片田舎の剣聖 錬鉄の英霊   作:ナチュル志保

45 / 45
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ご感想や反応、励みになります!
本章も次話で一区切りの想定です。

弊カルデアの冠位鯖でパンプキンフォームスローター妄想、いいですよね。
あらためて自鯖を見返すきっかけにもなって、楽しいです。
……うちの冠位ボーイズ、皆さん幸運Eだ


【肆章・第7話】『祭りの前、静かな夜』

交友祭を数日後に控えたレベリス王国は、普段よりも少しだけ慌ただしかった。

街の大通りでは催しの準備が進み、商人たちは店先を飾り付け、宿には普段より多くの旅人が出入りしている。

そして、人が増えるということは、当然、その裏で動く者たちの仕事も増えるということだった。

 

「――以上だ。討伐対象は六体。依頼書に記載されていた個体との相違はない」

 

冒険者ギルド。

受付の奥に設けられた小さな応接室で、エミヤは淡々と報告を終えた。

向かい側に座る男――ギルドマスター補佐のメイゲンが、手元の書類へ目を落とす。

 

「討伐場所については?」

 

「指定された街道から北東へ二キロほど。巣穴らしきものも確認したので、そちらも処理しておいた」

 

「……処理、ですか」

 

「ああ。少なくとも同種がすぐに住み着くことはないだろう」

 

「なるほど」

 

メイゲンが報告書へ何かを書き加える。

その筆先を眺めながら、エミヤは椅子へ背を預けた。

 

今回受けたものは、街道周辺に出没する魔物の討伐依頼だった。

本来ならば、わざわざエミヤが出向くような案件ではない。

冒険者ギルドには相応の実力を持った者たちがいるし、多少数が多ければ複数人で組めばいい。

それぞれの力量に合わせた依頼を管理しているため、ギルド未登録のエミヤが対応することも推奨されないだろう。

 

しかし、今は少々事情が違った。

 

「助かりましたよ」

 

メイゲンが書類から顔を上げる。

 

「交友祭が近付いて、街道を利用する人間も増えています。その分、周辺の安全確保に人手を割かれていました」

 

「それは聞いている」

 

「実のところ、リサンデラ氏が本調子に戻るまでの間、依頼を管理するのに苦慮していましてね」

 

その名前に、エミヤが僅かに目を細める。

 

魔術学院地下での戦闘。

あの場にいた者たちは既に日常生活へ戻っている。

だが、だからといって負傷まで完全に消えたわけではない。

特に最前線で戦った者たちには、未だ多少の影響が残っている。

 

「ブラックランク一人が動けないだけで、随分と違うものだな」

 

「ブラックランクですから」

 

メイゲンが苦笑した。

 

「普段なら難しい依頼をリサンデラ氏に回せば、それで片付くことも多いんですよ。本人に聞かれたら怒られそうですが」

 

「便利に使いすぎではないかね?」

 

「否定はしません」

 

あっさり認める。

 

「だからこそ、今は他の冒険者たちにも頑張ってもらっています。エミヤ氏にも」

 

「私は冒険者ではないのだがね」

 

「依頼を受けて報酬を受け取るなら、似たようなものでは?」

 

「詭弁だな」

 

「ギルド職員ですから」

 

エミヤは小さく息を吐く。

 

「しかし、エミヤ氏はこうした討伐や索敵に非常に強いですね。おおよそ騎士団で剣を教える人物だとは思えない」

 

「なに、君たちのように専門的に学んだわけではない。いわば経験の延長に過ぎない」

 

「その程度を"経験の延長"と呼べるだけの技量が、うちのメンバーにも欲しいところです。つくづくギルドに登録してもらえないのが惜しまれます」

 

メイゲンのあからさまな勧誘にもエミヤは苦笑しながら断りを入れる。

メイゲンもまた、想定通りの回答に不満もなく、目元のレンズを押さえる。

エミヤも気にすることなく、そのまま尋ねる。

 

「まあいい。それで、他に急ぎのものは?」

 

「……まだ受けるつもりですか?」

 

「店の仕込みまで時間がある」

 

「本当に何をしている人なんですか、貴方は」

 

「喫茶店の店主だが?」

 

