎士の表情が僅かに明るくなる。
「目の前の相手に勝つことだけを考えない。自分がどこにいて、仲間がどこにいて、相手がどこにいるのか。それを出来る範囲で把握し続ける」
一度、言葉を切る。
「実戦だと、相手が正面から来てくれるとは限らないからね」
その言葉だけは、少しだけ重かった。
騎士たちもそれを察したのか、真剣に頷く。
ベリルは再び普段の柔らかな表情へ戻った。
「まあ、最初から完璧に出来る人なんていないよ。だから練習するんだ」
「はい!」
「じゃあ、少し休憩して――」
「いや」
エミヤが壁から身体を離した。
思わず騎士の顔が引き攣る。
「今の感覚が残っているうちに、もう一度やった方がいい」
「エミヤ」
「何か問題でも?」
「君、こういう時だけ妙に厳しくない?」
「実戦では敵が休憩を待ってくれると?」
「正論なんだけどさあ……」
二人の騎士が、恐る恐るベリルを見る。
助けを求める視線だった。
ベリルは少し悩み。
「……じゃあ、もう一回だけやろうか」
「……よ、よろしくお願いします!」
「うん、いい返事だ」
騎士たちは自らに活を入れるように声を出し、頭を下げる。
ここで弱音を吐かないのはレベリオ騎士たちの強いところであり、剣を教える身としても彼らのやる気溢れる姿勢は気持ちがいい。
エミヤも涼しい顔をしたまま、先ほど使用していた木剣を拾い上げた。
「安心したまえ。次は少しだけ分かりやすく動こう」
「本当ですか?」
「ああ」
騎士の顔に希望が宿る。
ベリルはそんな彼を見て、思わず声を掛けた。
「俺だったら、今の言葉は信用しないかな」
「えっ」
エミヤの口元が、ごく僅かに上がった。
「人の言葉を疑ってかかるとは性格が悪いな、ベリル」
「君との付き合いも長くなってきたからねえ」
騎士たちが顔を見合わせる。
そして。
「気合を入れます!お願いします!」
「うん、その意気だ。頑張ろうか」
そうして、騎士たちはもう一度木剣を構える。
先ほどより僅かに広く。
互いの姿を視界へ収められる距離を意識して。
ベリルはそれを見て、小さく頷いた。
「それじゃあ――始めようか」
そんな声とともに。
修練場に、再び木剣の音が響き始めた。
◇ ◇ ◇
それから、同じ形式の稽古が何度か繰り返された。
最初こそエミヤの動きに翻弄されていた騎士たちも、回数を重ねるごとに少しずつ対応を変えていく。
そして――
「では、最後は私たちがお願いしましょう」
声を上げたのはアリューシアだった。
休憩に入ろうとしていた騎士たちが、一斉に振り返る。
その隣には既にヘンブリッツが立っている。
「団長と副団長が?」
「はい」
アリューシアは木剣を手に取る。
「皆にばかり実戦を想定した稽古をさせて、私たちが見ているだけというわけにもいきませんから」
「私も同感です」
ヘンブリッツも木剣を手に取る。
周囲が俄かにざわめいた。
先ほどまでの訓練とは、明らかに意味が違う。
ベリルも少しだけ目を丸くした後、楽しそうに笑った。
「いいのかい?二人とも」
「無論です」
ヘンブリッツが即答する。
「それに、ベリル殿とエミヤ殿を同時に相手取れる機会など、そうありません」
「そう言われると、俺も期待には応えないとね」
「普段から先生は十分私たちの期待を超えてます」
アリューシアが我が事のように誇らしく話す姿に、ベリルは思わず苦笑しながら木剣を構え直した。
「エミヤは?」
返事がない。
ベリルが横を見る。
エミヤは修練場の端で、木剣が並べられた棚を眺めていた。
「エミヤ?」
「聞こえている」
そう答えながら、彼が手に取ったものを見てベリルが瞬きをする。
「……それ使うの?」
「何か問題でも?」
選んだのは、通常の木剣とは明らかに違う。
両手で扱うことを前提に作られた、幅広で長大な木剣。
それは、クルニが使う両手剣ツヴァイヘンダーよりも長く――重い。
