片田舎の剣聖 錬鉄の英霊   作:ナチュル志保

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閑話は比較的軽めに書きたいと思います。


【壱章・第4.5話】『閑話_香り立つ食卓』

都市レベリス、夕刻。

 

騎士団本部から離れた石畳の通りに、小さな仮宿があった。

夕日が石壁を金色に染めるなか、宿の内部に漂う香りが、道行く人々の足をわずかに止めさせるほどだった。

 

ハーブ、火入れしたバター、肉の香ばしい焦げ目。

それらが複雑に混ざり、家の中から“確かな手仕事”の存在を主張していた。

 

宿の調理場には、黒衣にエプロンを掛けた男の姿。

――エミヤだった。

 

「……火加減は、もう一段階落とすか」

 

低く呟いた彼の指先は、手慣れた正確さで鍋の取っ手を返し、蓋を少しずらす。

中では、ハーブと塩で丁寧に下味をつけた鶏肉が、じゅうじゅうと香ばしい音を立てていた。

 

その傍らでは、根菜の甘みが溶け込んだポタージュがとろりと泡を立てている。

香辛料の配合も完璧。鼻腔をくすぐるその香りは、まるで高級食堂の厨房のようだった。

 

――そう、今のエミヤは、とても楽しんでいた。

 

 

 

元々、この世界に降りてから、ガーデナント家で暮らすまでの間、調理に力を入れることはあまりなかった。

というのも、エミヤ自身、自分一人で摂取するのであれば質を求めない性質であり、

人助けをしていたとはいえ、決して裕福な村があったわけではなかったので、遠慮していた。

たまに、野生の動物を討伐した際に、村人と共に調理することはあったが、決して機会が多かったわけではない。

 

ガーデナント家に住まわせてもらってからは、時間に余裕もできたので少しずつ調理に力を入れていた。

フレン婦人の了承を得ながら調理器具を用意し、家の裏に石窯を作り、簡単なハーブの調達など、

手を広げていったエミヤだったが、どうしても村の近くで手に入る範囲の限界があった。

何より居住者は皆、年齢的に多く食べる者が居なかったため、健康に気を使い無理なく食べれる工夫を優先していた。

 

実のところ、ビデン村で途中から定期的に開催された食事会が、ある意味エミヤのストレス発散になっていた。

 

初めて都市を訪れた際に立ち寄った市場で、村には並ばない食材や調味料を気にしていたエミヤは、

その後宿暮らしになってから、稽古帰りに度々一人で寄り、吟味していた。

実はスレナに宿探しを頼んだ際、調理に十分な炊事場があることをちゃっかり条件にしていたぐらいだ。

 

そして今日、午前の鍛錬が一息ついた際に、世間話としてベリルとご飯の話をしていたところ

聞き耳を立てていたクルニがエミヤの手料理に興味を持ち、ヘンブリッツも近くに来たため

ベリルから皆の予定を聞いたところ、たまたまアリューシア含めた3名の予定が空いていることが判明。

これは機会と思ったベリルが皆を誘って、夕ご飯はエミヤの手料理を振舞う流れとなったのだ。

 

「エミヤさんちの今日のご飯、楽しみっすね!」

 

冗談っぽくも期待しながら話すクルニに、エミヤも内心気合を入れていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

食卓のほうから声が上がる。

 

「……な、なんか本格的すぎませんか、すごいっす」

 

クルニがぽかんと口を開けたまま、調理場の光景を見つめていた。

湯気の向こうに浮かぶその背中が、なぜか修練所での姿よりも“威厳”を纏って見える。

 

「ふふ、驚くよな」

 

隣でベリルが笑う。

焚き火でも眺めるかのように穏やかな表情を浮かべ、椅子の背もたれに身を預けていた。

 

「先生のお宅で紅茶を用意していただいた時も驚きましたが、エミヤさん料理まで得意なのですね」

 

「料理を嗜まれている、とお聞きしてましたが。今のエミヤ殿を見ると…」

 

「そうっすね…まだ日が浅いけどわかるっす」

 

(((生き生きしてる)))

 

騎士団3名、皆同じ事を口にした。

 

「隙がなさすぎて、逆に怖いっす」

 

呟くクルニの隣で、ヘンブリッツが腕を組みながら頷いた。

 

 

 

(アリューシア)side

 

やがて、テーブルに料理が並べられた。

 

焼きたてのハーブチキン。

香ばしく焼かれた皮からは肉汁が滲み出し、ほんのり焦がしたローズマリーが香る。

 

根菜のポタージュ。

とろりとした舌触りの中に、野菜の優しい甘みとバターのコクが溶け合っていた。

 

バターライス。

香草の風味がふわりと香り、見た目にも彩りが美しく、まさに食欲を刺激する一皿だった。

 

「い、いただきますっす!」

 

クルニが真っ先に手を伸ばし、一口。……そして、箸が止まる。

 

「……なにこれ、おいしいっす……っ!」

 

ヘンブリッツも頬を緩ませ、黙々と味わっている。

 

アリューシアも、静かにスプーンを持ち上げ、口に運ぶ。

 

(……ああ、これは……反則ですね)

 

技巧でも、派手な演出でもない。

ただ、丁寧に、誰かのためを思って積み重ねられた“手間”がそこにある。

 

アリューシアは俯き、ほんの少しだけ、目を伏せた。

 

(私は……先生に、こんな料理を出せるのかしら)

 

