懲罰房に入りきらない人数は、営倉代わりの鍵付きの部屋が使用される。そこには5人の人間が収容されていた。
「それで、これは一体どういうことかしらね?詳しいことを知っている人いる?」
腕組みしたベルカの言葉に、エノスとストレルカは首を横に振る。
「う~ん……アタシも門兵業務中にいきなり連れてこられたから何がなんだか……フェリセットちゃん、大丈夫?」
アリビナの言葉にもフェリセットは俯いたままだ。返答のない姿にベルカが怪訝に睨む。
「何か知ってるのフェリセット?」
「……すいません、まだ整理しきれてなくて。うまく、説明できる気がしない、です」
「…ビオンはどうしたのか、知らない?」
ストレルカの問いにフェリセットがゆっくりと口を開く。
「ビオンさんは、錯乱して。鎮静剤を投与されたうえで連れていかれました。たぶん、医務室かと」
「錯乱って、一体何があったの……?フーシャちゃんやライカちゃんがいないことに関係してたり、する?」
アリビナの言葉にフェリセットが肩をビクリと震わす。自分の肩を抱き、フェリセットは泣き出してしまう。
「わ、私……また、撃ってしまいました、仲間を。当たらなかったけど、う、撃ちたくなんて、なかった」
「撃った?誰を撃ったの……?」
ベルカの問いに震えが増す。
「……お、お姉さんを、撃――」
フェリセットが急に脱力し床に倒れこんでしまう。焦ったアリビナが呼びかけるとどうやら気絶したようで、顔を歪ませたまま涙が流れていた。
そんなフェリセットに膝枕しながらアリビナは話す。
「これ以上はフェリセットちゃんが可愛そうだから、ね?ベルカちゃん」
「……流石に叩き起こしてまで聞き出そうとは思わないわよ」
「ベルカ」
エノスがベルカに飴を差し出す。そして他の面々にも1つずつ渡していく。
「エノス、これどうしたのよ?」
「とっておき。食べて落ち着こう」
そう言って自分も1つ頬ばった。その様子に毒気を抜かれたように、他の面々もそれに倣う。
戦場では滅多に味わえぬ甘味に、それぞれの尖った気分が少し丸くなった。
「…ビオンとフェリセット、今日の東側の門兵業務についていた筈よ。そこで何かがあった」
「何かって何よ」
ベルカの疑問にストレルカが返す。
「…仲間を撃った、そして言いかけた“お姉さん”はマルフーシャのことでしょう。なんらかの事態が発生してフェリセットはマルフーシャを撃った。それを目にしたビオンがパニックを起こした、ってことかな」
「ちょっと待ってよ!なんでフェリセットちゃんがフーシャちゃんを撃つの!?そもそも内門防衛なんだよ?どうして外にいるっていうの!?」
「…状況からの推論だから怒鳴らないで」
語気を荒げたアリビナにストレルカは耳を塞ぐ。思案するベルカが口を開く。
「そして状況の把握と収拾にライカが今動いている、か。辻褄はあうけど肝心の背景が不明よね。それになんで私たちまで捕まっているのか」
「…これ以上は誰かしら来るのを待ちましょう。さすがに説明もなしに処分はないでしょ」
ストレルカの言葉を待っていたかのように扉に近づく足音が届いた。そして部屋に入ってきたのはライカと、監査官のトップであり東部都市の軍組織No2、軍監であった。
彼の姿に、気絶したフェリセット以外が一斉に立ち上がって軍礼を執る。
「ご苦労、諸君。今回はこのような事態に大いに困惑していると思うが、すべては君らの部隊に所属するマルフーシャについてである。ライカ監査官、説明を」
彼の言葉に、ライカは落ち込んだ様子を隠さず口を開く。
昨日の北外門の夜間防衛にてマルフーシャが長時間の、それこそ勤務の始まりからほぼ終わりまでの時間、持ち場を離れていたという事態が発覚。事の次第をライカが訊ねたところ、敵基地への侵入を告白した。それと同時に血の付いた衣服や謎の機械の所持も見つかり、ライカが同行を求めるもマルフーシャは彼女を昏倒させる。そして東門からの脱出を図り、防衛を担っていたビオンとフェリセットを無力させ北東方面へ逃走したという。
「以上のことから軍は彼女、マルフーシャを敵方に通じたスパイとして処分することを決定した」
「待ってください!?フーシャちゃ――マルフーシャはそんなことをする人間ではありません!」
「一兵士が、上層部の決定に異を唱えるか」
その一睨みにアリビナは口を閉じる。
