片田舎の剣聖 錬鉄の英霊   作:ナチュル志保

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いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ご感想、ありがとうございます!
本作品を振り返ると、戦闘シーンが次第に減っていき緩やかな展開が続いている気もします。
序盤の章と比べると失速気味なのかもしれませんが、私の好きを詰め込ませていただいている本作品を、変わらず見守っていただけますと幸いです。


【伍章・第8話】『親心のようなもの』

ガーデナント家の居間には、食欲を誘う香りが漂っていた。

長机の上には、大きな鍋から取り分けられたスープと、焼きたてのパン。

香草を添えた肉料理が並べられている。

 

決して豪勢な晩餐というわけではない。

だが、どの皿にも十分な量が盛られ、温かな湯気が立ち上っていた。

 

「さあさ、皆揃ったわね。冷めないうちに食べましょうか」

 

フレンが、ぱん、と手を合わせる。

その声に促され、一同が席に着いた。

 

モルデアとフレン。

エミヤにランドリド。そして、その妻であるファナリーと、彼女の腕に抱かれた幼いジェイン。

以前、この家で暮らしていた頃とは、少しだけ顔ぶれが変わっている。

 

「それじゃあ、いただくとするか」

 

モルデアが、早速パンへ手を伸ばした。

 

「あなた。皆さんが揃ったばかりでしょう?」

 

「おう?揃ったから食うんだろうが」

 

「もう。相変わらずせっかちなんだから」

 

フレンは呆れたように笑った。

その様子を見て、エミヤも僅かに口元を緩める。

 

「相変わらずだな、貴方たちは」

 

「何だエミヤ。文句でもあるのか?」

 

「いや。実に懐かしいと思っただけだよ」

 

「そりゃ結構なことだ!」

 

豪快な笑い声が、居間に響いた。

やがて、皆で食前の挨拶を済ませ、食事が始まった。

 

エミヤは、まずスープを一口含む。

野菜の甘みと、じっくり煮込まれた肉の旨味。

香草の風味は控えめで、どこか落ち着く味わいだった。

思わず、頷く。

 

「あら、どうかした?」

 

フレンが、こちらへ目を向けた。

 

「いや。やはり、美味しいと思ってね」

 

「まあ、嬉しい」

 

「食材の味がよく引き出されている」

 

「そんなに褒めても、何も出ないわよ?」

 

「事実を述べただけだがね」

 

フレンは、嬉しそうに笑った。

 

「でも、エミヤにそう言ってもらえると、自信になるわねえ」

 

「貴女ほどの腕前なら、今更だと思うが」

 

「あらあら」

 

二人のやり取りを聞いていたモルデアが杯を置いた後、エミヤの皿へ肉を追加しようとする。

 

「待ちたまえ。まだ十分に残っているのだが」

 

「遠慮すんな」

 

「遠慮ではなく、単に食べる順番の問題だ」

 

「細けえこと気にすんな」

 

「あなた」

 

フレンの声が、静かに割って入った。

 

「あんまり無理に勧めちゃ駄目でしょう?」

 

「お、おう」

 

モルデアは、素直に皿を引っ込めた。

エミヤは、その様子を見て小さく笑う。

 

「貴方が剣以外で大人しく引き下がる姿は、何度見ても興味深いな」

 

「うるせえ」

 

再び、笑い声が上がった。

その声に反応したのか、ファナリーの腕の中でジェインが小さく声を上げる。

 

「あら、ジェイン君も楽しいのかしら?」

 

フレンが、赤子へ優しく微笑みかけた。

 

「今日は随分と機嫌が良いみたいです」

 

ファナリーが、控えめに笑う。

 

「皆さんが賑やかだからでしょうか」

 

「ははは。そうかもしれませんね」

 

ランドリドも、穏やかに頷いた。

エミヤは、もう一口スープを飲んだ。

 

以前も、こんな時間があった。

剣を交えた後、同じ食卓を囲む。

他愛のない話をして、時折モルデアが笑う。

そして、フレンがそれを穏やかに窘める。

 

何か特別なことが起こるわけではない。

ただ、食事をする。

それだけの、温かな時間だった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

食事が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。

 

