302年
気が付いたスネジンカの視界に入ってきたのは無機質な緑色の天井。のっぺりとしたその空間に個性がないのは機能性を重視しているから。手術室だ。
どうも記憶が判然としない。自分は一体、なぜこんなところに?
手をついて手術台から起き上がったつもり、だったのだが、バネ仕掛けのように身体が飛び上がる。
「うっ!な、なんで」
床に強かに顔面を打ち、ゆっくりと手をついて起き上がるスネジンカ。その腕は、生身の腕ではなかった。
「は、え……なに、これ?」
左右の腕、肩口から延びる金属の機械腕に見える。自分の意思通りに指・手首・肘・肩が滑らかに動くそれは間違いなく己の腕のようだ。その金属の腕に触れる、手のひらには固い感触があるのに、触れられている部分は何も感じない。
そしてその腕の細部までしっかりと見える視力にも、違和感を覚える。
ピントが合っている、右目が見えているのだ、なぜ?自分の右目は、電熱線の後遺症で明暗が分かるくらいの視力しか残っていないはずなのに。
(わ、わたしの身体、どうなって――)
身体が震え、ふらふらと立ち上がる。
「ひっ」
視線を下に移すと何も身に纏っておらず、脚までが腕と同じような金属製の物に替わり、腿の付け根までそれが広がっていた。
四肢が、自分の四肢がない。それを認識できた時、手術室の扉が開かれた。最高指導者、そして白衣の集団だ。
「手術は成功したということか」
「はい。素晴らしい手術でした!奇跡的といってもいい!最後の懸念でした一品物の小型電熱炉につきましても拒否反応が一切現れない。彼女は電熱線に愛されていると言ってもいいほどだ!今後はこのデータをもとに、より低コストな量産型の製造が可能でしょう」
「私が出した注文はなされていると聞いているが?」
「もちろんです。すでにテスト済みでご懸念は無用です」
カルテを片手に興奮した白衣の男の早口に、最高指導者は無表情でスネジンカを眺める。
呆然と立ち尽くす彼女へ最高指導者は、手の届く目の前まで近づく。
「気分はどうだ?本来であれば銃殺刑の所だが、当初の予定通り新型の強化兵になったのだ」
「強化、兵……」
「姉との交換条件を反故にした貴様には、これからその分働いてもらわねばならぬ。そのつもりで私のために動くのだぞ」
記憶が閃く。炎の中に物のように放り込まれる義姉。逃亡した自分。国境でチェルヌーシュカ率いる溶鉄本体に捕縛。手術灯の明かり。痛みはないのに身体中、中までメスで切り刻まれる感覚。
脳髄に電気が奔り噴火したかのような激情のまま、スネジンカは目の前の男目掛け機械腕を振るおうとした。
「!?」
その瞬間、手足から力が抜け立っているので精一杯となる。腕も、手を動かすのが精一杯だ。
「どうです!神経の完全な接合、そして制御!この技術は世界初の成功例であり、医学史に刻まれる偉業と確信しております!彼女が特定の存在へ殺意を抱くときの電気信号を利用し、手足の接続が最低化される仕組みです」
「なるほど、これは素晴らしいな。それでは」
そう言った最高指導者が目配せすると、室内から彼を残し出ていく。残ったスネジンカと2人きりだ。
最高指導者が改めてスネジンカに近づき、その目線に顔を合わせる。
「よい表情だ。私のことを殺したくて殺したくてしようがない、そんな顔だな」
「……ア、アアァァァァアァア!!?」
「いいぞ。もっと憎め、殺意を抱け。そして敵国を、ひいてはこの国を戦火で燃やし尽くすのだ」
涙を流し叫ぶスネジンカの表情は鬼のように憤怒に歪み、その顔に最高指導者が初めて表情を崩した。眼は濁り口は耳まで裂けたかのように嗤う、その感情は憎悪だ。
「怠惰な下級国民を、腐敗した上級国民を、弱者を踏みつける軍人を、忌まわしいカゾルミア全てを、そして世界を燃やせスネジンカ。貴様の姉は失敗作だった。仲間のためなどというくだらん感情で死んでしまいおって。だが、お前は私と同じモノになってくれたのだな、嬉しいぞ」
「アアアアガぁアァ!!!」
