溶鉄のスネジンカ   作:スペシャルティアイス

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エピローグ

Side:ビオン

 

カゾルミアの敗戦という事実が告げられた日から4年が経ちました。

私たちが営倉から解放された日、東部都市は降伏を受け入れていたそうです。

その数日前に、首都で爆破事件があってそれがきっかけだったと。なんでも首都で周辺国による爆弾投下があり、しかもその場所が最高指導者のいらっしゃる最高府だったのです。折り悪く、ちょうど大きな会議の日だったようで、多くの偉い人たちがその爆発に巻きこまれ亡くなりました。

 

意思決定のできる人間を失い混乱するカゾルミアでしたが後日、敵国がカゾルミアの首都や主要都市へビラを撒きました。そこには最高指導者を始めとした中枢が既に壊滅したという事実が載せられ、実際に首都ではその光景を目の当たりにした人が多くいたそうで一気に敗戦ムードが広まり、それぞれの方面軍は次々と降伏していったそうです。

そして中立国だという、海の向こうの大きな国が仲介して終戦条約が結ばされたそうですがその中に、生き残ったカゾルミアの人たちに酷いことをしてはいけないと取り決められたとか。このことを聞いてストレルカさんが安心していましたが、何か心当たりがあったのでしょうか?

 

あの日から私たち軍属の人間は、町中にジャガイモ畑を作らされました。ライカさんが言うには食糧増産らしく、要は私たちに食べさせるものがないから作らせるということだそうです。

フェリセットさんはとても大変そうでしたが、エノスさんは一生懸命働いていて、思えばこの時の経験がその後に繋がったのかもしれません。

 

そうしてカゾルミアは戦勝国による統治が始まり、政治・経済・教育などを周辺国の意向を反映したものに塗り替えられていきました。私としては税金が下がって嬉しかっただけでしたが、教育に携わる姉さんはとても大変らしく、毎日が戦いだと言っています。

 

そうです!敗戦してから東部都市まで、アブレック姉さんが会いに来てくれたんです。少し髪の伸びた姉さんは、変わらぬままの優しい姉さんでした。力一杯私を抱きしめて、1人にしてごめん、辛い思いをさせてごめんと泣いてくれて……。

たったそれだけで、私が姉さんに抱えていた劣等感と嫉妬は溶けて消えてしまって、私も泣いて姉さんに抱き着いてしまいました。

 

あれからたくさんのことがありましたが、今は姉さんと暮らしています。

姉さんは赴任する予定だった中学校が首都の爆破事件で全壊し、別の学校で教師になりました。今は戦勝国による教育改革の波を受け、四苦八苦しながらも毎日生き生きと教鞭をとっています。

私は掃除や工場で働いていたのですが、趣味であるカメラに関わる仕事はどうかと勧められ、今はカメラマンの下でアシスタントをしています。稼ぎは少ないですが、とてもやりがいのある仕事で毎日が勉強です。

 

エノスさんは天職を見つけたかもしれないと言って農家で働いています。いつか独立することを目標に、地方のジャガイモ農家の所で住み込みで働いており、農家の娘さんたちと仲良くなったそうで、毎日が楽しいと笑っていました。

 

ベルカさんは再び看護師として働き始めたそうですが、やはり衝突する悪癖が出てしまい、いっそ1人でもいいようにと医者の道を志しました。今は家族と一緒にカゾルミアを出て、他国で働きながら苦学生としてやっているそうです。いい人なんですが、確かに当たりが強いのは否定できませんよね……。

 

フェリセットさんは早くに実家から迎えが来ました。あまり会う機会がありませんが、ただライカさんが言うには、近いうちにお嫁さんになるらしく、どうやら政略結婚だそうです。よいお相手ならいいのですが。

 

アリビナさんはなんと、公務員として働いています!なんでもお父さんが外交官だったらしく、今回の爆破事件で多くの方が亡くなって人手が足りない、とのことらしいです。とても忙しいとのことで、ライカさんに辞めたい、アイドルになりたいと愚痴っているそうです。でも、公務員ってそんなに簡単になれたものでしょうか?

 

ストレルカさんはしばらくは働かずひたすら本を読んでいたそうですがある時、同じような境遇の人と事業を起こしたと。今は工業素材の研究が主ですが、いつかカビについても研究したいと言っていました。なんでも同僚から素晴らしい枕を譲ってもらったそうで、私にも分けてくれましたが本当にいい寝心地なんですよ!ただスポンサー会社の担当の女性が、すごい口が悪くて苦手だと話していました。

 

ライカさんは、彼女のお父さんと共にカゾルミアの立て直しのために奔走しています。彼女の父親はカゾルミア軍の中でも非戦派の偉い方だったらしく、政府から目をつけられ激戦区に投入されていたと。首都の爆破事件を受けていち早く降伏を受け入れ、これからのためにと政治家になったそうです。そんな父親を支えるためライカさんも非常に忙しくしていますが、最近会ったときに早く国家の主権を取り戻さないとと酔った勢いで演説を始め、アリビナさんが慌てて抑えていましたっけ。

 

私はマルフーシャさんのことが諦めきれず、本人や彼女の家族を探しましたが、戦後の混乱により捗らず、手がかりを見つけられぬままでした。

しかし彼女を探して東部都市の周辺を訪ねた時、そこでとある噂話を耳にしました。敗戦直前の東部戦地、周辺国の複数の基地がたった3日で壊滅したというものです。当時の東部都市を制圧するために集められた機械兵が、それによってほとんど壊されたというもの。そのため東部都市は被害が少なかったのだと。私はライカさんのしてくれた話を思い出しました。

 