「フレンさん、片付けをお手伝いします」

 

ファナリーが、食器へ手を伸ばす。

 

「いいのよ。ジェイン君もそろそろ眠たいでしょう?」

 

「ですが……」

 

「気にしなくていいの。今日はエミヤもいるんですもの」

 

フレンは、にこりと笑った。

 

「ねえ、エミヤ?」

 

「当然だ」

 

「ふふっ。でしょう?」

 

ファナリーは、申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」

 

「ああ。君はジェインの世話を優先するといい」

 

エミヤがそう告げると、ファナリーは柔らかく微笑んだ。

ランドリドも、席を立つ。

 

「それでは、私たちは離れへ戻ります。エミヤさん、明日は道場の方へ顔を出しますか?」

 

「午前中なら時間を取れる」

 

「ありがとうございます。お待ちしています」

 

ランドリドは、丁寧に頭を下げた。

そして、妻子と共に居間を後にした。

残されたモルデアは、杯の酒を飲み干すと、大きく欠伸をした。

 

「……ふわぁ。さて、俺も寝るか」

 

「あなた、まだ食器が残っているわよ?」

 

「おう?エミヤがいるだろうが」

 

「まあ」

 

フレンが、にこりと微笑んだ。

 

「エミヤが帰ってきた途端、また昔に戻るつもりなのかしら?」

 

「……む」

 

「せっかく最近は、少しずつ手伝ってくれるようになったのに」

 

「分かった分かった」

 

モルデアは、渋々立ち上がった。

 

「運べばいいんだろ、運べば」

 

「ふふっ。ありがとう」

 

エミヤは、そのやり取りを眺めながら、僅かに目を細めた。

三人で食器を台所へと運ぶ。

そして、モルデアは一通りの片付けを終えると、満足したように頷いた。

 

「今度こそ寝る」

 

「ええ。おやすみなさい」

 

「おう。エミヤも、あんまり夜更かしすんなよ」

 

「ああ。貴方も良い夢を」

 

そうして、モルデアは奥の部屋へと消えていった。

ほどなくして、豪快な寝息が聞こえ始める。

 

「……早いな」

 

「連日、思い切り剣を振ったから、疲れたんでしょうね」

 

「私としても、良い時間になったよ」

 

「そう。それなら良かったわ」

 

フレンは、穏やかに微笑んだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

台所には、水の流れる音が響いていた。

フレンが食器を洗い、エミヤがそれを受け取って布巾で拭く。

以前、この家で暮らしていた頃にも、何度となく繰り返した作業だった。

 

互いに手順を確かめる必要はない。

フレンが皿を渡せば、エミヤがそれを拭く。

エミヤが棚へ食器を戻せば、フレンは次の皿へ手を伸ばす。

言葉を交わさずとも、自然と作業が進んでいった。

 

「こうしていると、懐かしいな」

 

エミヤが、ふと呟く。

 

「あら、そう?」

 

「こうして貴女と台所に立つのは久しぶりだ」

 

「そうねえ」

 

フレンは、楽しそうに笑った。

 

「エミヤが来てくれてから、随分と助かったもの」

 

「大したことはしていないがね」

 

「そんなことないわよ。お掃除も、お料理も。いつの間にか、色々と手伝ってくれていたでしょう?」

 

「世話になっていた身としては、当然のことだ」

 

「あらあら」

 

フレンは、少しだけ目を細めた。

 

「そういうところ、昔から変わらないわねえ」

 

「……そうかね?」

 

「ええ」

 

フレンは、最後の皿を洗い終えた。

 

「でもね、エミヤ」

 

「何かね?」

 

「私たちは、別にお手伝いをしてもらうために、あなたに泊まってもらっていたわけじゃないのよ?」

 

「無論、理解しているつもりだが」

 

「ふふっ。なら、いいの」

 

フレンは、それ以上何も言わなかった。

エミヤも、布巾を畳んだ。

片付けは、すべて終わっていた。

 

「さて」

 

エミヤは、棚へ目を向ける。

 

「少し、茶でも淹れようか」

 

「あら、いいの?」

 

「夕食の礼だ。大したものではないがね」

 