訓練用とはいえ重量も相応にある獲物をエミヤは片手で持ち上げ、軽く感触を確かめた。
そして、その表面へ淡い魔力が走る。
――強化魔術。
木材の強度を引き上げる。
同時に、自らの腕にも魔力を通す。
その様子を見たヘンブリッツの表情が変わる。
「……なるほど」
嬉しそうだった。
「今回は正面から来てくださると」
エミヤは大剣を肩へ担ぎながら応える。
「さて、どうだろうな」
「……その返事だけで信用出来ませんね」
「学習したようで何よりだ」
二人が向かい合う。
少し離れた場所では、ベリルとアリューシアも構えを取った。
ベリルが四人を見渡す。
「それじゃあ、始めようか」
最初に動いたのは、ヘンブリッツだった。
床を強く蹴る。
巨体が一気に間合いを詰めた。
「はあっ!」
振り下ろされる木剣。
エミヤは避けない。
大剣を両手で握り、その一撃を真正面から受け止めた。
轟音。
木剣同士とは思えない音が、修練場に響いた。
「なっ……」
見ていた騎士の一人が声を漏らす。
ヘンブリッツの剛力は、騎士団の誰もが知っている。
まともに受ければ、体格に優れた騎士ですら姿勢を保つのは難しい。
だというのに。
「……っ!」
「ふむ」
二本の木剣が軋む。
ヘンブリッツが押す。
エミヤも押し返す。
互いの足元が僅かに滑るだけで、どちらも崩れない。
「エミヤ殿……!」
「力比べが望みなら付き合おう」
「望むところです!」
再び木剣が激突した。
その一方。
ベリルとアリューシアの戦いは、まるで正反対だった。
速い。
しかし、激しくはない。
アリューシアの剣がベリルの肩口へ走る。
ベリルは半歩だけ位置を変え、それを紙一重で躱す。
返す剣を、アリューシアが受け流し、距離を開ける。
二撃。
三撃。
互いに相手の剣を正面から受けず、僅かな角度と足運びで流し続ける。
「やっぱり上手くなったねえ、アリューシア」
「ありがとうございますっ!」
言葉を返しながら、アリューシアが再び踏み込む。
鋭い一撃をベリルが受ける。
だが、その瞬間。
アリューシアの眉がほんの僅かに動いた。
踏み込みが、浅い。
ほんの僅か。
普段の彼女を知らなければ、まず気付かない程度の差だった。
ベリルは何も言わない。
ただ、その分だけ自らの位置を変えた。
一歩。
アリューシアも追う。
さらに一歩。
互いに剣を交えながら、二人の位置が少しずつ修練場の端へ移っていく。
軽快な剣劇や足運び、そしてその音をかき消すように不定期に響く――轟音。
再び木剣が激突した。
二度、三度。
激しい打ち合いの中でも、ヘンブリッツの剛力は衰えない。
ただ。
打ち込んだ後、次の一歩へ移るまでに、ごく僅かな間があった。
本人すら意識していないほどの、小さな遅れ。
エミヤは何も言わず、それを見ていた。
そして――
「ぬうっ!」
ヘンブリッツの一撃が、ついにエミヤの大剣を押し返した。
エミヤの身体が大きく後方へ滑る。
「エミヤ殿!」
好機。
ヘンブリッツが追う。
だが、後退するエミヤの視線は、彼を見ていなかった。
エミヤの片手が大剣から離れる。
腰に差していた短い木剣を抜き、そのまま投げた。
狙いは――アリューシア。
「!」
飛来する木剣。
アリューシアは即座に反応した。
一歩下がりながら木剣を振るい、投擲を難なく弾き落とす。
乾いた音。
だが、その一歩で。
「……あ」
背後に壁が迫っていた。
エミヤの投擲からアリューシアの行動を読んだベリルは、確実にアリューシアを追い込む。
咄嗟に右へ逃げようとするが、ベリルが足を運び、その進路を塞ぐ。
ただ剣と身体の位置だけで、アリューシアが動ける場所を少しずつ奪っていく。
「しまっ――」
一方。
エミヤへ迫ったヘンブリッツは、その隙を見逃さなかった。
投擲のため片手を離した。
大剣も押し返されている。
今なら。
「受けていただく!」
木剣が横薙ぎに走る。
その瞬間。