「その喫茶店の店主が、朝から魔物を六体仕留めてくるんですよね」

 

「多少、荒事に慣れているだけだ」

 

「多少」

 

メイゲンが何とも言えない顔をする。

だが、それ以上追及することはなかった。

 

「今日はもう結構ですよ。残りは他の冒険者へ回せます」

 

「そうか」

 

「報酬については――」

 

「規定通りで構わん」

 

エミヤは即答した。

 

「前にも言いましたが、今回かなり助けてもらっています。多少上乗せしても」

 

「不要だ」

 

「……本当に欲がありませんね」

 

「働いた分は受け取っている。それ以上を要求する理由がないだけだ」

 

メイゲンは肩を竦める。

 

「分かりました。では規定通りで処理します」

 

「ああ」

 

話が終わったところで、エミヤは席を立とうとした。

だが――

 

「そういえば」

 

メイゲンが書類をまとめながら口を開く。

 

「最近、街の外から来た人間が増えています。エミヤ氏も気を付けてください」

 

「交友祭なら当然では?」

 

「勿論、それもあります」

 

メイゲンの声が僅かに低くなる。

 

「ただ、人が増えれば商人も増える。観光客も増える。そして――それ以外も増える」

 

「盗賊か」

 

「そちらも」

 

少しだけ含みのある答えだった。

エミヤがメイゲンを見る。

 

「何かあるのか?」

 

「具体的な話ではありません」

 

メイゲンはそう前置きした。

 

「ただ、スフェンドヤードバニアから来た人間も増えていますから」

 

「教会騎士団か」

 

「それだけではありませんよ」

 

メイゲンは声を落とす。

 

「向こうは、こちらほど国内事情が安定しているわけではないそうです」

 

「……ほう」

 

「貧しい地域も多い。食うに困る者も珍しくない。教会の力が強い分、表立って問題になることは少ないそうですが」

 

エミヤは黙って聞いていた。

 

「まあ、噂話ですよ」

 

メイゲンは最後にそう付け加える。

 

「ギルドにも色々な人間が来ます。酒が入れば、真偽の分からない話も山ほど出ますから」

 

「そうだろうな」

 

エミヤはそれ以上追及しなかった。

ただ。

 

「君が厚意で情報をくれたことは覚えておこう。忙しい立場だと知っているが、余裕ができたらうちの店に訪れるといい。サービスしよう」

 

「それは魅力的ですね。甘味であれば、娘も喜びます」

 

メイゲンが笑う。

エミヤは軽く手を上げ、応接室を後にした。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

その日の夜。

本日のArbor Havenは、ミュイも来なかったためエミヤ一人で通常営業をしていた。

最後の客を見送り、店内の片付けを終えた頃には、既に街の喧騒も随分と落ち着いていた。

 

エミヤは店の裏口へ回る。

そこには、小さな籠が置かれていた。

中に入っているのは、余ったパン。

それに、保存の利く料理を簡単に包んだもの。

 

エミヤはその中身を確認する。

昨日置いておいた分は、なくなっていた。

 

「……律儀なものだ」

 

誰に言うでもなく呟く。

誰が勝手に持って行ったのか、その相手に心当たりはある。

 

そもそも、ここは魔術師であるエミヤが営む店だ。

陣地作成のスキルこそ持たないが、店にはそれなりに手を加えている。

誰がいつ入ってきたか。必要以上の盗みが発生していないか。

その程度なら、把握出来るようにはしてあった。

 

今日も籠へ包みを置く。

そして、店を後にした。

 

夜道を歩く。

昼間は交友祭の準備で騒がしい街も、この時間になると静かなものだった。

 

遠くに灯る街灯。

時折聞こえる酒場の声。

石畳を踏む自分の足音。

 

その中で、エミヤは足を止めた。

 

「――随分と熱心だな」

 

返事はない。

 

「店を出てから三つ目の角だ。そろそろ出てきたらどうかね?」

 

少しの沈黙。

やがて。

 

「うふふ」

 

柔らかな笑い声がした。

路地の影から、一人の女性が姿を現す。

 

「気付かれていましたか~」

 

「もう少し尾行に慣れた者を連れてくるべきだったな」

 