「それじゃあ、お言葉に甘えようかしら」

 

エミヤは、慣れた手つきで茶葉の容器を取り出した。

湯を沸かし、器を温める。

茶葉の量を確かめ、香りが立つのを待つ。

フレンは、そんな様子を楽しそうに眺めていた。

 

「本当に、手慣れているのねえ」

 

「こういったことは、昔から嫌いではないのでね」

 

「そうなの」

 

やがて、二人分の紅茶が用意された。

エミヤは、居間の長机へとカップを運んだ。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

フレンが、一口飲む。

 

「……まあ、美味しい」

 

「それなら良かった」

 

「エミヤが淹れてくれるお茶も、久しぶりね」

 

「そうだな」

 

二人は、向かい合って腰を下ろした。

先ほどまでの賑やかさが嘘のように、家の中は静かだった。

窓の外には、穏やかな夜が広がっている。

遠くから、虫の声が聞こえていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

「ねえ、エミヤ」

 

しばらくして、フレンが口を開いた。

 

「お話を聞かせてもらってもいいかしら?」

 

「話?」

 

「ええ。王都でのことよ」

 

エミヤは、僅かに首を傾げた。

 

「それなら、昼間にある程度話したと思うが」

 

「そうだったかしら?」

 

「ベリルの近況については、一通り伝えたはずだ。ミュイのことも話したし、騎士団での様子も――」

 

「もう、エミヤったら」

 

フレンが、困ったように笑った。

 

「それは聞いたわよ」

 

「む?」

 

「でもね、エミヤ。私はあなたのお話を聞いた覚えがないわねえ」

 

「……私の?」

 

「ええ」

 

フレンは、当然のように頷いた。

 

「昼間だって、私は王都での暮らしを聞いたつもりだったのよ。でも、あなたったら、ベリルの話ばかりするんですもの」

 

「それは」

 

「もちろん、あの子の話を聞けたのは嬉しかったわ。でもね」

 

フレンは、穏やかに微笑んだ。

 

「あなたがどうしているのかも、知りたいの」

 

エミヤは、言葉に詰まった。

 

「……何故かね?」

 

思わず、そんな言葉が出た。

フレンは、少し呆れたように目を細める。

 

「どうして、そんなことを聞くの?」

 

「いや……」

 

「一年も一緒に暮らしたでしょう?」

 

「ああ」

 

「ベリルの大切なお友達でもあるし、私たちにとっても、もう知らない人じゃないわ」

 

「それは、そうだが」

 

「だったら、近況くらい聞きたくなるものよ」

 

あまりにも自然な言葉だった。

エミヤは、返答に困った。

昼間のモルデアといい、今のフレンといい。

この家の者たちは、どうしてこうも当然のように言うのだろう。

 

「……似た者夫婦だな、貴方たちは」

 

「そうかしら?」

 

フレンは、楽しそうに笑った。

 

「それで、どうなの?王都では、元気にしている?」

 

エミヤは、紅茶を一口飲んだ。

 

「そうだな。まずは……」

 

少し考え、言葉を選ぶ。

 

「騎士団の指南役補佐として、ベリルと共に仕事をしている」

 

「ええ、それは聞いたわ」

 

「訓練の補助や、団員たちへの指導が主な役割だ。とはいえ、ここで道場の手伝いをしていた時と大きな差はない」

 

「まあ。大変じゃない?」

 

「それほどでもない。彼らは熱心だし、教える側としても得るものは多い」

 

「そうなのね」

 

フレンは、嬉しそうに頷いた。

 

「それで、皆さんとは仲良くしているの?」

 

「……仲良く?」

 

「ええ。お仕事以外でも、お話したりするのかしら?」

 

エミヤは、少し考えた。

 

「最近だが、訓練の後に酒場へ誘われたよ」

 

「あら!」

 

「騎士団の者たちも、随分と賑やかな連中でね」

 

「ふふっ。楽しそう」

 

「楽しいかどうかは、さておき」

 

そう言いかけて、エミヤは言葉を止めた。

 

思い返せば、悪い時間ではなかった。

訓練の後に、酒場で交わした他愛のない会話。

時には、団員たちから料理の相談を受けることもあった。

ベリルと共に、彼らの成長を喜ぶこともあった。

 

