ご感想や反応、いつも嬉しく受け止めております。
本話も文量が多くなっておりますが、彼女の話を書きたい思いが止まらず、です。
あらためて振り返ると、皆さまと一緒に創らせていただく本作を、私が誰より楽しみ続けてますね。
素敵な場所を継続させていただける皆さまの励ましに、感謝です。
え、FGOのエクストラクラスの冠位増やせるのですか!?
やったねアンリ、貴方が冠位アヴェンジャーです。
(-----)side
――三戦目。
甲高い剣戟が、訓練室に響く。
白と黒。
対となる夫婦剣が、私の剣と激しくぶつかり合った。
一合。
二合。
三合。
エミヤが僅かに体勢を崩した瞬間、好機と判断し一歩踏み込む。
「――っ」
だが。
「たわけ。今のは誘いだ」
「――!」
振り下ろした剣が、黒い短剣に絡め取られた。
流され、体勢が崩れる。
そこへ白い刃が滑り込み――
ぴたりと、首元で止まった。
「…………」
「これで三度目だ」
自分の首元にある刃を見る。
それから。
「……次、お願い」
「…………」
エミヤが僅かに眉を寄せた。
――九戦目。
「っ!」
エミヤの振るう夫婦剣の片方を自身の剣と交え、弾き飛ばす。
ガーデナント道場、受けの型――木葉崩し。
相手の重心を崩し、剣を奪うことすら可能とする技。
剣を落とせば、通常の剣士ならそれで終わり。
――その常識に囚われたことが、失敗だった。
「遅い」
視界の下に、エミヤの脚が見えた。
「――っ!」
腹部へ衝撃。
"防御魔術"越しとはいえ、軽い自分の身体が浮く。
そのまま床を転がり、受け身を取る。
すぐに起き上がろうとするが、その頭上には既に白い剣があった。
「剣を持つ者が、剣だけで戦うと思うな」
「……っ」
忠告を受け止め、頭に入れる。
そして、息を整え。
「……次、お願い」
「君は――」
言いかけ、エミヤは小さく息を吐いた。
――十二戦目。
「切り替えが甘い」
エミヤの槍の突きに対して、私は大きく距離を取る。
直後、槍が消え代わりに現れたのは、一振りの刀。
「――!」
一瞬で距離を詰められる。
斬撃を受け、凌ぐ。
すぐさま対応しようと反撃を試みるが、エミヤが次に出現させたのは、大剣。
私は反射的に距離を取る。
だが、それは先ほどの刀を想定した間合い。
大剣の攻撃範囲からは、まだ逃れられていなかった。
「そこだ」
「――っ」
長い間合いから振るわれた一撃。
咄嗟に回避するが、読み違えた。
剣同士がぶつかり、私の手から剣が弾き飛ばされた。
「武器が変われば、間合いも変わる」
「…………」
――悔しい。
床の剣を見て、思わず頭に過る感情を声に出そうとするが、堪えて前を向く。
「……次」
「…………」
「お願い」
「……分かった」
――十五戦目。
大きく距離を開けた。
自分が選んだ距離だった。
近接戦では、まだ届かない。
ならば一度離れ、魔術を交えて攻め直す。
一瞬、切り札を使うことも考えた。
だが、あれは魔力を練り上げるまでに時間がかかる。
この相手が、その隙を見逃すとは思えない。
ならば、別の手段で――
「その距離は私の得手だ」
エミヤの手から夫婦剣が消え、代わりに――弓。
「距離を開ければ猶予があるなどという甘い考えは捨てろ」
「――!」
一射――剣で弾く。
二射――横へ回避。
三射――今度は上。
「っ!」
続けざまに放たれた矢へ対処する。
直線、頭上、再び直線。
視線を散らされる――その瞬間。
「――しまっ」
強い一射が吸い込まれるように剣を持つ手へ直撃。
防御結界が衝撃を和らげるが、持っていた剣が宙を舞った。
そして、次の矢が既に番えられている。
「動けば射る」
「…………」
両手を上げた。
「参った」
弓が下ろされる。
「……次、お願い」
「…………」
「次」
「君は少し休憩という言葉を覚えた方がいい」
――十八戦目。
無数の剣が現れる。
「――っ」
思わず目を開く。
エミヤの周囲に浮かぶ、形も大きさも異なる剣。
それらが一斉に放たれた。
先ほどの矢と比べて正確性はないが、質量が大きく異なる。
迫りくる剣群を、弾き、逸らす。