エミヤは、大剣から両手を離した。
「な――」
長大な木剣が、二人の間へ落ちる。
ヘンブリッツの視界が一瞬だけ遮られた。
エミヤの姿が消える。
否――低い。
大剣の陰へ身体を沈め、そのまま懐へ。
「っ!」
気付いた時には遅い。
エミヤの片腕がヘンブリッツの腕へ絡む。
もう一方の手を身体へ添え、そのまま懐へ踏み込む。
同時に、ヘンブリッツの軸足へ自らの足を掛けた。
力で持ち上げるのではない。
踏み込んできた勢い。
振り抜こうとした腕。
前へ傾いた重心。
その全てを――
「失礼」
――利用した。
ヘンブリッツの巨体が宙を舞う。
「ぬおっ!?」
騎士団副団長が、見事に投げ飛ばされた。
だが流石だった。
空中で身体を捻り、肩から受け身を取る。
すぐさま起き上がろうとする。
しかし。
「ヘンブリッツ!」
アリューシアの声。
距離が遠い。
エミヤに投げられたことで、二人の間が完全に開いている。
そしてアリューシアは壁際。
「これは――」
アリューシアが周囲を見る。
正面にはベリル。
離されたヘンブリッツ。
そして。
「もう一つ」
エミヤが床に落ちていた木剣を蹴り上げた。
宙へ浮いたそれを掴み、投げる。
再び、アリューシアへ。
「っ!」
彼女が弾く。
その瞬間。
ベリルが踏み込んだ。
木剣の切っ先が、アリューシアの胸元で止まる。
静寂。
少し遅れて。
「……参りました」
アリューシアが息を吐いた。
「そこまで!」
周囲から声が上がる。
張り詰めていた空気が、一気に解けた。
ヘンブリッツも立ち上がり、身体についた埃を払う。
「いやはや……」
自分を投げ飛ばしたエミヤを見る。
「まさか最後に、剣を捨てられるとは」
「使い終わった道具に拘る理由もあるまい」
「エミヤ殿らしい」
ヘンブリッツは悔しそうに、それでも楽しそうに笑った。
ベリルも木剣を下ろす。
「二人とも、連携そのものはすごく良かったよ」
アリューシアとヘンブリッツが向き直る。
「ただ、途中から目の前の相手に集中しすぎたかな」
「……位置関係、ですか」
アリューシアが呟く。
「うん」
ベリルは頷いた。
「アリューシアは、俺と打ち合いながら少しずつ壁際まで来てた。ヘンブリッツ君も、エミヤを追うこと自体は間違ってなかったと思う」
ヘンブリッツを見る。
「でも、その時にはアリューシアとの距離がかなり開いてたんだ」
「なるほど……」
「二人とも、一対一ならあの動きで問題ないと思う。
ただ、二人で戦うなら、自分が有利かどうかだけじゃなくて、相方が今どういう状況なのかも見ておいた方がいいかな」
ベリルはアリューシアを見る。
「アリューシアは、俺に押されてたわけじゃない。でも気付かないうちに壁際まで誘導されてた」
今度はヘンブリッツへ。
「ヘンブリッツ君も、エミヤを追い詰めてた。でも追えば追うほど、アリューシアから離れていった」
「……つまり、個々では優勢でも、二人としては崩されていた、と」
「うん。そういうことだね」
二人は静かに頷く。
「勉強になります」
「ありがとうございます、先生」
「うん。俺からはそんなところかな」
ベリルが振り返る。
「エミヤは?」
「特にない」
即答だった。
「君の説明で十分だ」
そう言って、エミヤは先ほど自分で放り捨てた大剣を拾い上げる。
「そっか」
ベリルは笑った。
「じゃあ、今日はここまで――」
言いかけた、その時だった。
「いやはや」
修練場の入口から。
聞き慣れない、よく通る声が響いた。
「見事な稽古だ」
一同が振り返る。
そこには、騎士団のものとは異なる装備を身に纏った、見上げるほど大柄な男が立っていた。
その後ろには数名の騎士。
そして、大男の隣には、柔和な笑みを浮かべた女性が立っていた。
「お久しぶりです、ガトガ殿」
アリューシアが木剣を収め、二人へ歩み寄る。
「予定より早い到着ですね」
「なに、思ったより順調に進んでな。少しばかり早く着いた」
