とても励みになります。
「なるほど。それで、エミヤはスレナと前に会ってたんだね」
ビデン村へ帰る馬車の中、私はベリルと二人でスレナの話をしていた。
ベリルにとっても私がスレナと会っていた話は知らないものであり、
私もまた歴戦の冒険者である彼女がベリルの弟子であることは今日知った話だった。
そこで、せっかくだからと、彼女が幼いころにガーデナント家で過ごしていた話や私と彼女の出会いについて話していた。
彼女の境遇は突然の不幸に見舞われてしまったものだったが、それまでの家族からの愛情と、
ガーデナント夫妻、何より親身になって傍にいたベリルからの愛情は、今の彼女を支えてきたのだろう。
スレナと多くを語り合ったわけではないが、2人が相手のことを話す表情や仕草からは温かな関係があることが読み取れた。
また、話は変わり、アリューシアを始めとした弟子たちとの再会についてや、
今後の指南に関する(主にベリルの)不安の話など、揺れる馬車の中で二人は語り合っていたら
長かったはずの移動時間も気づけば村に着いていた。
それほどまでに、濃い一日だった。
馬車から降りると、田舎特有の静けさと草の匂いが鼻腔をくすぐる。
今では慣れ親しんだ村の空気を感じていたエミヤは、そのままガーデナント家に向かうと
道場の方から、灯りが漏れているのが見えた。
「ベリル、今夜は来客の予定があったのか?」
「いや、聞いてないなぁ。今日は本当に珍しい日だね」
そもそも、この時間に、道場に明かりが点いてるなんて珍しい。
アリューシアの一件があるため、嫌な予感がしないでもないが、何か事情があるのだろうと、二人はやや早足で門をくぐる。
「ただいまー……っと。誰かいるのかい?」
「ご無沙汰しております、先生!」
ベリルが道場の戸を開いたところ、中から青年の声が聞こえた。
遅れて入ったエミヤが中を見ると、モルデアの向かいに青年と赤子を抱いた女性が座っていた。
話を聞いたところ、彼――ランドリド・パトルロックもまたベリルの弟子であり、
妻子を連れてビデン村に越してくるようで、挨拶に訪れたようだ。
私は部外者であるのだが、既に私の立ち位置はモルデアから説明を受けていたようで、
簡単な自己紹介をお互いにしつつ、少し遠い席に座り話を見守っていた。
「でな、ベリル。お前が帰ってくる前に話をしていたんだがよ」
一通り師弟の近況報告が落ち着いたタイミングで、モルデアがニヤつきながら口を開いた。
…この前兆、恐らく、何かしら予想外の出来事がベリルに降りかかるのだろう。
「この道場だがな、ランドリドに見てもらうことにした」
「は?」
「お前は首都でしっかり働け。嫁を見つけて、孫の顔を見せろ」
「……はああああぁ!?」
……様々な出来事があった一日だが、まだ終わらないようだ。
◇ ◇ ◇
深夜。
道場での喧騒が落ち着いた後、私は村の外れにある丘へと足を運んでいた。
涼しい夜風を浴びながら、ふと空を見上げる。
空には、満ち欠けの途中の月。まるで中途半端な俺自身のようで、妙に共感してしまう。
その時だった。
「やっぱり、ここにいたか」
背後から声を掛けられた。振り向くと、モルデアが歩み寄ってくる。
「……モルデア。どうした、こんな時間に」
「ちょっとな。お前と話しておきたいことがあって」
彼の眼差しは、どこかいつもより静かで真っ直ぐだった。
丘の上、腰を下ろしながら、しばしの沈黙。
「ベリルを、しばらく都市に置いておこうと思う」
「……ああ。聞いてる。道場をランドリドに任せるというのも、貴方の提案だろう?」
「そうだ。だが、話したいのは、それだけじゃない」
そう言って、モルデアは空を仰いだ。
「エミヤ。お前……一体、どこまでの存在なんだ?」
唐突な問いだった。だが、彼の声は冷静で、真剣だった。
「何の話だ?」
「お前の剣。目。所作。それら全部が、“経験”に裏打ちされすぎている。人の一生で培えるものじゃない」
「…………」
「俺は、すべてを知ろうとは思わない。ただ、お前が“普通”ではないことくらいは、もう十分に分かっているつもりだ」
「……それで?」
「お前がいつか再び、何か目的を持って旅立つと思ってる。ただ、もしまだ先のことを決めかねているなら……
ベリルの近くにいてくれないか。指導でも、助言でもいい。あいつの“変化”の傍に、お前が居てくれるなら……俺は安心できる」