「そして君たちについても、スパイと何かしらの関係があったことを我々は疑っている。そのため尋問をもってその疑念を晴らすまでの間、ここに収監させてもらう。それではライカ監査官、君にはここで監視役として過ごしてもらう」
お前にも疑いがかかっていると、言外に言い放って軍監は部屋を出て行った。
「ライカ!説明しなさいよ、いったい何がどうなってるのよ!?」
「……監査官への言葉遣いじゃないわね」
「ふんっ。ここに入れられた時点で同格みたいなもんじゃない」
その言葉にライカは睨み、すぐに疲れたように俯いた。
「わからなくなっちゃった」
「ライカ?」
「あの子は、マルフーシャは一体何がしたかったの……?」
それからライカは今日の明け方にあったことを説明する。粗筋はさきほどの説明と同じだったが、スネジンカが話した敵軍の侵攻の詳細や、自分がそれを止めると言った下りも述べる。
それを聞いてベルカは勝手なことをと激昂し、ストレルカは考え込み、エノスは黙ったままだ。
「止めなきゃ……フーシャちゃんを」
青褪めたアリビナが口を開く。その言葉にライカが首を横に振る。
「どうやって?あの子が言ったことが事実かすらわからないし、門外へ私たちが出撃することもできない」
「フーシャちゃんは嘘なんてつかないっ!!そのコートだって敵兵の返り血なら辻褄が合う!それにあの脚なら早く走ることだって――」
「…“あの脚”って、なに?」
ストレルカの言葉にアリビナが口を閉ざす。それは言ってはならないことを言ってしまった者の姿だ。
口をつぐんだアリビナに、ストレルカとベルカの視線が突き刺さる。
「お姉さんの手、すごく硬いんです。初めて会った時、金属のようで。もしかして脚もそうなのでしょうか」
「フェリセットちゃん、なんでっ!?」
いつのまにか意識を取り戻したフェリセットが、涙の痕も拭わずに呟いた。それにアリビナが振り返るも、その言葉を聞いたライカがアリビナを見やる。
「アリビナ。あなたは何を知っているの?」
「……言えない。絶対に言えない」
「その態度はマルフーシャへの疑いを深めるって、わかっててやってるの?」
その言葉にアリビナは歯を食いしばる。しかし思わぬ場所から声が聞こえた。
「…機械製の義肢、かな」
ストレルカだった。何かを思い出すように視線を床に向けながら続ける。
「ひと昔前この国で、戦闘で手足を失った兵士への外科的手法による機械義肢の装着手術が考案された。ただ神経の接続がどうしても成功しなくて、動かない手足をくっつける結果ばかりで計画は頓挫。それ以降は機械兵の研究が幅を利かせたって聞いてる。まあその機械兵も敵国が先に実用化したんだけど。マルフーシャはその成功例、なのかな」
「そうなの?アリビナ」
ライカの問いにアリビナは沈黙する。否定のないそれが答えだった。ベルカが声を上げる。
「……マルフーシャは、本当にスパイだったの?」
「違う、絶対に違う!フーシャちゃんは大型機械兵から私を助けて、そしてやっつけたんだよ!?スパイならなんでそんなことするのよ?!」
「…義肢の神経接続は他国でも実用化されていないはず。実用化されていたら大々的に喧伝している。それにマルフーシャがいつそんな手術を受けたかが腑に落ちないし、スパイになる経緯もわからない」
ストレルカの言葉にアリビナが頷く。その言葉にもライカは俯いたままだ。
「マルフーシャがスパイでも、そうでなくても、私たちにできることはないわ」
「監査官」
エノスがライカに近づき、じっと見つめる。
「いつもより、らしくない」
「……私は」
扉外から物音が聞こえた。そして開かれた扉から1人新たに現れた。ビオンだ。
「ビオン!大丈夫なの?」
「……はい、もう大丈夫です」
訊ねるストレルカに、元気なくビオンは頷く。眼は真っ赤に充血し、顔全体に陰が落ちているのを隠せない。鎮静剤が効いているのだろうが、そんな彼女へベルカが躊躇しながら声掛ける
「ビオン、その、マルフーシャは」
「マルフーシャさんは、スパイなんかじゃありません」
ここに来るまでに説明を受けたのか、スパイ疑惑についてビオンは把握していたようだった。
「どうして断言できるの?」
ライカが問いビオンが答えたその言葉に、一同は戸惑いを隠せなかった。
「マルフーシャさんは未来のことを知ってました。つまり未来から私と姉さんを助けに来てくれた人なんです」
「はぁ?ちょ、ちょっとビオン、アンタ何言って」