それは同時に、機動力を奪われその場で縫い付けられた状況だった。
「――っ!」
逃げ道を潰され、大剣が迫る。
咄嗟に剣に魔力を込め、真正面から受けた。
――重い。
細い身体が大きく揺れる。
「くっ……!」
大剣を辛うじて逸らす。
だが、既に逃げ場はなかった。
「――そこだ」
周囲には、先ほど射出された無数の剣。
それらが退路を塞ぎ、私を剣の檻へ閉じ込めていた。
「相手が全て君自身を狙っているとは限らん。足場を潰し、逃げ道を塞ぐのも攻撃だ」
「……ぐぅ」
荒い呼吸を整え、剣を強く握る。
「次、お願い!」
「…………」
「次!」
「君な」
――二十戦目。
再び――白と黒の夫婦剣。
既に何度も見た武器。
何度も打ち合った。
だからこそ。
「――そこ!」
黒い剣を弾き、白い剣を受け流す。
僅かだが初めて、エミヤの懐へ入った。
「――!」
剣が走る。
後退するエミヤが投げ放った夫婦剣を、左右へ弾き逸らす。
そして、距離を詰める。
――届く。
そう思った瞬間、エミヤが反転した。
だが、その背後――左右へ弾いたはずの双剣が、あり得ない軌道を描いて戻ってきた。
「っ!?」
「――そこまでだ」
後方の剣を対処することはできても、目前に迫るエミヤの対処は間に合わなかった。
「…………」
「敵の武器を弾いたからといって、脅威が消えたとは限らん」
「…………」
「特に、私のこれはな」
私はしばらく、目の前の剣を見ていた。
やがて。
「……次、おね――」
「「――いい加減、休みなさい」」
声が重なった。
思わず顔を上げる。
エミヤと訓練室の端に立つファウステス。
二人とも、同じような呆れた顔をしていた。
(フィッセル)sideout
◇ ◇ ◇
――話は、その日の朝へ遡る。
「一日?」
エミヤが聞き返した。
「うん」
目の前にはフィッセルがいる。
普段通りの彼女は、表情の変化がやや乏しい。
けれど、その目だけは妙に真剣だった。
「今日一日、私の稽古に付き合ってほしい」
「…………」
ベリルたちが王都を発ってから数日。
騎士団での指南は続けているが、今日は特別な予定もない。
時間はある。
問題は――
「何故、私なのかね?」
フィッセルが僅かに目を瞬く。
「もし剣を学び直したいのであれば、ベリルが適任だろう。魔術であればルーシーがいる。私を指名する理由に見当がつかないな」
「うん」
否定しない。
「ならば――」
「だから、エミヤさん」
言葉を遮られた。
フィッセルが、真っ直ぐこちらを見る。
「エミヤさんと戦いたい」
「…………」
「一日」
「随分と物騒な頼みだな」
「そう?」
「少なくとも、朝一番に知人へ頼む内容ではないと思うがね」
「でも、お願い」
「理由を聞いても?」
少しだけ、フィッセルが黙る。
何かを言うか迷っているようだった。
「……強くなりたいから」
やがて出てきた答えは、単純なものだった。
「それなら私である必要は――」
「ある」
今度は即答だった。
「…………」
「私」
フィッセルが続ける。
「いつか、エミヤさんを倒したい」
沈黙。
「……私を?」
「うん」
あまりにも真っ直ぐだった。
敵意はない。
憎悪もない。
ただ本当に、目標として自分を倒したいと言っている。
それも、先日の説明でこの身が人ならざる存在だったと聞いて、臆さずに宣言していた。
「大きく出たものだな」
「無理?」
「まさか」
エミヤは僅かに口元を上げた。
「そういう話であれば、止める理由もない。付き合おう」
「よかった……それと」
「?」
依頼を了承したにも関わらず、表情の緩まないフィッセルは、むしろここから先が本題と言わんばかりの重さで言葉を紡いだ。
「手を抜かないで」
「…………」
「出来るだけ、本気でやってほしい」
その言葉に、エミヤの表情から僅かに笑みが消えた。
彼女が何を考えているのか、その全てを理解したわけではない。
だが、あの地下で、自分と同じ姿をした影を相手に。
この少女が何を経験したのかは聞いている。
どれほどの傷を負ったのかも。
「……分かった」
エミヤは静かに答えた。
「ただし、殺し合いをするつもりはないぞ」
「分かってる」