「なんならその“枷”をどうにかできるなら殺されてやってもいいが、私はもっともっと火にくべねばならん。世界が灰になったときになら命をくれてやる」
叫び続けるスネジンカに彼は背を向ける。
「もっとも、お前の憎しみは止まらない。最愛の姉とやらが蘇らん限り、きっとな」
そして手術室から出て行った。後には猛獣のような絶叫だけが、いつまでも反響していた。
296年
「――ぁアアガあアァァァああア!!」
叫びながら身を起こし、目の前の宙に拳を振るい鈍い風切り音が部屋を揺らした。壁や家具を破壊しなかったのは運がいい。
暗闇の中をはっきりと見通しながら、スネジンカは自分のいる場所を確認、宿舎のベッドの上であった。
「ウゥぐうぅァ……!」
臓腑を駆け巡る感情が求める、憎む相手の命を屠る実感を。傍らの缶から握りつぶさぬよう薬を取り出し、勢いよく噛み砕いて嚥下する。
そして宙に、人工皮膚に覆われた手のひらをかざす。感情のままに手を握りこめば、機械腕に無駄な負荷をかけるためだ。ただでさえこの時代に来てからメンテナンスを行えなくなったので、いつ使えなくなるかわかったものではない。
ガスの火を弱めるように、少しずつ少しずつ感情が平らになっていく。いっそ冷たさを感じられるほどになったときになって、スネジンカはようやく息を吐いた。
(久しぶりだ……これだけのは)
あの手術後は特に酷かった。あまりに手をつけられなかったため激戦地へ移送され、機械兵と敵兵を殺しに殺した。弾が尽きれば銃剣で刺し壊し、銃身がダメになれば外した銃剣を両手に持って突撃し、銃剣も尽きれば機械兵の残骸をひっ掴んで暴れまわった。
同僚が言うには自分はその時、嗤っていたそうだ。壊すのが、殺すのが嬉しくて嬉しくて仕方がないと言うかのように。
時計を見る、明け方近くではあったが、日の光はまだ姿を見せないぐらいの時間だ。
述懐はこのぐらいにしよう、目をつぶって朝を待つ。周囲の部屋に迷惑をかけ謝りたいなと思いながら、朝の光が差し込むのをスネジンカは待ち続けた。
その日の門兵業務はどうにも嫌な予感があった。敵の数の増えた連日と違い、あまりに数が少なかった。まるで嵐の前の静けさと言ったところだろうか。
(こういう時は、大概よくないことが起きる)
こんなときのために、ここ何日か持ち込んでいたガジェットが役に立ちそうだ。
「今日は楽チンだね~。こんな日が明日も、明後日も続けばいいのに!」
「わ、私はもっと機械兵を倒したいので、もう少し来て欲しいかな、なんて……」
「えぇっ!どうしちゃったのビオンちゃん!?ちょっと、あなた本当にビオンちゃん?!」
「あ、あうっ。肩を、そんな、揺さぶら、ないでっ、アリビナさっ」
「2人とも、少しいいですか」
じゃれ合うアリビナとビオンが手を止め、スネジンカを見る。
「ビオン。あなたの装備のスパイクを門の周囲に敷設して」
「えっ?は、はい!」
「アリビナさんは私と一緒に前に出てくれますか」
「……ねえフーシャちゃん。なんでビオンちゃんには呼び捨てで気安いの?私も同じに話したいんだけどー?」
「善処します」
その提案をあっさりと承諾した2人。ビオンは彼女へ絶対の信頼を抱いているためだが、アリビナもここまで共にした戦闘にて、決してスネジンカの言葉を蔑ろにできない成果を目にしていたからだ。
しばらく門から荒野へ進んだ場所でスネジンカが止まり、遥か前方を睨むように見据える、アリビナも同じ方向を見るが、肉眼で確認できるものは見当たらない。
「……大型機械兵1、他飛行兵、自爆兵、歩兵、跳躍兵多数。あれはミサイル兵かな。ざっと中隊規模を確認」
「え、ええ?なんて言ったのフーシャちゃん?」
「これまでとは比較にならない数の機械兵が近づいています。ざっと100はいるかと」
「ひゃ100!?どうしよう、アタシたちで対処できるかな?」
「……可能です。私が奴らに突っ込んで隊列を乱しつつ、弾幕を張って足を遅らせながら撃破します。ただ飛行兵については倒しきれませんので、アリビナさんは漏れたそれらをお願いします」
「うん、わかったよ!」
