溶鉄のスネジンカ   作:スペシャルティアイス

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#18

その場の人間の視線はその男、1人に注がれていた。

 

「すでに資源が尽きつつある敵は、我らの降伏を神に祈っているのだ――」

 

カゾルミアの中枢ともいえる最高府のホールには多くの人間が詰めかけていた。誰もが一級品の服装に身を包み、場の内装も豪華極まりないそこは、この国の一握りの権力者たちのための空間だ。

 

「――ならば今、勝利を疑う余地があるだろうか?」

 

その日、月に1度の会議のため集まった要人たちは、最高指導者の演説に耳を傾けていた。

壇上にて身振り手振りを交え、しかし聞く者を落ち着かせる静かな声色は、染入るように聴衆の中に響いていく。

 

「同志諸君。カゾルミアは、世界は君たちの、薄汚い侵略者からの解放を待っている。この使命を為すには正義の挺身、全国民の協働が必要だ。奮い立て!カゾルミアよ!!我らの偉大なる祖国に自由と独立、そして勝利を!」

 

万雷の拍手がその演説の締めだったようで、最高指導者はその反応に手を振って応えながら席につく。

それから晩餐会のため、各員は自分たちの控室に準備のために戻っていった。簡単な挨拶を最高指導者へ述べに来る者もいたが、本格的な懇親はこれからだ。

護衛を兼ねた付き人と共にホールを出た最高指導者だったが、付き人に近寄り何か耳打ちする警備責任者の姿を見咎める。

 

「なにがあった?」

「はっ。1名、侵入者が」

 

この報告に最高指導者の眉が揺れた。

 

「よりによって今日か。現状は?」

「……目下、捜索中であります」

「次の報告は、完了の報告以外は認めない」

 

そう言って見つめられた警備責任者は血の気の失せた顔で敬礼し、足早に持ち場へ戻っていった。その姿に最高指導者はため息を吐く。

 

(まったく……無能しかおらずに困ったものだ。やはり、私直属の部隊の設置を急がねばならんな)

 

そう嘆いて歩を進める。たかが1匹の鼠で、今日を無様なものにしては己の権力の基盤に傷をつける。つまりは人目に付いての避難という選択肢を彼は取ることができない。

 

(……しかし、もしもの可能性は常に考えねばならん)

 

晩餐会までの時間を、その可能性を考え過ごすことに決め足を速める。あそこは地下シェルターへの入口もあるのでその点でも安心だ。

2人の護衛が盾となれる位置で歩き、その間に挟まれるような形で移動する。

 

「お待ちを」

 

護衛の1人が歩みを止め、手で制止する。血の臭いに銃を構え、先行して目的の部屋の扉を開ける。

銃口の先には1人の女がいた。血に汚れた黒いコートを身に着け、歩兵のバックパックを背にしている。所々が白髪と化した長髪は乱れ、顔は血や煤の汚れが酷い。どうやら隻腕のようで、どう見ても重症の有様だった。

件の侵入者であろうが、その女は最高指導者の目的としていた、地下シェルターの入り口となる壁に寄りかかるように座りこんでいた。

 

「……今度は、本物か」

 

そう呟き、女の指先が何かを押した(・・・)

謎の侵入者を前に護衛2人が即座に銃を向ける。それを最高指導者が手で制した。

 

「よくここまで潜り込んだものだ。目的はなんだ?」

「この隠し通路のある部屋で待っていた、ということからわかりませんか?」

 

この言葉に最高指導者は眉を顰める。自分と側近しか知らぬ非常口の存在を知るこの曲者は何者なのか。湧き上がる疑念を鎮め、まずはこの場を収める方策に頭を巡らせる。

 

「ふむ。それなら提案があるのだが、私の配下にならないか?」

 

その言葉に女の顔から表情が消える。

 

「どうやら動けないほどの傷のようだが、部下になるなら治療を受けさせてやる。そしてここまでの狼藉も不問に付す」

 

この言葉に女は俯く。逡巡していると思った最高指導者はさらに続ける。

 