大男――教会騎士団長のガトガ・ラズオーンは上機嫌な様子で話す。
「折角だから訓練でも覗かせてもらおうと思ったのだが……いやはや、随分面白いことをしているではないか!」
「無断で見学をするのなら、せめて断りを入れてほしいですね」
「相変わらず堅いな」
即座に返され、アリューシアが小さく息を吐く。
そのやり取りを見ながら、ベリルは目の前の大男を見上げた。
大きい。
単純な背丈だけなら、ヘンブリッツ以上だろうか。
だが、目を引くのは体格だけではない。
立ち姿に無駄がなく、こちらを見る目にも武人らしい鋭さがある。
なにより。
(ちゃんと見てたんだな)
“教会”と聞けば、少し前の事件がどうしても頭を過る。
けれど、先ほどの試合へ向けられていた眼差しを見る限り、少なくとも武に真摯な人物なのだろう。
ガトガの視線は、先ほどまで戦っていた四人を順に捉えていた。
「しかし」
笑みを残したまま、アリューシアとヘンブリッツを見る。
「二人とも、随分腕を上げたようだな」
「ありがとうございます」
「特にドラウト、以前より随分と剣に幅が出た」
「恐縮です」
ヘンブリッツが頭を下げる。
ガトガは満足そうに頷き。
「――だが」
その声が、ほんの少しだけ変わった。
「二人とも、本調子ではなかろう?」
アリューシアの目が僅かに見開かれる。
ヘンブリッツも同じだった。
「お気付きでしたか」
「見ていればな」
ガトガは笑う。
「ドラウトは踏み込んだ後の戻りが僅かに鈍い。シトラスも一度、脇を庇っただろう」
「……流石ですね」
アリューシアが苦笑する。
先日の魔術学院地下での戦闘。
治療そのものは既に終えている。
日常生活にも、通常の訓練にも支障はない。
だが、英霊を相手取った戦いで受けた傷が、僅か数日で完全に消えるはずもなかった。
「動けないほどではありません」
「それは見れば分かる」
ガトガは頷く。
「だからこそ言っている。傷を抱えてあれだけ動けるなら上等だ」
「ありがとうございます」
アリューシアが素直に頭を下げた。
その口調にベリルも少し安心する。
自分も含め、皆ついつい身体を動かしてしまう。
無茶をしているつもりはないのだが、こうして外から見てもらうのも悪くないのかもしれない。
「ところで先生」
聞き慣れない声がした。
「お久しぶりですね~」
「……ん?」
ベリルが振り返る。
柔らかく、どこか間延びした声音。
それが、不意に遠い村の道場で聞いた声と重なった。
ガトガの隣にいた女性が、にこにこと笑っている。
少しの間、その顔を眺めて。
「……ロゼ?」
「はい~」
ロゼ・マーブルハート。
かつて、片田舎にあるベリルの道場で剣を学んでいた弟子の一人。
一年半ほどの短い期間ではあったが、その柔らかな物腰と、真っ直ぐな剣筋はよく覚えている。
「久しぶりだねえ!」
「お久しぶりです、先生」
「いやあ、驚いたよ。随分立派になって」
「うふふ。先生の愛弟子ですから~」
「自分で言うんだね……」
昔と変わらない調子に、ベリルは苦笑した。
「ロゼは今、我が教会騎士団の副団長を務めている」
ガトガが自慢するように言う。
「副団長!?」
ベリルが目を丸くした。
「凄いじゃないか!」
「ありがとうございます~」
ロゼは変わらぬ笑顔で頭を下げる。
「先生も随分ご活躍だと聞いていますよ~。まさかレベリオ騎士団の指南役になっているとは思いませんでした」
「俺も思ってなかったよ……」
それだけは自信を持って答えられる。
ロゼがくすりと笑った。
「相変わらずですね~」
「そうかなあ」
「はい」
懐かしい師弟のやり取りを、周囲の騎士たちが興味深そうに眺めている。
そんな中、ガトガの視線が、もう一人へ向いた。
「それで」
低く、しかしよく通る声。
「そちらの御仁は?」
視線の先。
エミヤは、先ほど使った大剣を元の場所へ戻しているところだった。