「……まあ、悪くはないな」

 

そう答えると、フレンは嬉しそうに笑った。

 

「それなら、良かったわ」

 

エミヤは、紅茶へ目を落とした。

まだ、湯気が立っていた。

 

「他にも、いくつか話はあるが」

 

「あら、そうなの?」

 

「大したことではないがね」

 

「いいのよ。聞かせてちょうだい」

 

フレンは、両手でカップを包むように持った。

 

「今夜は、まだ時間があるもの」

 

エミヤは、少しだけ目を細めた。

そして、静かに口を開いた。

 

「では、少し長くなるかもしれんが」

 

フレンは、嬉しそうに頷いた。

 

「ええ。いくらでも」

 

エミヤは、しばし考え込んだ。

改めて自分の近況を話せと言われても、何から話したものか。

 

思い返せば随分と慌ただしい日々だったように思う。

だが、その大半は仕事に関することである。

それを話したところで、フレンが楽しめるものだろうか。

 

「……そうだな。騎士団の仕事以外にも、いくつか頼まれ事をしていてね」

 

「そうなの?」

 

「ああ。ギルドの新人たちと、ダンジョンへ赴いたこともある」

 

「まあ、ダンジョンに?」

 

フレンが、目を丸くした。

 

「危なくなかったの?」

 

「危険がないとは言わんが、彼らにとっては良い経験になったはずだ」

 

「それで、その子たちはどうだったの?」

 

「どう、とは?」

 

「ちゃんと、無事に帰ってこられたのでしょう?」

 

「無論だ」

 

「ふふっ。良かったわ」

 

「……彼らも、よくやっていたよ」

 

エミヤは、少しだけ言葉を付け加えた。

フレンが気にしたのは、同行した新人たちの無事だった。

 

「また一緒にお仕事をすることもあるのかしら?」

 

「どうだろうな。機会があれば、というところだ」

 

「それなら、また会えるといいわね」

 

エミヤは、静かに頷いた。

 

話題は、自然と王都での暮らしへと移っていった。

騎士団での訓練。

魔術学院との交流。

最初は、出来事を順番に説明していたエミヤだったが、フレンがその都度問い掛けてくるため、次第に話は横道へ逸れていった。

 

「魔術学院でもお仕事をしているの?」

 

「いや、ベリルは臨時講師をしているが、私は特別仕事をしているわけではない。関係者に縁があってね」

 

「まあ。魔法の学校なんて、私には想像もつかないわねえ」

 

「私も、魔術に対して国が推奨するような学び舎があることに、最初は少々驚いたよ」

 

「ふふっ。エミヤでも驚くことがあるのね」

 

「無論だ。私を何だと思っているのかね」

 

フレンは、楽しそうに笑った。

 

「何でもできる人、かしら?」

 

「買い被りも甚だしいな」

 

エミヤは苦笑し、紅茶を一口飲んだ。

随分と話したつもりだったが、フレンはまだ聞き足りないらしい。

むしろ、話題が増えるたびに楽しそうにしている。

まったく、不思議な人だ。

 

「……そういえば」

 

エミヤは、ふと思い出したように口を開いた。

 

「料理をする機会も、随分と増えたな」

 

「あら!」

 

フレンが、顔を上げる。

 

「王都でも、お料理を?」

 

「ああ。騎士団の食堂を手伝うことがあってね」

 

フレンは、嬉しそうに笑った。

 

「それは、皆さん喜んだでしょう?」

 

「ありがたいことに、評判は悪くない」

 

「ふふっ。そうでしょうねえ」

 

「随分と自信があるのだな」

 

「だって、エミヤのお料理は美味しいもの」

 

あまりにも当然のように言われ、エミヤは言葉に詰まった。

 

「それは、どうも」

 

「食堂のお手伝いは、今も続けているの?」

 

「時折、な。もっとも、最近は別の仕事も増えたのでね」

 

「そうなの?」

 

「ああ。実は、喫茶店を一軒任されることになった」

 

「まあ!」

 

フレンは、目を丸くした。

 

「喫茶店?」

 