焦りではない。

けれど、胸の奥をかすかにくすぐるような感情が、確かに芽生えていた。

 

思えば、今までずっと、走り続けるような生活だった。

私に夢が出来た日。先生に相応しい舞台を用意しようと決意をした日から、ずっと走り続けていた。

後悔はなかった。困難なこともあったが、辛くはなかった。

 

あの日から続く私の片想い。信念。私の夢。

 

――先生に、幸せになってほしい。

 

この夢のため、最短距離で走ってきた私だが、こうして素敵な食事と共に穏やかな時間を過ごすと

つい普段は考えないような不安も少し芽生えてしまうわけで。

 

それでも、きっと、これでいい。

 

そう言い聞かせるように、不安を意識して取り除くように、私は温かな食事に口をつけた。

 

 

 

(アリューシア)sideout

 

食事を終えたテーブルには、静かな余韻が漂っていた。

皿の上に残されたわずかなソース、湯気がうっすら立ちのぼるカップ、そして心を満たされた面々の沈黙。

 

「……ごちそうさまでした」

 

アリューシアが小さく呟くと、まるで合図のように他の団員たちも頭を下げた。

 

「本当に信じられないくらい美味しかったっす。エミヤさん、料理人だったっすね」

 

「なに、ただ過去に、人に対して振る舞うことが多かっただけにすぎない」

 

クルニが関心していると、エミヤはそのように返す。

趣味ではない、などと話すが確かな達成感を感じていたエミヤだった。

食べ盛りな若者に振舞うとなると、鍋にかける熱も入るというもの。

 

実際、彼ら彼女らはよく食べてくれた。

騎士である以上、取れる時に食事を多く取り、筋肉にすることや活力を得ることが重要だ。

そうした彼らの食べ方や健康に合わせたメニューや味付けにして提供したが、皆満足してくれたようだ。

無論、ベリルの好物も忘れることはない。彼も、成長した弟子たちと食事を取れる時間に喜んでいたようだ。

 

「しかし、エミヤ殿がここまで調理に拘っていたとは。調理器具もここまであるなんて驚きです」

 

「たしかに、買い揃えるのに少なからずお金もかかりますよね。エミヤさん、給金に不満などあれば仰ってください」

 

「気遣いには感謝するが不要な気配りだ。

そもそも私はベリルの補佐という立場であり、お金を貰えていること自体十分すぎる待遇だ。

アリューシアには前にも話したが、今の金額を上げる必要はないさ。」

 

心配する二人に対してはっきり断るエミヤ。善意の提案であることは伝わるのだが、

いかんせん、これらの調理機器の9割は投影品である。まさに魔術乱用、生前の魔術師が見たら

誇り高き魔術をなんて使い方していると間違いなく怒られるものだろう。

 

果たしてこの世界の魔術師が見たら、どんな反応をするか。

気になりはするが、不要な事件に巻き込まれるのは避けたい。

とはいえ、せっかくの機会だから、騎士たちに魔法に関することを尋ねることにした。

 

 

 

そうして3名から聞いた話で、魔法学院や魔法師団、魔装具に関する情報を聞けた。

曰く魔法を使える者は貴重であり、組織として保護をする。

そして、研究や鍛錬ができる環境がある、と。

ここまでの情報では時計塔を連想するが、あのような非人道的な組織ではないようだ。

あらかじめ知ることができて助かった。封印指定、なんて話になるとお尋ね者に早変わりだからな。

 

「そういえば、前の模擬戦で見させてもらいましたが、エミヤさんも魔術師ですよね。

魔法学院には入らないのですか?手厚い保証を受けられますよ」

 

隣でエミヤさんって魔術師だったっすか、と驚くクルニ。

そして、最後の攻防が魔術によるものだと納得したヘンブリッツを横目に応える。

 

「魔術を扱う組織に良い印象がなくてね。

もし必要となった際は接触することになる可能性もあるが、今はまだ距離を取りたい」

 

加えて、そもそも理の違う魔術を扱っているのだ。

混乱を招く可能性もあるし、やはり接触は極力避けるべきだろう。

 

 

 

などと、この時のエミヤは、そのように考えていた。

無論、エミヤから近づく予定はなかったが。

後日、向こうから絡まれることになるとは、当然予想していなかった。

 

 

 

(ベリル)side

料理に舌鼓を打つ彼らと、満足気に片づけをするエミヤを見ながら、俺は綻んでいた。

 

これで、もう少しは彼らと近づいてくれたかな。

 

彼は、人と距離を取る。

口下手、皮肉屋、笑わない表情から気難しい人と誤解されがちだが、根はお人よしだ。

 

ただ、コミュニケーション以前の話として、彼は自分から壁を作るような接し方をする。

 

恐らく、ずっと前から続いている癖なのだろう、と俺は思う。

これでも指導者をやってきて、様々な弟子を見てきた。

全部がわかるなんてことはないが、彼の根元には困っている人に手は差し伸べられるのに、

気付けば独りで走り出してしまうような、危うさを持っていた。

 

以前、村の道場で二人して、夢について語ったことがある。

いや、その時の俺はたいした夢を持っていなかったから、どちらかと言うと

エミヤの話を聞かせてもらっていただけなんだけどね。

 

ただ、その時の、夢に向かって真っすぐ突き進んできた彼の話を思い出すと、やはり気にかけてしまう。

せっかく出会えた縁なんだ。

もっと人と交わることを大切にしてほしい、なんて、つい思っちゃうね。

 

(ベリル)sideout

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