……なるほどな。
この男は、あくまで“父”として、ベリルの未来を託しているのだ。
「……ベリルは、十分強い。そして築いてきた絆がある。
別に私が居なくても、彼は必ず自分の望みに気づき、間違えずに歩めるだろう。
私なんかが、今さら何を――」
「いや、必要なんだ。今のお前が」
その言葉に、私は答えなかった。
なぜ、と疑問も残る。納得するような答えは得ていない。
これはきっと父親として、師として、剣士として…モルデアの想いが含まれているのだろう。
ただ、いつかの過去と重ねるように、夜空を見上げた。
誰かの願いに、応えられる自分でいられるなら――悪くない。
「分かったよ。モルデア。……俺でよければ、友としてベリルの傍にいよう」
「そうか。ありがとう」
風が、微かに草を揺らした。
誰にも届かない感謝のように、静かに、穏やかに――。
◇ ◇ ◇
首都バルトレーンに戻って数日。
私は再び、騎士団の修練場へと足を運んでいた。
あれから都市で暮らすための宿探しという問題に直面していた私たちに救いの手を差し伸べたのはスレナだった。
まさか、こんなに早く二人に恩を返せるなんて思ってなかった。と笑いながら宿を手配してくれたスレナには大変助かった。
少し足を延ばせば食品店や飲食店も多く、鍛冶屋も近いため、都市暮らしが落ち着くまでの間、非常に良い物件だった。
それぞれ宿の問題が解決したのだから、次は役目を全うする番だ。
私たちはアリューシアの案内で修練場を訪れた。すでに多くの騎士たちが、鍛錬に励んでいた。
さて、どこから始めるかと模索しかけた時、一人ベリルの前に出てきた騎士がいた。
ヘンブリッツ・ドラウト。レベリオ騎士団副団長にして、信頼厚い実力者。
アリューシアから紹介された彼は、どうやら、ベリルの力量を確かめたいという、当然の流れらしい。
その眼差しは、試すためというより、「見極めたい」と語っていた。
恐らく、昨日混ざっていた殺気の主だろう。
まさか、こんなに早く戦うことになるとは思っていなかったが、好都合だ。
内心そのように考えていた私だったが、アリューシアも同じことを感じたらしい。
早速、両者の模擬戦を行う運びとなった。
「では、はじめ!」
アリューシアの号令が響いた瞬間、ヘンブリッツが地を蹴った。
――速い。初動で間合いを潰す動き。経験と読みの合間を突くような踏み込み。
さすが王国の副騎士団長、その実力は決して軽いものではないようだ。
木刀がベリルの肩口を狙い、鋭く振り抜かれる。
その一撃を、ベリルは小さな身のこなしで流すように受け流した。
木刀の音が空気を切る音よりも静かだった。
極力力を殺し、必要最小限の動作で受ける。まさに“見切りの剣”。
ただ、それだけではない。
受け流した流れから、すぐに次の一手が返され、ヘンブリッツの首元に当てた。
これで一本、ベリルが難なく取った形だ。
お互い距離を開け、再度互いに構え――踏み込む
何度か打ち合うが、常にベリルが相手の剣をいなし、一本入れる。
そうだ、ベリルの強さ、最たるものは、あの“目”
我々の世界では、“千里眼”とも言える程の動体視力。
相手の呼吸や視線、様々な動作の起こりを捉え対応を可能とする。
一流の剣士、頂になる武者であれば“天眼”を持つ者もいるが、
未だ至らぬ身であれど、ベリルの目は剣士として十分な強さを裏付ける。
無論、ヘンブリッツも強い騎士だ。
特に、最後に繰り出した回転切りは、剣の術理に沿った必殺の一撃。
それでも、とっさの判断で背後に回り込んだベリルが一本を入れた。
騎士たちが静まりかえり、その一挙一動に見入っているのが分かる。
熱気ではない。これは“畏れ”だ。
ベリルという名も無き男が、確かに“指南役”としての資格を持っていることを、誰もが認め始めていた。
「――止め!」
アリューシアの声で、剣が止まる。
「……いやはや、完敗です。素晴らしい。ベリル殿」
ヘンブリッツが木刀を納め、深く頭を下げた。
ベリルも同じく礼を返す。
「いえ、こちらこそ。ありがとうございました」
見事なまでの礼の交わし合い。
騎士たちが、言葉も出せずに呆然と見つめる中、アリューシアが一歩前に出て宣言する。
「皆、先生の技量を知る機会になったな。全員、各々の技と心を鍛えよ!」
その言葉に場内から、どよめきが沸く。騎士団員たちは拍手を始めた。
こうしてベリルは騎士団に迎え入れられた。