「だって、それ以外考えられないんです。きっと姉さんが酷い目にあって、それを何とかしたくて」
「あなたの姉を何とかするのに、なんでこんなことしたっていうのよ!?」
訳のわからなさにライカの堪忍袋が限界をきたしたようだ。それをよそにストレルカだけがぶつぶつと何かを呟いている。
「……そういうこと?でも、どうやって……いや過程じゃなくて結果から考えよう。それなら、うん」
「ストレルカ?」
「…マルフーシャが未来から来たと仮定するなら、今いるはずのマルフーシャはどこに行ったのか……」
そこからストレルカの独白のような推理が始まった。
未来から来たマルフーシャは何らかの目的のため現代の“マルフーシャ”を消した。殺したのかどうかは定かではないが成り代わり、徴募兵としてここに来た。そしてビオンの言を入れるなら、彼女の姉の救済を目的にビオンと交流し目的を果たそうとした。なぜ姉本人に接触せず、こんな回りくどいことをしたのかは不明だが、理由はそれだけではないと考えられるのが今回の動き。
「おそらく、彼女はカゾルミアの人間」
どうして言い切れる?その疑問にストレルカはこう述べた。
国を騙して成り代われるぐらいに似ている点から、彼女自身が未来から来たマルフーシャ自身、つまりカゾルミアの人間である可能性が高いこと。
そしてもしスパイならわざわざ成り代わりなんてせずに、敵国へ向かいこれから起こることを元に軍へ取り入ればいいのだ。
(1度カゾルミアの軍人と認識されれば、殺されるか脳を奪われる。徴募兵になるのはリスクが大きすぎる)
そう心中でストレルカは呟く。
そして今回の脱走。おそらく軍上層部はライカの証言を敵国の欺罔作戦、スパイのマルフーシャが流した嘘の情報と断じたのだろう。しかしこの嘘を真実としても敵国にメリットがない。
敵が東部都市を攻める気がないのにそう見せたい、北・西・南の戦地を攻めるため、東部に戦力を集めさせて手薄にさせたいなどいくらか仮定を重ねるが、どう考えても納得できる理屈をひりだせない。
結果、手に入れた情報は真実であり、敵が大規模攻勢に打って出ると考えたほうが納得できる点が多すぎる。そして現状のカゾルミア軍から増援など見込めるはずもなく、単騎で敵軍に向かったのは事実なのだろう。
あるいはスパイとして活動していて攻勢の前に離脱したと考えたとしても、生まれた国を裏切ったスパイ兵士を生かすほど周辺国は甘くはない。それだけカゾルミアという国が積み重ねた怨嗟は重いのだ。
ストレルカがそう言い切った後、ライカが呟いた。
「“ダチカ先輩”、“アブレックさん”、“溶鉄が先兵”」
「ライカさん、それアブレックって、私の姉さんの名前……なんで知っているんですか」
「あの子が言っていたの。今はいない人を、それこそ懐かしむように。そして最後の溶鉄が先兵」
先兵とは兵士の役割の一種で、軍組織の中でも特に損耗が激しく猛者と呼ばれるような兵士たちに与えられる。進軍時は真っ先に敵陣へ切り込み、撤退時には殿を務め猛追を食い止める兵。
「溶鉄なんて部隊名、聞いたことないけど。未来にそんな部隊があって、マルフーシャはそこで戦ってきた兵士、それであの銃の腕前。うん、辻褄は合うわね」
納得できてしまった。変なスッキリ感にライカは戸惑ってしまうが気分が少し晴れた。それは彼女がスパイではないという真実に近づけたからだろうか。
そんなライカに、顔を強張らせたフェリセットが訊ねた。
「ライカさん……マルフーシャさんに、姉妹はいませんか?」
「フェリセット様?いきなり何を」
「答えてください」
フェリセットの言葉にビオンが何か言おうとして、それよりもライカが答える。
「スネジンカ、という4つほど下の妹がいたそうです。ただ数ヶ月前に、川に身を投げたと情報が。どうやら学校の人間関係に悩んでと遺書が見つかったそうです。筆跡も本人のものであると」
「ああ、なんてこと……」
フェリセットは顔を覆って声を震わせた。その様子に他の面々が戸惑い、アリビナはその背中を摩ってどうしたのかと問う。
(お姉さんの本当の名前は、スネジンカというんですね)
自分に言いかけられた言葉、
『皆さんのこと、姉さんに代わって私が守りますから。絶対に』
(あなたは、そんな理由のために死にに行ったのですか?自分の本当の名前も明かさずに。それじゃあ、残された私たちは、一体どうしたら)
フェリセットはすすり泣く己の涙を、いつまでも止めることができなかった。