「ならばいい」
こうして、二人の長い一日は始まった。
◇ ◇ ◇
場所は魔術学院。
普段フィッセルたちが訓練に使用している広い訓練室を、ファウステスの計らいで借りることになった。
「まったく……」
そのファウステスは、訓練室の端で腕を組んでいる。
「話を聞いた時点で嫌な予感はしていたが」
床や壁、天井。
部屋全体には、幾重にも防御結界が張られていた。
さらにフィッセル自身にも、攻撃による衝撃を一定量軽減する術式が施されている。
「ここまで準備する必要があるのかね?」
「エミヤ君がそれを言うのか」
即答だった。
「フィッセル君だけなら、ここまでせん」
「…………」
「貴殿が相手だから用意しているのだ」
「信用がないな」
「逆だ。信用しているからこそだ」
ファウステスは眼鏡の位置を直す。
「貴殿が加減を誤るとは思っていない。だが、フィッセル君の望みを叶えてあげるには、この方がいいだろう」
「…………」
「どうか遠慮なくあの子に付き合ってほしい。それが私からの頼みだ」
視線の先にフィッセルは既に準備を終え、剣を握っていた。
「……過保護」
「ならば自重しなさい」
「善処する」
「善処では困るのだが……」
ファウステスが肩を竦めた。
エミヤはファウステスの配慮を受け止めながら、フィッセルと向き合った。
フィッセルも剣を構える。
「まあいい。では始めるとしよう」
そう宣言しながら、身体強化の魔術を身体に走らせる。
そして無手から投影したのは――木刀。
「手加減?」
「なに、初めから手の内を全て晒すことはないさ」
「魔術も使うから、ただの木剣ならすぐに切れる」
「君がそう判断しているということは、まだ未熟ということだ」
「…………」
「不満かね?」
「少し」
「ならば、私に考えを改めさせてみたまえ」
その一言でフィッセルの目が変わった。
「――分かった」
互いに踏み込む。
――そして、一戦目終了後。
強化魔術を施した木刀。
ただの木剣だと侮ったフィッセルは、その一撃に翻弄された。
――この男は、やはり人が悪い。
◇ ◇ ◇
小休憩を挟むことはあったが、まさか二十戦もの模擬戦が続くとは、さすがのエミヤも予想していなかった。
「…………」
フィッセルは床へ座り込んでいた。
否。
正確には、座らされていた。
「水だ」
「まだ出来る」
「聞いていない。飲みたまえ」
「…………」
差し出された水を受け取る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
少し離れた場所では、ファウステスが結界の調整を行っている。
何度も戦闘を繰り返しているため、所々に負荷が蓄積しているらしい。
「しかし……君も大概だな」
エミヤはフィッセルを見る。
「何が?」
「二十戦だぞ」
「まだ二十戦」
「…………」
「一回も勝ってない」
「だから何だ」
「悔しい」
即答だった。
「なら、次は勝つ」
「…………」
エミヤは頭を押さえた。
以前、ベリルから聞いたことがある。
フィッセルの努力は、人並み外れている、と。
才能だけで今の位置まで来た少女ではないことは、この二十戦で嫌というほど理解できた。
「フィッセル」
「?」
「君は普段から、こうなのかね?」
「こう?」
「出来ないことがあれば、出来るまで繰り返すのかと聞いている」
少し考えて、当たり前のように頷いた。
「出来ないなら、出来るようになるまでやる」
「…………」
「先生も、そうしてたと思う」
「ベリルが?」
「うん」
その言葉に、エミヤは僅かに目を細めた。
なるほど。
師が師なら弟子も弟子。
もっとも本人たちは、恐らく互いにそんな自覚などないのだろう。
「エミヤさんは?」
「何かね」
「出来ないことがあった時」
フィッセルが尋ねる。
「出来るまでやった?」
「…………」
少しだけ、返事が遅れた。
「……まあな」
「じゃあ、一緒」
「それはどうだろうな」
「違うの?」
「私は――」
言いかけ、止める。
「いや」
今話すことではない。
「少なくとも、休むべき時に休まなかったことなら何度もある」
「じゃあ一緒」