「ああ」

 

「エミヤが?」

 

「何故、そこまで驚くのかね」

 

「だって、騎士団のお仕事をしているんでしょう?」

 

「無論だ」

 

「それなのに、喫茶店まで?」

 

「……まあ、色々と事情があってね」

 

エミヤは、少しだけ視線を逸らした。

 

「流れで、引き受けることになった」

 

「あらあら」

 

フレンは、口元へ手を添えた。

 

「エミヤらしいわねえ」

 

「そうかね?」

 

「ええ。きっと、困っている人がいたのでしょう?」

 

エミヤは、返答に窮した。

確かに、そうした事情がなかったとは言えない。

 

だが、それだけで引き受けたわけでもない。

自分にできることがあり、必要とされる場所があった。

それだけの話だ。

 

「……まあ、否定はせんよ」

 

そう答えると、フレンは嬉しそうに笑った。

 

「ふふっ。それで、お店はどうなの?」

 

「ああ。少しずつ形になってきている」

 

「良かったわねえ」

 

「幸い、手伝ってくれる者もいるのでね。ミュイが手伝ってくれている話は、聞いたかね?」

 

「えぇ、本人から聞いたわ。ミュイちゃん、うちに来てくれた時も、よくお手伝いしてくれたのよ」

 

「それはよかった。彼女自身、努力している証拠だろう」

 

フレンは、満足そうに頷いた。

そして、少し考えるように首を傾げる。

 

「でも、エミヤ」

 

「何かね?」

 

「騎士団のお仕事に、喫茶店まで……ちゃんと、お休みは取っているの?」

 

エミヤは、僅かに動きを止めた。

 

「無論、必要な休息は取っているとも」

 

「あら、本当に?」

 

「疑っているのかね」

 

「ふふっ。だって、随分と忙しそうなんですもの」

 

「問題はないさ」

 

そう答えると、フレンは困ったように笑った。

 

「エミヤは、昔から働き者だったものねえ」

 

「そうかね」

 

「ええ。あの頃だって、頼んでもいないのに、家のことを色々と手伝ってくれていたでしょう?」

 

「世話になっていた身としては、当然のことだ」

 

「そういうところよ」

 

エミヤは、首を傾げた。

フレンは、それ以上追及しなかった。

ただ、穏やかに微笑んでいる。

 

「今は、どこに住んでいるの?」

 

「住まい?」

 

「王都では、どんなところで暮らしているのかしら?ベリルは家を貰ったなんて言ってたけど、エミヤも?」

 

「まだベリルにも話していないのだが、新しく家を一軒与えられることになった」

 

「まあ、良かったじゃない!」

 

フレンが、再び目を丸くした。

エミヤは、少しだけ苦笑した。

家を与えられることになった経緯は、決して単純なものではない。

 

「もっとも、まだ整えなければならないことも多いがね。家の中も、少々手を加える必要がある」

 

「大変ねえ。エミヤ一人で暮らすの?」

 

「……いや。近いうちに、もう一人、共に暮らす者がいる」

 

エミヤは、僅かに言葉を選んだ。

 

「あら、お友達?」

 

「まあ、知人ではあるな」

 

「そうなの。どんな方?」

 

「少々、事情を抱えた人物でね。詳しくは話せないが、生活の手助けが必要なのだ」

 

「……そう」

 

フレンは、静かに頷いた。

そして、ふと思い出したように尋ねる。

 

「その方は、男の人?」

 

「いや。女性だが」

 

「あらまあ!」

 

フレンの表情が、ぱっと明るくなった。

 

「それはそれは」

 

「……待ちたまえ」

 

エミヤは、思わず片手を上げた。

 

「貴女が何を考えているのかは知らんが、誤解のないように言っておこう。そういう関係ではない」

 

「まだ何も言っていないわよ?」

 

「フレン」

 

「ふふっ。ごめんなさい」

 

フレンは、楽しそうに笑った。

 

「でも、ちょっと驚いたわ」

 

「そうだろうな」

 

「その方とは、もう長いお付き合いなの?」

 

「いや。知り合ってから、それほど経ってはいない」

 

フレンは、少しだけ考えた。

 

