ここ好きの反応、嬉しいです!
本話は閑話となります。
午後の王都は、人通りが多かった。
大通りには商人の声が飛び交い、荷車が行き交う。
露店には野菜や果物、日用品が並び、その間を買い物帰りの者や冒険者らしき一団が歩いている。
そんな人波の中を、エミヤは一人歩いていた。
騎士団での指南を終え、店へ戻るまでの僅かな時間。
不足していた食材をいくつか買い足し、紙袋を片腕に抱えている。
「…………」
歩きながら、頭の中で今夜の仕込みについて考える。
肉は足りている。
野菜も、今買った分で問題ない。
夏場でも食べやすい献立を用意した方が、婦人客や子どもたちにも喜ばれるだろうか。
香辛料については――
「――エミヤ?」
聞き覚えのある声に、足を止めた。
振り返ると、人混みの向こうから赤い髪の女性がこちらへ歩いてくる。
「スレナか」
「あぁ」
スレナ・リサンデラ。
冒険者ギルド最高位、ブラックランクの冒険者。
普段通り腰には二振りの剣があり、どうやら仕事の途中らしい。
その隣には、見慣れない少女がいた。
「ん?」
エミヤの視線に気付いたらしい。
少女もこちらを見る。
冒険者らしい装備を身につけ、立ち姿にも相応の実戦経験が窺えた。
「そういえば、会うのは初めてだったか」
スレナが少女の肩を軽く叩く。
「ネルだ。彼女も冒険者で、前はよく一緒に依頼を受けていた」
紹介された少女が軽く頭を下げる。
「エミヤだ」
「知ってます」
「……ほう?」
即答だった。
ネルがスレナを見る。
「前に話してた人だよね?」
「ああ」
「スレナが大蛇の群れと対峙してた時に助けてくれた紅い凄腕弓使いさん」
エミヤの眉が僅かに動いた。
「スレナ、もう少し他に説明の仕方はなかったのかね?」
「分かりやすいだろ」
「確かに分かりやすかったです。他にもギルドで少し噂を聞いていたので」
ネルまで頷いた。
二対一。
エミヤは反論を諦めた。
「まあ、いい。それで、二人で依頼か?」
「ああ。ギルドに顔を出してきたところだ。ネルは別件だけどな」
スレナが答える。
「私は近いうちに王都を出る」
「遠出か?」
「ああ、北の方にな」
そこで、スレナの表情が僅かに真面目なものへ変わった。
「北方?」
エミヤが聞き返す。
「ああ。最近、あっちの海沿いが少し妙らしい」
「妙とは?」
「海賊だ」
それ自体は珍しい話ではない。
この世界へ来てから、エミヤもその存在について聞いたことはある。
だが。
「数が増えたのか?」
「いや。今まで好き勝手やってた連中が、妙にまとまり始めてるらしい」
「……統率されている、と?」
「そこまでは分からん。誰かが上に立ったのか、単に手を組んだだけなのか。それを確かめてくる」
随分と簡単に言う。
とはいえ、ブラックランクの冒険者を調査へ向かわせる程度には、ギルド側も気にしているということだろう。
「被害は?」
「今のところ、急に増えたってほどじゃない」
「なら、異変が大きくなる前の調査か」
「そんなところだ」
エミヤは少し考える。
海賊という集団そのものは珍しくない。
ならず者たちが利害の一致によって一時的に手を組むこともあるだろう。
だが、本来、別々に動いていた複数の集団に統率が生まれ始めた。
そこには何かしらの理由がある。
「気になるか?」
スレナが尋ねる。
「多少はな」
エミヤは素直に答えた。
「もっとも、現時点では何とも言えん。偶然である可能性も十分ある」
「ああ。私もそう思ってる」
スレナが肩を竦める。
そこでエミヤは、ネルへ視線を移した。
「君も同行するのか?」
ネルが首を振る。
「今回はスレナだけです」
「事前調査だからな。必要なら、後から討伐の依頼が出るだろう」
「……スレナ、無茶をするから、少し心配だけどね」
ネルが少し不満そうに言う。
「心配されるほど衰えていないさ」
スレナは即答した。
「それでも、最近大怪我したばかりじゃない」
「怪我ならもう治った、大丈夫だ。ネルの方こそ依頼があるだろ」