「酷い言われようですね~」

 

笑顔。

昼間と変わらない。

スフェンドヤードバニア教会騎士団副団長、ロゼ・マーブルハート。

 

「こんばんは、エミヤさん」

 

「こんばんは、ロゼ嬢」

 

エミヤは平然と返す。

 

「それで。こんな時間に何の用かね?」

 

「少しお話がしたくなりまして~」

 

「それは奇遇だな」

 

「奇遇?」

 

「ああ」

 

エミヤはロゼを見る。

 

「私も君とは一度話しておいた方がいいと思っていた」

 

ロゼの笑顔は変わらなかった。

だが、その目だけが、僅かに細くなる。

 

「私と、ですか~?」

 

「ああ」

 

エミヤは周囲を一度見渡した。

人はいない。

相手との距離は……突然抜剣して一刺しするには、僅かに距離がある。

 

「ここで構わんか?」

 

「私は構いませんよ~」

 

「結構」

 

エミヤは腕を組む。

そして、何でもないことのように尋ねた。

 

「君たちが交友祭で狙っているのは、誰だ?」

 

静寂。

夜風が二人の間を抜けていく。

 

ロゼの表情は変わらなかった。

 

「……何のお話でしょう~?」

 

「さて」

 

「交友祭で狙う、というのは?」

 

「要人の暗殺。あるいは、それに類する何か」

 

エミヤは淡々と続ける。

 

「少なくとも、君たちが純粋に二国の友好だけを目的としてここへ来ているとは思っていない」

 

「随分と物騒な想像ですね~」

 

「そうだな」

 

あっさり認める。

 

「私の考え過ぎなら、それで構わん」

 

ロゼは笑っている。

 

「どうして、そんなことを?」

 

「いくつかある」

 

エミヤは指を一本立てた。

 

「まず、君たちの国について多少調べた」

 

「まあ」

 

「大層なことではない。ギルドで話を聞き、街で人の噂を拾った程度だ」

 

「それだけで私たちを暗殺者扱いですか~?」

 

「無論、それだけではない」

 

二本目。

 

「国内情勢。教会の立場。そして交友祭という時期」

 

三本目。

 

「それから君だ」

 

「私?」

 

「ああ」

 

エミヤの視線が、ロゼを真っ直ぐ捉える。

 

「君はベリルの弟子だったそうだな」

 

「はい~。先生には昔、とてもお世話になりました」

 

「それは疑っていない」

 

「では?」

 

「だからといって、私が君を信用する理由にはならん」

 

一瞬、ロゼの笑みが止まった。

ほんの一瞬だけ。

だが、すぐに元へ戻る。

 

「厳しいですね~」

 

「人間関係とはそういうものだ」

 

エミヤは肩を竦める。

 

「ベリルが君を信頼していることと、私が君を信用することは別の話だ」

 

「……なるほど」

 

「そして何より」

 

エミヤは周囲を見る。

 

「今夜、君が一人で私を訪ねてきた」

 

ロゼは何も言わない。

 

「私について知りたいだけなら昼間でいい。ベリルの旧知として話を聞くことも出来る。アリューシアを介して尋ねてもいい」

 

一歩。

エミヤが歩く。

ロゼは動かない。

 

「それをせず、店を閉めた私が一人になるまで待ち、人気のない場所までついてきた」

 

「…………」

 

「さて」

 

エミヤは立ち止まった。

 

「私は何を警戒されているのかね?」

 

沈黙。

しばらく、ロゼはエミヤを見つめていた。

やがて。

 

「……困りましたね~」

 

笑う。

 

「そこまで気付かれてしまうとは思いませんでした」

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

「褒めてませんよ~」

 

「それは残念だ」

 

ロゼは小さく息を吐いた。

 

「では、仮に」

 

「うむ」

 

「私が本当に、貴方の言うような人間だったとしたら?」

 

声音は変わらない。

 

「交友祭で誰かを殺そうとしている。そんな人間だったら」

 

「…………」

 

「どうします?」

 

当てたとは思っていない。

可能性の一つを口にしただけだ。

だが――否定の仕方を見る限り、的外れでもないらしい。

 

エミヤは少し考え、そして。

 