「もし腕が立つようなら、新設する私の直属部隊へも考えてやらんこともない。どうだ?」

「――……く、くくく」

 

その女の含み笑いが最高指導者の癇に障った。その笑い声が『嘲り』であったからだ。見下すことはあっても見下されることなど、この国には1人もいないはずの自分を。

 

「何がおかしい、端女の分際で」

「仕方のないことですが、ここまでの間抜け、初めて見ましてね」

「間抜け?私を、今そう呼んだのか?」

 

顎をしゃくった最高指導者の意図を読み、護衛らが女の手足を撃つ。死なない程度にさらに痛めつけ、言うことを聞かそうという魂胆だった。

しかしそれは硬質な金属音に跳ね返されるという結果となる。これに護衛は動揺し、男は舌打ちを漏らす。

 

「なにか仕込んでいたか小癪な」

「私がズルしているようなものなので、1つだけ教えてあげます」

 

そう言って顔を上げた女は笑っていた。長い苦役に、やっと終止符が打てるという安堵を隠せていない。

 

「“貴様”ではない貴様によって、私の腹には電熱炉という爆弾が仕込まれました。これは手榴弾とは比較にならないエネルギーを持ってましてね」

「な、何だと?」

「ところが厄介なことに、自決に含まれるのか私には物理的にどうこうすることができません。ショットガンで弾をぶち込まれても破壊できないなくらい頑丈で、しかも平時はどんな刺激を与えても決して爆発しない。ただ――」

 

自らと最高指導者への殺意、これにより四肢に力が入らなくなる今、動かせるのは指先1つ。そこに握られたスイッチはバックパックに仕込んでおいた改造ガジェット、パイルショットに繋がっている。1度押せば稼働状態に移行し、2度目を押せば超高熱の杭が射出される。間違っても人体に使う代物ではない。

最高指導者が部屋に入ってきたとき、本物である確信を得た瞬間に1度目は押してある。

 

「負荷を掛け続け、臨界状態に近づけたままで強い衝撃、それこそ大型機械兵の装甲も貫く衝撃を与えれば、どうなると思います?」

 

東部戦地の戦いと最高府のここまでの道程で、身体を蝕むほどに熱は蓄えられていた。本当は影武者だったときのために建物ごと消し去るための準備だったが、どうやらその必要はなかったようだ。

ここに来て、初めて最高指導者の顔に怯えの色が出る。

 

「き、貴様っ正気か!?」

「正気ならあの日、姉さんと一緒に灰になりました。それならいっそ、私も同じになりたい」

 

微笑む女に、最高指導者の背筋が凍る。

 

「や、止め――」

 

“カチッ”

 

女の体が浮き、腹を貫通して赤熱の杭が生える。

瞬間、世界が白く染まった。全てを、影すらも焼き尽くす太陽の火が地上に顕現したのだ。それはこの部屋のすべてを消し、贅を尽くした内装を消し、そこに居た人々を消し、堅牢な最高府の建物そのものを消し飛ばした。

ついで首都全域を震わせる閃光と衝撃に、最高府の周囲の建築物が破壊される。脆い箇所が吹き飛び窓ガラスは融解していく。

そして凄まじい熱波が円周状に地表を舐め、爆心地にはキノコ型の爆雲が芽吹いた。

後日、周辺国側の新型爆弾によるカゾルミア首都への爆撃と噂されるこの事件は、余りの破壊力と凄惨な爆撃跡、そして深刻な汚染により国際的な非難にさらされた。しかし後世では、結果的に絶滅的な戦争を早期の解決に導き、戦後のカゾルミア統治・復興へと繋がっていくと一説には擁護されたという。

 

 

 

営倉での生活はいささか長いものになっていた。最近は尋問すらなく、防衛に参加しない自分たちは何のために軍にいるのかと疑問に思う。しかしそんな中でも、意気軒高に振る舞う者らもいる。

 

「ちょっと!?誰かいないの!!」

 

金属製の扉を叩くベルカの声は今日も元気だった。

 

「……ダメね、食事の時くらいにしか人が来ない。ここ数日これだもの、嫌になるわね」

 