「悪い部分まで真似をする必要はない」
「むぅ」
不満そうだった。
「十分休んだ」
「五分も経っていない」
「もう動ける」
「却下だ」
「エミヤさん」
「駄目だ」
「…………」
「その顔をしても駄目だ」
少し離れたところから。
「エミヤ君」
ファウステスが声を掛ける。
「何かね」
「もう諦めた方が早いと思うぞ」
「君はどちらの味方だ」
「私は休ませたい側だ。だが、このままでは休憩中ずっと『次』と言い続けるぞ」
「…………」
エミヤがフィッセルを見る。
「次、お願い」
「ほらな」
「…………」
深い溜息。
「あと五分だ」
「長い」
「十分に増やすぞ」
「五分でいい」
「結構」
ファウステスが僅かに笑った。
◇ ◇ ◇
――二十四戦目。
フィッセルが、エミヤの蹴りを避けた。
「――ほう」
既に見た攻撃だった。
僅かに遅れたものの、今度は反応できた。
返しの剣をエミヤが夫婦剣で受け止める。
「悪くない」
「まだ!」
踏み込む。
だが。
「前へ出ることだけが正解ではないぞ」
「――!」
エミヤの足払いに体勢を崩され、そのまま剣先を突き付けられる。
「…………」
「だが、先ほどより良かった」
「……次」
「少しは喜びたまえ」
「勝ったら喜ぶ」
「難儀な性格だな」
――二十七戦目。
槍、刀、大剣。
この戦闘中に繰り出されたものと同じ順番。
しかし、今度のフィッセルは違った。
読み違うことはなく、その全てを捌き切る。
ベリルの道場で教えを修めているだけあって、連撃にも冷静に対処している。
だからこそ、彼女を襲うのは想定外の奇襲。
「――!」
フィッセルが好機と判断した、その瞬間。
エミヤの手に現れた剣を見て、目を見開いた。
――先生の剣。
続くのは、見慣れた受けの型。
だが、気付いた時には遅かった。
投影した剣に刻まれた経験を辿り、ベリルの受けの型をなぞる。
その返し技が、フィッセルの剣を捉えた。
「……分かっていたら受けなかった」
「無論、君相手であれば一度限りの奇襲だろう。それで勝ちだ」
「次」
「やれやれ」
――そして。
三十戦目。
激しい剣戟が響く。
干将、莫邪による鉄壁とも思わせるほどの護りに、フィッセルは果敢に攻める。
無論、彼女とて剣のみに頼ることはない。
魔術、体術、部屋の地形、使えるものは全て使い、勝機を見つける。
それこそ、ベリルの教えであり、彼女は実直に、全てを使う。
右を受け、左を逸らす。
蹴りに対応するように僅かに下がる。
「――っ!」
フィッセルが剣を振るう。
エミヤが避ける。
「…………」
一瞬、二人の視線が合う。
エミヤの左手、干将が消えた。
フィッセルの目が動く。
何が来る。
一瞬、思考を巡らせかける。
――違う。
考えるな。
何が来ても、見てから、対応する。
「――!」
投影された短い刃がフィッセルの脇腹を狙う。
「っ!」
剣を立て、防ぐ。
直後に莫邪が首を狙う。
フィッセルは身体を沈め、避ける。
そのまま、踏み込む。
「――そこ!」
フィッセルの剣がエミヤの胸元へ迫った。
「ほう」
初めてエミヤが、大きく一歩後ろへ退いた。
「…………!」
フィッセルの目が僅かに見開かれる。
届かなかった。
だが、退かせた。
今まで、何度も、何度も一方的に決め手を取られ続けてきた相手を、一歩退かせた。
「まだ!」
追う。
「待ちたまえ」
「――え」
「そこまでだ」
エミヤが剣を下ろした。
「まだ終わってない」
「終わりだ」
「どうして」
「君の脚を見ろ」
「…………」
言われて、フィッセルが自分の脚を見る。
震えていた。
「…………」
「腕もだ」
剣を握る手、僅かに震えている。
「まだ出来る」
「出来るかどうかを聞いているのではない」
エミヤが干将莫邪を消した。
「休め」
「でも」
「フィッセル」
少しだけ、声が強くなる。
「努力と無茶を混同するな」
「…………」
フィッセルは、僅かに俯いた。
夢中になっていたのは確かだ。
だが、今回はそれだけではない。
――必死だった。
もしかしたら、あの人に届きたかったのかもしれない。
「ファウステス」
「ああ」