「今は何もしない」

 

「……はい?」

 

初めてロゼの表情が明確に崩れた。

 

「何もしない」

 

エミヤは繰り返す。

 

「聞こえなかったかね?」

 

「いえ、聞こえましたけど~……」

 

ロゼが困ったように頬へ手を当てる。

 

「普通、そこまで疑っているなら騎士団へ報告するものでは?」

 

「私はこの国の騎士ではない」

 

「それでも」

 

「それに」

 

エミヤは続ける。

 

「君はまだ何もしていない」

 

「…………」

 

「私を襲ったわけでもない。誰かを殺したわけでもない。武器を抜いてすらいない」

 

ロゼの腰元へ視線を落とす。

 

「ならば、今ここで私が君を斬る理由はない」

 

「私が明日、人を殺すかもしれませんよ?」

 

「かもしれんな」

 

「止めないんです?」

 

「その時になれば、止める者がいるだろう」

 

ロゼが目を瞬く。

 

「……随分、他人任せですね~」

 

「信頼と言いたまえ」

 

あまりにも平然と言われた。

ロゼはしばらく黙り、そして。

 

「アリューシアさんを信頼しているんですね」

 

「彼女だけではない」

 

即答だった。

 

「ヘンブリッツも。他の騎士団員たちもだ」

 

「…………」

 

「彼らは毎日、そのために剣を振っている」

 

少しだけ、エミヤの声が柔らかくなる。

 

「国を守るために。民を守るために。そして、そういう事態が起きた時に自分たちが立つために」

 

ロゼは黙って聞いていた。

 

「ならば、部外者の私が先回りして、何もかも取り上げる必要はあるまい」

 

「……変な人ですね~」

 

「よく言われる」

 

「本当に」

 

ロゼは少しだけ笑った。

今までの作った笑顔とは、僅かに違った。

 

「普通なら、もっと警戒すると思いますよ」

 

「警戒ならしているとも」

 

「え?」

 

「君が今この瞬間に斬り掛かってきても対応出来る程度にはな」

 

ロゼの笑顔が固まった。

 

「……怖いことを言いますね~」

 

「事実だ」

 

そして、エミヤは少しだけ首を傾げる。

 

「むしろ、私からすれば君の方が不可解だ」

 

「私が?」

 

「ああ」

 

「何故でしょう~?」

 

「私を危険視しているなら、何故声を掛けた?」

 

ロゼが黙る。

 

「私を無力化するつもりなら、店を出た直後でもよかった。尾行する必要すらない」

 

「…………」

 

「背後から斬ればいい」

 

淡々と、まるで天気の話でもするように言う。

 

「少なくとも、君にはそれが出来る程度の技量があるだろう」

 

「買い被りですよ~」

 

「謙遜する必要はない」

 

エミヤは目を細める。

 

「それとも、私と話さなければならない理由でも出来たか?」

 

ロゼの笑みが少しだけ消えた。

夜の静寂。

遠くから、人の笑い声が聞こえる。

 

 

 

「……見てしまったんですよ」

 

ロゼが言った。

先ほどまでより、少しだけ低い声だった。

 

「何を?」

 

「貴方のお店の裏」

 

エミヤの目が僅かに動く。

 

「食べ物を置いていましたよね」

 

「……ああ」

 

「昨日も」

 

「見ていたのか」

 

「たまたまです~」

 

笑う。

けれど、その笑顔には、もう先ほどまでの軽さはなかった。

 

「あれ、あの子にあげているんです?」

 

「決めてはいない」

 

「決めてない?」

 

「必要な者が持っていけばいい」

 

ロゼが僅かに眉を寄せる。

 

「それだけですか?」

 

「ああ」

 

「何の見返りもなく?」

 

「見返りを求めるようなことかね?」

 

「…………」

 

エミヤは少し考えてから、口を開いた。

 

「以前、店の周囲で食べ物を盗もうとした子供がいてな」

 

「……捕まえたんですか?」

 

「いや」

 

エミヤは首を振る。

 

「食事を渡そうとした」

 

「受け取った?」

 

「逃げられたよ」

 

ロゼが目を瞬く。

 

