溶鉄のスネジンカ   作:スペシャルティアイス

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スィーストラ→сестра【露】→“姉妹”の意味です


#4

その日の深夜は大雨だった。増水した河川にかかる橋の上に外套に身を包んだ人影が見える。

フードの中には茶色の髪と赤い瞳の女の顔があった。その足下には履き揃えられた靴、小さめで身長140㎝台の少女サイズというところだろうか。

そしてその靴には手紙が差し込まれてあった。

 

「これでこの国からスネジンカは消える。後に残ったマルフーシャは軍へ入隊し戦死、ないし行方不明になる」

 

そう呟いて女は、2度と戻ってこない姉妹の家に帰る。待つ者がいない独りだけの塒に。   

 

 

 

少し時間が巻き戻る。

平日の日中、マルフーシャと“スネジンカ”の家を訪ねる女がいた。国民服に身を包み帽子を被っている。

今日はノーズコーンベーカリー13番通り店の定休日、家主が在宅であることは事前に確認していた。

いつかの焼き直しにはさせない、そう女は決めている。

ノックの返答は早かった。覗き出たマルフーシャは訪問者を確認すると、その顔に警戒の色が浮かんでいるのがわかる。

 

「あなたの妹、スネジンカについてお話があります」

 

追い返そうとするマルフーシャだったが、その名前を出されては無視できなかった。

警戒しながら女を中に招きドアが閉まる。と同時にマルフーシャの鳩尾に女の加減した拳がめり込む。

身体をくの字にかしげ呻く。苦痛に倒れこみにそうになる身体を支え、涙目で女を睨みながらポケットに手を入れたマルフーシャ。

 

「ごめんなさい」

 

そんな声と共に後頭部に衝撃を受け、彼女の意識は途絶えた。

崩れ落ちるその身体を、下手人である女が支える。動いたときに帽子を落としたようで、おろした髪が広がりマルフーシャと同じ髪型が現れた。スネジンカだ。

いや髪どころか服も同じものであり、見た目は瓜2つである。それから彼女はマルフーシャのポケットを漁り、ハンドガンを取り出す。

 

(流石はマルフーシャだ)

 

射撃が趣味であったから可能性は考えていた。しかし前回の訪問から間が空いていたのに、彼女の警戒心には脱帽する。

そしてスネジンカは懐から注射器を取り出し、マルフーシャの肘の内側に打ち込む。薬液を注入した箇所を消毒し、化膿しないよう処置をして優しく簡易ベッドに下ろしてから家探しを始める。

といってもこの家に荷物や財産など大してない。5等級民といえどその暮らしは決して裕福ではなく、2人分であっても替えの衣服と少々の手荷物で事足りるだろう。

素早く荷物をまとめてから、寝息を立てているマルフーシャの内ポケットに封筒を入れる。中には手紙と、かつての同僚に突き返されたものの一部だ。それと忘れずに髪留めをくすねておく。

準備を終えてしばらくすると、ドアのノック音が聞こえた。外を伺えば目的の男たちが立っていた。

 

「荷物は?」

「ベッドに眠らせてあるからしばらく起きない。それとこの荷物と、もう片方は夕方に例の場所にくる」

「予定通りか。それにしても」

 

リーダーらしい強面が、スネジンカの姿と部下が抱えてきたマルフーシャを見やる。

 

「本当にそっくりだ。実は双子とかか」

「答えないと裏切る?」

「……どっちにしろ金はもらってんだ仕事はこなす。それにてめえみたいなキチガイは敵にしたくない」

 

無愛想に答えた強面らは速やかにマルフーシャを詰め、荷物と一緒に出て行った。残ったスネジンカは用意していた手紙と、マルフーシャの髪留めをテーブルに置いてから家を後にする。そこにはスネジンカへ、と記されてあった。

 

 

 

“スネジンカ”にとって日常とは義姉あってのもの。だからこそ家のテーブルに置かれたその手紙に従わざるを得なかった。

 