待っていたとばかりに、ファウステスが近付いてくる。
「三十分は休ませるぞ」
「三十分?」
「不満そうな顔をするな。こちらとしては一時間と言いたいくらいだ」
「…………」
フィッセルはエミヤを見る。
「…………」
「私を見ても変わらん」
「……分かった」
ようやく、剣を置いた。
そのまま、彼女は座る。
「…………」
そして。
「疲れた」
「今更かね?」
エミヤが呆れた。
「うん」
「三十戦して初めて言う言葉ではないぞ」
フィッセルは返事をしなかった。
そのまま床へ、仰向けに倒れた。
「おい」
「大丈夫」
「説得力がないな」
ファウステスが隣へ座り、状態を確認する。
「魔力も随分消耗している。これ以上続けるなら、しっかり休ませるべきだな」
「まだやる」
「君の意思は今聞いていない」
「…………」
「少し黙って休んでいたまえ」
「……うん」
ようやく静かになった。
彼女は天井を見上げる。
呼吸が整うまで、しばらく誰も何も言わなかった。
◇ ◇ ◇
「……エミヤさん」
暫くして、床に寝転んだまま、フィッセルが口を開いた。
「何かね」
「私、強くなってる?」
「…………」
エミヤは、すぐには答えなかった。
「何故聞く?」
「一回も勝ててないから」
「私に勝てなければ、成長していないと?」
「そういうわけじゃない」
「ならば答えは分かっているだろう」
「…………」
フィッセルが天井を見る。
「でも」
少しだけ声が小さくなった。
「まだ、全然届かない」
「当たり前だ」
「…………」
「何だ、その顔は」
「もう少し優しいことを言って」
「君は私に何を期待しているのだね?」
横でファウステスが穏やかな顔をしながら、会話を見守る。
「だが一戦目の君と、三十戦目の君が同じに見えるのなら、私はこれほど付き合ってはいない」
エミヤが続ける。
「…………」
フィッセルの目が動く。
対するエミヤは、多くは語らない。
元々、優しい言葉を多くかけてくれるような男ではない。
そんな不器用な武人が、自分にも分かるように向き合ってくれた。
僅かに。
本当に僅かに、フィッセルの口元が緩んだ。
「……そっか」
「ああ」
「じゃあ」
「駄目だ」
「まだ何も言ってない」
「次をやろうとしただろう」
「うん」
「だから駄目だ」
少しだけ不満そうに、再び天井を見る。
しばらくして。
「エミヤさんは?」
「何だね」
「エミヤさんも、いっぱい努力した?」
「…………」
ファウステスが僅かに視線を向けた。
エミヤは黙った。
「強くなるまで、いっぱい負けた?」
「……そうだな」
やがて、エミヤが答える。
「負けたとも」
「何回?」
「数えてはいない」
「じゃあ、私より多い?」
「恐らくな」
「そっか」
「……私の努力は、正しいものばかりではなかった」
「?」
フィッセルが顔を向ける。
「出来ないことを、ただ繰り返す。正しい訓練の方法も知らず、それが自死に等しい行為だと気づくこともなく、足りないものは努力だけだと思い込む」
淡々と、まるで他人の話でもするように。
「そういう時期があった」
「…………」
「それは努力というより、意地だ」
エミヤは自分の掌を見る。
遠い。
あまりにも遠い過去。
暗中模索をしてもなお、止まるという発想そのものを持てなかった頃。
「努力すれば必ず報われる、などとは私は言わん」
「…………」
「間違った方向へ進めば、努力した分だけ目的地から離れることもある」
「じゃあ」
フィッセルが尋ねる。
「エミヤさんは、どうやって強くなったの?」
少し考え。
「運が良かった」
「運?」
「ああ」
意外な答えだったのだろう。
フィッセルが瞬きをする。
「運命を変える機会があった」
それまでの価値観や自分の人生や方向性を大きく定めた日々。
短くも濃い闘いの日々、戦友と駆け抜けた連夜。
「良い師に恵まれたこともある」
「…………」
「自分だけでは気付けないことを教えられた……恥ずかしい話だが、当時の私は自分の魔術も分かってなかったんだ」
そこで、フィッセルを見る。
「その点で言えば、君は私より恵まれている」
「私?」
「剣にはベリルがいる」
