303年
カゾルミア首都の最高府の一室、血だまりに倒れた1人の男。その姿はこの国の最高指導者であった。
その目の前には親衛隊に取り押さえられたスネジンカの姿。眼は餓えた獣のように吊り上がり、奥歯が砕けるほどに食いしばった喉奥から悔恨の呻きが漏れていた。
「まさか“私”を殺すとは、驚いたぞスネジンカ」
何の変哲もない壁に空いた脱出口から現れた男は、皮肉気に彼女を見下ろす。その姿は倒れ伏したはずの最高指導者。死んだのは影武者だったのだ。
夥しい敵国兵士を殺し、多くの作戦を成功に導いたスネジンカは、最高指導者から直々に戦時勲章を賜うということでこの部屋に招かれたのだ。そして授与の瞬間、彼女の機械腕が音速に唸り目の前の男の腹を貫いた。
「しかし不思議に思わなかったのか?貴様は本物の私を目の前にして殺そうと思えば、エネルギー供給が途絶えることを。いや……そんなことを考える間もなく殺意に逸ったのか」
「殺せ!私は、貴様に歯向かう反逆者だ!命を狙われたのだ、殺して見世物にでもなんでもしろ!!」
そのスネジンカの叫びに最高指導者が無表情に答える。
「高価な猟犬を殺すのはもったいないだろう。ただ、いちいち暴れられても敵わんからな、なにかしら細工は必要か」
「殺せェ!いいから殺せエェェェェ!!」
「そんなに死にたいのかスネジンカ?貴様は自決できん仕様だからな」
嘲笑う男の姿に女はますます憎悪を燃やす。
「その電熱炉はそうそう簡単に壊れる代物ではないらしい。貴様はダメになるまで使ってやろう」
その声にスネジンカは床に顔を埋めて唸る。涙は1滴も出ず、代わって憎しみが噴き出す。
呪詛のように巡るその意思は、彼女の根源と呼べるものだ。
(どうすれば、私は死ねる。どうやれば、この男を殺せる?影武者ごとすべてを滅ぼすような方法を)
思い当たるものは身近にある。それはわかっているのだが最後のピースが足りない。あと1つ、あと1つを。激しい殺意に揉まれながらも、そのことだけをいつまでもスネジンカは考えていた。
296年
すでに日が落ちて久しく、荒野の中に在ったその基地は常なら何事もなく日々が過ぎ去っていただろう。本来は多くの機械兵が所狭しと並べられ、20日後に大々的にここを出発していたのだから。だが、そうはならなかった。
1つ目の前線基地が凄惨な落とされ方をしてから、軍の中で噂が立っていた。曰く、敵の捕虜の亡霊が恨みにより現れ兵士を殺しに来ると。というのもその基地の司令官が酷い殺され方をされ、そのメッセージが明らかにある部隊を揶揄するものだったのだ。
カゾルミアの捕虜は機械兵の部品に加工される、それは軍の中では新兵を除けば公然の秘密である。必要なことと理解しているが、捕虜の捕獲部隊に所属し続ける者は異常者と後ろ指を指されていた。
偶然にもその基地には捕獲部隊の一部がいたようで、その兵士たちは今はこの世にいない。
そして、その死体を利用した悪辣な罠を目の当たりにした兵士が参ってしまい、そんな噂が出てきてしまったのだ。軟弱と謗られるかもしれないが、逆に言えば東部にいた兵士たちに実践経験が少なく、実戦をほぼすべて機械兵に依存する弱点がここに露呈したのだ。また捕獲部隊の悪評もあってのことは想像に難くない。
しかし、当の“亡霊”はそんな噂を知るはずもなく、やるべきことをやるだけだった。そこに恨みも良心の呵責もさほどない。そんなものは擦り切れて久しいが、彼女にも残った感情がある。
2つ目の前線基地、その夜間の防衛は厚いものだった。他の基地での惨状を見聞きした者からすれば当然だったのだろう。
「敵襲っ!敵襲!!」
「機械兵を呼び集めろっ」
「来やがったな畜生が!」