呼ばれたことに気付き、振り返る。
「エミヤだ」
短く名乗る。
「現在は縁あって、時折こちらの訓練を手伝っている」
「ほう」
ガトガが近付く。
真正面に立つと、流石のエミヤも見上げる形になった。
「俺はガトガ・ラズオーン、スフェンドヤードバニア教会騎士団の団長を務めている」
「よろしく頼む、ガトガ殿」
あっさりした返答。
肩書を知っても敬意を示さない様子に、ガトガは一層楽しそうに笑った。
「先ほどの立ち回り、見事だった」
「それはどうも」
「特にドラウトとの力比べだ。その身体でよくあれだけの力を出せるものだな」
エミヤとヘンブリッツでは、体格に明確な差がある。
にもかかわらず、先ほどは真正面からヘンブリッツの剛力を受け止めていた。
当然、気になったらしい。
「何か“奇跡”でも使っているのか?」
その言葉に、エミヤが僅かに眉を上げた。
「奇跡?」
「身体能力を一時的に引き上げる類のものだ。我々の教会にも似た術がある」
「なるほど」
エミヤは自分の手を見る。
「少なくとも、君たちの言う奇跡ではないと思うがね。私は信徒というわけでもない」
「ほう?」
「多少、小細工をしているだけだ」
「小細工で、"あの"ドラウトと力比べをするか!」
ガトガが豪快に笑う。
「その小細工とやら、教えてはもらえんか?」
「さて」
エミヤは薄く笑った。
「手品の種は、知らない方が楽しめるものだろう?」
一拍。
「がっはっは!」
ガトガの笑い声が響いた。
「なるほど、秘伝か。ならば無理に聞くのは野暮というものだな」
「そうしてもらえると助かる」
話が早い。
ベリルは横で聞きながら苦笑する。
エミヤもエミヤで、こういう相手の扱いには妙に慣れている。
「ロゼ・マーブルハートです~」
今度はロゼが一歩前へ出た。
「同じく、スフェンドヤードバニア教会騎士団で副団長を務めています。先生がお世話になっています~」
「こちらこそ」
エミヤが答える。
「もっとも、世話になっているのはこちらの方かもしれんが」
「え?」
ベリルが反応した。
「俺、君の世話した覚えあったかな」
「ないならそれで構わん」
「気になるじゃないか」
「うふふ」
ロゼが笑う。
「仲がよろしいんですね~」
「まあ、共に切磋琢磨しているからね」
「腐れ縁というやつだ」
「そこは友人でいいんじゃない?」
「好きに解釈したまえ」
そんな二人を。
ロゼは変わらぬ笑顔で、静かに見ていた。
◇ ◇ ◇
ひとしきり挨拶を終えたところで、アリューシアが話を切り替えた。
「ガトガ殿。本日は先日お伝えした件についてですね」
「ああ」
ガトガが頷く。
「こちらも予定を詰めておきたい。今後の演習、それから交友祭に向けた動きについて、一度話を合わせておこうと思ってな」
交友祭。
その言葉に、周囲の騎士たちも僅かに反応する。
数日後から本格的な準備が始まる、二国にとって重要な催し。
当然、騎士団にも相応の役割がある。
「承知しています。会議室を用意してありますので、そちらで」
アリューシアが答える。そして――
「先生」
「ん?」
突然呼ばれ、ベリルが振り返った。
「先生にも、同席をお願いしてよろしいでしょうか」
「……俺?」
「はい」
「いやいや、騎士団同士の話なんだろう?」
思わず自分を指差す。
「俺がいていいのかな」
「先生は現在、国王陛下より正式に指南役を任されています」
アリューシアは真面目な顔で続ける。
「今回の演習にも関係する話です。是非、先生の意見も伺いたいと考えています」
「うーん……」
ベリルは困った。
剣を教えることならまだ分かる。
だが、騎士団同士の会議となると急に場違いな気がする。
ふと、隣を見る。
「エミ――」
助けを求めようとして――やめた。
エミヤは明らかに面白がっている顔をしていた。
「……君、絶対助ける気ないだろ」
「何の話かね?」
「その顔で言われてもねえ……」