そして問題の大型を見やる。
「大型については、私も初めて見るタイプなのでどんな挙動なのかはわかりません。ですが他の機械兵と違って鈍重なので、まずは周囲の掃討から手をつけましょう」
本体の周囲を回転する枠のようなものは楯のようなものだろうか。
「ビオンちゃんには、伝えたりしなくていいの?」
「戻る時間がもったいないので。あの子はあれでこちらの動きに対応してくれるので大丈夫です」
「むむっ!なんだか2人の絆的なのが垣間見えた気がする」
「なんですかそれ……?では、行きますっ」
破損したショットガンに代わり、新調した銃を手にスネジンカは敵へ突撃する。
PQ28サブマシンガン、大量生産品で弾がばらける粗悪なつくりだが、最初からそのつもりで使えばいいだけだ。遠間なら弾幕を張って敵の歩みを遅くさせ、集中してダメージを与えるなら近距離へ。
しかも相手は人間に攻撃してこないのでやりやすい。
(門の射線上に立たないこと。自爆兵の誘爆に巻きこまれないこと。これさえ守れば今は大丈夫か)
歩兵を掃討しつつ、飛行兵の処理に当たっているアリビナに気を回す。さらに漏れた自爆兵もいるが、あの程度なら今のビオンに任せていいだろう。
ミサイル兵の放ったミサイルを撃ち落としたところで、中型歩兵がスネジンカの行く手を阻むように現れる。
正面から装甲を抜くのは手間なので、片側の脚部関節を集中して撃ち歩行不能にさせる。処理を後に回して別の機体へ向かう。
一方のアリビナも順調に飛行兵を減らしていた。時折中型も混ざっているが、手に持ったKaAr8上級アサルトライフルにかかれば撃墜は容易い。撃ち続けると銃身で焼肉できるんじゃないかと思うくらい熱くなるのが欠点だが、アリビナにとって大切な愛銃だ。
ただし調子に乗って無駄弾を増やさないよう敵を撃つ。予備の弾は持ってはいるが、補給できる門から距離を空けているので気をつけたい。
(それにしてもフーシャちゃん、あれだけ動いてよく疲れないな)
全力疾走に近い速度で敵の周囲を走りながら的確に数を減らしている。かと思えば機械兵の只中に突っ込み、歩兵に守られていたミサイル兵を優先して攻撃、鉄屑に変えたりしていた。
よく走れる兵はよい兵、という言葉もあるが、彼女ほど走り続けられるのは何か秘密があるのだろうか。
「おっとっと」
わずかな考え事の間に先行する中型の自爆兵が見えた。落ち着いて狙いを定め、アリビナは引き金を引く。中型とはいえ所詮は自爆兵、数発撃ちこめば爆発した。
「あっ!?嘘っ」
爆煙を突き破って小型の自爆兵の縦列が、自分に向かって突っ込んでくるのが見えた。急に現れたように見えたのは、中型自爆兵の陰に入っていたことも原因だが他にも理由がある。
周囲の歩兵に守られるように囲まれて進んでいる大型機械兵、ただ進んでいるだけに見えて、下部の射出口から自爆兵を複数台出してきたのだ。
誰から見ても死角だったそこから出た自爆兵は、地を這うように中型自爆兵の後方から高速で迫っていたのだ。
機械兵は現状、人間を攻撃しない。しかし進路上の人間をわざわざ避けるようなこともしない。
避けるか攻撃するかの逡巡はわずかなものだった。高速で迫る自爆兵に轢かれる想像にアリビナは回避を選んだ。少しであるが走馬灯が見えた気がする。
金属の塊に轢かれれば怪我は免れないだろうし、運が悪ければ爆発の可能性もゼロではない。
全力の回避を試みるアリビナの目に、自爆兵の球体が迫ってくるのが見えた。
(あ……これ、間に合わない)
絶対にしてはいけないことだが、アリビナはその衝突の予感に目を閉じてしまう。しかし起こるであろう衝撃の前に、急に横合いから何かに抱きかかえられ、猛烈な勢いで引っ張られる感覚を覚えた。
「……っあ――え、フーシャちゃん?」
「怪我は、なさそうですね。よかった」
右手に握ったサブマシンガンで自爆兵を撃ち落としているスネジンカの左腕に、アリビナは抱えられるように抱きしめられていた。
(なにがあったの?フーシャちゃんが助けてくれたの?どうやって、かなり離れてたのに?)