「警戒された。考えてみれば当然だ。だから、欲しければ裏口から勝手に持っていけと伝えた」

 

「それで……」

 

「ああ」

 

「今も置いているんですか」

 

「余る日だけだがね」

 

ロゼは何かを考えるように、俯いた。

やがて。

 

「……それで、救えると思いますか?」

 

エミヤはロゼを見る。

 

「何をだ」

 

「あの子たちを」

 

ロゼの声から、間延びした調子が消えていた。

 

「食べ物を置いてあげて。お腹を空かせた子供に、一食食べさせて」

 

「…………」

 

「それで、救えると思いますか?」

 

問い。

 

それは先ほどまでとは違う。

試しているのでも、探っているのでもない。

 

もっと、彼女自身の奥底から出た問いだった。

だから、エミヤも――

 

「思わんよ」

 

即答した。

ロゼが顔を上げる。

 

「一食与えれば、その日は飢えずに済む」

 

静かに続ける。

 

「明日も与えれば、明日もだ」

 

「……はい」

 

「だが、それだけだ」

 

夜風が吹く。

 

「その子供が十年後も飢えずに済むようにするには、私一人では足りない」

 

ロゼは黙っている。

 

「仕事がいる。教育がいる。住む場所もいる。病になれば治療も必要だろう」

 

エミヤは夜の街を見る。

 

「そして、それを一人だけではなく、多くの者へ行き渡らせるのなら」

 

一度、目を閉じる。

 

「金も。制度も。人も。時間も必要だ」

 

「…………」

 

「たかが独りの剣では、どうにもならん」

 

その言葉だけ、妙に重かった。

ロゼはエミヤを見る。

 

彼の横顔。

今までよりも、ずっと遠くを見ているように感じた。

 

「……経験があるんですか?」

 

ロゼが尋ねる。

エミヤは答えない。

 

「貴方も、救おうとしたことが?」

 

沈黙。

そして。

 

「随分と長い間な」

 

静かな返事だった。

 

「悪人を倒せばいいと思っていた」

 

「…………」

 

「争いが起きれば止める。誰かが苦しんでいれば助ける。手が届くのなら、手を伸ばす」

 

エミヤの声は平坦だった。

 

「それを繰り返せば、いつかは皆が救われると思っていた」

 

ロゼは何故か、何も言えなかった。

 

「馬鹿な話だ」

 

自嘲するように、エミヤが僅かに笑う。

 

「一つの争いを止めても、別の場所で争いが起きる。一人を助けている間に、別の誰かが死ぬ」

 

「…………」

 

「それでも、走り続けた」

 

「どうして?」

 

「止まれば、それまでに犠牲になった者たちが無意味になると思った」

 

ロゼの目が僅かに揺れた。

 

「だから、止まれなかった。立ち止まることを許せなかった」

 

エミヤは自分の手を見る。

 

「だが、結局」

 

手を閉じる。

 

「私にあったのは戦う力だけだった」

 

「…………」

 

沈黙の後、ロゼは静かに尋ねた。

 

「じゃあ」

 

「何かね」

 

「今は、諦めたんですか?」

 

エミヤが彼女を見る。

 

「皆を救うことを」

 

少しだけ考える。

 

「――私一人で、という意味ならな」

 

「…………」

 

「出来ないことを出来るとは言わん」

 

静かに、エミヤは続ける。

 

「だからといって、目の前で腹を空かせている子供へ食事を渡さない理由にもならんだろう」

 

ロゼの目が、僅かに見開かれた。

 

「救えないから、何もしない」

 

エミヤは鼻で笑う。

 

「それも随分と極端な話だ」

 

「……そうですね」

 

ロゼが笑う。

けれど、その声は、少しだけ震えていた。

 

「一人では国を変えられない」

 

「そうだな」

 

「でも、国が変わらなければ救えない子供もいる」

 

「ああ」

 

「だったら」

 

ロゼがエミヤを見る。

 

「国を変えるために、正しくないことをする人がいたら?」

 

エミヤは、すぐには答えなかった。

 

「それでしか、救えないと思っていたら?」

 

「…………」

 

「その人は、間違っていますか?」

 

夜の街。

二人だけ。

長い沈黙が落ちる。

 