「それなら、これから色々と大変でしょう?」

 

「まあ、そうだな」

 

「一緒に暮らすって、相手のことを知っていくことでもあるもの」

 

エミヤは、静かに頷いた。

フレンは、それ以上詳しい事情を尋ねようとはしなかった。

ただ、穏やかに微笑んでいる。

 

「その方も、安心して暮らせるといいわね」

 

「……そうだな」

 

エミヤは、紅茶へ視線を落とした。

 

「私も、そう願っているよ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

それからも、二人の会話は続いた。

エミヤが何かを話せば、フレンが興味深そうに耳を傾ける。

時には驚き、時には笑い、時には心配そうに眉を寄せる。

 

騎士団のこと。

魔術学院のこと。

喫茶店での出来事。

行く先々で出会うベリルの弟子たちのこと。

王都での暮らしについて、思い付くままに話していく。

 

気付けば、随分と多くのことを話していた。

その中には、戦いの話も、自らの過去もない。

フレンが知りたかったことは、ただ、エミヤが日々をどう過ごしているのか。

誰と出会い、何をして、どのように暮らしているのか。

それだけを、楽しそうに聞いていた。

 

「……随分と話してしまったな」

 

エミヤは、空になったカップへ目を向けた。

 

「そうねえ」

 

フレンも、楽しそうに笑った。

 

「でも、良かったわ。色々と聞けて」

 

「……そうかね?」

 

「ええ」

 

エミヤは、少しだけ目を伏せた。

 

「しかし、こんな私の話など、面白くもなかっただろう」

 

フレンは、きょとんとした。

そして、ゆっくりと首を横に振った。

 

「そんなことないわよ」

 

「……」

 

「私は、あなたがどうしているのか、知りたかっただけなの」

 

エミヤは、顔を上げた。

フレンは、穏やかに微笑んでいた。

 

「ちゃんとご飯を食べているのかしら。お仕事は大変じゃないかしら。仲の良い人はできたのかしら」

 

「…………」

 

「そういうお話が聞けて、嬉しかったわ」

 

その言葉は、どこまでも自然だった。

エミヤは、返す言葉を探した。

今こうして向けられている気遣いには、少しだけ、どこか馴染みの薄いものがあった。

 

フレンは、エミヤの母ではない。

当然、彼女もそんなつもりで接しているわけではないだろう。

ただ、一年の間、同じ屋根の下で暮らした相手。

それだけの縁のはずだった。

だというのに。

 

「……貴女は」

 

エミヤは、静かに口を開いた。

 

「随分と、世話好きな人だな」

 

「あら、そうかしら?」

 

「ああ」

 

フレンは、楽しそうに笑った。

 

「だって、気になるんですもの」

 

エミヤも、僅かに笑った。

 

「それは、ありがたいことだ」

 

フレンが、ゆっくりと立ち上がった。

 

「そろそろ休みましょうか。明日も早いのでしょう?」

 

「ああ。昼前には、王都へ戻るつもりだ」

 

「そう。残念だけれど、仕方ないわね」

 

「急な帰省だったのでね。向こうにも、やるべきことが残っている」

 

「ええ。分かっているわ」

 

フレンは、カップを片付けようとした。

エミヤも、手を伸ばす。

 

「私がやろう」

 

「いいのよ。今夜はもう、十分手伝ってもらったもの」

 

エミヤは、素直に手を引いた。

その時だった。

 

「ああ、そうだわ」

 

フレンが、何かを思い出したように振り返った。

 

「エミヤ。まだ、聞いていないことがあるの」

 

「……何かね?」

 

「それじゃあ、改めて」

 

フレンは、穏やかに微笑んだ。

 

「お帰りなさい、エミヤ」

 

「…………」

 

エミヤは、言葉を失った。

昼間にも、同じ言葉を掛けられた。

あの時は、何と返せばよいのか分からなかった。

そして今も、答えは見つかっていない。

 

ただ、フレンは急かさなかった。

何かを求めるようでもなく、ただ穏やかに待っている。

 

「……まったく、この家の者たちは、揃いも揃って強引だな」

 

フレンは、楽しそうに笑った。

エミヤは、しばし黙っていた。

 