中型歩兵を物理的な盾としながら複数人が円陣を組み、全方位警戒する兵士の一角に影が躍り掛かる。目にも映らぬ影にすり抜けられた際に気道付近を綺麗に裂かれ、兵士は間抜けな呼吸音を漏らし倒れこむ。
もう片方の銃剣を別の兵士の肩甲骨の隙間から刺し穿つ。呻き声を上げて2人目が倒れた時に、ようやく他の兵士が背後の侵入者へ銃を向け発砲した。
「うぐぁっ」
「馬鹿、撃つな!同士討ちになる!?」
消え失せた侵入者の背後にいた同僚に弾丸が打ち込まれ、混乱と苦痛の悲鳴に場が混乱する。
そんな集団へ、夜闇を照らすように膨大な熱の塊が上空から降りそそぐ。火炎放射器だ。
炎の舌は高所から兵士と機械兵の区別なく燃やし尽くす。生きながら燃やされる人間の絶叫とは凄まじいもので、そんな喉が張り裂けんばかりの声量も徐々に細く弱くなっていく。
そして余剰燃料で周囲のテントや物資にも炎の塊が迫る。
「くそっ物資がやられる!おい、早く消火に入るぞ!」
「待てよ!?まず侵入者をやらないとっ」
「なあ嘘だろオイ!?さっきまで生きてたのに、こんなこと、許されるのかよォ?!」
真っ先に指揮官を始末したのが効いてきたのか、指揮系統の混乱はまだ続くようだ。燃料の尽きた火炎放射器を投げ捨て、背中のPQ44Mアサルトライフルを集団に掃射する。
次々と倒れこんでいく敵兵士を冷たく一瞥、増援らしい敵機械兵の集団を視認すると夜闇に身を投げ出した。
(さすがに、1つ目の時ほど簡単じゃないか)
マスクと軍用コート姿のスネジンカが心裡で呟く。警戒されるのは結構だが、夜間警備にこれだけ人員を割くのはそれだけ恐怖を抱いているのだろう。
本来であればこれだけ早い間隔で攻める予定はなかった。しかし補給のない状況は拙速に攻めるほかない。
(物資や弾薬をいくらか調達したいな)
それだけの余裕があればいいのだが、機械兵と人間兵の混成は面倒だ。
仲間の仇をとらんと突出してきた部隊と機械兵のため置き土産を転がす。計算通り、進入した連中へ手榴弾の洗礼が襲う。
機械兵に任せればいいものを、一時の怒りに身を任せて突撃した人間兵だったのだろう。
肉と鉄の欠片が散らばった一角のよく見える高所へ、一跳び身を翻して着地する。見晴らしのいいそこから見下ろすと、延焼した火が武器庫へ延びるのが見えた。
(あちらに兵士が釘付けられるなら、退路を用意してやらないと)
スネジンカの目的、最後の前線基地の特定。1回目の襲撃で2つ目の前線基地はわかったのだが、最後の場所だけは吐かすことができなかった。勢い余ったのか敵司令官が根性を見せたのか、手加減を誤ったことを今でも彼女は悔いていた。
そのためこの基地の兵士を追い立て逃亡先を釣り上げんとしたのだ。そのため今回の目的は殲滅ではない。
赤く染まった残骸で飾りつけされた一角に機械兵が見えた。それへ向け、スネジンカはアサルトライフルで弾丸の雨を降らせる。
(それはそうと、減らせる分は減らすけど)
場所が割れてしまったのですぐに移動を開始する。どんな手練れであろうと1対多は逆境だ。しかし少数の極みであるこちらは機動力と隠密性にアドバンテージがある。
そして夜目がはっきり効くスネジンカにとって、闇の中で遮蔽物のある場所は最高の舞台だった。一方の迫りつつある機械兵は、狭所では数の理が生かせず渋滞を起こしているのが見える。
歩兵はいい、問題は飛行兵であろう。頭上から射撃してきた中型に弾丸をお見舞いする。
「ははっ」
気分がいい。やはり自分は壊れてしまっている、そうスネジンカは思う。
鉄風雷火の中を踊るように弾雨をくぐり、敵兵を切り刻み機械兵を破壊しつくす事に無上の悦びを覚えてしまう。