「そうだね、お互い頑張ろ」
心配していたことは本心だっただろうが、ネルもそれ以上は食い下がらなかった。
根底には、互いへの確かな信頼があるのだろう。
そのやり取りをエミヤは、少しだけ興味深く見ていた。
かつてスレナは、ベリルから剣を学んだ。
今でも彼を先生と呼び、尊敬し、慕っている。
彼女自身から聞いた話だけでも、その影響がどれほど大きいものかは容易に分かる。
だが今は、そんな彼女の隣を、一人の少女が歩いている。
スレナが何かを教え、危険を判断し、時には止める。
(……人は巡るものだな)
教えられる側だった者が、いつか誰かを導く側へ回る。
ベリルが今の二人を見れば、どう思うのだろうか。
「エミヤ?」
「いや、何でもない」
スレナの声で思考を切る。
「それで、君たちはこれからどうする?」
スレナが愛用の双剣を軽く示した。
「北へ行く前に、剣を見てもらおうと思ってな」
「整備か」
「馴染みの鍛冶屋が近くにある。エミヤも来るか?」
「……いや、私は遠慮しておこう」
「そうか?」
「買い物の途中なのでね」
抱えている紙袋を少し持ち上げる。
「この後は店へ戻るつもりだ」
「てっきり、貴方も鍛冶屋には興味を持つかと思っていた」
「用もない鍛冶屋へ押しかける理由もあるまい」
「別に買わなくても、怒るような店主ではない。以前、先生の剣を打った、信頼できる人物だ」
「……なるほど」
彼女の話を聞いて思い出す。
それは、過去にスレナと共に討伐した、特別討伐指定個体――ゼノ・グレイブルの素材をベリルの剣に当てたいと話したことだった。
具体的な手続き等は全てスレナに任せていたため、誰が打ったか知らなかったが、確かに腕のいい職人なのだろう。
実際、ベリルからも剣の使い心地が良い、とはたびたび聞いていた。
「とはいえ、私が尋ねる理由もないな。やはり遠慮しておこう」
スレナがエミヤを見る。
「そういえば、貴方が武器屋にいるところは見たことないな」
「必要がないからな」
「まあ、そうか」
スレナはそれだけで納得した。
彼女はエミヤの戦い方を知っている。
彼が魔術師であり、何も持っていない状態から武器を用意することも、必要に応じて剣や弓を使い分けることも。
とはいえ、無理に引き留める理由もスレナにはないため、それ以上尋ねることはなかった。
「じゃ、またな」
「ああ。ベリルがビデン村から戻った後、タイミングが合えば尋ねるといい。彼も喜ぶだろう」
「お忙しい先生に気軽に声をかけるのは憚られるが、貴方もそう言うなら、今度尋ねるさ」
「そうするといい。酒に付き合うなら、私よりも君が適任だろう」
「それじゃあ、エミヤさん」
「ああ」
二人と別れようとする。
その時だった。
「――おう、スレナじゃねえか」
太い声が、人混みの向こうから飛んできた。
「ん?」
三人が振り返る。
大柄な男が、こちらへ歩いてくる。
スレナよりも遥かに背が高い。
鍛えられた身体。
腕は太く、節くれ立った手には長年の仕事によるものらしい傷や硬い皮膚が見える。
「バルデル、ちょうどいいところにいたな」
「そりゃこっちの台詞だ。そろそろ来ると思ってたぞ」
どうやら噂の鍛冶師本人らしい。
「先生の知り合いで、エミヤだ」
「お前さんが。先生から名前は聞いてるぜ」
「ベリルから?」
「ああ。俺も昔、先生に剣を習ってたんでな」
(……あの男の弟子は、随分と各所にいるな)
エミヤが内心感心していると、スレナが当然のように言った。
「彼も連れていっていいか?」
「構わねえぞ」
「私は行くとは――」
「すぐそこだ」
「いいじゃないですか」
ネルまで加わった。
気付けば三対一。
「……君たちは」
エミヤは額に手を当てる。
「分かった。少しだけだぞ」
こうして四人は、バルデルの工房へ向かった。
◇ ◇ ◇
工房へ入って最初に感じたのは、熱だった。
炉は今こそ激しく燃えてはいないものの、室内には鉄と炭の匂いが染み付いている。
壁には様々な工具。
棚には手入れ途中の武器。