「…………」
「魔術にはルーシーがいる」
フィッセルの目が僅かに見開かれる。
「二人とも、君をよく見ている」
「うん」
「そして君自身も、学ぶことを止めようとしない」
三十戦。
一度も勝てず、それでも「次」と言い続けた。
ただ繰り返しているだけではない。
負ける度に振り返り、次に勝つための思考を止めない。
少しずつ確実に、次の戦いへ反映している。
「ならば、焦る必要はない」
「…………」
「今日の君では私に届かないかもしれん。だが、明日の君までそうだとは限らん」
静かな言葉。
フィッセルは何も言わなかった。
「君が今のように、自分の弱さから目を逸らさず進むのであれば――」
そこで、エミヤは僅かに笑った。
「いずれ、私程度には届くだろうさ」
「…………」
沈黙。
ファウステスが、何とも言えない顔でエミヤを見た。
「……エミヤ君」
「何かね」
「最後の一言で台無しだ」
「何故だ」
「何故でも何もない」
「?」
本気で分かっていないらしい、とファウステスが溜息を吐く。
その横で。
「…………」
フィッセルが上体を起こした。
「エミヤさん」
「何かね」
「今の、覚えておく」
「何をだ」
「私でも、エミヤさんに届くって言った」
「…………」
「言ったよね?」
「ああ」
否定しない。
フィッセルが立ち上がろうとする。
「よし」
「待て」
肩を掴まれた。
「何故立つ」
「やる気が出た」
「休憩中だ!」
「もう大丈夫」
「大丈夫ではない!」
「次、お願い」
「だから休めと言っている!」
「フィッセル君!」
三人の声が再び、訓練室に響いた。
◇ ◇ ◇
休憩を挟みながら続いた模擬戦は、ついに四十五戦目を迎えていた。
窓の外では、既に陽が傾いている。
エミヤは深く息を吐いた。
――素振り千回を当然のようにこなす少女。
以前聞いたその話も、今なら疑う余地はなかった。
「…………」
ファウステスは壁際で腕を組み、呆れ半分、感心半分といった心情で二人を見ていた。
魔術師学院の教頭という地位は、決して余裕ある立場ではないが、今日に限ってはとことんフィッセルに付き合うつもりだったようだ。
それも、模擬戦という形であれば、見積もっても午前中に終わるだろうと考えていたのだろう。
途中で使いを呼んだうえで、指示を出している様子が見えた。
「――っ!」
フィッセルが剣を振るう。
朝とは、明らかに違っていた。
何度も打ち倒され、そのたびに学び、次の一合へ繋げる。
一日で技量が飛躍的に向上するわけではない。
だが、同じ失敗を繰り返さないための選択肢は、確実に増えていた。
――それでも、まだ届かない。
だが、その壁がどれほど高くても、彼女は諦めない。
そして、最後の一撃も、エミヤの夫婦剣に受け止められた。
「……負けた」
「ああ」
「四十五回」
「ああ」
「…………」
「不満かね?」
「すごく」
「そうか」
エミヤが投影剣を消す。
「じゃあ」
フィッセルが剣を握り直した。
「次――」
「待ちたまえ」
「?」
エミヤは、目の前の少女を見る。
不屈とも言える彼女に対して、呆れながらも正面から告げた。
「……まったく」
「?」
エミヤが深く息を吐く。
「私の負けだ」
「…………?」
フィッセルが首を傾げる。
「勝った?」
「そういう意味ではない」
「じゃあ、まだ四十五敗」
「そこを数える必要はあるのかね?」
「ある」
「そうか」
何故か妙に律儀だった。
「だが、次で最後だ」
「…………」
「不満そうな顔をするな。既に四十五戦だぞ」
「あと五回」
「増やすな」
「切りがいい」
「十分過ぎるほど切りはいい」
「…………」
「それに」
そこまで話した後、エミヤの声が少し変わった。
「最後は、今までと同じことをするつもりはない」
フィッセルの目が僅かに細くなる。
「どういうこと?」
「君は私に手を抜くなと言ったな」
「うん」
「無論、今日一日、君を侮ったつもりはない」
殺さない。
大怪我をさせない。
それは当然だ。
だが、一戦たりとも侮ったつもりはない。
この少女が学び取れるよう、自分の持つ技と戦術を惜しまず使ってきた。