たった一言。

口にするだけなら、難しいことではない。

だが、その言葉を自分が使ってよいのか。

そんなことを考えてしまう。

 

そして、ふと思った。

モルデアも、フレンも、一年前と何も変わらない。

同じ食卓を囲み、食器を片付け、他愛のない話をする。

 

かつて、この家で繰り返していた時間だった。

そして今も、こうして自分を迎えてくれている。

ならば。

 

「……ただいま」

 

静かな声だった。

フレンは、嬉しそうに頷いた。

 

「ええ」

 

それだけだった。

だが、エミヤは不思議と、それで十分だと思えた。

 

「……ありがとう、フレン」

 

「あら、どういたしまして」

 

フレンは、優しく微笑んだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

翌朝、エミヤは陽が昇るよりも早く目を覚ました。

以前使っていた部屋は、ほとんど変わっていなかった。

荷物をまとめ、身支度を整える。

 

その後、エミヤは簡単な朝食を用意した。

焼きたてのパンに、卵料理。

温かなスープと、少量の野菜。

フレンが台所へ顔を出した時には、既に大方の準備が終わっていた。

 

「あらまあ。エミヤったら」

 

「おはよう、フレン。勝手に台所を借りたが、構わなかったかね?」

 

「もちろんよ。でも、せっかく帰ってきたのに、そんなに働かなくてもいいのに」

 

「性分なのでね」

 

やがて、モルデアも起きてきた。

 

「おう、何だ。良い匂いがするじゃねえか」

 

「朝食だ。口に合えば良いがね」

 

「お前の飯なら、心配いらねえな」

 

「随分と信用されているものだ」

 

「当たり前だろうが」

 

エミヤは、苦笑した。

こうして、朝の食卓も賑やかなものとなった。

 

朝食を終えると、エミヤは道場へと足を運んだ。

ランドリドから近頃の稽古の様子を聞き、木剣や道場の設備を一通り確かめる。

以前と変わらぬ場所でありながら、師が変わったことで、そこには確かな変化があった。

 

「良い道場だな」

 

エミヤがそう告げると、ランドリドは嬉しそうに笑った。

 

「ありがとうございます。先生にも、そう言っていただけました」

 

エミヤは、静かに頷いた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

昼前。

エミヤは、荷物を肩に掛け、ガーデナント家の前に立っていた。

見送りには、モルデアとフレン。

そして、ランドリドも家族と共に顔を出していた。

 

「おいおい、エミヤ」

 

モルデアが、呆れたように腕を組む。

 

「嵐みてえに来て、嵐みてえに帰りやがる。せわしねえ奴だな」

 

「そもそも、急に呼びつけたのは貴方だろう」

 

「そりゃそうだがよ。もう少しくらいいてもいいじゃねえか」

 

「生憎、王都にもやるべきことが残っているのでね。暇ではないのだよ」

 

エミヤは、苦笑した。

そして、少しだけ言葉を選ぶ。

 

「……まあ」

 

「ん?」

 

「次は、もう少し時間を作るとしよう」

 

モルデアが、目を細めた。

 

「ほう?」

 

「土産も持って、ゆっくり帰るさ」

 

「はっはっは!」

 

モルデアが、豪快に笑った。

 

「そりゃ楽しみにしてるぞ!」

 

フレンも、嬉しそうに微笑んだ。

 

「ええ。いつでも待っているわ」

 

ランドリドも、穏やかに頷く。

 

「また、道場にも顔を出してくださいね」

 

「ああ。もちろんだ」

 

ファナリーの腕の中で、ランドリドの子供が小さく声を上げる。

エミヤは、僅かに口元を緩めた。

 

「さて。それでは、そろそろ行くとしよう」

 

「気を付けてな」

 

モルデアが、片手を上げた。

フレンは、いつものように微笑んでいる。

 

「それじゃあ、エミヤ」

 

そして、二人の声が重なった。

 

「行ってらっしゃい」

 

エミヤは、足を止めた。

 

振り返る。

そこには、変わらない笑顔があった。

少しだけ、目を細める。

 

「……ああ。行ってきます」

 

そう告げて、エミヤは村を後にした。

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