 

 

「私に、それを問うのかね?」

 

エミヤが小さく笑った。

 

「……駄目ですか?」

 

「人選としては最悪だ」

 

「そうなんです?」

 

「ああ」

 

エミヤは目を伏せる。

 

「私は、正しい目的ならば正しい方法だけを選べ、などと説教出来るほど立派な人間ではない」

 

ロゼは何も言わない。

 

「目的のために手を汚したこともある」

 

淡々と。

 

「救うために、切り捨てたこともある」

 

「…………」

 

「だから、君へ綺麗事を言うつもりはない」

 

エミヤはロゼを見る。

 

「だが、自分でも正しくないと思っているのなら、考え直す余地はある」

 

ロゼの笑顔が消える。

 

「まだ迷っているなら、引き返せる」

 

長い沈黙。

やがて、ロゼはいつもの笑みを浮かべた。

 

ただし――少しだけ寂しそうに。

 

「もう、選んでしまいましたから~」

 

「…………」

 

「ここまで来るのに、色々ありました」

 

エミヤは何も言わない。

ロゼは小さく首を振る。

 

「今更、引き返せないところまで来てしまったんです」

 

「そうか」

 

否定しなかった。

説得もしない。

ただ。

 

「ならば、最後まで、自分で選びたまえ」

 

ロゼが顔を上げる。

 

「誰かに命じられたからでも。仕方がなかったからでもない」

 

「…………」

 

「自分が選んだこととして、最後まで向き合うことだ」

 

「……随分厳しいですね~」

 

「そして、間違えた時には」

 

エミヤは続ける。

 

「君を気に掛けている者に、きちんと目を覚ましてもらいなさい」

 

ロゼが目を瞬く。

 

「……何ですか、それ」

 

「忠告だ」

 

「普通は『間違えるな』と言うところでは?」

 

「人間は間違えるものだろう」

 

あっさりと言う。

 

「まして、君はもう引き返せないと言った」

 

「…………」

 

「ならば私から言えることは、その程度だ」

 

ロゼは、しばらく呆気に取られる。

やがて、小さく笑った。

 

「本当に変な人ですね~」

 

「それは先ほども聞いた」

 

「先生のお友達らしいです」

 

「それは褒めているのか?」

 

「どうでしょう~?」

 

少しだけ、いつものロゼに戻っていた。

 

「一つ、聞いてもいいです?」

 

「今度は何だ」

 

「どうして」

 

ロゼはエミヤを見る。

 

「そこまで言ってくれるんです?」

 

「…………」

 

「私のこと、信用してないんでしょう?」

 

「ああ」

 

「暗殺者かもしれないと思ってる」

 

「そうだな」

 

「なのに」

 

ロゼが困ったように笑う。

 

「随分と親切ですね~」

 

エミヤは、少しだけ黙った。

 

ロゼを見る。

柔らかな声。

笑顔。

だが、その奥には、一度決めたことを曲げようとしない、頑固な強さがある。

 

「……昔」

 

「はい?」

 

「君と少し似た声音で、芯の強い少女がいた気がしてね。それで放っておけなかったのかもしれない」

 

ロゼが目を瞬く。

 

「私に?」

 

「ああ」

 

「どんな方だったんです?」

 

「さてな」

 

エミヤは歩き出す。

 

「随分昔の話だ。顔も、声も、もう朧げだ」

 

「……声が似てるって言ったばかりでは?」

 

「雰囲気の話だ」

 

「誤魔化しました?」

 

「気のせいだ」

 

ロゼは少しだけ頬を膨らませた。

話すことは済んだとばかりにエミヤは離れて歩き出す。

 

「エミヤさん」

 

その背後から声が掛かり、エミヤが足を止める。

 

「何かね」

 

「今日のお話……騎士団へ話します?」

 

エミヤは振り返らなかった。

少しだけ夜空を見る。

 

「私は今夜、ベリルの昔の弟子と世間話をしただけだ」

 

ロゼが、何も言わなくなる。

 

「もっとも、次に会った時、君が誰かへ刃を向けていたなら話は別だ」

 

「その時は?」

 

「止めるさ」

 

即答だった。

 