『マルフーシャは預かった。今日のこの時刻までに下記の場所に1人でくるように。他人に知らせた場合、2度と姉には会えないだろう』

 

“スネジンカ”という少女は素直だ。手紙と姉の髪留めを見て、動揺のあまり吐き気を催しながらもその指示に従ってしまった。家を出て指定された場所につくまで、尾行されていたことにも気づかず。

その手紙に書かれた地図に従って来た場所は私有地、人気のない大きな倉庫だった。

薄暗いその場へ“スネジンカ”は勇気を振り絞って、おそるおそる侵入する。

 

「えっ」

 

突然だった。背後から人の手が延び、彼女の首に絡みついたのだ。そして脳への酸素が一瞬だけ途絶え気絶する。

その身体をマルフーシャそっくりの尾行していた人物に抱きかかえられ、様子をうかがっていた強面の男に手渡された。

 

「ここからはあなたらの領分でしょう。契約通りにできなければ、地の果てまで追いかけて機械兵の部品にしてあげる」

 

冗談まじりに笑いかけるスネジンカに強面は目を逸らす。

 

「……うちらも客商売だ。契約を一度反故にすればお得意様の多いこの業界、全部オジャンになっちまう。今回は依頼者が荷物じゃなかったが、何も問題ねえ。来月にはこのお嬢様がたは、かの自由の国の正式な移民様さ」

 

カゾルミアを囲む周辺国は膨大な機械兵を戦線に投入しているが、金属をはじめとした工業材料は様々な国から調達されている。そのうちの大きな取引先の1つと噂されている国が、それであったとスネジンカは記憶していた。

 

()()()()()。あなたの所は間違いなく運んでくれるって」

「……?当たり前だろ、プロなんだから。後はアンタ次第だが、もしも国に俺たちのことを漏らせば、そん時は積み荷の契約はパーだ」

「言わるまでもない」

 

背を向けて歩き出した女の姿を見やり、男は呟いた。

 

「なんて目をするアマだ。あんなものを生み出すカゾルミアってのは、この世に空いた地獄の穴だな」

 

スネジンカは、“マルフーシャ”は“家に帰る。

明日は2度と家に戻らない妹を探すために職場に休みの連絡を入れよう。そして近いうちに国に妹が行方不明になったと届け出なくては。だが5等級民の子供1人では力を入れて捜索されない。

それと近いうちに雨が降れば、なお都合がいい。

 

(大丈夫、私だけでもやれる)

 

冷静になった女は、すっかり暗くなった街の闇に消えていった。

 

 

 

“スネジンカ”が目を覚ましたのは、最愛の姉の腕の中だった。

 

「ね、姉さん!?」

「ようやく目を覚ましたのね」

 

2人は抱き合いお互いの無事を改めて喜び合った。

 

「よかったよぉ……姉さんが無事で。学校から帰ってきたら書置きがあって、姉さんを預かったって」

「ごめんねスネジンカ。それと助けに来てくれたんだね、ありがとう」

「う、うん。でもなんで知ってるの」

「あー……そろそろいいかいお嬢ちゃんがた」

 

スネジンカはそこで初めて自分ら以外の存在がいるのに気づく。強面の人相の悪い男だ、体格も立派で着崩したスーツを着ている。

周囲を伺うと狭い部屋に2段ベッドが1つと奥にドア。そして反対側にも同じくドアが見えて、その前に男がパイプ椅子に座っている。繰り返すがとても狭い部屋だ。

スネジンカの位置は、ベッドの下段に腰かけたマルフーシャに背中を預ける形だった。

 

「自己紹介はしねえ、短い付き合いだしな。まずは俺の説明を聞いてから質問しろ。OK?」

 

威圧的な態度にスネジンカは身を小さくする。そんな義妹をマルフーシャは優しく抱きしめた。

 