「それでも、まだ一つある」
「…………」
「今日、使っていないものがな」
フィッセルが僅かに目を見開く。
「エミヤ君」
ファウステスの声。
僅かに警戒が混じっている。
「ああ。分かっている」
エミヤは頷く。
「ファウステス。結界を強めてもらえるか」
「……何をするつもりだ」
「防ぐだけだ」
「……危険はないのか?」
「あぁ、約束しよう」
エミヤの言葉に頷いたファウステスは、改めて防御結界を張りなおす。
「これ以上は難しいぞ」
「十分だ」
エミヤが、フィッセルへ向き直る。
「フィッセル」
「うん」
「君の最大の一撃を使いたまえ」
「――!」
意味を理解した。
「君ほどの魔法剣士なら、切り札の一つくらいはあると思っていたのでね」
「ううん、正解。でも、教えてないのに、なんでわかるの?」
「経験だ」
苦い顔をして零すエミヤに、フィッセルはそれ以上深入りしなかった。
そして自分の手を見る。
休憩を挟みながら四十五戦。
体力は限界に近い。
それでも、最後の一撃に注ぐ魔力だけは残していた。
「……それでも、人を相手に使う技ではない」
「ふむ、それは些か慢心だろう」
「?」
「君の子供騙しの技で屈する程、私は柔ではない」
「……む、挑発?」
「悔しいのなら、示してみるといい」
そんなエミヤのあからさまな言葉に、少しだけフィッセルが笑った。
ここまで根気よく付き合ってくれた。
魔力の話であれば、それこそエミヤも十分ではないだろう。
それなのに、私のために切り札を見せてくれると言う。
その不器用な優しさに、フィッセルは内心感謝をする。
一度、深呼吸をして、フィッセルは剣を握る。
「やる」
「ああ」
「……時間がかかる」
「構わん」
「その間、攻撃しない?」
「ああ。十分に練り上げたまえ」
「…………」
「今日は君の切り札を受けるための一戦だ。遠慮する必要はない」
魔力が集まり始める。
空気が震える。
エミヤは動かない。
ただ、正面から、それを見ている。
フィッセルの剣へ魔力が集まり、凝縮される。
ふと、目前の光の束を見て、かつての光景が目に浮かんだ。
夢の結晶、常勝の王が示した、聖剣の煌めき。
(そういえば、"彼女"の聖剣を直接受けることはなかったな)
そんな益体のない思考に内心苦笑しながら、目前の光の収束を待った。
「――いくよ」
「ああ」
フィッセルが、踏み込んだ。
「――秘剣、"カーテナ"っ!!」
まるで、ここまでの戦いのすべてをぶつける様な想いと共に、光の鉄槌が振り下ろされる。
その瞬間。
エミヤが片手を前へ出した。
「熾天覆う――」
迫りくる光を前に。
「――七つの円環」
花が、咲いた。
「――――!?」
フィッセルの目が見開かれる。
眼前に現れたのは、巨大な七枚の花弁。
「これは――」
ファウステスが息を呑んだ。
彼の話から、以前説明を受けた"宝具"を使うことは読めていた。
だが、実際に目の当たりにすると、その内在された魔力――神秘に、言葉を失う。
彼の知る魔術とは違う。
だが、そこにあるものが、尋常ではない防御力を持つことだけは一目で分かった。
直後――フィッセルの秘剣が、第一の花弁へ激突した。
轟音。
「――っ!!」
衝撃が訓練室全体を揺らす。
防御結界が一斉に光った。
ファウステスが反射的に術式を補強する。
「なんという――!」
フィッセルは、止めない。
手の内を明かし、真正面から自分と向き合ってくれた。
その期待に、応えたい。
ただ、その一心で。
「――ぁぁああああっ!!」
残る魔力を、剣へ叩き込む。
届かせる。
今度こそ、届かせてみせる、届け、届け――
「――届けぇぇぇっ!!」
その時。
――ピシッ。
小さな音がした。
「…………!」
第一の花弁。
その表面に、細い亀裂が走っていた。
「――っ!」
フィッセルは、最後の力を振り絞る。
亀裂が広がる。
一筋だったそれが、二筋、三筋と枝分かれし――
――砕けた。
「――――!」
七枚の花弁、その最前面の一枚が光の破片となって散る。
――だが、そこまでだった。
続く第二の花弁が、残された光を受け止める。
「……っ」