マルフーシャさんだと、思いました。しかしそこからまったく情報を見つけられません。なにせ目撃者がまったくおらず、その話も半ば都市伝説のように語られるに留まるものでした。それなら現地にと思ったのですが、正当な理由なしに国境を超えることは今の私には無理でした。

マルフーシャさん、せめて生きているかどうかだけでも知りたい。失意の中で私は、日々の生活に呑まれていきました。

 

 

 

 

366年

 

うららかな午後だった。1人暮らしの平屋に、あたたかな5月の日差しが心地よい。

デッキの椅子でうたた寝していたらしい老婆の目が開く。その膝には70年近く前の日記。それを読みながら居眠りをし、夢に見ていたようだ。

目端にたまった涙をぬぐい立ち上がる。既に姉や友人たちは逝ってしまい、彼女が最後の1人になっていた。配偶者はおらず生涯独り身であったが、姉の子供や孫たちが訪ねてくるので寂しくはない。

夢の余韻が残り、懐かしい気持ちに浸る。

戦後のこの国の発展は著しく、今では世界有数の先進国である。かつての戦争と終戦時を知る者からすれば信じられない事だ。

ふと、庭先に見慣れぬボールが転がっているのが見えた。はて、親戚の子供たちの忘れ物だろうかと手に取ってみる。

 

「ご、ごめんください……あの、ボール。ボールを」

 

門のほうから女の子の声がする。そこに目線をやり、彼女は心臓が止まるかと思った。そこにマルフーシャの面影を見たから。

不安定な動悸を落ち着かせるよう、眼を閉じて深呼吸する。

 

「あ、あのぉ」

 

女の子の声に改めて眼を開く。すると先ほどの光景は見間違いだったのか、初めて見る姿が見えた。マルフーシャと同じ茶色の髪だがまったく似ていない。

跳ねた心臓が徐々に戻っていくのを感じながら、女の子にあいさつする。

 

「こ、こんにちは!……あの、ごめんなさい。それ私がボールを蹴って、おばあさんのおうちに入っちゃって、それで」

 

どうやら遊んでいて誤ってボールをここまで飛ばしてしまったらしい。なんだそんなことかと思い、門まで歩いていきボールを女の子に渡す。彼女は嬉しそうに受け取りお礼を述べたのだが、突然目を真ん丸にした。

 

「お、おばあさん!?どうしたの、病気ですか?!」

 

慌てたその声に、はてと思う老婆だったが、自分の目から涙が落ちていることに気づく。なぜだか無性に切なく、胸が締め付けられる気持ちに初めて気づく。そのまま嗚咽してしゃがみ込んだ姿に、女の子は戸惑いながらもその頭を撫でる。

 

「お、お姉ちゃんにこうしてもらうと、わたし、痛いのが飛んでくから」

 

そう言ってぎこちなくなく自分の髪を撫ぜる優しい感触に老婆は、どうしようもない気持ちに震えた。しばらくして感情の波が収まったところで女の子に謝り、昔の戦争のことを思い出してしまったのだと誤魔化した。

 

「戦争?それってむかしむかしの?」

 

そうか、もう子供からすれば昔々のことなのだと、老婆は少し寂しい気持ちになる。彼女にとってはあの時代ほど“生”というものを強く実感した日々はない。

思いがけず老婆は口を開く。その戦争で自分はある人に姉ともども救われ、しかしその人にお礼もお別れも言えず離れ離れになってしまった、それが今も心に残っていると。

そんな独り言に似た話を女の子は真剣に耳を傾け、老婆に言った。

 

「おばあさんが生きて、いま幸せになっていることが、お礼を言ったことにならないのかな?」

 

その言葉に再びマルフーシャと重なって見えて、老婆は心のしこりが溶けていく心地を覚えた。老婆の手が女の子の頭を撫で、感謝の言葉を言う。それに娘はよくわからない、という顔だ。

そこに女の子と似た顔立ちの少女が走ってくるのが見えた。

 

「あっ、おねえちゃん」

「こらっ!この子はどこまで行ってるのよ」

「うあーん、ごめんなさいぃ」

 

少女は老婆に向き直って謝る。妹がご迷惑をおかけてしてごめんなさい、と。

迷惑なんてない、年寄りの長話に女の子を付き合わせてしまった、こちらこそごめんなさいと老婆は返した。よかったらと、近所のパン屋で買ったパンを持たせる。

 

「わぁパンだ!私、大好き!」

「そんな、いただけません……」

 

買い過ぎて困っていたのだと言って、半ば押し付けるように渡す。それに改めて少女と女の子は礼を言って、連れ立って帰っていった。

 

「おいしいね!」

「もう、家に帰るまで我慢しなさいよ」

「おねえちゃん。わたしね、大きくなったらおねえちゃんとパン屋さんになりたい!」

「それ、私がパン屋になるって言ったから?」

「そうっ!一緒がいいの、おねえちゃんと一緒がいい!」

 

パンをコネる仕草をして笑い合う少女たちの姿を見送る。なぜかその姿に、かつてのマルフーシャと、それとよく似た見知らぬ少女の姿を幻視した。

老婆は微笑む。あの世に行くのに重い荷が減って、かわりによい土産話が増えたと。

もう少し、夢の続きが見たくなって椅子に戻って腰かけた。日記を開くと1枚の写真がひらりとこぼれる。手に取ったセピア色の中で笑う少女へ、ありがとうとビオンは呟いた。

 

 

 

 




ここまで拙作にお付き合いいただき誠にありがとうございます。
皆さまの応援のおかげで書き上げることができました。
願わくば、1つでも多くの溶鉄のマルフーシャ、救国のスネジンカのSSが増えることを願って、後書きに代えさせていただきます。

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