「必要ならば、力尽くでな」

 

ロゼは小さく笑った。

 

「怖いですね~」

 

「そうならないことを願っているよ」

 

それだけ言って。

エミヤは再び歩き始めた。

 

 

 

ロゼは追わなかった。

一人。

その背中が夜の街へ消えていくのを見送る。

そして。

 

「……先生」

 

誰にも聞こえないほどの声で、小さく呟いた。

 

「本当に、変わった人とお友達になりましたね~」

 

返事はない。

しばらくして、ロゼもまた、エミヤとは反対の方向へ歩き出した。

 

互いに、相手の全てを知ったわけではない。

互いに、相手を信用したわけでもない。

ほんの僅か、二人は互いが歩いてきた道を知っただけ。それだけ。

 

彼女には、もう止まれない理由がある。

ここで背を向ければ、救えない子供たちがいる。

計画の果てに、誰かが死ぬかもしれない。

自ら刃を突き立てずとも、加担した以上、その血から逃れることは出来ない。

 

それでも。

子らを護るためならば、手を汚す覚悟はとうに出来ていた。

たとえ、その刃の先に立つのが――隣人や、尊敬する者であったとしても。

 

 

 

彼女の選択に対する答えが出るのは。

師が、彼女の迷いを断ち切るのは。

――もう少しだけ、先のことだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

片田舎の剣聖の一番弟子(作者:剣術太郎)(原作:片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~)

▼剣の道を志す者たちなら誰もが聞いたことのある『片田舎の剣聖』▼その弟子たちの誰もが言う▼『先生の後を継ぐのは間違いなく彼ですね』▼『悔しいが、我々弟子の中での最強は彼だな』▼『彼こそ、ベリル先生の一番弟子』▼『いやいや、俺なんてまだまだだし、そもそも一番弟子の意味知ってる!?』▼そんな剣士の物語▼


総合評価:1824/評価:7.85/連載:12話/更新日時:2026年06月27日(土) 20:00 小説情報

ダンジョンに正義の味方がいるのは間違っているだろうか(作者:ラブコメは正義マン)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

聖杯戦争終結から一年。衛宮士郎は遠坂凛の下で、魔術の修行をしていた。▼だが、ある実験の最中に意識を失い――目を覚ますと、そこは神々と冒険者が集う迷宮都市オラリオだった。▼ダンまちとfateのクロスオーバー小説です▼Fateメンバーは基本的に士郎しか出てきません▼ダンまちの最新刊までのネタバレを含む可能性が有ります▼UBW後の士郎を想定▼描写されていない間では…


総合評価:4114/評価:8.38/連載:32話/更新日時:2026年06月13日(土) 20:00 小説情報

『calor ――理想の果てに灯る温もり――』(作者:そもゆえに)(原作:魔法先生ネギま!)

正義の味方は、多くを救った。▼だが、▼救えなかったものもあった。▼何気ない日常。 当たり前の食卓。 ▼誰かと笑い合う時間。▼聖杯戦争を終えた英霊エミヤは、 異世界・麻帆良で小さな食堂を開く。▼店の名は『calor』。▼温もりを意味するその場所には、 傷ついた者たちが自然と集まってくる。▼出し巻き卵に涙する少女。▼シチューに頬を緩める吸血鬼。▼一杯の珈琲に救わ…


総合評価:1124/評価:8.6/連載:35話/更新日時:2026年07月26日(日) 12:06 小説情報

正義の味方の異世界生活(作者:N瓦)(原作:Re:ゼロから始める異世界生活)

 異世界で生きる正義の味方───。▼ 『霧の魔獣』討伐から始まる、異世界生活。


総合評価:6278/評価:7.99/未完:12話/更新日時:2019年06月17日(月) 21:20 小説情報

異世界食堂 二軒目!(作者:電動ガン)(原作:異世界食堂)

7日に1度、世界に現れる洋食のねこやの扉・・・▼だが!世界にはまだあった!!!▼ねこやの扉が現れるドヨウの日とは別に、スイヨウの日に現れた扉▼その扉は定食屋ふたばの扉であった。


総合評価:4639/評価:8.39/連載:63話/更新日時:2026年07月28日(火) 12:16 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>