そして、店として使われている一角には、完成した剣や槍が並んでいた。
「…………」
エミヤの視線が、自然とそちらへ向く。
「適当に見ててくれ」
バルデルはそう言うと、早速スレナから双剣を受け取った。
「ネル、お前も何か見てもらうか?」
「今日は大丈夫!」
「そうか」
スレナとバルデルが武器について話し始める。
エミヤは、それを邪魔しないよう少し離れた。
そして、一本の剣を見る。
「…………」
手には取らない、見るだけだ。
刃。
柄。
鍔。
装飾は少ない実用品。
隣の剣を見る。
先ほどのものより少し短い。
重心も異なるだろう。
さらに、その隣。
今度は明らかに大柄な者を想定している。
(……なるほど)
エミヤは静かに店内を見回す。
良い仕事だった。
単に切れ味を追求しているわけではない。
使い手を考えている。
体格や用途、戦い方。
同じ剣という括りであっても、それぞれに明確な違いがある。
握りや振り心地といった細部にまで、使い手一人一人への配慮が窺える。
世には、貴族が喜ぶ装飾用の剣もあるが、この店に並ぶ物はどこまでも現実的な作品の数々だ。
敵を斬り、そして持ち主と共に帰ってくるための武器。
(腕は確かだな)
スレナの紹介という時点で腕への疑いはなかったが、エミヤは自らの目で確かめ、そう確信した。
「…………」
一度気になると興味は尽きない。
炉を見る。
金床を見る。
置かれた槌を見る。
そして再び、完成した剣へ視線を戻す。
一振りを作るために、幾度もの工程を重ねる。
そこには時間があり、技術があり、積み重ねがある。
この鍛冶場には、職人の生涯が詰まっている。
そう思わせるほどの熱量が宿っていた。
「――気になるか?」
声が飛んできた。
エミヤが振り返る。
いつの間にか、バルデルがこちらを見ていた。
スレナの双剣は作業台へ置かれている。
「良い仕事だと思っていただけだ」
「分かるのか?」
「多少はね」
バルデルが眉を上げた。
「へえ」
何か興味を持ったらしい。
「どれが気になった?」
「そうだな」
エミヤは近くにあった一振りを見る。
「これなどは悪くない」
「理由は?」
「私には少し軽いが、扱いやすい。力のない者でも振り回されにくいだろう。柄も長時間握ることを考えている」
「…………」
「こちらは逆だな」
別の剣。
「ある程度体格のある者向けだ。重さを利用して叩き切ることも想定している」
バルデルは黙って聞いている。
その様子を見て、エミヤが肩を竦めながら付け加えた。
「もっとも、実際に握っていない。見当違いなら聞き流してくれ」
「いや、大体合ってる」
バルデルが笑った。
「お前さん、やっぱり武器を使うな」
「…………」
「それも、相当使ってる」
エミヤは答えなかった。
バルデルの目が、先ほどまでとは違う。
鍛冶師の眼だ。
武器を作り、それを使う人間を見続けてきた者の視線だった。
「先生と一緒に騎士団で指南してるってんなら、当然か」
「多少は扱える」
「多少、ねえ」
どこかで聞いたような反応だった。
バルデルはエミヤの腰を見る。
何もない。
剣帯すらない。
「お前さん、得物は?」
「今は持っていない」
「今は?」
「ああ」
「なら、一本どうだ?」
「必要ない」
また即答だった。
「…………」
「…………」
二人の視線がぶつかる。
少し離れたところで、スレナが呆れたように言った。
「バルデル。さっき伝えた通りだ。彼は、武器を買いに来たわけではない」
「そういう問題じゃねえ」
バルデルが返す。
ネルが首を傾げた。
バルデルは、並んだ剣から一本を手に取る。
「これなんかどうだ」
先ほどエミヤが最初に評価した剣だった。
「悪くない」
「だろ?」
「ああ」
エミヤは頷く。
「では、せっかくだ。一振り貰おう」
「…………」
その答えを聞いた途端、バルデルの動きが止まった。
「いくらだ?」
「待て」
「何かね」
「今、何で買おうと思った?」
「何故と言われてもな」
エミヤが少し考える。