「俺は運び屋の現場指揮をやっている者だ。金をつまれれば人でも物でも安心・迅速に運送する。アンタら姉妹を、世界一金持ちと貧乏人が多い国へご招待する依頼を受けた。今いるここは船の中だ。ろくでもないことをすれば魚の餌になってもらうからそのつもりで。おとなしくしてれば3食昼寝付きトイレ有5泊6日のクルージングを楽しめるって寸法よ。年頃のお嬢ちゃんらには酷だがシャワーはなしだ」

 

少し物申したい顔をスネジンカは隠せない。

 

「港に着いたら別の案内人に着いていってもらう。そいつの言うこと聞くだけで、アンタらは自由の国で毎日小麦粉を捏ねて金が貰える仕事につける。衣食住は天引きだがなあに、1か月も働けば着飾ってドレスコード付きのレストランで酒と飯をたらふく食えるくらいの金が貯まる職場だ。こんなとこか、なにか質問は?」

「あなた達に依頼とやらをしたのは、私と同じ顔の女性ですか?」

 

無表情のままマルフーシャが問う。

 

「ああ、そうだ。名前はスィーストラと名乗ったが。ありゃあキチガイだな。それも最高に腕の立つ。いきなりうちらの会社に乗り込んできて金を積まれてよ。安定した国へ確実に2人運んで欲しい、受けないなら全員まともに歩けない身体にするっつって用心棒をみんなのしちまった。治療費で赤字だよ。わが社は本来、顧客からの紹介がないと請けないが、まあ命あっての商売だ」

「あ、あの私たちの家は」

「おうちをそのまま船で運べると思ってるのかい?無理だよ諦めな」

 

スネジンカは落胆する。あの家には義姉との思い出がたくさんあった。はいそうですかと納得できない気持ちがある。

男は肩をすくめて続ける。

 

「ラッキーなお嬢ちゃんがただよ。どこの世界に地獄から他人を下から押し上げようとする奇特なやつがいるって話だ。あんなやり方で追手がこないよう図るなんざ本当にバカだよ。アンタらにできるのは、俺たちの仕事の範囲内でトラブルとアクシデントを起こさないこと。つまりこのまま他国の国民になって定職につくんだ。そうすりゃお互いハッピーエンド、言うことなしの万々歳だな」

 

男が座っていた椅子から立ち上がる。

 

「用があればこのドアの横のボタンを押しな。誰かしらくる。もしお嬢ちゃんらにとって不幸なオイタをしてくる奴がいたら俺に言え、すぐになんとかする。……脳みそだけで一生を過ごしたくないからな」

 

かなり長く話してくれたようだが、この男の人は案外面倒見のいい人なのだろうか。そんなことをスネジンカが考える。

男が出て行って、ようやく一息つく。いきなりいろんなことが起こりすぎて付いていけない、そう彼女が思うのも当然だった。

 

「なんで、こんなことに……姉さん、私たちどうなっちゃうんだろう……」

「ここまできたら何があっても覚悟をしておくだけ。でもね」

 

マルフーシャがスネジンカの目をまっすぐに見る。

 

「スネジンカだけは、何があっても私が守るから。だから安心して、ね」

「~~~~~!!」

 

微笑みと共に受け取ったその言葉に、スネジンカは義姉の胸元に顔を見られないように抱き着く。

嬉しくて泣いてしまったのを見られたくなかったのだ。

そんな愛しい義妹の頭を撫でながら、マルフーシャは自分が眠っている間に持たされていた手紙の内容を思い出す。

素朴だけど丸い、可愛らしい丁寧な字だ。まるでスネジンカの字のような。

 

『この手紙を読んでいる時には、あなたは運び屋の管理下にあることでしょう。まずは謝らせてください。乱暴な目に合わせたこと、怖い思いをさせたこと。恨んでもらって結構です。なぜならこれは、あなた方の事情を顧みずに行った私の自己満足なのだから』

 

そんな前書きから始まった手紙はなんとも簡素なものだった。

 