ベルカのうんざりした声にライカがこの状況を怪しむ。

 

「妙ね、いくらカゾルミア軍だからってこれはおかしいわ」

「ライカちゃんが監査官じゃなくなったから、放っぽられてたりして~」

「そんなもの、どうでもいいわよ。マルフーシャの件が何とかなるならだけど」

 

アリビナの揶揄を軽く流したライカは監査官でなくなっていた。あの後、尋問のたびにマルフーシャの冤罪と救出を主張し続けた結果、不適切の烙印を押され監査官および憲兵の地位を剥奪されたのだ。

 

「そうだね。何よりも早くここから出たいのに……!」

「そもそも軍相手に1人で立ち向かうなんて、そんな大馬鹿はぶん殴ってでも止めないと」

 

アリビナの焦りとベルカの苛立ちは、ここにいない仲間を慮ってのものだ。

そんな彼女らから少し離れた場所に4人いた。

 

(お姉さん)

 

壁によりかかったままのフェリセットはいまだに悔恨に支配されていた。なまじ自分たちのために死地に向かったスネジンカを、自分が撃ったという事実が彼女を苦しめている。食事も睡眠もろくにとれていないので限界が近かった。

同じ状態なのはもう1人いる。

 

「……マルフーシャさん」

 

ビオンもまた、フェリセットほどでなくとも懊悩していた。隊の中で最も信頼していたスネジンカの行動と彼女からの言葉を反芻して、自分には何ができるのかと考えているのだ。

そして最後の2人といえば。

 

「ストレルカ、大丈夫?」

「う¨ぅー……本が、本が読みたいぃ」

 

横になって唸るストレルカをエノスが介抱していた。本を読まない状況が続き、ノイローゼになってしまったストレルカは何もできない状態にあったのだ。

そんな仲間でも、いつもの無表情ながら励ますエノスの姿である。

 

「いっそ、いっせーのーで蹴破ってみる?」

「もうそれでいい気がしてきたわ」

「元監査官様に賛成。それで処罰されるってんならしてみろっての」

 

扉の前でそう話し合っていた3人だったが、こちらへ向かってくる足音に耳を立てる。複数人、それも武装した者の足音だ

3人は他の4人を庇える位置に示し合わせたように移動する。もしもの可能性を危惧してのものだった。

しかしその予想はもっと上を行った。

扉を開けて入ってきたのはカゾルミアの人間ではなかったのだ。

 

「なっ!?敵国の、兵士がなんでっ!」

 

ライカの声に全員が反応し、警戒感を露にする。それを前にして敵兵士たちが銃を構える。

 

「動くな……妙なことはするな。貴様らが、敗北した国に殉じる気なら止めはしないが」

 

その言葉に皆が息を呑んだ。カゾルミアは敗けた、という言葉に。その受け止め方はそれぞれ違っていた。

激昂する者、疑う者、呆然とする者、無反応な者。そんなことに兵士たちは斟酌などせず、淡々と彼女たちを連行し機械兵に宿舎へと移送させようとした。ストレルカだけは必死に抵抗を続けたが、弱った彼女では屈強な男兵士に抗するなぞ無理だった。

そんな時にビオンは、我慢できずに聞いてしまう。

 

「あの、マルフーシャさん……マルフーシャさんを知りませんか?」

「なに?まだ兵士が残っているのか」

「ビオンっ!?やめなさい!」

 

ライカの制止も彼女を止めることはできない。

 

「ここから、この街から出ていった人がいるんです。お願いです、何か知っていたら教えて、教えてください……」

「脱走兵か。そんなもの知るはずないだろう!連れていけ」

 

無情なその返答にビオンは俯く。

 

(マルフーシャさん。どうか、どうか無事でいてください。あんな別れ方、嫌です)

 

懐の中の写真をこっそり取り出す。そこには照れた自分の笑顔と、尊敬する女性のちょっと困ったような笑い顔が写っていた。

溢れた涙を気取られぬようにする。ただただ、彼女の無事だけをビオンは祈っていた。

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