「良い剣だ。君の仕事も見せてもらった。何も買わずに帰るのも悪いと思っただけだが」
「いらねえなら買うな」
「…………」
今度はエミヤが黙った。
「武器は付き合いで買うもんじゃねえ」
「商売人らしくない台詞だな」
「鍛冶屋だからな」
バルデルは剣を戻した。
そして、改めてエミヤを見る。
肩と腕、腰と脚、最後に手。
「お前さん」
「何かね」
「自分の得物が、もうあるだろ」
「…………」
静かになった。
ネルが二人を見る。
スレナだけは、何となく、話の行く先が分かったらしい。
口を挟まない。
「何故そう思う?」
エミヤが尋ねた。
「立ち方だよ」
バルデルが答える。
「剣を見てる目もそうだ。自分に合う一本を探してる奴の見方じゃねえ」
「…………」
「他人の武器を見る目だ」
バルデルは自分の腰へ手を当てた。
「それに、何も持ってねえのに落ち着きすぎてる」
「丸腰に慣れているだけかもしれんぞ」
「だったら剣を見て、あそこまで細かいことは言わねえよ」
即答だった。
「それに……剣だけじゃねえな」
バルデルは続ける。
「多分、色々使うだろ。違うか?」
エミヤは答えない。
面倒な男だ。
そう思う。
だが、彼に悪意がないことも分かる。
純粋に、武器を作る人間として、戦士が何を使うのかに興味を持っているだけだ。
「……参ったな」
エミヤが小さく呟いた。
「何がだ?」
一度、息を吐く。
「君のような職人が相手では、適当な言い訳は通じそうにないと思ってね」
「そりゃどうも」
「褒めてはいないぞ」
「で?」
バルデルが笑う。
「何を使う?」
「…………」
エミヤは少し考えた。
ネルがいる。
バルデルも、自分の能力を知らない。
投影魔術について、わざわざ詳しく教える理由はない。
「少々、特殊な手段でね」
「特殊?」
「武器を手にする術がある」
「魔術ってやつか?」
「さてな、手の内を全て明かすほど、私は素直な人間ではないのでね」
バルデルが目を丸くした。
そして笑った。
「そりゃそうだ!」
どうやら気を悪くした様子はない。
「冒険者でも騎士でも、自分の手札を何でも喋る奴はいねえわな」
「理解が早くて助かる」
「じゃあ一つだけ頼む」
「何かね」
「見せられる範囲でいい。お前さんの使う剣を見せてくれ」
「…………」
エミヤはバルデルを見る。
断ってもいい。
本来なら、そうするところだ。
だが、ここまで自分の武器を見抜かれておきながら、頑なに隠すのも不自然だろう。
「……分かった」
「本当か?」
「ああ。少し待っていたまえ」
そう告げると、工房の一角。
棚と積まれた資材によって、他の三人から手元が隠れる位置へ歩く。
「すぐ済む」
短く答え、視線がないことを確認する。
そして、静かに魔力を通す。
構造を把握。
材質を解析。
基本骨子を想定。
製作技術を模倣。
成長経験に共感。
蓄積年月を再現。
一つずつ、丁寧に行う。
既に幾度となく繰り返した工程を、頭の中で走らせる。
特別なものを選ぶ必要はない。
それは、何の逸話もない。
かつてどこかで見た。
ありふれた、一振り。
「…………」
手の中へ重みが生まれる。
それを確認してから、エミヤは棚の陰から戻った。
「待たせたな」
「…………?」
ネルが目を瞬く。
先ほどまで何も持っていなかったはずの男の手に、一振りの剣があった。
「え?」
ネルがエミヤの後ろを見る。
何か置いてあったのかと思ったのだろう。
当然、何もない。
「どこから……?」
「秘密だ」
「えぇ……」
「先ほど言っただろう。武器を手にする術がある、と」
それ以上は説明しない。
ネルは気になる様子だったが。
「詮索するな、ネル」
意外にも止めたのはスレナだった。
「冒険者だって切り札は隠すだろ」
「……それもそうだね」
「助かる」
エミヤは短く礼を言った。
そして、剣をバルデルへ差し出す。
「これでいいかね?」
「…………」
返事がない。
バルデルは、剣を見ていた。
「バルデル?」
スレナが呼ぶ。
「……ああ」
ようやく反応した。