『このようなことを行った理由は、先に述べた通りです。カゾルミアは滅びます。そこにいるあなたがた姉妹も巻き込まれるでしょう。姿も境遇も、亡くなった私の姉と同じであるあなたを、この場所で惨い目に合わせたくなかった。でもそれによってあなたは思い出深い家を、故郷を奪われてしまった。あなたには私を恨む権利があります』

 

なぜかこの箇所にだけ、水の落ちた跡がある。

 

『どうか、生きて。私への恨みを生きる力に、あなたの傍らにいる妹のためにもどうか生きてください。あなたの幸せは妹がいてこそ、そして妹の幸せも姉がいてこそ。決して1人にならないで、2人で幸せを掴んでください。最後に、カゾルミアおよびその周辺国には何があっても、終生入国せぬよう心に留めてください。

 

親愛なるマルフーシャへ 偽りのスィーストラ より

 

追伸. 封筒に同封したメダルはおそらく地金が銀です。お金に困ったときに潰して用立ててください』

 

封筒に入っていたそれはカゾルミアの戦時勲章だった。金メッキで表面には国旗の刻印が刻まれていてずっしりと重い。

その裏面の受勲者の名前は、スネジンカと刻まれていた。

 

「ふみゅぅ、おねえちゃぁん」

 

腕の中のスネジンカは赤ちゃん返りしたかのように目を細めて甘えていた。それだけ怖かったのだろう、もう少しこのままにさせておく。

マルフーシャは目を閉じる。

 

「思えば奇妙なことばっかりだったけど」

 

あの女性が初めて家を訪ねて来た時の尋常ではない様子、冷静になってからの穴だらけの言い訳、そして自分も義妹もマルフーシャという名前を口にしていないのに、最後に薬を置いたときに初めから知っていたように発したこと。

それぞれの理由は推測することができるが、たった1つの仮定ですべて繋がってしまう。

 

「あの人の言ったことは、本当だったのかもしれないのね」

 

初めて会った時の彼女の顔を思い出す。あんなになるまで戦ってきたであろう彼女の、これまでに思いを馳せた。

 

「救ってくれてありがとう。明日から来た、もう1人のスネジンカ(私 の 妹)

 

そう、呟いた。

 

 

 

その男は戦争招集を国民に告げる兵士だった。召集を受けたリアクションは2つあると彼は知っている。

淡々と受け取るか、悲痛な笑顔で受け取るか。ラジオで聞こえてくる、喜んで受け取る模範国民なぞ見たことがない。

今日の招集状を渡すのは5等級民の女。さてこの女はどんな姿を見せてくれるのか。

女の家に到着する。なんの面白みのない家だ。兵士は鼻を鳴らしてドアを叩く。

 

「ッ!?」

 

危うく声を上げそうになった。中から出てきた女が不気味だったからだ。茶色の長髪の女、前髪の一部が白髪になっており、憔悴した様子はまるで幽霊のようだ。

女は招集状を淡々と受け取った。お決まりの文言を述べ、兵士は速やかに退散する。

男は部下に問う、あの気味の悪い住人は何者だと。

 

「5等級民のマルフーシャという者であります。おそらくですが、肉親であった義理の妹を亡くしたと資料にありましたので、それが原因かと」

 

それであの有様というわけか。いずれにしろ国家に尽くす献身は性別や事情を問わない。自分と彼女が会うことは二度とないだろう。

一方のマルフーシャとなったスネジンカは、招集自体にはなんの感慨も感じていなかった。起こるべきことが起きた、それだけである。

マルフーシャの身代わりとして自分がいる限り、彼女へ国の手が延びることはない。“スネジンカ”については念を入れ、川に身を投げたと偽装したので時間稼ぎできればいい。どうせまともに捜査されることはないのだ。

心残りと言えばあの男。スネジンカがこの世界で最も殺してやりたい人物。“枷”がなければハンドガン1丁でも喜んで殺しに行くのに。錠剤を噛み砕いて飲む、今は諦めよう。

招集状の中身に目を通すと、配属先は東部戦地のとある都市。自分がこの時間に飛ばされるきっかけとなった場所だった。

 

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