混乱するアリビナは地面に下ろされ、助けてくれたらしいスネジンカを見る。そして目についたその足元に声を上げてしまった。
「フ、フーシャちゃんっ!?足、足がっ」
「……後で説明します。今は敵の撃破を」
スネジンカの軍用靴の靴底が綺麗に取れており、見えるはずの黒タイツのつま先が何故か金属の輝きをもっていたのだ。
(脚部の限定稼働。負担はそれほどでもないけど、専用のブーツじゃないと1回でダメになるな)
人工皮膚と黒タイツごとダメになった靴を一瞥、心中で呟くスネジンカが数を減らした機械兵の群れを睨む。この数と範囲なら使えそうだ。
「アリビナさん、今からガジェットで敵を一掃します。残敵の掃討を、バックアップをお願いします」
「う、うん。わかったよ」
まだ戸惑いから抜けられぬアリビナだが、指示通り敵へ向かっていく。そしてスネジンカも駆ける。
敵の真正面まで追いつくと、背負っていたそれを展開する。
銃というにはあまりにも大きなそれは、本来は工具のカテゴリーにあるものだ。稼働させると内部の電熱線が急激にエネルギーを循環させ、2つある銃口の奥に熱源が灯る。
残存する機械兵の群れをスネジンカは確認、すべてを射程内に収めるべく間合いを詰めてから引き金を引く。
すると熱線が2本ハの字型に奔り、貫かれた機械兵が爆発した。そして熱線がゆっくりとその隙間を鋏のように狭めていくと、赤い直線に舐められた機械兵がバターのように熱断されていく。
この兵器の名前はシザーズショット。本来は熱線で金属を焼き切ったり溶接する工具なのだが、出力を最大にすることで金属製の機械兵を破壊できるようにしたものだ。違法改造されたそれは1回限りの使い切りではあるが、破壊力という点では銃器に勝る。
2本の熱線が1つになったその射線上に大型の機械兵が残るよう調整、赤熱するその回転楯を溶融させながら、本体の装甲を貫いた。そして大きな爆発と共にその巨体は四散する。
どうやら格納していた自爆兵に誘爆したようで、大きな爆風にスネジンカの髪も煽られた。
「大丈夫?フーシャちゃん」
追いついたアリビナが身を寄せて尋ねる。
「問題ありません。アリビナさんこそ」
「アタシはフーシャちゃんに守って貰ったから……それでその足って」
「それについてなのですが、お願いがありますアリビナさん」
門の近くまで迫った機械兵の群れを、ビオンはスパイクで足止めしつつ確実にその数を減らしていた。
遠目でも見えるほどの巨体の機械兵を2人が相手しているのが見えたが、心配はしない。なぜならあそこには自分が最も頼りにする人がいるのだから。
(私は、私の役割を全うします!)
訓練の時と同じように対象を捉え引き金を引く。それを優先度を間違えずに1体1体撃破していく。40日前とは比べ物にならない精度と速度で、ビオンは機械兵の数を減らしていく。
気が付けばその攻勢の波は途絶えていた。息を吐いて顔を上げると、遠目におんぶされたアリビナの姿が見えた。
(ア、アリビナさん怪我をしてしまったのでしょうか!?)
2人が門に到着した姿は困った風に笑う、靴のないアリビナをおんぶするスネジンカだった。
「ど、どうしたんですかアリビナさん!?」
「ビオン、まずは被害報告を」
「は、はい!門に近づいた機械兵はすべて撃破しました。門へのダメージもありません」
「そっか。ありがとうビオン、門を守ってくれて」
「そ、そんな!私は、仕事をこなしただけなので……」
スネジンカの言葉に照れるビオンの姿に、おんぶされたアリビナがむぅと唸った。
「ちょっとフーシャちゃん!私は?」
「はい、アリビナもありがとうございます」
「……
反芻するアリビナに、スネジンカは苦笑しながらビオンに口を開く。
「見ての通りアリビナが
「えっと、はい……わかりました」
そう言って市街に歩いていくスネジンカとおんぶされたままのアリビナを眺めながら、ビオンは戸惑いつつも業務を遂行するのだった。