「借りるぞ」
「好きにしたまえ」
バルデルが剣を受け取る。
重さを確かめた。
握った。
数度、軽く振る。
角度を変え、刃を見る。
そして、背を見る。
次は、鍔。
最後は、柄。
「…………」
沈黙。
先ほどまでの豪快な雰囲気が消えている。
完全に、職人の顔だった。
「……おもしれえな」
小さく呟く。
「何がです?」
ネルが尋ねる。
だが、バルデルは答えない。
剣を傾け、光に透かし、指先で刃をなぞる。
「…………」
エミヤは黙って待った。
やがて、バルデルが顔を上げる。
「エミヤ、と言ったな」
「何かね」
「これ」
剣を持ち上げる。
「本物じゃねえな」
◇ ◇ ◇
「…………」
スレナの目が僅かに見開かれた。
ネルは意味が分からず、剣とバルデルを交互に見る。
「本物じゃない?」
「ああ」
バルデルは剣から目を離さない。
「ちゃんと使える。下手な安物よりずっと出来がいい」
それでも、とバルデルは続けた。
「でも、俺には、これが普通に打たれた剣には見えねえ」
エミヤは少しだけ、目を細めた。
「どうしてそう思う?」
「分からん」
「分からない?」
「ああ」
バルデルは素直に認める。
「形もいい。重さもおかしくねえ。刃もちゃんとしてる」
もう一度、剣を見る。
鍛冶師は、自分が生涯向き合ってきたものを見つめながら、ゆっくりと言った。
「誰かが鉄を選んで、火に入れて、叩いて、削って――そうやってここまで持ってきた剣を見てる感じがしねえ」
「…………」
それは、理屈ではなかった。
ただ長年、剣を打ってきた男の感覚。
エミヤは暫く、何も言わなかった。
そして、静かに笑った。
「……大したものだ。正解だよ」
エミヤは自分が生み出した剣を見ながら、何でもないことのように告げた。
「それは――贋作だ」
「…………」
バルデルは、手の中にある剣へ視線を落とした。
贋作――その言葉だけを聞けば、決して良い意味ではない。
偽物。
模造品。
本物ではないもの。
まして、剣を打つことを生業としている男を前に、自らそう言い切ったのだ。
「贋作……偽物ってことですか?」
ネルが尋ねる。
「ああ。その認識で構わん」
「でも、ちゃんと使えるんですよね?」
「無論だ」
「じゃあ……」
どういうことなのだろう。
そう言いたげなネルとは対照的に、バルデルは黙って剣を眺め続けていた。
「…………」
再び、刃を指先でなぞる。
鍔を見て、柄を見て、そうして再び軽く振る。
「……なるほどな」
ようやく口を開いた。
「だから妙だったのか」
「分かるのかね?」
「いや」
バルデルが首を振る。
「どうやって作ったかなんて分からねえよ」
「…………」
「魔術なのか、魔装具なのか、それとも俺の知らねえ何かなのか。それは知らん」
そこで、バルデルはエミヤを見る。
「けど、お前さんがこれを"贋作"って呼ぶ理由は、なんとなく分かった」
「ほう?」
「これには元があるんだろ?」
エミヤの目が僅かに細くなる。
「……何故そう思う?」
「職人の勘ってやつだ。この剣そのものを、お前さんが一から考えて作ったようには見えねえ」
バルデルが続ける。
「……妙なんだよ。剣としてはちゃんとしてる。なのに、誰かが試行錯誤して作った感じがしねえ」
「…………」
「まるで、最初から完成した形だけを写し取ったような……そんな感じだ」
エミヤは答えない。
肯定も、否定もしない。
それだけで十分だったらしい。
「へえ……」
スレナが横から剣を見る。
「そういうものなのか?」
「説明しても分からんだろう」
「専門ではないからな」
「剣を使うのと剣を作るのは別だ」
「……スレナ、ちょっと悔しい?」
「うるさい、ネル」
二人のやり取りを横目に、エミヤは小さく息を吐いた。
「概ね、君の認識で間違っていない。私が手にする武器の多くは、そういったものだ」
「多く?」
バルデルが反応する。
「全部じゃねえのか?」
「…………」
「おっと」
バルデルが片手を上げる。
「これ以上は聞かねえよ」