小さく溜息を吐く。
けれど、アリューシアが自分の意見を必要としてくれているのなら。
「分かったよ。俺でよければ」
「ありがとうございます、先生」
アリューシアが僅かに笑う。
そして、その視線が自然と横へ動いた。
「エミヤさんも――」
「では」
アリューシアが言い切るより早く、エミヤは踵を返した。
「私は訓練へ戻るとしよう」
「……エミヤさん?」
「まだ終わっていない者もいるのでね」
視線の先、先ほどまでベリルたちの訓練を見学していた騎士たちがいる。
「私は騎士ではない。ましてや、そちらの騎士団との演習や交友祭の警備に口を挟む立場でもない」
淡々と、当然のことを確認するように言う。
「必要があれば、その時に声を掛けてくれ」
アリューシアは僅かに口を開き、すぐに閉じた。
「……分かりました」
「では」
それだけ。
エミヤは再び訓練場の中央へ歩いていく。
「休憩は終わりだ。続きを始めるぞ」
「えっ、もうですか!?」
「十分休んだだろう」
「先生がいなくなるんですけど!?」
「私がいる」
「それが怖いんです!」
騎士たちの悲鳴。
ベリルは思わず笑った。
「……本当に、ああいうところは真面目だねえ」
「先生?」
「いや、何でもないよ」
アリューシアも、ヘンブリッツも、エミヤを呼び止めなかった。
彼がどこまで踏み込み、どこから先で身を引く男なのか。
二人も既に理解していた。
「では、行きましょうか」
アリューシアに促され、ベリルたちは修練場を後にした。
◇ ◇ ◇
会議室へ向かう廊下。
先頭をアリューシアとガトガが歩く。
その少し後ろを、ベリル、ヘンブリッツ、ロゼたちが続いていた。
「しかし、シトラス」
「はい」
「先ほどの稽古だが」
ガトガが顎へ手を当てる。
「随分と実戦的だったな」
「そうですね」
「剣士同士の稽古というより――護衛中に、暗殺者でも紛れ込んだ時を想定しているように見えた」
ベリルが僅かに目を見開く。
アリューシアは驚かなかった。
「その認識で、概ね間違いありません」
「やはりか!」
ガトガが笑う。
「普段の訓練では、正面からの戦闘を中心に鍛えています。一対一で容易に後れを取るような騎士はいません」
「だろうな」
「ですが、実戦――特に交友祭のように多くの人間が出入りする場では、相手が正面から名乗りを上げてくれるとは限りません」
アリューシアの声が少しだけ低くなる。
「乱戦、不意打ち、陽動。そうした状況でも周囲を把握し、護衛対象と味方を守れるようにする。そのための訓練です」
「なるほどな」
ガトガが笑う。
「だから、あの男か」
「はい」
ガトガは一度だけ、後方。
既に見えなくなった修練場の方角を振り返った。
そして、廊下に機嫌のよい笑い声が響く。
「シトラス!随分と強力な外部講師を手に入れたものだな!」
「外部講師……」
アリューシアが微妙な顔をする。
「まあ……間違ってはいませんが」
「正面から副団長殿と力比べをしながら、隙を見れば剣を投げる。
武器を捨てたと思えば組み付いて投げ飛ばす。
おまけに普段は姿を隠して後ろから襲ってくるときた」
ガトガは実に楽しそうだった。
「騎士に暗殺者への対処を教えるには、これ以上ない人材ではないか」
「本人が聞いたら嫌な顔をしそうだねえ」
ベリルが苦笑する。
その横で。
「……」
ロゼだけが、口を挟まなかった。
いつもと変わらない柔らかな笑み。
けれど。
ほんの一度だけ。
ロゼは歩みを止めることなく、後ろを振り返った。
「ロゼ?」
ベリルが気付く。
「どうかした?」
「いいえ~」
いつもの笑顔で、ロゼは前へ向き直った。
「何でもありませんよ、先生」
「そう?」
「はい~」
そして一行は、そのまま会議室へ向かっていく。
数日後に迫る交友祭。
二国の友好を示す、華やかな催し。
その裏側で何が起きるのかを、この時のベリルは、まだ知らなかった。