フィッセルの剣から魔力が失われた。
同時に、膝が落ちる。
静寂。
「…………」
誰も、すぐには喋らなかった。
荒い呼吸のフィッセルが、顔を上げる。
「……今の」
「ロー・アイアス」
エミヤが答えた。
「私が持つ、防御の切り札の一つだ」
「…………」
「七枚の花弁。私の知る限り、最上の守りを意味する――宝具だ」
フィッセルは、先ほどまで、そこにあったものを見る。
「私の攻撃」
「第二層で止まったな」
「…………」
悔しそうな顔。
だが、エミヤが続ける。
「第一層は、君が破った」
顔が上がる。
「あれは、見た目だけの飾りではない」
少し考え、フィッセルにも分かるよう言葉を選ぶ。
「一枚だけでも、並の防壁とは比較にならん。感覚的に言えば、城壁を正面から打ち崩そうとするようなものだと思えばいい」
「城壁……」
「ああ」
フィッセルが自分の剣を見る。
「私」
「何だね」
「城壁を、破った?」
「そうなるな」
「…………」
少し、沈黙。
そして。
「……ふふ」
笑った。
「何だね」
「嬉しい」
「そうか」
「うん」
四十六戦。
一度もエミヤには勝てなかった。
けれど最後に、届かないと思っていた壁を、確かに一枚破った。
「次は、二枚」
エミヤが小さく笑った。
「ならば、期待しておこう」
フィッセルは満足そうに頷いた。
そして。
「…………」
そのまま、床へ倒れた。
「フィッセル?」
「疲れた」
「だろうな」
「もう動けない」
「知っている」
「少し寝る」
「せめて移動してから寝たまえ」
「無理」
「…………」
エミヤが頭を抱える。
「まったく」
離れたところで、ファウステスも呆れたように息を吐いた。
だが、その表情は、どこか嬉しそうだった。
◇ ◇ ◇
「――面白いことやっとるな」
訓練室の入口から声が聞こえた。
「…………」
エミヤが、嫌な予感と共に振り返る。
訓練室の入口には、二人の男子生徒。
フィッセルと親しい間柄なのだろう。
二人とも好戦的な目でエミヤを見ていた。
幸い、ロー・アイアスを見られた様子はない。
「……初対面だな」
「おう、俺はバウルや、よろしゅう」
「私はガレット・ミリオット」
自己紹介を済ませても、彼らの向ける熱が冷めない。
「……何だ」
「お願い、あるんやけど」
「断る」
「まだ何も言ってへん」
「顔を見れば分かる。どうせ、君たちも手合わせをしたいとでも言うのだろう」
エミヤが即答した。
二人が、顔を見合わせる。
ガレットが一歩前へ出る。
「では、せっかくなので」
「せっかくとは何だ」
「フィッセルだけ、ずるいやろ」
「ずるい……?」
エミヤが、理解出来ないものを見る顔をする。
「初対面に喧嘩を吹っ掛けるのが、ここの教育なのかね?」
「強いやつを見たら、挑みたくなるやろ!」
「……巻き込まれるこちらは、迷惑なだけだがな」
その時、床から声。
「二人とも」
「フィッセル?」
「やった方がいい」
「……フィッセル」
「楽しいよ」
「……君は黙って休んでいたまえ」
思わぬ学生たちの暴走を目にして、流石にファウステスが彼らを注意しようとするがエミヤが止める。
「構わん、以後付きまとわれても面倒だ。ここで一掃してしまおう」
「ほぉ、えらい強気な言葉やな」
「我々も、侮られるほど弱いつもりはありませんが……」
「事実だ。君たち自身、力の差を感じているだろう」
「……」
挑発ともとれる言葉だが、彼らも相手の力量を図れる人物のようだ。
エミヤが指を立てる。
「一人一戦。それで終わりだ」
「やってやる!」
「胸を借ります!」
「来たまえ。粗削りのその自信、切り伏せてみせよう」
そう言って、再び夫婦剣が、その手に現れた。
◇ ◇ ◇
二人との手合わせは、思いのほか早く終わった。
「……強すぎやろ」
「まったく歯が立たないとは……」
エミヤは夫婦剣を消す。
「約束通り、これで終わりだ」
だが、その時。
「エミヤさん」
「…………何だね」
フィッセルが起き上がり、剣を構える。
「今度は、三人」
「…………」
その日。
魔術学院の訓練室から剣戟の音が止んだのは、陽が沈み、随分と経ってからのことだった。