「助かる」
バルデルはあっさり引いた。
そして、改めて手の中の剣を見る。
「しかし……大したもんだ」
小さく呟く。
その言葉に、今度はエミヤが僅かに眉を動かした。
「贋作だぞ」
「だから何だ?」
即答だった。
エミヤはバルデルを見る。
「君のような鍛冶師なら、こういったものを好まないと思っていたのでね」
「俺みたいな?」
「自ら鉄を選び、火へ入れ、槌を振るう。そうして一振りを作り上げる職人だ」
バルデルは黙って聞いている。
「それを生業としている者からすれば――」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「これは、インチキのようなものだろう」
「…………」
工房が静かになった。
「私は、君たちのように一から剣を打つわけではない」
エミヤの視線が、バルデルの手にある剣へ向く。
「既に存在するものを借り、写し取る。本物を作る者からすれば、面白くない力だと思っていたがね」
思えば、この世界へ来てから、エミヤは鍛冶屋へ足を運ぶ機会がほとんどなかった。
武器を買う必要がない。
それが一番の理由だ。
だが、職人たちの前で自分の投影を披露することに、多少の気後れがあったのも事実だった。
「……はあ」
突然、バルデルが大きく息を吐いた。
「随分難しく考える奴だと思ってな」
「…………」
「エミヤ。これ、斬れるんだろ?」
「ああ」
「折れるか?」
「使い方次第ではな」
「当たり前だ。剣なんだから」
バルデルは何でもないことのように言った。
「俺たちが剣を打つのは、使う奴がいるからだ」
「…………」
「冒険者が魔物を斬る。騎士が誰かを守る。武器なんてのは、使われてなんぼだろ」
壁に並んだ武器を見る。
「俺が打った剣だろうが、お前さんが作った贋作だろうが」
バルデルは、その剣をエミヤへ差し出した。
「それで振るう奴の役に立つなら、俺は別に構わねえよ」
エミヤは差し出された剣を見る。
「……そういうものかね」
「ああ」
「職人として、思うところはないのか?」
「あるぞ」
即答だった。
「当たり前だろ。こんなもん見せられて、何も思わねえわけがねえ」
バルデルが歯を見せて笑う。
「だから、俺はそんな贋作より良い剣を打てばいい」
「…………」
エミヤが、目を瞬いた。
バルデルが自分の胸を叩く。
「お前さんが『こいつは写した方がいい』って思うような剣を作る。そんで、贋作より本物の方が良いって言わせてやる」
「……随分と大きく出たな」
「鍛冶屋だからな」
豪快に笑う、その姿をエミヤは暫く見ていた。
やがて、小さく笑った。
「ならば、期待しておこう」
「おう」
エミヤは、そんな彼を見ながら少しだけ、自分がここへ来ることを避けていたことを馬鹿らしく思った。
◇ ◇ ◇
「さて、随分長居してしまった」
「そうか?」
「私は買い物の途中だったのでね」
「あ」
ネルが紙袋を見る。
「そういえばそうでしたね」
「スレナの剣の整備もあるだろう。私はそろそろ失礼する」
「ああ、付き合わせて悪かったな」
スレナが頷く。
エミヤはバルデルへ向き直る。
「邪魔をしたな」
「何言ってんだ」
「?」
「おいおい、待て待て」
バルデルが呼び止めた。
「まだ何か?」
バルデルの視線がエミヤの手にある剣へ向く。
「それじゃねえだろ」
「何?」
「お前さんが本当に使ってる剣だよ」
「…………」
「さっきの話だ」
バルデルが言う。
「色々使う。けど、一番手に馴染んだ何かがある。今見せてもらったのは、違う」
「何故そう思う?」
「持ち方」
即答だった。
エミヤが自分の手を見る。
「武器としては正しく振れるんだろう。多分、俺なんかよりずっと上手く」
「それはどうかな」
「でも」
バルデルの目が鋭くなる。
「馴染んでねえ」
「…………」
また見抜かれた。
エミヤは、心底困ったように眉間を押さえた。
「君は……」
「なんだ?」
「鍛冶屋ではなく占い師でも始めたらどうだね」
「そんなん楽しくねぇよ」