いくら東部都市の彼女らを守るためとお題目を掲げても、望まず植え付けられた力と戦場で積み上げた技量で蹂躙するのが愉しくてたまらない。
きっとスネジンカという少女は、299年の北部戦地のテントの中で死に、今の自分が生まれたのだ。
アサルトライフルのマズルフラッシュに照らされたマスクの下は誰にも見られない。その下で笑っていたのか、泣いていたのか。
これは共食いなのだ。血に飢えた狗と脳を漁る野良犬が、血あぶくに溺れながら食い食われるだけの。だが狗は犬の肉を食みながらも、飼い主の喉笛を噛みちぎる機会を諦めていない。
(これくらいでいいか。そろそろ火に巻かれた連中が逃げ出す頃かな)
火の勢いは夜闇に影を作るほどに盛んとなり、暗がりに慣れた目にはくどく感じる。スネジンカは機を見て姿を隠す。頃合いがそろそろと見当をつけたために。
一方の敵国側と言えば、広がる火事に手を打てない状況が続いていた。
兵士らは限界だった。火は火薬に引火したようで時折爆発音を響かせ、その火の勢いを益々よくしている。黒い煙に巻かれながらも、臨時の指揮官へ怒鳴るように兵士が上申する。
「ダメです!これ以上は無理です!撤退しましょう!」
「クソっ、カゾルミアの鬼畜どもめ。この借りは絶対に返してやる」
号令の下、多くの兵士が機械兵に殿をさせながら撤退を開始する。基地の出口に駐車された軍用トラックに乗り込もうとした兵士が殴り倒された。
「馬鹿野郎っ!てめえはカゾルミアのクソ野郎の所業を知らねえのか!?エンジンをかけた瞬間にドカンだぞ!」
青くなった兵士が止めてくれた上官へ礼を述べ、彼らは自前の足を使って荒野に進む。
半分ほどに減った兵士らは我先にと逃げだすが、その行方はてんでばらばらに見えて東に向かっているのがわかる。
彼らの大多数は他の基地の場所を知らないため、わが身1つで味方のいる都市へ向かおうとしたのだ。しかしその途中で、前線基地への追加機械兵の輸送団と出会った。護衛され3つのうちの最後の前線基地に保護される。その跡を辿る存在に気づかずに。
(大きい。前線基地の規模か、あれが)
簡易的に城柵まで巡らし、ちょっとした街といってもいい。
集団の後方に、即席の塹壕に身を隠したスネジンカは最後の前線基地の大きさに思案する。
自らのアドバンテージを生かすなら夜襲だが、あの規模では機械兵の数も比例し自分だけで基地を破壊できるだろうか。
(あの規模なら指揮する人間も多い、初めに現場指揮官を数人始末しても効果は薄い。なら先に数を、機械兵を動き出す前に破壊する?……手榴弾の数が少ない、被害は限定的。敵地から弾薬をくすねるにも、まずは制圧しなきゃいけない)
当然、ここまで2つの基地を落としているわけで、敵も最大限の警戒をしているのだろう。ゆえに夜襲による不意打ちの効果も薄いことが予見された。
(……時間は敵に味方している、でも昼に攻める旨味はない)
それなら今は身体を休めるしかなかった。バックパックを下ろし、体中のベルトを緩めてから壁にもたれかかる。
脱力して張りつめていたものが緩んだのか、胸にせりあがってきた違和感にスネジンカは口に手を当て咳き込む。
喀血により赤く染まった手のひらをぼんやりと眺め、バックパックから出した水で口をすすぐ。
(そういえば、姉さんも血を吐いていたっけ。私に見せない様にしてたけどバレバレだったな)
メンテナンスができていないことと休みなしの夜襲。そして電熱線の恒常的な汚染は確実に身体を蝕んでいた。しかし彼女にとってまず重要なのは、目の前の基地をなんとかすること。明日の食事の用意が終わっていないのに、来週の食事の献立に気をもんでもしようがないのだから。
その考えを最後に彼女は一切の思考をシャットダウン、少しでも体力を減らさぬためその目を閉じた。