「だろうな」
バルデルが笑う。
「で、見せてくれるのか?」
一歩、近付く。
「お前さんが、本当に信頼してる剣を」
先ほどとは違う。
好奇心だけではない。
職人として、純粋に見たいのだろう。
「…………」
エミヤは少しだけ考える。
ここまで見抜いた彼に、せめて誠意で返答したいと考えていた。
あるいは、心のどこかに、憧れに近い感情があったのかもしれない。
ともすれば、あとは何を選ぶか、だが――エミヤにはこの場で一つしか思いつかない。
自分が最も多く使ってきた夫婦剣。
宝具としての格が突出して高いわけではなく、もっと強力な武器も知っている。
それでも、彼はこの剣を、数え切れないほど握ってきた。
自分の戦い方に最も馴染んだ剣。
「……仕方あるまい」
「お?」
エミヤは、再び工房の奥へ歩く。
三人から手元が見えない位置へ。
「――――」
魔力が巡る。
左右それぞれの手へ現れ、形を成す。
何度握ったか、もう覚えていない。
それは、あまりにも長く、あまりにも多く、この手に握ってきた。
「……待たせたな」
最初に反応したのはスレナだった。
直接対峙した経験もある彼女は、その武器が彼の相棒ともいえる存在だと知っている。
「それか」
「ああ」
エミヤの両手。
そこには、神秘を宿した二振り。
白と黒。陰と陽。夫婦の契り。
対となる二振りの曲刀――名剣・干将、莫耶。
「……これが、お前さんの剣か」
バルデルの声が低くなった。
「私が最も使うものの一つだ」
「一つ、ねえ」
それでも、今度は追及しなかった。
バルデルの意識が、完全に二振りへ向いていた。
目を離すこともできない。
「借りても?」
「ああ」
「…………」
受け取った瞬間、バルデルの表情が変わった。
「……すげえな」
思わず漏れた言葉に、ネルが目を丸くする。
「バルデルさんがそんなこと言うの、珍しいですね」
「うるせえ」
目を離さない。
目を離せない。
「…………」
長い沈黙。
「こいつら、対なのか?」
「ああ。二本で一つだ」
「……なるほどな」
二振りを見比べ、職人は小さく息を吐く。
「さっきの剣も良い出来だった。けど、こいつらは……何かが違う」
「何がかね?」
「分からねえ。ただ、込められてるものが違う気がする」
エミヤは静かに答えた。
「それは、ある名工が打った夫婦剣だ」
「夫婦剣?」
「ああ。名は、干将・莫耶」
「カンショウ……バクヤ」
バルデルが確かめるように繰り返す。
「……これも贋作なのか?」
「ああ」
「……これで?」
「そうだ」
バルデルは暫く黙っていた。
そして、ぽつりと呟く。
「悔しいな」
エミヤが僅かに目を細める。
「何故だ?」
「こんな剣、俺にはまだ打てねえ」
あっさりと認めた。
だが、バルデルは、そこで終わらない。
口元が上がる。
「……面白え」
「…………」
「こんなもんがあるって知れただけでも、今日は儲けもんだ」
二振りをエミヤへ返す。
「エミヤ」
「何かね」
「俺はな、この日のことを忘れない……そして、いつか」
真っ直ぐに、干将・莫耶を見る。
「こいつら見ても、悔しいと思わねえ剣を打ってやる」
エミヤは何も言わなかった。
ただ、その言葉を静かに聞いていた。
◇ ◇ ◇
「……さて、私は帰るぞ」
エミヤが紙袋を持ち直す。
「おう。また来いよ」
「考えておこう」
「絶対来ねえ言い方じゃねえか」
「気のせいだ」
そう言って、工房の出口へ向かう。
「エミヤ」
背後から、もう一度、バルデルの声。
振り返れば、鍛冶師は自分が打った剣を一本持ち上げていた。
「次に来る時は、お前さんに一本買わせるからな」
「…………」
「欲しいって言わせてやる」
エミヤも僅かに口元を緩めた。
「それは楽しみだ」
今度こそ、工房を後にする。
外へ出れば、午後の日差しが傾き始めていた。
夕刻の王都。
多くの人々が行き交う道を、紙袋を抱えた男が一人歩く。
次第に遠ざかる工房からは聞こえるはずもないのに、エミヤの耳には、槌の音が響き始めた。